グルメに行くばい!   第42回 :番外編8 メキシコシティ

 メキシコの公用語はスペイン語である。

 「スペイン語は『神と話す言葉』といわれているくらい、美しい響きを持った言葉」

 と、作家の中丸明さんは、その著「丸かじりドン・キホーテ」で書いている。
 が、こちとらは、スペイン語は全く分からない。いまのところ、神と話したことはない。予定もない。意欲もない。だから、分からなくてもかまわない、と思ってきた。

 が、ここはメキシコシティである。スペイン語抜きでは、食事をすることもままならない。タクシーを利用するなど、夢のまた夢である。飯が食えず、移動ができないとなると、ホテルの自室にこもって餓死するほかない。仕事をするなど、どだい無理な話である。

 ということで、空港まで通訳のAさんに迎えに来てもらっていた。Aさんは、通信社の特派員として駐在するうちにメキシコに惚れ込み、とうとう会社を辞め、奥さんと2人でメキシコシティに住み着いてしまった方である。Aさん、奥さん、ともに日本人だ。

 空港のビルを出ると、夕闇が迫っていた。先ほどまでの緊張感から解放されて、やおら空腹感が強まった。

 「や、どうも、初めまして。よろしくお願いします。ところでAさん、腹空きません?」

 のっけから食い物の話である。1日に3度、きちんきちんと腹が空く。健康とはありがたいものである。

 「安堂さん、何が食べたいですか?」

 「いや、私はメキシコは初めてなんです。むしろ何を食べさせてもらえるかをうかがいたいのですが」

 というやりとりで、メキシコでの最初の食事である以上、タコスしかあるまいという点で2人の意見は一致した。

 

 

(注)
タコス=トウモロコシの粉を水と油で捏ね、丸く薄く延ばしたものをフライパンで軽く焼いたもので、様々なものを包んで食べる。

 

 「安堂さん、任せてください。メキシコシティで一番美味しいタコスの店にご案内します」

 心強い言葉である。期待しようではないか。なにせ、メキシコシティ1のタコスなのである。恐らく、メキシコ1のタコスなのである。
 かくして我々は、車中の人となった。

 その店が、メキシコシティのどこにあったのか、名前は何だったのか、いまとなってはすべて忘却の彼方である。
 レストランではなかった。日本風に表現するなら、下町の食堂であった。広くはない。20人も入れば満員になりそうである。美しくもない。がたがたする椅子に座り、がたがたするテーブルをはさんで、Aさんと向かい合った。

 「さて安堂さん、何にしますか?」

 無謀な問いである。日本においては、メキシコ料理はそれほど一般的ではない。タコスも、それほど広く食べられているものではない。ために、私には全く知識がない。

 「お任せしますよ。でも、まずビールといきたいですね」

 あと知恵で表記すると、その時食べたタコスは「パストールタコス」という。
 パストールとは、タレに漬け込んだ豚肉を金串の周りに巻き、それを回しながら外側から加熱したもの。食べる際は、これを外側から薄くそぎ、タコスで包むのである。

 さて、メキシコ1のタコスの味はというと、これがとんと記憶にないのである。全く印象が残っていない。3日間のメキシコシティ滞在中、この店を再訪することはなかった。飛行機に乗ってもう一度食べに行きたいという思いもない。
 その程度である。

 それでも、2人で7〜8本のビールを飲み、10数個のタコスを胃袋に納めた。腹は整った。
 相方は、我が通訳である。ということは、支払いは我が義務である。

 「ね、勘定するように言ってくれませんか?」

 

 

(余談)
私はこのようなとき、「お勘定」という言葉も「おあいそ」という言葉も、断じて使わない。
「お勘定」? そもそも私は、金を払う客である。その客が、これから支払いをしようというときに、どうして「お勘定」なのだろう。お金をいただく立場の店の人が「お」をつけて丁寧に言うのが本来の使い方であるはずだ。客である私は、「勘定して」といえば済む。
「おあいそ」? こいつも嫌な言葉だ。だって、あいそって、そもそもおべっかのことではないか。そこから転じて、「愛想を尽かす」なんていい方もするが、なんで客が店に対して、おべっかや好意をお願いしなければならないのか?
もう少し、日本語の語感に忠実でありたい。

 

 スペイン語での会話が交わされ、やがてAさんは私に言った。

 1万1200ペソ、っていってます」

 私は腰をぬかさんばかりに驚いた。たったあれだけで、1万1200だって!? タコス1個がいくらするってんだよ! ビールも、銀座並の値段を取るつもりか?

 驚きは長くは続かなかった。
 当時、米ドルとメキシコペソの交換レートは、確か1ドル=1580ペソ。てことは……、7ドルかい?
 大の大人が2人で腹いっぱい飲んで食って、7ドル?
 冷静さが体中に広がった。安いじゃん!

 なんだか、ひどく得をしたような気分になって、メキシコでの宿、ホテル・プレジデンテに向かった。

 翌日、ある日系の会社を訪問した。用談が一段落したとき、対応してくれた方が、親切を絵に描いたような顔でおっしゃった。

 「安堂さん、メキシコは初めてですか?」

 「はい、初めてやってきました」

 「だったら、この国のことはあまりご存じないと思いますので、これを読んでおいて下さい。メキシコに来た我が社の全社員に渡しているものですけど」

 差し出されたのは、社内でプリントしたに違いないパンフレットだった。

 「メキシコで暮らす上での諸注意が書いてありますから、時間ができたときに読んでおいて下さい」

 事務所を辞し、ホテルに戻る車の中で、いただいたパンフレットをありがたく読んだ。
 読み進むうちに、何という国に来たのだろうと、我が身をはかなんだ。

・ 生水は絶対に飲まぬこと。

 

 

(コメント)
この程度は、海外旅行の常識である。水中で生息する菌類が、日本とは違うからだ。現地の人には耐性ができあがって無害になっている菌も、その菌と初対面で耐性がない日本人には、とんでもないいたずらをしてしまう。

 

・ 病気になっても、絶対に病院には行かないこと。

 「………」

 詳しく読んだ。病気になっても、絶対に救急車などを呼んではならない。病気になったら、まず会社(私が訪問した会社)に連絡すること。治療する病院などは、会社で手配する。ご丁寧に、休日に発病した際の緊急連絡先も書いてあった。この会社のメキシコ駐在員は、24時間、365日態勢で、誰かの発病に備えている!

 のっけからこれだけ脅されれば、充分である。滞在中、生水と発病には、細心の注意を払った。避けられる災難は何としてでも避ける。知恵とは、そういう行為を指す。

 メキシコシティ滞在中、ほとんどの時間は通訳のAさんと過ごした。なにしろ、Aさんは私の耳であり、口であり、知恵袋であった。当然、食事も一緒にした。

 「Aさん、今日は、ちょっと豪華に、フランス料理なんかどうですか?」

 「えっ、どうしたんですか?」

 「いや、私が泊まっているホテルに、マキシム・ド・パリが入ってるんですよ。ひょいと見たら、フルコースで10万ペソなんですって。日本円にすると1万円かからないじゃないですか。日本でマキシムなんてとっても無理だから、ちょっとのぞいてみたいんですよね。会社の金でご馳走しますから、どうですか?」

 Aさんのような人を、何と形容したらいいのだろうか? この、涎の出そうな私の申し出を、Aさんは軽く蹴っ飛ばした。

 「いや、ちょっと気が進まないなあ。フランス料理なんて。何か、ほかのものにしましょうよ」

 Aさんは、ふだんからフランス料理を食べ過ぎて食傷気味なのであろうか?
 いや、そのような経済力があるとは、とても見えなかった。

 Aさんは、フランス料理が嫌いなのであろうか?
 いまの私は、あまり好まない。それでも、メニューから選べば食べられるものはあるはずである。

 Aさんは、ご馳走になるのが嫌いなのだろうか?
 私は大好きである。嫌いな人がいるはずがない。現にAさんは、私のメキシコシティ滞在中、常に私にご馳走になった。

 では、なぜ?

 以下は、私の想像である。想像であるが、かなり実像に迫っていると思う。
 Aさんは、10万という価格にビビッたのである。2人で20万、ワインを飲んだりしたら40万。
 確かに、この数字の後に付く単位が「円」なら、私だってビビる。ご馳走してくれるという人がいても遠慮する。人並み優れて健全な常識を持っているためではない。あまりに高価なものをご馳走する人の、隠された意図を疑うからである。
 といえば格好いいが、じつはそのような場所に足を踏み込むと気圧されてしまいそうな怖さを感じるのである。

 「じゃあ、何を食べますか?」

 と聞いても、Aさんからは返事が出てこない。仕方なく、私が提案した。

 「韓国料理って、ここにはありますかね?」

 「韓国料理? 焼き肉ですか?」

 Aさんは、食べ物のことをあまりご存じないらしい。

 「いや、韓国だって、焼き肉ばっかり食ってる訳じゃあないですよ。いろいろあるんです。そうですね、電話帳で探してくれますか?」

 地球の裏側にあるメキシコシティにも、韓国料理の店はあった。2人して出かけた。東京・麻布十番の「鳳仙花」に比べれば格下だったが、充分に楽しめる味だった。

 「いやあ、焼き肉ではない韓国料理って初めて食べたけど、美味いなあ。知りませんでしたよ」

 Aさんもご満悦であった。
 A さんとは結局、初日にタコスを食べに行ったほかは、韓国料理2回、和食3回をともにした。長く中米にとどまっているが故に、アジアの味が懐かしかったのだろうと思っている。

 いよいよ明日、メキシコシティを発つ。この間、私の健康管理は完璧であった。生水はもちろん口にしない。それどころか、水割りでさえ飲まなかった。

 「氷が危ない」

 と言われていたからである。おかげで、例の医療緊急連絡網のおかげを被ることもなかった。無事なまま、明日発つ。

 朝。ホテルのレストランに降りていって、トーストスクランブルエッグ、それにサラダを食べた。ホットコーヒーを頼み、水はミネラルウォーターである。
 昼は、Aさんとうどんを食べた。
 夜は、現地でお世話になった日本人の方が、送別会を開いてくださった。

 「どうせ明日は飛行機でしょう。中で眠ればいいんだから」

 と、2次会、3次会まで連れて行かれ、しこたま酒を飲んだ。飲んだが、水割りだけは避けた。
 健康なまま、メキシコシティを離れたい。

 飛行機は午前6時半発であった。午前4時半ごろから荷造りを始め、5時にはホテルをチェックアウトして空港に向かった。支払いには全てカードを使った。
 空港に着き、出発時間を待つ。すべてが順調だった。次の目的地は、カリブ海に浮かぶ島、グランドケイマンである。グランドケイマンには、観光用の潜水艦がある。仕事を手早く済ませ、潜水艦に乗るぞー! 黄色い潜水艦だったら楽しいな。

 

 

(注)
黄色い潜水艦=Yellow Submarine
The Beatlesの「Yellow Submarine」はご存じですよね?

 

 異変が生じたのは、間もなくだった。腹が、シクシク痛い! 胃ではない。これは腸である。下腹部のあたりが、間欠的に締め付けられるような痛みを感じる。

 ???

 このようなときは、何を置いてもまずトイレである。中のものを出すに限る。

 

 

(余談)
これは、我が妻殿の医療行為である。子供が
「腹が痛い」
と訴えると、妻殿は
「トイレに行ってウンチしてきなさい」
と指導されておった。
亭主である私が、メキシコシティという異境の地で、妻殿の医療指導に従う羽目に陥ろうとは思わなかった。

 

 駆け込んだが、あまり出ない。出ないとなると、無理して出すすべはない。仕方なく、トイレを出て、飛行機を待つ。
 当初は20分に1度程度だった痛みが、15分に1度程度になった。痛みから痛みへの間隔が、だんだん短くなった。
 いかん。これは本格的な腹痛だ!
 が、飛行機の時間は刻々と迫る。この飛行機に乗らないことには、次の目的地には行き着けない。グランドケイマンでの仕事の約束も、すでにたくさん入っているのである。

 傷むときには、患部を暖めるに限る、と私は信じている。このような際、何をもって暖めるか? アイリッシュコーヒーが用意できないとなると、自らの手のひらしかない。私は、左手をパンツの中に突っ込み、臍から下腹部を暖める姿勢をとった。その姿勢のまま、荷物を持って機中の人となった。緊急時である。恥も外聞も気にするゆとりはない。
 シートに座り、シートベルトを締める。やがてアナウンスがあり、飛行機は滑走を始め、やがて大空に飛び立った。
 そのころ、我が痛みのリズムは、5分間隔にまで縮まっていた。

 「あれほど注意したのに、何が悪かったのか?」

 痛む腹を片手で温めつつ、私は必死に犯人探しを始めた。しばらく考えて、これしかないという真犯人に思い当たった。

 

 

(クイズ)
ヒントも犯人も、すべてこれまでの文章に出ています。犯人は何だったでしょう?

 

 サラダである。生野菜である。いや、野菜そのものではない。ホテルのレストランは、生野菜を水で洗って出したのに違いないのである。洗った水が、レタスに、トマトに残っていたに違いないのである。

 

 

(余談)
どうです、あなたの推理は真犯人に行き着きましたかな?

 

 「糞っ! 昨日の朝食べた、あのサラダか!」

 犯人は分かった。が、犯人が分かっても、逮捕するわけにはいかない。取調室で動機を追及することもできない。腹立ち紛れに、爪の下に爪楊枝を差し込む拷問をする機会もない。とにかく、何をしても腹の痛みが引くわけではない。犯人当ては無駄な努力なのである。

 やがて私は、座席で腹を抱くようにして全身を丸め、目をつむった。冬眠中の熊はこのような格好をするのであろうか?

 飛行機は、腹痛に苦しむ私を乗せたまま、巡航速度で次の目的地に向けて飛び続けた。

 


【初出2004年7月2日】
▲【グルメらかす】にもどる               

*当サイトの記事及び画像の無断転載は禁止します。
*ご意見・ご感想・お問い合わせはメールでお願い致します。