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 とことん合理主義 - 桝谷英哉さんと私  第19回 :Macintosh学習

 今回は、弥次喜多道中の本論である。

 いや、本論に入る前に、ちょっと前回の「Macintosh入門」を思い出して欲しい。

 Macの使い方を教えて欲しいという桝谷さんは、まず私に電話をかける。それが、授業開始のサイレンだった。

 桝谷さんが神戸にいて、私は東京にいる。ほかに授業開始を確認する手段はない。それどころか、電話という文明の利器を使わなくては、離れた場所にいる2人の間の授業は成立しない。
 つまり、授業はすべて電話を通じて進められた。
 この1点を、しっかり記憶にとどめていただきたい。

 まず、授業開始のサイレンに注目してほしい。
 常に、

 「桝谷です。電話をくれまへんか」

 である。

 桝谷さんからの電話はこれだけで切れる。授業の本体は、サイレンに促された私がかける電話で行われる。
 つまり、桝谷さんは10円しか負担しない。
 東京―神戸間の電話代の99.99%は、こちら持ちである。正確に言うと、この電話代を負担したのは、私の勤める会社である。

 「クリスコーポレーションいうたら、ま、零細企業ですさかい、電話代も経営に大きく響くんですわ。そこいくと、アンドレさんが勤めてはる会社は大企業や。少々の電話代ではびくともせえへん」

 これも、桝谷流の合理主義だった、のだろう。

 

 

(余談)
だから、いまだにクリスキットがあの程度の安い価格で売られていることへの、私の会社の貢献度は、極めて大きいといわなければならない。

 

 以下、これから先の、私と桝谷さんの電話を通じての会話は、すべてこのような状況下で進められたのである。

 

 

(注)
さすがに、休日に自宅にかかってくる問い合わせ電話には、
「電話をくれまへんか」
のフレーズはなかった。

 

 それにしても、電話を通じてパソコンの授業? 
 世の中では、いまだにパソコン教室というものが開かれている。
 生徒が集まる教室には、本当かどうか分からないが、通常、「美人」インストラクターが登場することになっている。
 彼女たちが面と向かって、時には後ろに回って、横に立って、それこそ手取り足取り、パソコンの操作法を教えてくれる。中には、手を取られ、足を取られすることが楽しみで通う人もいると聞く。
 それでも、思い通りにパソコンを操れるようになる人がどれほどいるのか、そのようなところに足を運んだことのない私には良く分からない。

 

 

(余談)
うむ、できることなら、私も美人インストラクターのいる教室に、一度でいいから通ってみたかった。Macは簡単だから、自分でできるようになってしまったのが返す返すも残念である。ついでにいえば、そのようなパソコン教室は、有料である。私の桝谷さんに対する授業は無料であった。
いや、本質的な問題ではないが。

 

 なのに、電話を通じてのパソコン授業?
 無謀だ、とは思わなかった。

 なにしろ、相手は、自分で使うソフトを自分で書いてしまった実力者である。パソコンについては、私よりはるかに詳しいに違いない。
 とはいえ、さすがにMacとは初めての出会いであろう。若干のとまどいはあるかもしれない。だから、最初の、ほんの手ほどきさえすればいい。
 はずだった

 それに、Macはユーザーインターフェイスが極めて優れている。使いやすさでは定評がある。敵を作ることを恐れずにいえば、ウインドウズのような面倒くさいパソコンではない。

 これは、
 楽勝で、ある
 楽勝の、はずだった
 楽には、勝てなかった。

 

 最初の授業は、ほぼ次のように進んだ。

 「桝谷さん、それでは、まずマウスを握ってください」

 「は? マウスって、何ですねん?

 え? マウスが分からない!?
 そうか、そういえば、私が昔買ったパソコンには、マウスは付いていなかったな。桝谷さんが使い倒したパソコンにも、マウスはなかったのに違いない。
 これは、私のミスである。

 「マウスというのはですね、キーボードにコードでつながったネズミみたいなヤツがあるでしょう。本体がネズミみたいに丸っこくて、コードが尻尾に見えるヤツ」

 「えーと、ああ、これですかいな、これがマウスでっか」

 「そのマウスは、底にゴム製のボールが入っています。それから、ホンモノのネズミと違って、マウスは尻尾みたいなコードが出ている方が上ですので、そのように握っていただいて、机の上で前後左右に動かしてください。ボールが転がるように。そうすると、画面の上で、ポインタが同じように動くでしょう」

 「ヘッ、ポインタって何でんねん?

 そうか、ポインタも初対面か。

 「パソコンの画面に、矢印があるでしょう。その矢印をポインタといって、マウスを動かすと同じように動くんです」

 「ちょっと待ってなはれや。マウスを右に動かすと、と、あ、ほんまや。ポインタとかいうやつが右に動きよる。ほんまに動きますなあ」

 うむ、私もMacに初めてさわったときは、同じようにすべてに感動していたように記憶している。

 「では、そのポインタを、ハードディスクのアイコンに重ねてください」

 「礼人さん、アイコンって何ですねん? それにハードディスクいわれても、よう分かりまへんのやけどなぁ」

 ここまできて、私の中で、不安が頭をもたげた。
 おいおい、マウスが分からない、ポインタが分からない、アイコンが分からない、ハードディスクが分からない、ってか。
 そんな人に、電話でどうやってパソコンの使い方を教えたらいいの?

 「………………………」

 楽観論が吹き飛んだ。

 そうなのである。
 私は、70歳を過ぎた人に、
 マウス
 アイコンも、
 ポインタも、
 ハードディスク
 分からないパソコン初心者に、
 電話だけで、
 言い換えれば言葉の力だけで、
 パソコンの操作法を伝授するという、
 多分、誰もやったことのない大事業に手を染めたのだった。

 「えーと、アイコンというのはですね、画面の上に絵のようなものがありますね。それをいうんです。ハードディスクというのはですね、詳しい説明は省きますが、画面の右上にあるアイコンです。パソコンみたいな形をした小さな絵があるでしょう? 『Macintosh HD』と書いてあるヤツです」

 「なるほど、これでっかいな」

 「それが分かったら、ハードディスクのアイコンの上に、ポインタを持っていってください。」

 「ちょっと待ちなはれや。マウスを動かすんでしたな。よいしょ、よいしょ、なかなか思い通りに動いてくれんもんですな」

 「マウスは、ゴム製のボールが転がることで位置情報をパソコン本体に伝えます。だから、そのゴムボールが滑らずに転がるような素材の上で動かすと、ポインタが楽に動くんですが」

 「そないですか、ほんでも、そんなこと言われたかて、今はそんなものはありまへんわ。よーいしょっと。よっしゃ、アンドレさん、ポインタがいわれた場所まで動きましたで」

 「じゃあ、マウスをクリックしてみてください」

 「何ですて? クリック? それ、どないしますねん?

 「マウスの上の方、コードに近いところが、押すと少し動いて『カチッ』というクリック感があるでしょう。そこを押すんです。そうすると、アイコンの色が黒っぽく変わります」

 「よいしょっと。ほんまや。なんや、黒っぽうなったわ」

 「それは、そのアイコンが選択されたことを表します。次にダブルクリックしてください」

 「なんですねん、それ?」

 「1回『カチッ』といわせるのがクリックで、ダブルクリックは、素早く2回続けてクリックすることです」

 「素早く、って、どれくらい早くやったらええんでっか?」

 「どれぐらいって……。とにかく、続けてクリックしてみてください」

 カチッ、カチッ。

 「おーっ、なんやら、おっきなものが現れましたで。何ですねん、これ?」

 「これはウインドが開いたといいます。ここに見えるのが、ハードディスクに入っているものです。今のパソコンは、ハードディスクにすべての情報を記憶しています。パソコンを動かすOSからソフトウエア、自分で作ったドキュメントまで、すべてです。今やったのは、桝谷さんのパソコンに何が入っているか見るためにふたを開けたようなもので、いま桝谷さんは、ハードディスクという箱の中に何が入っているか見ているわけですね」

 「はあ、さようでっか」

 「では、次に電源の落とし方です。画面の一番上に、いろんなことを書いてある横棒があるでしょう。一番左にリンゴのアイコンがあって、その右にファイルとか、色々字が並んでいるヤツで、メニューバーといいます」

 「リンゴマーク、リンゴマークと。これでんな」

 「その中の、『特別』と書いてあるところにポインタを合わせ、マウスをクリックしたままにしてください」

 「待ってなはれや。このポインタいうやつが、なかなかうまく動きまへんのや。どっこいしょと。よっしゃ、ここでマウスをクリックすると。おーっ、なんか出て来よりましたで。何でんねん、これ」

 「それはプルダウンメニューといいますが、そんなことはどうでもよろしい。その中に、『システム終了』というのがあるでしょう。ポインタをそこまで持っていって、『システム終了』がハイライトしたら、押しっぱなしだったマウスのクリックボタンを離してください」

 「ハイライト? 私、そんなタバコは吸いまへんけどな。あ、いや、これはジョークや。何ですねん、そのハイライトというのは?」

 「はあ、私が吸うタバコです。いや、これもジョークです。気にしなくていいです。ハイライトというのは、その文字の周囲の色が変わることをいいます。まわりが黒っぽくなって、それまで黒かった文字が白くなるので、文字が光っているように見えるからハイライトなのでしょう」

 「なるほど、そないでっか。クリックするボタンを押さえたままで、マウスを下に動かして、と。なかなか思うようにいかんもんですな。よいしょっと。ここでボタンを離す、と。……………………。なるほど、確かに電源が落ちましたわ。こないするんですか」

 これは創作ではない。
 こんな弥次喜多話を創作できるような優れた頭脳を、私は親からもらわなかった。
 こんな面白いやりとりが創作できるようなら、今頃はベストセラー作家になっている。
 いずれにしろ、事実は小説より奇なり、を絵に描いたようなものである。

 電話によるパソコン操作法の伝授という一大事業は、このようにして幕を開けた。
 1時間目の授業は、90分から120分程度かかったように記憶している。

 

 

(余談)
ふむ、よほど私が暇な日であったのだろう。この余談は、ご想像通り、私の上司向け。ひょっとしたら、一人ぐらい読んでるかもしれないからなあ。

 

 三日にあげず、というのはこのようなことをいうのだろう。

 

 

(余談)
と書こうとして、迷った。
「三日とあず」だったか?
「三日とあ
ず」だったか?
Googleで両方のフレーズを検索してみた。困ったことに、どちらも出てきた。どっちが正しいんだ?
こうなると、頼みの綱は広辞苑である。書棚から取り出して開いた。「三日」の項を読んだ。その結果、
「三日
ず」とあった。
私が、「どっちかな」と迷ったフレーズは、どちらもない。
みんな、平気で間違った日本語を使ってる!?

 

 繰り返す。
 三日にあげず、というのはこのようなことをいうのだろう。
 いや、一日にあげず、かもしれない。

 桝谷さんから、

 「礼人さん、困ったんですわ。電話をいただけまへんか」

 という電話が、毎日入るようになった。多いときは、1日に2度も3度も入る。
 例によって、いつも、

 「電話をいただけまへんか」

 である。

 そりゃあ、最初のレクチャーで教えたことだけで、マウスもアイコンもわからなかった人がパソコンを使えるようになるわけがない。だから、しばしば「SOS」が入るのは、仕方がないといえば仕方がない。
 しかし、私もサラリーマンの端くれである。暇なときはいい。が、私だって、そう、私だって仕事をしなければならないときある。

 「すみません。これから出かけなければならないものですから」

 「ほな、帰ってみえたら電話をもらえまへんやろか」

 敵もさるものである。何としても、私を逮捕しにかかる。

 それも仕方あるまい。とにかく、この件に関する限り、桝谷さんが頼りにできるのは私しかいないのだから。
 となると、断れるわけがない。毎回、私は律儀に電話をかけた。

 ・ ソフトウエアのインストールの仕方
 ・ ソフトウエアの起動の仕方
 ・ ソフトウエアの終了の仕方
 ・ ソフトウエアへのメモリーの割り付け方
 ・ コントロールパネルを使っての各種設定の仕方
 ・ ソフトウエアの使い方
 ・ 自分で作ったファイルの保存法
 ・ ファイルの名前の変更法
 ・ 強制再起動の仕方
 ・ デスクトップの再構築の仕方
 ・ P-RAMクリアの仕方
 ・ プリンタの設定
 ・ エイリアスの作り方と使い方
 ・ フォルダの作り方と使い方
 ・ アップルメニューの便利な使い方
 ・ ノートン先生の使い方
      ・
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      ・

 

 

(余談)
私は、ノートン先生なるものが世の中に存在することを知らずにMacを使い始めた。数ヶ月したら、突然画面がぐちゃぐちゃに壊れた。唖然としながらも、私はあわてず騒がず、ハードディスクを初期化して、OSを再インストールした。治った。
その後、知り合いからノートン先生なるものの存在を教えられた。ノートンを使わずしてMacを使うことの無謀さを指摘された。
だって、知らないものは知らないんだから、仕方ないじゃん!
いまでは、ノートン先生のお世話になることはあまりない。おかしくなると、OSを別にインストールし、必要な機能拡張や初期設定ファイルを新しいシステムフォルダに移す。そんなことも自分でやれるようになった。

 

 とにかく、私が教えなければならないことは無限に近くあった。
 桝谷さんからすれば、せっかく買ったMacを思い通りに活用するには、教わらなければならないことが無限に近くあった。

 本当に無限に思えた。

 

【初出2003年5月9
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