#3 安堂礼人、交通事故に遭う

 愛車がおシャカになった。
 交通事故起こさせられてしまった。

 時は2003年1月9日、早朝の午前6時50分過ぎ。
 ところは、自宅近くの信号のある交差点。

 

 

(予備知識)
私は毎朝、2キロほど離れた公園まで、愛犬「リン」を散歩に連れて行く。私と彼女の日課である。
 昨秋までは純粋に散歩だった。自宅を出て川沿いの道を歩き、仕上げに近くの公園でフリスビーゲームをする。私が投げるフリスビーを、リンが追いかけてキャッチし、持ち帰るのだ。
 リンは、長い間車が嫌いだった。
「なぜ、我が愛犬は車に乗るのを嫌うのか?」
窓から犬が顔を出した他人の車を見かけるたびに、そんな疑問を持ち続けた。
「なんとか、リンを車好きにできないか」
私が自らに、そのようなテーマを与えたのは前年の秋のことだ。
1週間ほど考えて車嫌いの原因らしきものに思い当たった。彼女が車に乗るのは、動物病院に行くときだけだったのだ。
彼女の頭の中には、
動物病院
という1対1の関係が深く沈殿しているのに違いない。である以上、車に乗れと命令されれば、直ちに動物病院のイメージが浮かぶ。
動物病院では敬愛する飼い主から引き離され、冷たいステンレスの台に乗せられ、知らない人間に身体中を触られ、時には注射をされる。非常に不愉快な、できれば避けたい過程である。
これでは、私でも車に乗りたくなくなる。
この1対1の関係を破壊すればいい。
そう考えて、車で遊びに連れ出すことを考えた。公園まで車で行き、散歩をしながら排便・排尿をさせ、そのあとでフリスビーを追いかけさせる。フリスビーをくわえて戻れば、褒美をやる。主に、キビナゴや小イワシを干したものだ。
彼女にとっての、至福の時を用意するのである。
至福の時
の関係を構築するのである。
最初は、いやがるリンを無理矢理車に詰め込まざるを得なかった。時には、家に逃げ込もうとするリンを捕まえ、断固として車に乗せた。医者に行くときと同じである。
が、1週間で、彼女は車のドアが開いたとたんに座席に飛び乗るようになった。彼女の指定席となったリアシートに抜け毛が付着するので、シートを覆うカバーも買った。
かくして、毎朝リンとドライブをすることが私の日課になった。例の公園が近付くと、興奮して車の中を歩き回り、息を弾ませ、吠える。至福の時の訪れを待ちかねて、身体全部を使って喜びを表現しているのだ。

 

 前置きが長くなった。本来は交通事故の話である。

 この日も、私は淡々と日課をこなした。
 冬場、朝の訪れは遅い。朝6時過ぎ、まだ暗いうちに自宅を車で出て公園での散歩、フリスビー遊びを済ませ、ドライブ時間を長引かせるために回り道をし、自宅から300mほど離れた信号機のある交差点にさしかかった。この交差点を突っ切ってまっすぐ行けば自宅である。

 現場の見取り図も用意した。ここからは見取り図を参照しながら読んでいただきたい。

   事故現場

 私が走っていたのは、道幅4〜5mの狭い道。この道と交差しているのは、片側2車線で中央分離帯もある広い道だ。
 私は交差点の手前20mあたりで信号が青であることを確かめ交差点に入った。狭い道だったので、時速は30kmから40km程度である。交差点に入る際に、右から車が来ていないかどうか確かめたような気がする。

 目線を正面に戻したとき、左側から突然車が現れた。

 「!?」

 とっさにブレーキを踏み、ハンドルを右に切った。
 コンマ数秒後、

 「ドン!」

 という大きな音とともに、私の車の左前部が、相手の車の右後ろドアに激突した。

 車内に、きな臭い臭いが充満した。

 「えっ! どこかがついたのか?」

 あわてて車内を見回した。火の気は見えない。しばらくして、たったいままで握っていたハンドルから、白い袋が飛び出しているのに気付いた。エアバッグである。臭いは、エアバッグを膨らませる火薬から出たのだろう。
 私は、自分が乗っている車でエアバッグが開くのを生まれた初めて体験した。

 しかし、エアバッグにぶつかった記憶はない。私の車のシートベルトには「プリテンショナー」という機構があり、衝突の瞬間、シートベルトを強制的に引き込んで(なんでも、小さなロケットが使われているそうだ)乗っている人の身体を固定する。多分、その機構が働いたのだと思う。

 そこまで確認して、なぜか私は信号を見た。

 「俺、信号を見間違ったか?」

 歩行者用信号機の青いランプが点滅していた。

 「やっぱり、俺は間違ってなかったよな」

 

 

(余談)
 我ながら、極めて冷静だった。

 

 それから初めて、私の車がぶつかった相手を捜した。2mほど先で、ワゴン車が左を下に、私の方を向いて横転している。これが、私の車がぶつかった、いやぶつけさせられた車のようだ。
 どうやら、衝突の前後に、相手のドライバーはハンドルを右に切って逃げようとしたらしい。重心の高いワゴン車だから急ハンドルで横転してしまったのだろう。
 フロントガラス越しに運転席を見る。運転していた人はシートベルトで運転席に固定され、横転した車の上の方にいた。左腕が、下に伸びていた。いや、垂れ下がっているように見えた重力は下に向かって働く。重力に逆らう力がなくなると、すべては下に落ちる。

 「えっ、この運転手、気を失ってるのか? それとも……。だったら大変だ!」

 緊張が走る。
 横転したワゴン車に歩み寄った。

 「あんた、大丈夫か?」

 私の声に気付いた運転手が、私を見た。気は失っていないらしい。

 緊張が解けた。

 

 

(余談)
しばらくして、
「あんたの左腕がダランとぶら下がっていたので、あわてたよ。何してたの?」
と聞いてみた。
彼は、
「そうですか、全く覚えていません」
と答えるだけだった。
後で、彼の車から黒っぽい液体が流れ出しているのに気付いた。
「オイルでも漏れてるのかな?」
と聞くと、
「いや、缶コーヒーです」
との答だった。
想像するに、衝突の直後、彼は缶コーヒーが倒れて中身がこぼれだしているのに気付き、左手でその缶コーヒーを拾おうとしたのではなかったか?
後日、ご本人に確かめてみた。 「いや、ぶつかったはずみで胸のポケットからたばこが箱ごとが飛び出しちゃって、それを拾おうとしていたみたいです」
人間、とっさの時に何をするかはわからないものである。

 

 やがて彼は、車から出ようとし始めた。運転席のドアは、いまや横倒しになった彼の上部にある。不自由な態勢でそのドアを開けようとするのだが、どうしても開かないらしい。すると、ウインドウを下げ、窓から何とか自分の身体を外に出し、やがて地面に降り立った。

 ふと気付くと、リンが隣にいて吠えていた。窓から飛び出してきたらしい。彼女とドライブ中は、後の窓は開けておくのである。彼女は、顔で風を受け止め、スピード感を楽しんでいるような、気持ち良さそうな表情をする。リン

 

 

(余談)
スキーの楽しみのひとつに、耳元で風がうなる体験がある。リンもそれと同種の快感を得ているように思考される。ん? 犬に表情って、あったっけ?

 

 いつもは窓から飛び出すことはないのだが、彼女なりに異常を感じ取って行動したらしい。
 そうか、おまえも無事だったか!

 自分の車を見た。
 無惨な状態だった。
 バンパーは砕け、左右のライトはこなごな。ボンネットはひしゃげ、フェンダーもグシャグシャだ。路上に、訳の分からない部品が散乱している。私の車から飛び散ったものらしい。
 左前部でぶつかっているため、車の前部、エンジンを積んでいるところが、何となく右にずれているように見える。シャーシが歪んでいるに違いない。人が乗るところから後は全く何ともないが、運転席のドアを開け閉めするときしむ。

 それでも、エンジンは快調に動いていた。交通の邪魔にならないように数メートル動かした。折れ曲がったフェンダーがタイヤに触れ、ギシギシといやな音がした。それに、エアバッグが飛び出したハンドルは、何とも操作がしづらい。これも初めての体験だった。

 という事故だった。

 近所の人が警察に電話をしてくれて、15分ほどでお巡りさんが2人やって来た。書類を取り出し、我々2人から事情を聞き始めた。
 2人が話した内容は、完全に一致していた。相手の運転手が信号無視で交差点に突入したのだ。

 「ごめんなさい。次の信号に気をとられて、この信号を見ていませんでした

 おいおい、そりゃあねえだろう
 である。が、そこまで素直に出られるとこちらの気分も落ち着いてくる。

 双方の保険会社にも連絡した。私の担当者は、

 「今回の場合、事故の責任分担は0対100になります。こちらに責任が全くございませんので、我々が安堂礼人さんの代理として相手方と交渉することはできません。交渉はご自分で進めてください」

 といった。

 「アドバイスはしてもらえますね?」

 と聞くと、

 「そういうお手伝いはできると思います」

 と答えてくれた。まだ若い女性のようだった。

 「頼りになるかな?」

 ま、相談相手がいないよりは落ち着く

 やがてレッカー車が来て、横転している車を引き起こした。私の車も持って行くという。

 こうして一連の手続きが終わるまでに、かれこれ1時間半ほどかかった。

 事故直後は、大量のアドレナリンが出ていたのだろう。それほど寒さを感じなかったが、このころには、身体全体が冷えてガタガタ震えそうだった。

 以下、後日談である。

 

2人とも、念のために病院に行った。いまのところ、どちらも日常生活に支障はないようだから、不幸中の、最大の幸いである。
思うに、2人ともちゃんとシートベルトをしていたことが「不幸中の最大の幸い」を招いたに違いない。
シートベルトをしよう!

 

私が見てもらった医者は、中年の男性だった。

「どうしました?」

と聞かれたので、

「交通事故でして」

と答えた。事故の様子の説明を求められたので話していると、

「ぶつかるとわかってぶつかった事故で、むち打ちになることはまずないんですよね」

という。身体が危機を察して筋肉が緊張し、衝撃に備えるのだという。知らない間に衝突すると、筋肉が緩んでいるため衝撃で骨がずれたりする。それがむち打ち症なのだそうだ。 では、私の場合は問題ないはずだ。

「じゃあ、これで帰っていいですか?」

と聞くと、

「いや、せっかくだから、レントゲンを撮っておきましょう」

ときた。
せっかくってねえ、事故にあったのは私なんだが……。

おまけにこの医者、一言多いタイプらしく、

「ま、念のためむち打ち症があるかどうか調べた方がいいですし、なかったとしても背骨が老化しているかどうか確認できますから」

と付け加えた。
おいおい、俺は老化度の診断をしてもらいに来たのではない。交通事故の後遺症の心配がないかどうかを知るために来たのだ。

「ま、そうおっしゃらずに、レントゲンを撮ってきてください」

正面かからと横からと、2枚のレントゲン写真を撮ってきた。それを見た医者が大きな声を出した。

「おお、やっぱりある、ある。ほら、ここですよ」

と、持っていたボールペンで第5頸椎、第6頸椎を差した。

「えっ、やっぱりむち打ちになってますか?」

いやま、困ったな。しばらくは、首にワッカをはめた生活をしなくちゃいけないのか。気分が落ち込んだ。

「いえいえ、そうじゃないですよ。ほら、これが老化ですよ。この軟骨のところが色が変わっているでしょう。うん、これが老化なんだな

あのね、俺は
交通事故でここに来てるの!

老化が心配で来てるんじゃないの!

ホントにいやな医者だね!!
と、ホントに口に出して言った。
言いながら、思わず、

「で、その老化現象というのは放っておいていいものでしょうか?

と質問してしまった。
意地を張り通せない
わ ・ た ・ し。

 

1週間後の16日、ぶつかった車の運転手から電話をもらった。

「事故から1週間ですが、お体の方は何ともないですか?」

真面目な人である。今のところ、特に痛みもないと答えた。

 

事故の責任は0対100。つまり、私には全く責任がないということで合意した。
それはそうだよなあ。

 

私の車は全損ということになった。新しい車を買わざるを得なくなった。保険で出る金を頭金にするのだが、保険会社との話し合いは、今のところ決着していない。

 

新しい車が来るまで、保険会社に代車を要求した。

「いや、タクシーを使っていただきたいのですが」

などといっていたが、

「どうして被害者である私が我慢をしなければならないのか。同じ車を代車として持ってきて欲しい」

と突っぱねた。2日後に代車が来た。

 

壊れた車は買って5年。走行距離2万5000キロ弱。エンジンがとても気持ちよく回るようになり、運転していて実に快適だった。5年乗っても、ちっとも飽きない、ますます愛着が湧いていた。少なくともあと5年は乗り続けようと決めていた。そのあとも、時々ハンドルを握れるように、子供に譲る計画だった。
長かったローンの支払いがやっと2月で終わり、3月からはローンを気にせずに乗れると喜んでいた。
なのに、またローンを抱え込まざるを得なくなった。
とことん、金には縁のない生活を強いられる。

 

(2006年2月12日に挿入した後日談)
保険会社との交渉は長期にわたった。車の損害に対する当初の提示額は、確か200万円ほどだった。

「悪い冗談はよしましょうぜ。車両保険の対象額は270万円なんだ。270万円出せ」

「いや、規定上、それはできません。同程度の中古車を買うことができる金額ということになっておりまして」

「だったら、200万円で、あなたのいう同程度の中古車を探してもってこいよ」

「いや、我々は、そこまでは……」

「だったら、270万円払いなさいよ」

すったもんだの末、235万円で決着した。
次は治療費、慰謝料である。
ネットで交通事故の慰謝料の算出方法を検索した。少しでも多くの慰謝料をふんだくるための理論武装である。これも何度も交渉を重ねた。120万円ほどで決着した。そんなものなのか。
決着したら、妻が言った。

「お父さん、お金が入ったね」

「ああ、120万円ほどだが」

「お父さんも気がついていると思うけど、洗面所が傷んでるよね。そろそろリフォームをしたいと思っていたんだけど」

「……」

かくして、私が獲得した慰謝料は、90%以上が新しい洗面所に姿を変えた。金が水に流れていったようなものだ。
事故に遭い、医者に通い、保険会社と交渉したのは、すべてこの私1人である。家族というものは、大黒柱の犠牲で肥え太っていく。

 

 何回か、事故を思い返した。コンマ何秒の差で私と私の車の運命が決まってしまったことに、改めて慄然とした。

 (ケース1)

 私の車がもう少しスピードを出していたか、もう少し早く交差点に入っていたら。
 信号無視して交差点に入ってきた相手の車は、私の車が通り過ぎたあとを走り抜けた。
 この場合、気付いた私が

 「ばかやろー」

  と怒鳴っただけであったと思われる。

 (ケース2)
 ケース1よりほんの少しだけ遅く、私の車が交差点に入っていたら。
 相手の車が、私の車の左側に激突していた。愛車は右ハンドルだったが、ぶつけられると思わずに運転していた私は、あの医者の言葉を信用する限り、強度のむち打ち症になったと思われる。
 さらに心配なのが、愛犬リンだ。彼女はシートベルトもせずに後部座席にいたため、悪くすると相当のけがをしていたと思われる。 今回は、幸い無事だったリンの写真を公開する。

 (ケース3)
 ケース2よりもう少しだけ遅く、私の車が交差点に入っていたら。
 私の車が、相手の車の右前部のドアに激突していた。
 ここは、相手の運転手が座っている場所である。ただ、ワゴン車で座席が高いため、相手の身体に直接衝撃が加わる危険は少ないと思われるが、場合によっては下半身にかなりのダメージが加わることもあったであろう。
 この場合、事故処理よりも救急車を呼ぶことが優先したはずだ。

 (ケース4)
 ケース3よりもう少しだけ遅く、私の車が交差点に入っていたら。
 これが、現実に起きたケースである。

 (ケース5)
 ケース4よりもう少しだけ遅く、私の車が交差点に入っていたら。
 私の車の直前を横切っていくワゴン車に唖然となり、急ブレーキをかけたあと、窓を開けて

 「ばかやろー! どこに目をつけてんだ。信号をちゃんと見やがれ!!」

  と怒鳴って自宅に帰っていた

 ケース1からケース5までの差は、おそらくコンマ何秒である。この間で、無限のバリュエーションがあり得た。いま考えると、ゾッとする。

 皆さん、くれぐれも交通事故には気をつけましょう。
 世界の願い 交通安全!


【初出2003年1月24日】
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