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 とことん合理主義 - 桝谷英哉さんと私第4回 :たこ焼き先生 1

  桝谷さんは1925年6月、神戸の純日本料理屋に生まれた。一人っ子である。

 純日本料理屋には芸者が出入りした。いまと違って、本格的な芸、それも日本の伝統芸能を身につけなくては一人前の芸者と認めてもらえなかったころである。おまけに、お母さんは長唄の師匠で、そんな芸者衆に稽古をつけていた。いまでいえば、音楽教室と公演会場が自宅の中にあるようなものだ。三味線、太鼓、琵琶……。
 子供のころから、桝谷さんの周りには、直に聞く生の音楽があふれていた。

 私がお目にかかったころでも、身長160センチ足らず、体重50キロ前後と、桝谷さんは華奢だった。子供のころは

 「20歳までは生きられないかも知れない」


 ともいわれた。病弱な少年だった。

 

 

(余談)
私は、子供のころから体が大きかった。小学校、中学校と、クラス1ののっぽだった。記憶に残るような病気もしたことはない。唯一の悩みは、やせっぽちだったことだ。ガリガリだった。
いまは、
「太りすぎているのではないか」
と悩む。自宅でビールを飲もうとすると、娘に「自分の腹を見てみたら」とののしられ、取り上げられる。
時間の経過とは残酷なものである。

 

 友達のように外に出て活発に遊ぶことはできない。勢い、自宅で、一人で遊ぶことが多かった。カメラ、音楽、読書。

 小学生の上級のころには、親にねだってドイツ製の中古カメラを手に入れる。日本でも、やっとカメラを作り始めたころである。まだ貴重品だった。だから、町内の慰安旅行で大活躍をした。焼き増ししてあげると、お小遣いがもらえた。

 手巻き蓄音器も買ってもらった。音が悪くても、針音がうるさくても、音楽を楽しむには、ほかに手段がなかった。やがて、機械好きのお父さんが電蓄を買った。とたんに音が良くなった。クラシック音楽が生活に溶け込んだ。ベートーベンの交響曲第3番「英雄」が好きだった。

 電蓄で聞くクラシック音楽は、雑音が混じることが多かった。しかし、生のコンサートを聴くのではないから、そんなものだと思って疑いもしなかった。

 

 

(余談)
我が家にも手回しの蓄音機があった。小学校に上がったころ、偶然、縁側の下で発見した。レコードも、ケースに入れて、やはり縁側の下に放置してあった。
クランクのようなものを本体に差し込んで内蔵のゼンマイを巻き、鉄の針をピックアップに取り付け、レコードをターンテーブルに置いて針を乗せてみた。保存(縁側の下に放置しておくことをそう呼ぶのなら)されていたレコードは童謡と浪曲だった。子供には面白いものではない。
ゼンマイがゆるんでくると、ターンテーブルの回転が落ちる。「うさぎとかめ」が、
「う〜さ〜〜ぎ〜〜〜と〜〜〜〜か〜〜〜〜〜め〜〜〜〜〜〜」
となり、可愛い女の子の歌声が、60過ぎたおじさんの歌声になった。そこだけが面白く、友人を呼んできては笑いこけていた。
半年ほどで飽き、レコードを近くの畑に持っていって、円盤にして飛ばした。よく飛んだ。誰が一番遠くまでとばせるか、競争した。そして、みんな割れてしまった。いま考えると、もったいないことである。
ところで、桝谷さんの暮らしはうらやましいばかりである。私も、お金持ちに生まれたかった。

 

 昭和30年ごろのことである。ご近所に、えらく凝った音響装置を買ったという話が耳に入った。何でも、電蓄とは比べものにならない素晴らしい音でクラシック音楽が聞けるらしい。
 矢も楯もたまらず、聞かせてもらいに行った。かなり大きな装置だった。レコードも、自宅にあるSP盤ではなく、新しく登場したLP盤だった。やがて、オーケストラの演奏が流れ始めた。これまで生演奏以外では聞いたことがないほど美しい音だった。すっかり魅せられた。

 「こりゃいかん。電蓄ではどもならんわ。わしもステレオ買うたろ」

 すぐに桝谷さんは電気屋に出かけてステレオを注文してしまう。V社製のステレオだった。レコードプレーヤー、アンプ、ラジオ、スピーカーが一緒になった一体型である。それも、一番値段の高い製品を頼んだ。当時で 5、6万円もした。

 「これで、心いくまでクラシック音楽を堪能できると思いましたんや」

 立派なステレオがやってきた。表面は見事に塗装されて光沢があり、そこいらの家具より立派である。

 「これで、自分の好きなときに、きれいな音で、クラシック音楽が聴けるわ」

 電源を入れる。慎重にレコード盤をセットして、針を降ろす……

 「聞いてすぐですわ。あれっ、近くのうちで聞かせてもろうた音と全然違うやないか、と思いましてん」

 もちろん、これまで聴いていた電蓄やラジオに比べれば、遙かに美しい音が流れ出した。だが、期待はずれの音だった。

 V社製のステレオが、保証期間内に壊れたわけではない。レコードをかければちゃんと音楽が聴けるし、ラジオ放送も楽しめる。カタログに書いてあるとおりに動いているのである。だが、満足できない。よくある話である。
 こんな場合、普通は

 「しょーもない買い物してしもた」

 と諦める。
 諦めきれないと、ほかの、もっと音のいいステレオ装置を探し始める。舶来品にまで目がいくようになる。買い換える。また満足できなくなって、次から次と買い換えるマニア生活が始まる。

 桝谷さんは非凡である。我々凡人とは、違った方向に頭が動き出す。
 誰も思いつかないであろう行動を選択した。この選択が、クリスキットというアンプをこの世に誕生させることになろうとは、当時の桝谷さんは、当然のことながら気付いていない。

 抗議に出かけた。V社のサービスステーションに。 桝谷さんの辞書に「諦める」という単語はないのである。

 「あんたんとこのステレオを買いましたんや」

 「それは、どうもありがとうございます」

 「ところがでんな、ステレオらしい音がちっとも出ませんのや」

 「はは、それでレコードは演奏できておりますのでしょうか」

 「レコードも演奏できるし、ラジオも聞こえますわ。でも、出てくる音がチンケで、どもならんのですわ」

 「右のスピーカーと左のスピーカーからは、それぞれ違った音が出ておりますでしょうか」

 「それは、ステレオ録音されたレコードをかければ、違った音が出ますわ」

 「ラジオを聴いていただくとどうなります?」

 「2つのスピーカーの真ん中から音が聞こえてきよりますわ」

 「それで、特別雑音がはいるなどということは?」

 「そんなことはありまへんな」

 「ということでございますと、当社のステレオは正常に作動しているようですね」

 「正常って、どないなことですねん。こっちは、クラシック音楽を、できるだけ生演奏に近い音で聴きたいと思うて高い金払ろうとるんだ。ラジオより少ーしようなった程度の音で、何でステレオですねん!

 いや、現場に立ち会ったわけではない。V社の係員とのやりとりを、桝谷さんから詳しく聞き出したわけでもない。
 でも、想像するに、このようなやりとりが交わされたのである。

 交渉は1時間以上にわたった。そして、当然のことながら、決裂した。桝谷さんは、怒り心頭に発して事務所を出た。

 

 「あのー、済みませんが」

 事務所を出て、やり場のない憤りに身を焦がしながら歩いていると、突然、後から声がした。

 「は? わてでっか?」

 「はい、先ほど当社で、当社のステレオについてお話しされていらっしゃった方ですよね」

 「ほな、あんさんはV社の方でっか。V社の方でしたら、お話にも何にもなりまへんわ。わては頭来てますのや。なんか用でっか?」

 「いえ、私、実はお客様と当社の係員とのやりとりを陰で聴いておりまして、お客様が事務所を出られたので、後を追ってきた次第です。ところでお客様、あなた、本当にいい音で音楽を楽しみたいとお考えですか?」

 「当たり前でっしゃろ。そやからあんたんとこのステレオ買うたし、思うような音が出てきまへんよって、喧嘩しに来たんやから」

 「では、何ですが、ちょっとその辺の喫茶店でお時間をいただいてよろしいでしょうか」

 会話は、このように続いた。やや脚色もあるが、桝谷さんから聞いた話では、2人の出会いはこのように進んだ。

 喫茶店で腰を下ろした桝谷さんに、この謎の人物は、語り始めた。

 「変なことを申すようですが、お客様にお買い上げいただいた商品は、あれはステレオではございません

 「ステレオじゃないって、あんた、ほな、あれはなんでんねん!?」

 「はい、あれは家具であるとご認識ください」

 ちょっと待ってよ、である。ステレオとしてカタログに掲載され、店頭に展示されている「ステレオ」が、実はステレオではなくて家具だって!? そんなこと言われても、訳が判らんではないか!
 というのは私の感想だが、おそらく、桝谷さんも同じ思いを、私の数倍の激しさで抱き、謎の人物にくってかかったであろうことは、想像に難くない。

 「で、お客様、あなたは本当にいい音で音楽を聴きたいのですね?」

 「当たり前でんがな」

 「そのためには努力をされますか?」

 「しまんがな」

 「実は、市販されているステレオというものには、ろくなものがありません。本当にいい音を聴こうと思えば、自分で作るしかありません。お作りになりますか?」

  「ちょっと待っておくんなはれ。作れ、言われても、わては電気にはずぶの素人や。素人にできますんかいな」

  「私が教えます。かなり努力をしていただくことになると思いますが、私が知っている限りのことはお伝えしたいと思います。どうされますか」

  「それで、あんたに教えてもろたら、自分でステレオを作れるようになりますんかいな」

  「はい、そこまでお付き合いさせていただくつもりでおります。どうされますか」

  「そもそも、あんた誰ですねん?」

  「私は、V社で技術部長をしております○○と申します」

 

 

(注)
技術部長というのは不確かである。何故か。
考え得る原因1:桝谷さんが相手の正確な役職を憶えていなかった
考え得る原因2:桝谷さんは正確に記憶をして私に話したが、私の記憶が時間とともに曖昧になった
2である公算が大きい。
とりあえず、技術部長としておく。

 

 後に、桝谷さんが、たこ焼き先生と呼ぶ人との出会いであった。

 クリスキットへの道は、このように始まった。

 

【初出2002年11月1日】


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