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 とことん合理主義 - 桝谷英哉さんと私   第13回 :5万円

 今回も、我が畏友「カルロス」が登場する。

 ヤツが我が家に遊びに来はじめたころだった。当然のことながら、酒を飲んだあとは、クリスキットで音楽を聴く。ヤツは勝手に私のレコードを引きずり出し、The Beatlesはもちろんのこと、John Lennon、岡林信康、井上陽水、様々なジャンルのレコードをとっかえひっかえかける。かけながら、時には、泣く。暗く惨めだった、一般的には青春と呼ばれる時代を思い起こしているのかもしれない。

 「参ったねぇ」

 酔眼朦朧としながら、ヤツがつぶやいた。

 「どうした?」

 音の良すぎっとばい。俺だっちゃステレオは持っとる。それなりに金もかけたと。ばってん、じぇーんじぇん音の違う。俺はこれまでなんばしとったとやろか!」

 

 

(注)
九州では、サ行、ザ行の発音が訛ってしまう人が時々いる。エ段に頻出し、「せ」が「しぇ」に、「ぜ」が「じぇ」になる。
先生 = せんせい、ではなく、しぇんしぇい。
世界 = せかい、ではなく、しぇかい
正解 = せいかい、ではなく、しぇいかい
絶対 = ぜったい、ではなく、じぇったい
女衒 = ぜげん、ではなく、じぇげん
てなもんである。

 

 当時、我が家はすでに、クリスキットでマルチアンプシステムとなっていた。プリアンプから出た音楽信号を、チャンネルデバイダーで高域と低域に分け、それぞれを専用のパワーアンプで増幅してスピーカーに送り込む。という構成だから、プリアンプが1台、チャンネルデバイダーが1台、パワーアンプが2台必要になる。
 いわば、究極のオーディオシステムである。

 「それなら、お前もクリスキットを買えばいいじゃないか」

 「うんにゃ、忙しかけん、作る暇のなかとやもんね」

 「ほお? 暇があれば作れるのか?

 「あ、いや、それは、その……、いじめんちゃよかろもん!」

 要は、作る能力に欠けているのである。
 こうなったら仕方がない。私が作ってやるほかない。

 「わかった。だったら、アンプは作ってやる。マルチにするんだな? プリ、チャンデバ(チャンネルデバイダーのことを、我々は胸を張ってこう呼ぶ)、パワー2台は作ってやろう。しかし、スピーカーボックスとマルチセルラー・ホーンは自分で作れ。スピーカーボックスは簡単だし、完成したら持ち運びができない。ホーンは作りたくない

 「そんくらい、俺も作りきる。それでよか」

 

 

(注)
これも九州の訛。きる、は可能を表す助動詞(?)である。

 

 マルチセルラー・ホーンとは、簡単に言ってしまえば、ドライバーと呼ばれる特種なスピーカーに取り付けるラッパである。下の写真を見ていただきたい。上にある、四角な筒を組み合わせたようなものがマルチセルラー・ホーン、その後ろに見える黒いものがドライバーである。

ホーン

 何でそんなものを取り付けるのかって?
 トランペットやサックスは、口金の部分で音を出す。だが、口金だけで音を出しても、ろくな音は出ない。口金の先に、金属でできたラッパを取り付けてはじめて、あのような音が出るのだ。
 ま、それと似たようなものだと思っていただきたい。ドライバーも、ラッパの部分がないと、まともな音にならない。まともなラッパでなければ、まともな音は出ない。

 そんなことはこの際、どうでもよろしい。
 やがて我が家に、プリ、チャンデバ、パワー2台が届き、2週間ほどで完成させてヤツを呼びつけ、渡した。

 「で、ボックスとホーンはできたんかい?」

 「あ、いま作りよっと。もちょっとやけん」

 

 

(注)
作りよっと:作りよるの「よる」は進行形を表す。従って、来よる = 来つつある、飲みよる = 飲んでいる、ということになる。この「作りよる」が、接尾語「と」につながることによって語尾が「っ」に変化している。
なお、「と」は断定を表す助動詞。東京方言では、「だ」と訛っている。

 

 それから半年ほどして。
 別件で電話をしていたら、ふとスピーカーボックスとホーンを思い出した。

 「おい、お前のオーディオは完成したか? いい音で鳴ってるだろう?」

 「うんにゃ、それがまだ……」

 「おい、もう半年だぞ。何してるんだ?!」

 「うんにゃ、スピーカーボックスはなんとかできたとばってん、ホーンがねえ……

 「やっぱり、ホーンはお前には無理か」

 「いや、そういうわけじゃなか。3分の1位はできたとばってんねえ。なかなか暇んのうして」

 

 

(注)
暇んのうして = 暇がなくて

 

 「それなら、いくらなんでも、あと1ヶ月もあれば作れるだろう」

 「………………」

 「いつになったら、君のうちでは音楽が聴けるようになるんだ?」

 「………………」

 「やっぱり、作れないんだろ?

 「………………」

 「わかった、わかった。持ってこいや、作ってやるから」

 「作ってくるっとね!」

 「今のままでは、いつまでたっても、お前は音楽を聴けないだろう。持ってこい!」

 彼の、未完成のマルチセルラー・ホーンが届いた。
 彼のいう3分の1は、世間常識からいえば限りなくゼロに近かった。組み立て作業に取りかかった形跡はあるが、出来上がった部分はどこにもなかった。彼の表現を数値化すれば次のようになる。

  数式
 彼の算数の能力、理解力、表現力には根本的な欠陥があるようだ。
 「カルロス」は小学校を卒業できたのであろうか?

 啖呵は切ったものの、あまり、というか、全く気が進まない。しかし、乗りかかった船である。仕方なく、私にとっては2セット目になるマルチセルラー・ホーンの製作に取りかかった。

 私は、マルチセルラー・ホーンの製作が大嫌いである。

 電気信号を取り扱うアンプは、部品を間違いなく取り付け、配線、ハンダ付けを間違わなければ、必ずクリスキットの美しい再生音楽が流れだしてくる。間違えても、部品を飛ばさないように注意しながらチェックしていれば、間違った箇所を探し出して完成品にすることができる。だから、キットになった。完成してしまえば、作り手、作り方による違いというものは、まず発生しない。

 マルチセルラー・ホーンは木工作業である。切って、削って、くっつける。また切って、削る。くっつける。
 日曜大工で箱を作るシーンを思い起こしていただきたい。
 木を切り間違えれば、完成した箱は、すき間ができたり、いびつになったりする。
 1箇所切りすぎて、仕方なく、その短くなったものに全体を合わせようとすると、箱はだんだん小さくなる。
 釘打ちがうまくないと、板がずれる。すき間ができる。仕上がりが汚くなる。
 という具合に、木工作業は、1個1個仕上がりが違う。1箇所でも手抜きをしたり、間違ったりすると、見た目が全くどうしようもなくなる。

 マルチセルラー・ホーンの製作で、最大の比重を占めるのが削る作業である。

 「1に切削、2に切削、3、4がなくて5に切削」

 と断言してもいい。

 サンドペーパーで、とにかく削る。
 時間がかかる。
 削った粉で、髪の毛から着衣、足の先、あえていえば、鼻の穴の中までも、とにかく真っ白くなる。
 作業を終わって顔を洗い、ついでに鼻をかむと、黄土色の鼻水が出てくる。これ、すべて削った粉である。
 筋肉が痛む。
 ふだんは、箸、茶碗より重いものは持たない生活である。いや、時には重いものを運ぶこともあるが、重いものを一日中運び続けるような生活とは無縁である。
 サンドペーパーで削るには、まず、サンドペーパーを巻き付けた木ぎれを、右手で握りしめねばならない。強い力で握っていないと、この木ぎれは作業中に手から逃げて行く。仕方なく、強く握っていると、30分もすると親指と人差し指の間の筋肉が硬直する。腕の筋が張る。
 辛くなったからといって作業をやめると、マルチセルラー・ホーンはいつになっても完成しない。
 で、何とか手のひら、腕を騙しながら作業を継続すると、痛みは上腕部、肩、背中に広がる。
 重労働なのだ。私でも、完成までに少なくとも3日から5日はかかる。
 完成したあと、1週間程度は筋肉痛が消えない。

 自分で使うものだと思うから、できる。
 これが完成すれば、より美しい音で音楽が聴けると確信するから、できる。

 使うのが私でない?
 そんなものは、見たくもない!
 胸を張って書こう。それなのに、「カルロス」のマルチセルラー・ホーンの組み立てを引き受ける私は、いい人である。

 サラリーマンである以上、作業ができるのは休日しかない。それでも、2週間ほどで出来上がった。実働4日ほどである。
 この手のものは、1つ目より2つ目の方がうまくできる。
 彼に渡したマルチセルラー・ホーンは、私が使っているものよりはるかに綺麗にできた。
 何となく、悔しかった。

 そんなことを思い出したのは、久々に、クリスキットの発売元であるクリスコーポレーションのホームページを覗いたからだ。
http://homepage2.nifty.com/chriskit/index.html
 に行ってみてびっくりした。

 マルチセルラー・ホーンにヘルパー制度ができていた。お金を出せばヘルパーが組み立ててくれる。組立価格は、アンプ4台分の組立価格に近い5万円!

 ん?! 5万円?!

 それって、私が作った価格ではないか!

 いつだったか忘れたが、突然桝谷さんから、

 「申し訳おまへんが、マルチセルラー・ホーンを作ってやってもらえまへんやろか?」

 という電話をもらった。
 熱心なクリスキットのユーザーがいて、どうしてもクリスキットのマルチセルラー・ホーンが欲しいという。ところが、このユーザーは、自分で完成させる自信が全くない。

 「桝谷先生、申し訳ございませんが、先生にお作り願うわけには参りませんでしょうか? はい、組立料の方はおいくらでもかまいません」

 というようなことだったらしい。
 といわれても、おいそれと

 「判りました」

 と請け合える柔なものではないことは、すでにご理解いただけたと思う。

 逃げる桝谷に、追いすがる客、という構図がしばらく展開したのだろう。その挙げ句、桝谷さんは、友人に頼まれたりして数セット作った経験がある私に、白羽の矢を立てたのに違いない。

 桝谷さんがいやがる。
 私だって、引き受けたくない。

 「いや、ええ客でしてな。話もようわかるし、第一、真面目や。何とかしてあげたい。あんたしか頼める人がおりまへんのや。何とかお願いできまへんやろか」

 「いやー、あんなもの、自分で使いたいと思うから作れるのであって、他人の使うものまで作りたくはないですよねえ」

 私は、それでも逃げた。

 「そら、よう判ります。でも、組立料、いくらぐらいやったら引き受けてもらえますやろか?」

 

 

(余談)
どうしてこの2つの文章が、「でも」でつながるのだろう?

 

 私は逃げる。なのに話は進む。不思議な世界である。

 「んんんん。判りました。今度だけですよ、ホントに。2度といやですからね」

 押し切られてしまった。
 何度も書くが、私は人がいい

 「で、組立料、いくらにしまひょ?」

 「組立料ねえ、高くして、できるだけ客が来ないような料金がいいですねえ。3万円、いや、安いかな。どうですか、5万円って。5万円も出そうという人はまずいないでしょう」

 とりあえず、組立料は5万円で決着した。
 私は1セット組み立て、発送し、お金をいただいた。
 すぐに飲み代に消えた。

 5万円なんて大金をはたいて、マルチセルラー・ホーンの製作を他人に依頼する人がいるとは驚きだった。私なら、絶対に自分で作る。5万円が3万円に下がっても、自分で作るもったいないもの。

 私が決めたような、5万円。制度化されたということは、5万円払ってもヘルパーに組み立ててもらいたいというユーザーがいるということだろう。
 突拍子もなく高くしておけば、だれもヘルパーを頼ろうとはせず、自分で作ることの楽しさを味わってもらえるだろうというメッセージを込めた5万円だったのだが……。

 不況だ、不況だっていいながら、日本って、本当に豊かだなあ。

 ん? そういえば、あの「カルロス」からは、アンプの組立料はおろか、マルチセルラー・ホーンの組立料すら1銭ももらってないなあ、今日現在。

 私って、ホントに人がいい。

 


【初出2003年3月14日】
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