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 とことん合理主義 - 桝谷英哉さんと私   第8回 :君子(中)

  試行錯誤はしてみるものである。桝谷さんの試行錯誤は大きな成果を生みだした。

 最大の成果は、トランジスタを使ったアンプを手がけたことだ。前回も触れたが、今となっては失敗作というしかないプリメインアンプである。 だが、この失敗がなければ、トランジスタを使ったいまのクリスキットはなかった。

 

 

(余談)
失敗は成功のもと。
私は、大学にはいるのに、多くの人より1年長く勉強した。つまり、1浪した。
私は、大学生活を、多くの人より1年長く楽しんだ。つまり、1年留年した。
私は就職試験に通るのに、同僚より1年長く待った。つまり、最初の年は不合格だった。
失敗の積み重ね。でも、俺って、結局のところ、成功したのか?

 

 一足飛びにトランジスタに向かったのではない。当時の桝谷さんにとって、音楽信号の増幅に使えるものは真空管しかなかった。トランジスタなぞ、ほとんど視野の外だった。
 だから、自分でも心から満足できる仕上がりになった真空管式のプリアンプ「MARK V」の次に手がけたのは、真空管式のパワーアンプだった。

 「MARK V」を、米国製の真空管式パワーアンプ(これもキット)につないで音楽を楽しんでいた。それで充分だと思っていた。
 ところが、ある日友人たちとオーディオ談義をしていたときのことだ。

 「自宅で音楽を楽しむには。これで充分でっしゃろ。何も無理してパワーアンプを作ることもないような気がしてますねん」

 という桝谷さんの話に、突然、

 「いや、パワーアンプも作ってくれませんか」

 と声がかかった。

 「あなたが作ったアンプなら、私が分けて戴きますよ」

 ある紡績会社の社長さんだった。
 まだ設計も何も手がけていない。作る気がないのだから当たり前である。

 「はあ、作るとしても材料費は6万円ぐらいかかりますやろし、そのお話は、出来上がったときに相談するということでどうでっしゃろ?」

 それで話は済んだと思っていた。あまり真剣に考える気もなかった。

 ところが、その翌日、桝谷さんの事務所に、あの社長さんが突然現れた。

 「ほな、材料費の半分だけ前渡しということで、よろしゅうお願いしますわ」

 ウッソー、である。自分では、まだパワーアンプを作るかどうかも決めていない。構想なんてどこにもない。

 「そやけど、まだ設計も出来上がっておりまへんので、出来上がってからということで……」

 と逃げた。逃げようと試みた。

 が、敵もさるものである。

 「わてはですな、例の、あなたが設計されはったプリアンプのおかげで、それまで持ってたアメリカ製のプリアンプを売りましたんや。お願いしますわ」

 逃げ道がなくなった。
 否も応もない。材料費の半額を押しつけられた桝谷さんは、引っ込みが付かなくなってしまった。

 構想をまとめ、設計、製作、測定、やり直しと、艱難辛苦の道だったらしい。完成したとき、材料費は、当時で4万5000円ほどかかっていたそうだ。

 だが、苦労のかいはあった。
 それまで使っていた米国製に比べ、

 「"アット驚くタメゴロウ!"びっくりするほど、良い音になりました」

 記事、それに付いている写真を見る限り、このパワーアンプに型番はない。見出しには「6CA7ppパワーアンプ」と書いてある。

 

 

(注)
6CA7とは、このパワーアンプに使った出力用の真空管、「pp」は、プッシュ・プルという回路方式のことである。それ以上突っ込まれると、私にはよく判らない。

 

 真空管でプリアンプ、メインアンプを自作し、「アット驚くタメゴロウ!」と性能を誇った人が、なんでトランジスタだったのか。

 真空管の出すだった。

 1972年に世に出たプリメインアンプ製作記事によると、

 「プレーヤー・システムの下の足元に、モノラルパワーアンプを2台並べてありますので、お皿を取り替えたり、ひっくりかえす時に、夏は足元からストーブのような熱気を感じます」

 トランジスタは、それほど熱を出さない。夏場に使うアンプとしては、その点だけは理想的である。
 とはいえ、トランジスタへの不信感は、桝谷さんの中では消えない。プリメインアンプの製作記事の冒頭に、こう書いている。

 「といって、トランジスタの音は、という先入観も手伝って、今まで手を出さずにいたわけです。石の音はどうも、という話も良く聞きます。事実、市販品のアンプをあれこれ機会ある毎に試してみるのですが、やはり音が堅くていただけません」

 完成後のヒアリングテストでも、

 「石独特の硬い音とか、ぎらついた感じは全然なく」

 と胸を張りながら、最終評価は、

 「真空管アンプに非常に近い音」

 と、あくまで真空管の方が優れていることを前提としたものでしかない。

 言ってみれば、トランジスタでも、設計さえよければ、そこそこの音は出せますよ、というのが、この時点での桝谷さんのメッセージなのだ。

 

 

(注)
必要は発明の母。
桝谷家には、多分、まだエアコンが導入されていなかったのだろう。エアコンがあれば熱対策の必要はなくなり、トランジスタへの移行もなかった?

 

 なのに、いつ、どうして、桝谷さんが、真空管よりトランジスタの方がいいと考え始めたのか、残念ながら聞き漏らした。桝谷さんが書き残した原稿から推測するしかない。

 どうやら、桝谷さんが本格的なトランジスタアンプに挑戦したのは、パワーアンプの方が先らしい。

 「実効出力25W×2 前段直結OCL式純コンパワーアンプ」

 という見出しが付いた製作記事が出たのが、例のプリメインアンプの製作記事と同じ年である。

 

 

(注)
OCL=Output Capacitorless circuit。それ以上のことは聞かないでください、知りませんので。

 

 「4月号より連載したプリメインアンプのパワー部を独立させ、さらにグレードアップしたパワーアンプの製作。JBL400Sの回路を参考に、徹底的にひずみを追い出し、アイドリング電流を充分に流して、管球式アンプのウォームトーンとし、市販品中最高級パワーアンプの再生音に挑戦してみた」

 とリード部分にある。
 型番はまだないようだが、写真で外観、内部の配線などを見る限り、現行のパワーアンプ、P35-III の原型と見て間違いない。

 

 

(推測)
桝谷さんのことだたから、完成したプリメインアンプでいろいろ遊んだのではないか、というのが私の推理である。
プリ部とメイン部を切り離し、他のプリアンプとメイン部をつないで音を聞いているうちに、
「ひょっとしたら、トランジスタは相当な優れものなのではないか」
と感じたのではないだろうか。プリメインアンプの製作記事に続いて、このパワーアンプの製作記事が出ているからだ。
こういうとき、
「真空管が絶対である」
というドグマから軽々と抜け出すのが、君子の君子たるところである。

 

 リード部に「市販品中最高級パワーアンプの再生音に挑戦」とあるように、このアンプは、かなりの自信作だったらしい。測定、ヒアリングは、自分の手では行わず、外部の人に依頼している。測定結果は技術用語の固まりなのでパスして、ヒアリングテストの感想から一部抜粋する。

 「その鮮明にして豊麗な再生音は、まさに石のアンプから完全に脱皮している感覚である」

 それでも桝谷さんは、

 「夏向きのアンプにぴったりのものだ、と私は思っています」

 と書いている。
 まだ、完全にトランジスタの方が優れているという地平には立っていない。

 

 

(余談)
日暮れて道遠し。
いつになったら、名器P35-III に行き着くのか?
と思っていたら、「ステレオ装置の合理的なまとめ方と作り方」で回答を見つけた。電波科学の1976年3月号の掲載された記事をそのまま収録したもので、
「2年あまり前に完成したP-35」という表現がある。つまり1974年にはP-35が完成していた。そして、この時点で一部改良が加えられ、「P-35-II」になる。
やっぱりだめだ。いつ III になったかは、やはり出てこない。

 

 桝谷さんが、プリアンプのトランジスタ化を考え始めたのは、1973年から74年にかけてだったようだ。電波科学1975年10月号の書いた記事に、そう思わせることが書いてある。

 が、悩んだらしい。そのころ、「MARK VI カスタム」に進化していた真空管式のプリアンプの評価が、非常に高かったからだ。
 ここは、私がグチャグチャ書くより、少々長いが、桝谷さんの原稿を引用した方が話は速い。

 「前に、最新形ということで、クリスキット・マーク・カスタムの説明をした折りに、プリアンプはパワーアンプと違って、電力変換回路の必要がないので、石でも球でもいいと書いた。そしてしいていえば、石の方が優れているとも述べた。
 実は、そのときから、今回述べるソリッドステートプリアンプの構想は出来ていたのである。
 自分でいうのもおかしな話だが、デザインはいま一つだが、マーク・カスタムの音質だけは最高級の折り紙をつけていただいたことは、実は私にはかなり大きな負担だったのである。石の方がよい、と述べた手前、新しく発表するソリッドステートアンプの音に、もし、例えそれが一部の方々であっても不満が出たら、文字通り余計なことをしない方がよかったことになる。例え、真空管そのものが、過去のものになってしまったとはいえ、現状維持の方が無難だということは、わかってもらえると思う。ミニシリーズのように、サブアンプと割り切って発表したときとはわけが違う。
 というわけで、NECからプリアンプ用に、いろいろすぐれた特性を持った2SC1400および2SA750が発表されたことを昨年の夏に聞いたので、それらの石を半年ばかりひねくり回していた。
 ステレオアンプというかぎり、人の五感に訴える、いわばムード性を無視したのではいい物が出来ない。これならいけそうだという試作品が出来上がって来たのは、それから数ヶ月後である。日頃、凝り性の性格がたたって、飽きずに何回も何回もやり直し、やっと出来上がったのが、今回に述べるマーク7ユニバーサルである。出来上がってみて、やはりソリッドステート回路のほうが、いろいろな点ですぐれているということの裏付けを得た。
 誤解を避けるために述べておくが、球の音とか石の音なんてものは、迷信みたいなもので、回路がすぐれていて、そのうえ、材料パーツの選択に、既製アンプのように商品として市販するときの制約などにとらわれず、納得できるものを使い、パネルデザイン、コストダウンのための作業性などにとらわれず、あくまで音質本意に設計してあるかぎり、石とか球の区別はつかないはずである。ただ、いえることは石のほうが真空管では真似のできないようなすぐれた回路が、日進月歩で、生まれてきている上に、回路素子もどんどんいいものが作られているという事実である。これでやっと、球と石の最高級プリアンプが揃ったわけである。
 正直いって、本機の最終製品が出来上がって、電気特性の測定はもちろん、ヒアリングテストをした結果、やはりもう球の時期は過ぎたという確信を持った」

 

 

(感想)
後の桝谷さんを知る身にとっては、このころの桝谷さんは、
カ・ワ・イ・イ !
この、どこかおずおずとした感じが、なんともよろしいではありませんか。

 

 ここまで来ると、桝谷ワールド全開である。

 「オーディオマニアが頼りにする本1」に至ると、真空管アンプの問題点が列挙されている。

 








回路インピーダンスが、トランジスタアンプの約10倍と高い。従って、高い周波数の信号が悪い影響を受ける。
出力インピーダンスが高いので、どうしてもアウトプット・トランス(インピーダンス・マッチング)が必要になる。トランスを介してスピーカーを動かす以上、低い周波数から高い周波数までフラットに再生するのは望み薄である。
高い電圧がかかるため、コンデンサが傷む。傷んだコンデンサは雑音を発生する。

 

 

 

(解説)
書かれていることが理解できなくてもかまわない。書いている私にしたところが、わかっているのかどうか、よくわからない。
桝谷さんが、このような表現で、過去を切り捨てたことを知れば充分である。

 

技術と、部品が進歩しているのに、昔の球の方がよいといったり、SPレコードの方が音楽性があると考えている人のことを時代錯誤という。

 

 

(解説)
 これはわかりやすいでしょう?

 

 「オーディオマニアが頼りにする本3」にもある。

 

1975年頃までは、いろんな電子機器用に開発されたトランジスターが、しかも当時は、現在使われているようなシリコン・トランジスターではなく、ゲルマニュームによる半導体が使われていたために、雑音も多く、ハンダ付けのための耐熱性に乏しく、確かに音が硬かった。

 

 

(解説)
そんな昔の経験で、最近のトランジスタを判断してはいけない、ということです。

 

現在、少なくとも一部上場企業は勿論、かなりな規模の会社で真空管を作っているところは、世界中に一軒もない。日本で最後まで真空管を作り続けたナショナルが、真空管工場の火を消してから、もう15年以上になる。勿論アメリカ、ヨーロッパでも、真空管を製造している会社は一軒もない

 

 

(解説)
 なのに、どうして今さら真空管?といいたいのです。

 

 私がはじめてステレオ装置を持ったのは、たしか1972年のことだった。アンプは、通産省のGマークがついた、トランジスタ式のプリメインアンプ、スピーカーはダイヤトーンの3ウェイ。
 とにかく、音がやせていて、硬かった。ロックを聴いていると、耳に何かが突き刺さるような音がした。
 不快で、不快で、アンプを真空管にした。真空管は音に芯があるのにまろやかという言葉で心が動いた。前にも書いたが、プリとメインが分かれたセパレート式で、キットだった。
 音がふくよかになった。だが、耳に突き刺さる感じは消えなかった。スピーカーをJBLにしても、耳に突き刺さる音は消えなかった。

 「真空管でこの程度か」

 と思いながら、頭は、

 「もっと高価な真空管アンプなら、このいやな音も消えるに違いない」

 と思い続けた。だから、プリアンプが不調になったとき、真空管式のキットを探しに行った。クリスキットに出会っていなければ、いまでもそのあたりを徘徊していたはずだ。
 つまり、私は、桝谷さんが嫌う「ものの理屈を考えないマニア」の一人であったことは、残念ながら疑いようがないのである。

 自宅で音楽を聴くたびに、クリスキットと桝谷さんに出会ってよかったと、心から思う。

 


【初出2002年12月27日】
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