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 とことん合理主義 - 桝谷英哉さんと私   第10回 :安いのを買え!

  このコラムを読んでクリスキットを買っちゃった人が現れた。といっても、私の知り合いだが。
 休日に我が家まで来て、自分で持ち込んだCDを聞いて(私がそうするように言ったのですが)、その場で購入を決めた。
 彼が買ったMark8-Dが完成した。私が作ったのだが。
 で、我が家から自宅に持ち帰った彼から、メールが来た。

 「クリスキット、ありがとうございました。あれからいろいろなスピーカーをつなぎ、いまは当初の予定通り、2階の居間でブックシェルフにつないで、上品かつご機嫌に鳴っています。以下に述べる理由から、長方形の部屋の長辺一面に昔くくりつけでこしらえた本棚の中段にブックシェルフを組み込みなおしました。これで本当のブックシェルフになりました。
 組み込みなおしたというのは、長辺を利用して、SPとSPの間を広げたのです。その理由はクリスキットで鳴らすようになって
 (1)チャンネルセパレーションが格段によくなることがわかった(2)音の消え方、残り方が美しい。つまりホールトーンを表現する、というのが理由です。小さなスピーカーでも部屋の左右の広がりを利点として、なかなか雰囲気よくなっています。実はある視聴室がこういう部屋の使い方をしていました。
 そのほかの特徴は(3)分解能が優れています。気づかなかった音が聞こえるようになりました(4)音がクリアです。
 おそらく(1)(2)(3)(4)は同じ理由から発している現象でしょう。これも同じ理由からでしょうが、音がいくらか細身に聞こえます。ま、SPが小型の能力の低いやつですから、(1)から(3)までの変化はわずかしか表しませんが。
 (4)として音楽全体の表現の仕方という点では、メーカー品は何か工夫しているのでしょう。結構うまく表現しています。ま、これは聴き方の違い、好みの違いにもよるのでしょうが、音を聴きに行くならクリスキット、ボワーッと聴くならメーカー品でも結構いける、といったところでしょうか。
 それはともかく、我が家のぼろシステムがそれなりによく鳴って、サブシステムとしてこれで十分です。なにしろこの値段でこの音は絶対にメーカー品では出ません。まだ、鳴らしたい部屋がありますので、いずれパワーも含めてもう一台買おうかなと思っています」

 

 話は突然変わる。
 ブルブル。今日は結構冷え込むな。寒いはずだよ、チラチラ雪まで降ってきやがった。おっと、もう晩飯の時間だぜ。何を食おうか。

 そうだ、こんな日は湯豆腐熱燗と決まってらあ。

 昆布と追い鰹でとったダシで醤油を割ったかえしは寝かしてあるし、ダイダイとカボスは九州から送ってきたのがあるわ。タレはすぐできらい。

 

 

(余談)
前に登場した原宿の魚屋「K」では、タレにダシは使わないのだそうです。
これも前に出てきた、我が友人であるレストランのオーナー兼シェフ「カルロス」によると、ダシは関西では昆布の比率が多く、関東では鰹の比率が高いとか。
なるほど、ところ変われば品変わるでありますな。

 

 昆布でたっぷりダシをとって、椎茸を放り込んで、それに下仁田ネギ。俺は春菊と白菜も入れたいな。そこに、八つ切りぐらいにした豆腐を浮かべて、一度沈んで浮いてきたヤツを掬ってタレにつけて、
 おっと、紅葉おろしを忘れちゃいけねえや。

 で、豆腐を口ん中に入れると、火傷しそうに熱くて、

 フハ、フハ、フハ、

 ってなぐあいに、息を吐き出して冷ましながら食うのよ。途中で、人肌に温めた日本酒をぐっと……。

 と、勇んで近くのスーパーに出かけたとする。
 100円の豆腐と、300円の豆腐が店頭に並んでいる。

 300円の方には、

 「国産高級大豆使用」

 「天然にがり使用」

 など、いかにも高級そうなうたい文句が書いてある。

 あなたならどっちを買います?

 財布の中身は心細いが、今日はどうしても湯豆腐を食べたい。
 だったら、選択肢は、味は劣るかもしれませんが、
 100円の豆腐
 しかありませんね。

 給料が出たばかりで、

 「矢でも鉄砲でも持ってこい!」

 ってな、強気の日は、迷わず
 300円の豆腐
 に手を伸ばすに違いありません。

 

 

(余談)
俺も人間が小さい。
給料が出たあとじゃないと、300円の豆腐が買えないってか!?

 さよう、我が国では、品質と価格は、釣り合う、高いほどいい、という社会常識がある。

 あるスーパーが、9,800円でビデオデッキを安売りした。ほとんど売れなかった。
 ある店員が一計を案じて、値札を14,800円に付け替えた。30台ほど残っていたデッキが即日完売した。

 ちょっと古い話だが、ある地方都市で聴いた実話だ。消費者の感覚では、9,800円はいかにも安すぎて、信用できない。14,800円だと、そこそこ安くて、「信用できる」ということらしい。
 まったく、ものの理屈を考えない人たちは、と桝谷さんならずとも、ため息が出る。

 いや、突然シリーズの中身が変わったわけではない。相変わらず、桝谷さんシリーズである。

 いよいよCDが無視できなくなって、桝谷さんに相談を持ちかけた。あれは確か、1990年前後だった。

 「CDプレーヤーは何を買ったらいいでしょうか?」

 ソニー(原則として、このシリーズではメーカー名は書かないことにしているのだが、ここはしかたがないでしょう)の安いヤツにしなはれ。間違っても、高いものを買うたらあきまへん

 「へっ!?」

 である。
 こちらは、少なくとも本人は、真面目に、いい音で音楽を聴きたいと思っている。そもそも、CDプレーヤーがまともな音楽信号を出してくれないことには、いくらいいアンプを使ったところで、ろくでもない音楽信号が増幅されてしまうわけで、いい音が出てくるわけがないのだ。

 

 

(余談)
この時までに、この程度の理屈は分かるようになっていたのだ。私にしては、ナガアシの進歩であったと自認している。

 

 そりゃあ、20万円を超すような高額品を買う自信、いや資金力はないが、10万円程度なら、財布を逆さにしてでも買うつもりなのである。

 「いやー、でも、せめて6万円とか7万円とか出さなくていいものなのでしょうか? なにしろ、増幅する元の音を出す機器ですし、ここでケチってもですねえ。せっかく、クリスキットも使っているわけですし」

 「わからん人でんなあ。あんた、いい音を聴きたいんでっしゃろ? そやから、安いCDプレーヤーを買いなはれと言うてますのや。あんさんが言わはるように、高いからええ、なんて考えてたら、いつまでたってもまともな音は聴けまへんで

 とまどった。

 桝谷さんは、うまい湯豆腐を食いたければ、300円の豆腐は絶対に買うな、100円の豆腐を買ってこい、と言っているようなものだ。これは、日本社会に染みこんでいる常識に真っ向から反旗を翻すことである。

 「あのー、安いヤツといってもですね、安さの程度もありますでしょうし、そのー、いくらぐらいのものならよろしいのでしょうか?」

 「そうでんな、定価が3万円から4万円程度のものでよろしゅおますやろ。これなら、安いところに行けば2万円台で買えますわ」

 「はあ、まあ、安いCDプレーヤーで済むということであれば、私の財布は助かりますが……」

 「あんたも、つくづくものの理屈を考えん人ですなあ。よろし、ちょっと説明してあげますさかい、しばらく聞いとんなはれ」

 以下は、その時桝谷さんが話した(と私が記憶している)ことの概要である。

 CDプレーヤーは、大きくわけて3つの機能から成り立っている。











CDに刻まれたの信号を読みとる光センサー
アナログレコードは溝の両側に刻まれたてんでんバラバラな凹凸が左右のチャンネルの音楽信号になっており、それを1本の針が拾っていく。それとは違い、デジタルの信号は「0」か「1」の2種類しかない。従って、読み取りは比較的楽である。
読み取り誤差の自動修正回路
光センサーが間違って隣の信号ラインを読むこともあるし、CDにゴミや傷がついていて、「0」を「1」に、あるいは「1」を「0」に読んでしまうこともあり得る。これを修正する回路の開発は、長い経験と実績がいる。
D/A(デジタル・アナログ)コンバータ
音楽信号は、最終的にアナログ信号に変えないと、音楽としては聞こえない。

 

 

(余談)
昔のパソコンは、ハードディスクはおろかフロッピーディスクドライブもなく、ソフトウエアはカセットテープに保存していた。私は、1983年にそのようなパソコンを買ったことがある。
ソフトを使おうと思うと、ソフトをカセットテープレコーダからパソコンにloadしなければならない。その際、スピーカーをONにしておくと、
ギーッ、ビーッ、ガリガリガリ、ギーッ
など、凄まじく耳障りな音がした。多分、あれが生の「0」「1」信号の音である。あれが、D/Aコンバーターをくぐらせるとふくよかなバイオリンの音に変わるというのは、考えてみれば不思議なことだ。
ちなみにこのパソコン、買って3ヶ月で使い道がないことに気付き、お蔵入りとなった。当時は、ワープロソフトはおろか、文字変換ソフトもなかったのだ。これでは、日常生活を便利に、豊にする道具にはならない。
みんな、何に使っていたのかしら?

 

 (2)と(3)は集積回路で、たくさん作って売っているメーカーのものが優れていることは、その開発にかかるコストを考えれば当然のことである。
 特に、最終的に音質を決めるのは(3)のD/Aコンバータで、CD用のD/Aコンバータを国内で生産しているのはソニーともう1社だけだ。D/Aコンバータはまだ発展途上にある。当然、改良に次ぐ改良が加えられており、この開発負担に耐えられるのは、CDウォークマンを含めて、最も大量にD/Aコンバータを作って売っているソニーである。

 

 

(注)
ごめんなさい。このあたりの事実関係、特に、D/Aコンバータを作っているのが2社しかないとか、最も大量にD/Aコンバータを売っているのがソニーであるとかいうのは、裏付けとなるデータを私は持っていません。ただ、桝谷さんが話したことを、そのまま書いているだけであることをお断りしておきます。

 

 では、なぜ安い機種がいいのか。

 



同じD/Aコンバータチップを使っている限り、音は同じはずだ。あえて高いものを買う意味はない。
それなのに、聞き比べると、安い方が実際に音が良い
D/Aコンバーターの改良は早い。安い機種を買っておけば、買い換えが楽。

 

 の3点だった。

 「よろしいか。だからソニーの安い機種にしなはれ、言うてますねん」

 間もなく、東京・渋谷の城南電機で、言われた機種を買ってきた。2万円台だったと思う。確かに、それまで使っていたM社のCDプレーヤーとは比べものにならない素晴らしい音が聞けるようになった。

 

 

(注)
そう、もう覚えている人も少ないかもしれませんが、一世を風靡した城南電機の宮路年雄社長とも仲が良かったのです。
しかし、社長の死後、あれよあれよという間に倒産してしまいましたな。あの会社のシステムではしかたがないともいえますが……。
宮路社長は、価格破壊の時代を開き、安売りが当たり前になった時代の波に飲み込まれて最後を迎えた風雲児でした。私は、いまでもそう思っております。

 

 このころから、私が新しく買うソフトは、すべてCDになった。LPレコードも、少しずつではあるが、CDに買い換え始めた。

 ソニーの技術屋さんと雑談したことがある。

 「ソニーのCDプレーヤーって、高いのから安いのまで、いろいろありますよね」

 「はい」

 「でも、CDプレーヤーの音を決めるのはD/Aコンバーターでしょう。同じチップを使っている限り、CDのデジタル信号は同じアナログ信号に変わるわけだから、音に差はないはずですよね」

 「原理的にそうですね」

 「とすると、我々は一番新しいD/Aコンバーターチップを使っている一番安い機種を買うのが賢いということになりますね」

 「我々としては、高い機種を買っていただきたいのですが、おっしゃることは否定しません」

 「それなのに、どうしてあれほどの価格差があるのですか? 確かに、フロントパネルやつまみなど外観は高い機種の方が立派ですが、あんなもの、コストにしたらたいしたことはないはずです」

 「うーん、それはですねえ……、技術者というのは、アナログに変わったあとの音楽信号をいじりたがるのです。で、これに結構コストがかかるんです」

 「でも、オーディオの王道はSimple is best.でしょう。余分な回路が入れば、その分だけ音楽信号は濁ってくる。とすると、安い機種の方が音がいいということになりませんか?」

 「そういうお考えの方もいらっしゃるようです」

 「じゃあ、かなりのコストをかけて、アナログ信号をいじって、音は良くなっているのですか?」

 「ふーっ。残念ながら、私の耳には、良くなっているようには聞こえません

 以来、私は3万円以上のCDプレーヤーを買ったことがない。いま使っているのは、ソニーのCDP-911とCDP-XE700。どちらも2万数千円だった。XE700は、子供たちも使っている。

 いま、ソニーのCDプレーヤーが市場から次々と姿を消し、SACD(スーパー・オーディオCDというらしい)に切り替わっている。いやいや、D/Aコンバータも変わっているようだし、さて、いま使っているCDプレーヤーが壊れたらどうしよう……?

 こんどは、心強い相談相手がいない中で製品選びをしなければならないのである。店頭で聞き比べても違いははっきり分からないだろうし、第一、クリスキットのシステムで聞かせてくれる店なんてないだろうし。試しに買って帰って聞いてみるというのも、コストパフォーマンスが悪いこと、この上ない。さて……、

 心細い

 


【初出2003年1月17日】
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