グルメに行くばい!   第44回 :番外編10 グランド・ケイマンと亀


 飛行機は、グランド・ケイマンの飛行場に滑り込んだ。
 
 “Thank you so much. And hope you have good holidays.”
 
 隣席の美しい女性と別れ、飛行機を降りた。外に出ると、強い風混じりの雨に迎えられた。
 そういえば、近くで台風が発生したと、機内放送でいっていた。すでにグランド・ケイマンは過ぎ去ったはずだったが、まだ余波が残っているのだろう。
 
 今朝飲んだ「ワカ末」がやっと効果を発揮してきた。一時に比べると、痛みはずっと軽くなった。周期も、30分に1回、40分に1回程度になってきた。

 

 

(余談)
最近読んだ本で、
「痛みにも単位を」
と主張しているのがあった。痛みを測る基準として、単位を作るべきだというのである。
作者が提案していた単位は、
「鼻毛」
である。
鼻毛を1本抜いた痛さを、1単位とする。その10倍の痛さだったら、「10鼻毛」と表現する。
グランド・ケイマンにおける私の場合、40ないし50鼻毛から、5鼻毛位まで痛みが治まっていた。

 

 とりあえず、ホテルにチェックインした。腹痛はずいぶん楽になったが、相変わらず食欲はない。この24時間で胃袋に納めたのは、機内で隣席の美女が勧めてくれたチーズと紅茶だけである。なにの、何かを食べたいという欲求が全く起きない。
 
 が、人は、生きるためには、何があろうと食べねばならない。極限状態における「食人」が、文学、映画などのテーマとして、何度も取り上げられるのはこのためである。
 とまで力を込めなくても、翌日は仕事の予定が入っている。食べるにこしたことはない。
 
 ホテルを出て、観光パンフレットに載っていた地元料理のレストランに向かった。
 
 ケイマンの地元料理、それはである。
 亀は、ケイマンの特産品である。ケイマンは海亀の産卵地で、陸に上がった海亀は、砂浜に卵を産み落とす。しかし、この卵は、放っておくと天敵に荒らされることが多い。ために島では、産み落とされた卵を掘り起こして孵化室に運び込む。時至って孵ると、半分は海に戻し、半分は島の特産品として様々なものに姿を変える。海亀の生存確率2分の1は、残酷なようでもあるが、自然の手に委ねていれは、生存確率はずっと小さい。
 残酷なのは、人か、それとも自然か。
 自然との共生、というよく分からない言葉が、分からない概念が、分からないまま、でも大変なプラス価値を担わされて、広く用いられているのが、いまの時代である。人と自然。じっくり考えてみるのも面白い。
 
 ちょっと脱線してしまった。
 要は、この人間の取り分とされている2分の1が料理に姿を変える。それが亀料理である。せっかく、はるばると、カリブ海の島までやってきたのだ。「グルメに行くばい!」の著者が、特産品、名物料理を試さずしてどうする?
 
 と、一向に働き始める兆しのない胃をなだめながらレストランに入り、テーブルについた。メニューを見る。
 
 亀のステーキ
 亀のスープ
 亀の○○
 亀の△△
 亀の□□
 亀の××
   ・
   ・
   ・
   ・
 
 目から入ってきたメニュー情報に、胃袋が悲鳴を上げた。
 
 「冗談じゃねえや。病み上がり、いや、ひょっとしたらまだ病んでる最中かもしれない俺に、そんなものを詰め込むのかよ。よせやい!」
 
 食指が全く動かない。が、何かを食べないことには、今日が乗り越えられそうにない。
 目を皿のようにしてメニューを見た。食べられそうなものを探した。
 
 ずらずらと書き並べられた料理の中で、1つだけピカッと光るものがあった。
 Turtle stew
 である。
 亀のシチューである。
 
 私の頭の中に、時折自宅で食べるシチューが現れた。失敗作と自認した「手羽先のクリーム煮」を思い出した(この料理に関しては、「 グルメに行くばい! 第6回 :キャベツを食う 」をご参照下さい)。
 あの、たっぷりしたスープの中に、肉や野菜が入っているやつだ。味つけは塩、胡椒と牛乳。香辛料も少々、最後にクリームも忘れず、というところである。どちらかというと、刺激のないマイルドな味の料理だ。しかも、中の具は充分に煮込んであるから、食べやすく胃に優しい。病み上がりの胃に最適な食べ物である。
 と判断した。
 
 “Turtle stew, please.”
 
 10分ほどして、ウェイターが料理を運んできた。テーブルに置かれた料理を見て、
 
 「このウェイター、注文を取り間違ったのではないか?」
 
 と怒りに近い疑問を持った。
 テーブルに置かれた皿に載っていたのは、何かの肉の煮込みである。一口大の肉の塊が10個ほどある。ほかはマッシュポテトやトマトなど、いわば付け合わせの野菜である。
 私が頭で描いた「たっぷりしたスープ」などどこにもない。そもそも、スープなどどこにも存在しない。
 これが、なにゆえに「シチュー」であるのか? 人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!
 
 ウェイターにクレームを付けようと顔を上げた瞬間、私の頭の中で何かが弾けた。
 
 「ひょっとして……、ひょっとしてシチューって、煮込み料理のことなのかな?」
 
 どこでそのような知識を身につけていたのかは不明である。なぜか、我が食の歴史の中では確固たるものであった「シチュー=たっぷりしたスープ」の関係に亀裂が入ったのである。
 
 「てめえ、なに間違ってやんだよ! こんなもん、頼んじゃねえよ!」
 
 と叫びかかった口からは、
 
 “Is it the turtle stew?”
 
 という優しい問いかけの言葉が出てきた。
 
 “Yes, Sir.”
 
 と答えが返ってくると、思わず、
 
 “Thank you.”
 
 とにこやかな笑顔を返していた。
 
 かくして、私の前には、煮込んだ亀の肉といくらかの野菜が残された。病み上がりの胃は、拒否信号を送ってくる。
 その胃をなだめつつ、まず、トマトを口に運んだ。マッシュポテトに挑んだ。思い切って、亀の肉も口に放り込んだ。
 同じ順番で、2順目に入った。ここまではなんとか完走した。
 3順目に入った。トマトはこなせた。マッシュポテトも胃に落ち着いた。亀の肉にフォークを刺した。が、肉がどうしても持ち上がらなかった。
 私の、ほぼ30時間ぶりの真っ当な食事は、かくして完遂されることなく、途中で放棄された。
 亀の肉の味?
 そんなもん、味わうゆとりはなかった。なにしろ、たった二口、無理矢理口にしただけなのである。無理矢理咀嚼して胃に送り込んだだけである。全く記憶に残っていない。
 考えてみれば、ケイマンまで足を運ぶことなど2度とないであろう。あれがケイマン産の亀の肉を味わう唯一の機会だったのである。惜しいことをしたと心から思う。いまの私なら、人生の残り時間が徐々に減ってきた現在なら、死んでも全て平らげたであろうと思う。若さとは、弱いのもである。
 あれもこれもすべて、メキシコシティサラダの余波なのである。
 
 ちっとも空腹感がない空きっ腹を抱えてホテルに戻った。
 眠い。体力が落ちているのであろう。こんな時は睡眠をたっぷり取るに限る。そそくさとベッドに潜り込んだ。
 
 うつらうつらし始めたときだった。部屋の電話がけたたましい音をたてた。ん? ケイマンに知り合いはいないはずだが……。
 
 受話器を取ると、私にとっては外国語に過ぎない英語が流れ出してきた。このようなときの武器である、
 
 “Pardon?”
 
 や、
 
 “Speak more slowly, please.”
 
 を連発して、何とか相手のいわんとしていることを把握すべく、時間を費やした。
 奮闘の末、おおむね理解できた。それは次のような内容だった。

 

 

(余談)
私が英語を解する人間であれば、ものの2分もかからなかったに違いない意志疎通に10分以上も費やさなければならなかった。電話の向こうの人は、考えてみれば気の毒であった。

 

 電話の主は、このホテルのフロントマネジャーであった。チェックインの際、クレジットカードを示していたのだが、
 
 「あんたのカードは使えない!」
 
 と電話の向こうで言っていたのだ。なぜなら、カード会社から、使えないカードだとのメッセージが返ってきたのだという。
 
 「そんな馬鹿な!」
 

 と私は激怒した。腹痛、空腹に加えて、カードが使えないだと?! 今日の俺は、三重苦のヘレン・ケラーか?!

 

 

(余談)
そういえばつい先頃、WOWOWで、「奇跡の人(THE MIRACLE WORKER)」をやってましたな。パティ・デューク(Patty Duke)がヘレン・ケラーを演じて1962年のアカデミー賞助演女優賞を取ったヤツ。我が家では、デジタルビデオテープで録画しましたです、はい。

 

 「そのような話は極めて不可思議である。なぜなら、私は本日午前5時、メキシコシティのホテルで、このクレジットカードで支払いをして来たばかりである。メキシコシティで使えてケイマンで使えないとは、理不尽にもほどがある。私がメキシコシティを出てこの地に着くまでに、私のカード会社が倒産してしまったのか? それとも、世界同時革命が起きて資本主義が全廃されたのか? そうでなければ、機械の故障に決まっておる。もう一度試しなさい!」
 
 私は眠い目をこすりながらベッドを出て、クレジットカードを携えてフロントに向かった。フロント待ち受けていたホテルマンは、私からカードを受け取ると、早速機械にかけた。
 
 ほら、やっぱり機械の故障だろう、と待っていると、やっぱりこのカードは使えないと言う。
 
 「いつまで馬鹿なことを言っておるか! これから日本に電話をして、このカードが立派に通用するものであることを証明するから、そこに控えておれ!」
 
 と怒鳴りかけて、ふと閃くものがあった。
 
 与信限度額?
 
 私はこの時点で、日本を出てからちょうど1ヶ月たっていた。この間、ホテルの支払いは全てカードで済ましてきた。時には、買い物もカードで支払った。支払総額は、かれこれ50万円を超えているであろう。
 
 「そういえば、クレジットカードには与信限度額ってのがあったよな。俺のって、いくらだっけ? 日本ではあまりカードを使わないから、多分、最低額、確か50万円か。そうか、突破しちゃったのか……」
 
 閃いたとたんに、私の態度は変わる。この変わり身の早さには、我ながら感心する。
 
 “Ahh, uhh, by the way, can I pay you in cash?”
 
 私は、急に下手に出た。カードが使えないとなれば、現金で払うしかないではないか。
 客なのに下手に出たのは、カードを使わず、現金で支払いをする客をうさんくさい目で見る海外のホテルが多いからである。
 そんな場所で、使えないカードを振りかざしてしまったからである。最初から現金で払うという客より、うさんくささではこちらの方が上ではないか?
 
 が、そこは客商売であった。
 
 “No problem, Sir.”
 
 私は翌日、残り少なくなったトラベラーズ・チェックと、肌身離さず日本から持ってきた10万円を持って、銀行に駆けつけた。彼らは、トラベラーズチェックはすぐにドルに替えてくれた。しかし、日本円の引き取りは、頑なに拒んだ。
 
 「見たことがない。これは本物の金であるか?」
 
 と1万円札の裏表をしげしげと眺めるばかりなのである。
 
 日本の札は世界最高品質の紙と、世界最高の印刷技術をもって製造される芸術品であることを知らないか! この無教養者!
 玩具屋に行けば転がっているような、玩具そっくりの札を使っている国の札を何より大事にする馬鹿者ども!
 日本経済の実体、Japan Moneyの実力を知らずして、よくぞ銀行員などをやっていられるなあ、あんたがた。ここには、日本企業のペーパーカンパニーもたくさんあるはずだぜ。もっと勉強したまえ。
 
 と罵ろうと思ったが、英語で何というのか分からないから、やめた。トラベラーズ・チェックだけを換金して、ホテルに戻った。
 
 ケイマンでは、日程に少しだけゆとりがあった。1日だけレンタカーを借りて、グランド・ケイマンをドライブした。

 

 

(お勉強)
ケイマン、グランド・ケイマンなどいろいろと表記してきたが、正確には「英国領ケイマン諸島 (Cayman islands British West Indies)」という。マイアミの南約800kmのカリブ海、北半球で発売されている地図ではキューバのほんの少し下にある。
グランド・ケイマン、ケイマン・ブラック、リトル・ケイマンの3島からなり、首都はグランド・ケイマンにあるジョージタウン。最大の島、グランド・ケイマンでも長さ35km、平均幅6.5kmしかない。
カリブに浮かぶリゾート地であるほか、租税回避地(Tax Haven)としても有名である。この地にペーパーカンパニーをつくって脱税、ではなかった、節税に励む日本企業も数多い。

 

 この国は、英国領である。従って、日本と同じく、「車は左、人は右」の国である。日本と同じ感覚で運転できる。
 最初の目的地は、そう、潜水艦である。これに乗りたくて遠い島までやってきたと言っても、あながち言いすぎでもない。
 潜水艦の乗り場にやってきた。チケットを買わなくては。あれ? 閉まってる! 閉まって、「臨時休業」とあった。
 そういえば、台風が近いんだったな。見ると、高さ2mほどもある波が押し寄せ、岸壁にぶつかって砕け散っている。潜水艦は、この波に洗われて水浸しである。潜れば、どうせ水浸しになるのではあるが、この波では乗り込めない。
 こりゃダメだ。メキシコシティサラダのたたりか!
 
 仕方なく、島内ドライブを続けた。30分ほどで端っこまで行った。Uターンして、反対の端っこまで走った。またUターンして、元の場所に戻った。所要時間、1時間半ほどであった。
 
 途中、
 
 「The Mountain」
 
 と書いた看板が目にとまった。見ると、私が走っている道路より、ホンの少しだけ盛り上がった土地があった。胸が膨らみ始めたばかりの少女が仰向けに寝ている。ほかに比べて少しばかり盛り上がっているところが胸である、と言えば言える。そんなに変わらないといえばいえる。その程度の盛り上がり方である。
 それがこの国では、定冠詞をつけて
 「The Mountain」
 と呼ばれる。
 
 「これが山というもんじゃい!」
 
 という気分である。
 
 この国で登山をするには、この「The Mountain」に登るしかない。補助動力のない自転車でも登れそうな「The Mountain」に登るしかない。
 
 この国に生まれて育った人には、世にいう「山」の概念を理解することは永遠に不可能であろう。ひょっとしたら、世界で一番地理の成績が悪い国民かもしれない。
 
 というわけで、ケイマンでは何事もなかった。何事もない平穏無事な日々は、その時点では極めてありがたいものであるが、後日、こうして原稿を書くには極めて都合が悪い。波瀾万丈がなければ原稿にしにくいのである。
 何事もないまま2日後、私は再び三度機中の人となり、フロリダ経由で次の目的地、ワシントンに向かった。1週間後、ニューヨークを経由して日本に戻った。
 41日間世界一周の旅が終わった。

 

 

(余談)
ニューヨークの空港で、ウイスキーを3本買った。うち1本は張り込んで、「dunhill」にした。確か、50ドルした。
帰国後、隣に住む義父に差し上げた。土産である。義父はいつも、サントリーのオールドを飲む人であった。
差し上げる際、
「一口だけ飲ませて」
と、一口だけ飲んだ。うまかった。ブレンドの仕方が実に上手だと思った。
1週間後、我が家に客があった。途中で酒が切れた。隣にあるはずの「dunhill」をふと思い出した。
「よし、美味いウイスキーを飲ませてやる」
隣に行った。ガラス戸棚の中を探った。オールドしかなかった。
「あれ、dunhill は?」
との問いに、義父は答えた。
「飲んじゃった」
美味かったらしい。喜んで、すばらしい娘婿に恵まれたことに感謝しながら飲んだらしい。
おかげで我が家の客は、
「美味いウイスキー」
としてオールドを飲まされた。
ひょっとしたら、私に文句の1つも言いたかったのかもしれない、といま思う。

 


【初出2004年7月16日】
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