グルメに行くばい!第40回 :番外編6 サンディエゴ

 大西洋上を飛び、北米大陸を下に見て、飛行機はデンバー空港に着陸した。サンディエゴへは、ここで乗り継ぐ。
 荷物をピックアップし、空港ロビーに足を踏み入れた。私はガリバー旅行記の巨人の国に迷い込んだ。

 前を、2人連れの男性が歩いていた。やや伏し目がちだった視線を上げると、目の前に1人の尻があった。衝撃の尻だった。

 でかい!

 横幅が、70〜80cmはたっぷりある。死んでも避けたい事態だが、我が両腕で彼の尻を抱きしめなければならない窮地に陥ったとして、我が右手と左手は、彼の尻の向こう側でうまく出会って握手をすることができるのであろうか?

 その巨大なヒップが、私の臍より上にあった。ご承知の通り、私の身長は182cmある。決して短躯ではない。我がパンツの股下は、82.5cmである。

 そのとてつもなく高いところにある、とてつもなく大きい尻が左右に揺れる。まさに、ノッシノッシと彼は歩を進める。尻から視線を徐々に上げ、彼の頭部を見上げた。雲の上にあった、とまではいうまい。だが、人を見上げた経験がほとんどない私には、2分も見ていれば、肩が凝りそうな高さである。その上に、カウボーイハットが乗っていた。

 怖い!

 肉体的威圧感に圧倒された。
 ガリバーも同じ心境を味わったに違いない。

 到着ゲートから館内に入った。飛行機を乗り継ぐ場合、降り立ったところに乗り継ぎカウンターがあるのは、世界の空港の常識である。そう信じて、出発ゲートを探した。
 ない
 そんなぁ。
 重いスーツケースを引っ張りながら、東西南北と歩き回った。くまなく探した。
 ない
 私は、どうやったらサンディエゴ行きの飛行機に乗れるのだろう?

 不自由な英語で、空港係員に聞いた。にこやかに答えてくれるのだが、私にとってはしょせん外国語である。すんなりと了解できるものではない。
 何度も聞き返した。何となく分かった。
 彼女は、地下へ行けといっているのである。
 地下へ?
 私は、これからサンディエゴ行きの飛行機に乗ろうとしているものである。なのに、なにゆえに地下に潜らなくてはならいのか? ここ、デンバーの空港では、地下から飛行機が飛び立つのであるか?

 いや、彼女の言葉から推理すると、どうやらそうでもないらしい。そりゃあそうだ。地下から飛び立つ飛行機なんて聞いたことがない。第一、出発ゲートが地下にあったら、乗員も乗客も、酸欠、あるいは一酸化炭素中毒で死に絶えるに違いない。ジェットエンジンは膨大な量の酸素を消費し、膨大な量の排ガスを出すのである。

 彼女は、地下に電車が走っているといっている。その電車に乗れといっている。そこまでは何とか分かった。でも、電車に乗ってどうするんだ? 第一、どこ行きの電車に乗ったらいいんだ?
 何度聞いても、その肝心のところが分からない。ええー、ままよ! 電車が走っているのなら、その駅まで行けば分かるだろう。

 分からなかった。電車が来た。運転手がいない。車掌もいない。自動運転されている電車だった。仕方なく、分からないまま乗った。でも、どこに行くんでしょ、私?

 目の前にいた男性に助けを求めた。私はこれから、サンディエゴ行きの飛行機に乗る。どうしたらいいのだろう?

 私は、よほど心細そうな表情、声をしていたに違いない。この男性は、

 「任せんかい!」

 とは言わなかったが、親切にも次の駅で私と一緒に電車を降りてくれた。ホームに出て、壁に仕込んであるディスプレーと、私が託した乗り継ぎ用の航空チケットを見比べている。さっきは気が付かなかったが、このディスプレーが案内板になっているらしい。彼はやがて、

 「○○番の駅で降りなさい」

 と言った。どうやらそこが、私が探し求めた出発ゲートのあるところらしい。助かった。人間の情に、洋の東西はないことを知った。

 

 

(独り言)
いや、いまの東京は、老人が目の前に立っても平然と席に座り続ける若者、馬鹿者が優先席にまではびこっている。
日本は情のない国、嫌な国になった。

 

 あとで知ったことである。
 デンバーは世界一の規模を誇る空港であった。巨大な規模を生かし、到着ロビーと出発ロビーを別々に作っていた。それがループ状に連なり、自動運転の電車がつなぐ。飛行機の発着をスムーズに行うためである。おかげで、私のようにこの空港で乗り継ぐ場合、重い荷物を抱えて電車に乗り、出発ロビーまで移動する。
 私のような素人を、英語を不得意とする者を、完全に無視した設計である。

 サンディエゴは砂漠の仲にできた街だった。
 現地で会った日本人から、

 「昨日、隣の家の前の芝生に、何か長いものが、こう、ダラーンと伸びてるんですね。何だろうと思って近寄ると、それがあなた、ガラガラヘビなんですよ。幸い死んでましたけど」

 「先月でした。うちでは、バスタブの横にバスタオルをたくさん積んでおいて上から使うんですが、お風呂に入っていた息子が『ギャッ!』って叫ぶじゃないですか。何事かと思って駆けつけると、そのバスタオルの上にいたんですよ、サソリが。体を拭こうと思ってバスタオルを取り上げたら、そいつがガサゴソ動いたんですよ。小さくて、あまり毒のないヤツでしたけどね」

 スリルに富んだ街である。

 宿泊先は、「とことん合理主義 - 桝谷英哉さんと私 第6回 :たこ焼き先生 III」に出てきたホテルである。そう、あの「Imagine」をピアノ伴奏で歌った、歌わされたホテルだ。

 部屋に通されて、ベッドの壮大さに肝をつぶした。私が自宅で使っている布団の3倍はあろうかという大きさである。日本の家具屋で売っているダブルベッドなんて、ミニチュアモデル程度にしか見えない。
 枕が3つ置いてある。たった1人の客のために、3つも枕があるのである。なんとゆとりのあるホテルであることか。
 次いで、寂しくなった。私は1人旅である。このような壮大なベッドをあてがわれたところで、今晩も1人で寝るのである。明日も1人で寝るのである。寝て、右手を精一杯伸ばしても、左手を精一杯伸ばしても、手に触れる相方はいないのである。
 子供が全て巣立って老夫婦だけになった家が、心を締め付けるような寂寥感を呼び覚ますように、枕が3つも置かれた壮大なベッドでの独り寝は、狂おしいほどの孤独感をもたらすのである。仕方なく、酒をあおって眠りにつくのである。

 ♪ 飲んで〜飲んで
   飲まれて〜飲んで
   飲んで〜飲みつぶれて眠るまで〜飲んで

 と河島英五の歌を口ずさんだりするのである。

 が、私とて、サンディエゴまではるばるやってきて、酒を飲んで歌ってばかりいたのではない。

 突然だが。
 私は、これまでの人生で、ストリップなるものに3回だけ足を運んだことがある。3回が多いか少ないか。人によって判断は分かれるだろうが、私は極めて少ない方だと確信している。
 そもそも、私はストリップなるものがあまり好きではない。わざわざ足を運んで、お金を払って、あのようなものを見て、人は、いや、男は、何を求めるのであるか? そもそも、「あれ」は鑑賞に堪えるほど美しいものであるか?

 

 

(余談)
作家、といっていいんだろうなあ、とにかく山本夏彦という人が、こんな趣旨のことを書いている。
彼は、犬にでも猫にでも変身するという。ここからは、山本さんの著書「生きている人と死んだ人」などから引用する。
「ある朝、目ざめたら、私は女になっていた。女になった私は、鏡の前でまる裸になって、仔細に己が肉体を検分した。
 検分して、こんなものを、男どもが追い回すのはまちがいだと断じた……」

こんな箇所もある。
「何度見てもそれは形があるといえばあるしないといえばない、と言うよりほかない。とらえどころのない醜怪なもので無数のひだの集まりで、こんなものを男が珍重するのは何かのまちがいである。娘は驚いて脚をとじたはずである」
などと書きながら山本夏彦翁は晩年、奥さんを亡くしたあと、80歳をこして、ある女性に向けてこんなラブレターを書く。ご子息の山本伊吾さんが書かれた「夏彦の影法師」(新潮社)からひく。
「恐ろしいラブレター第二弾
◎前回○×に二項目しか返事がありませんでしたがなぜですか △は要りません
◎齢云々は始めから承知の上と考えています 生きている限り同時代人です
◎男と女の間に ながく無邪気なつきあいなんかありません あるとお思いですか
◎ぼくはあなたを喜ばしてあげたい 女の盛りはすぎますぞ むろん男の盛りもすぎるはずなのに なぜかすぎません 化け物といわれていますが さきのことは分かりません
◎老若を問わず あなたに心を傾けるに足りる男が登場したのなら争いたくありません 引きさがります
◎足りる男があらわれるなら とうの昔にあらわれたはず ぼくのようにながく久しくつきあった人はないはずです それでいて飽きもあかれもしない仲は大事だと思いました Kさんは思いませんか
◎あの風雨をおかして山の上ホテルまで来て 会わずに置き手紙をして帰ろうとした日のことをお忘れですか」

身を焦がす恋、遂げられない恋であった。
書くこととすることには、いつもこの程度の距離はある。
いま私は、山本さんが大好きである。

 

 そもそも、あれを鑑賞して、劣情を刺激されてどうしようというのか。この場で刺激された劣情は、誰も面倒を見てくれない劣情である。ストリップはテイクアウト禁止なのである。
 そもそも、めくるめく時間を共有できないあれなんて、いったい何の意味があるのか?

 こんな男は、ストリップ劇場に自ら歩を運ぶことはない。

 「安堂さん、時間の方はまだよろしいでしょう?」

 サンディエゴで夕食を一緒にした日系企業の社員から誘われた。

 「はあ、ホテルに帰っても寝るだけですから」

 どこに行くかも聞かず、従った。それが、我が生涯2度目のストリップ体験だった。

 

 

(余談)
1度目は、社内旅行で温泉地に行ったときだった。夜の宴会も終え、三々五々次の楽しみを求めてうろつき始めたとき、同僚が誘ってきた。
「おい、ストリップ行くぞ!」
断って、我が本性と違うものに間違えられるのも迷惑である。気は進まなかったが、付き合った。一行は、女性1人を含む7人だった。
タクシーに分乗し、街で唯一というストリップ劇場に赴く。入場料を払い、場内に入る。客は、我々だけであった。自然、我々全員が舞台の前に横1列に並んだ。かぶりつきである。
やがて踊り子が登場する。若くなかった。服が体を離れると、下腹部のたるみが現れた。40歳前後か。
やがて下着も体を離れた。それで終わりかと思ったが、実は始まりだった。ストリップも、ある年齢以上になると見せるだけでは商品として成立しないものらしい。
彼女は、さまざまな「芸」を披露し始めた。下腹部に位置する女性特有の器官でバナナを挟む、切る、コインを拾う……。初めてみる「芸」に唖然とした。目を奪われた。
「お客さん、たばこ持ってない?」
彼女の問いかけに、最年長のHさん(デジキャスのH氏とは別人)が応じた。封を切ったばかりのセブンスターだった。因みにHさんは、いつも苦虫をかみつぶしたような顔をし、謹厳実直、石部金吉で知られた人である。
彼女は1本取り出し、火をつけて吸い始めた。やがて、火をつけたままのたばこを股間に挟んだ。目を凝らして見ていると、たばこの火が赤くなったり暗くなったりしている。煙も吐き出された。股間が呼吸している!
驚異は、その程度ではとどまらなかった。
たばこの火を消すと、彼女は新しいたばこを1本取り出し、再び股間に挟んだ。挟んだまま、Hさんの方に体の向きを変えた。
ヒュッ、という音がしたのかどうか、確かではない。何が始まるのか、興味津々で見つめる我々の目の前を、何かが飛んだのである。その飛翔物は、彼女の股間から、5mほど離れたHさんの額をまっすぐに目指した。そして、見事に命中した!
Hさんの額に跳ね返されて舞台に転がるものがあった。目で追った。たばこであった。
Hさんが、ニッと笑った。初めて見るHさんの笑顔であった。
3000円の入場料は決して高くないと思った。

 

 入り口で入場料を払う。永久会員権10ドル、入場料10ドルである。一度会員になれば、2度目の来場からは入場料の10ドルだけですむシステムだ。恐らく2度と来ることはない私にとっては不当なシステムだが、仕方がない。

 場内は、思ったよりずっと明るかった。一番奥にはビリヤードの台があり、3、4人の男たちが玉を突いている。

 「ストリップ劇場でビリヤード?」

 左の方が一段高くなって手すりで囲んであり、テーブルが10数席あった。そこに案内される。すぐに、ハリウッドの映画に出してもいいような美女が現れ、入場券を出せという。ドリンクとの引換券も兼ねているのだ。ハイボールを頼んだ。

 舞台は、縦5m、横10mほどで、馬蹄を2つ合わせたような形である。いましも、若い金髪の美女が舞台上で音楽に合わせながら身をくねらせ、服を脱ぎ去りつつあった。舞台の周りには7、8人の男たちが、顎を舞台に乗せんばかりにして女性を目で追っている。
 やがて下着も全て取り去った踊り子が、1人の客の前に立った。やがてくるりと後ろ向きになり、足を少し開くと、足をまっすぐのばしたまま深々と前屈した。もろ「ご開帳」である。2、3秒たつと、次の客の前に行き、同じことを繰り返す。全ての客の前で同じ儀式をした踊り子は、音楽に合わせながら舞台を一周する。客の数人が胸のポケットから1ドル札を取り出し、踊り子に渡した。渡さない客もいる。

 「よかったー、という客はああやってチップを渡すんです。感心しなかったという客はチップを出しません。チップが彼女たちの収入ですから、努力と実力が彼女たちの収入を決めるわけです」

 努力と実力だけの世界。いかにもアメリカ的である。

 「あれっ、いま舞台に登った女の子、さっきドリンクを持ってきてくれた子じゃないですか?」

 「そうなんです。自分が舞台に立つ時間以外は、ウエイトレスをやるんですよ。ほとんどが、近くの大学の学生ですけどね」

 これも何かの縁である。私は舞台そばに席を移し、たっぷりチップを渡した。
 かれこれ1時間ほど過ごして、帰途についた。

 

 

(余談)
そういえば、3回目を書いていなかった。
3回目は、浅草のロック座である。
仕事先の課長さんとポケットマネーの付き合いをしていた。交互にご馳走するのである。その日は、課長さんがご馳走する番だった。飲み会でどこに行ったのか、何を食べたのかは全く記憶にない。記憶にあるのは、その店を出てからである。
「安堂さん、ちょっと私、趣味がありまして。もう一軒お付き合いいただけませんか」
行き先も確かめず、2人で車に乗った。降りた場所がロック座だった。それだけのことである。
総評:ロック座 was the best.

 

 ホテルに着いたのは11時近かった。何となく空腹を感じた。夕食が早かったせいであろう。ホテルのレストランで少しだけ腹に入れて部屋に戻ることにした。

 もう寝るだけである。消化しにくいものは避けよう。メニューを詳細に見てステーキにした。アメリカの肉は美味くないとの定評があるが、この際仕方がない。
 しかし、せっかくならできるだけ美味い肉を食べたい。一番高いのは“New York Steak”である。こいつなら何とかなるかもしれない。なにしろ19ドル80セントもするのである。

 生ビールを飲みながら、“New York Steak”を待った。来た。フォークで刺し、ナイフで切り、口に運んだ。
 やっぱり、アメリカの肉だった。パサパサする肉をビールで流し込み、流し込み、でも、すっかり平らげた。

 部屋に戻った。
 2時間ほど前のシーンを思い起こすと、あの広かったベッドが、さらに広く思えた。酒を飲むしかない。スーツケースからウイスキーのボトルを取り出し、1人で飲み始めた。
 ボトルの3分の1も飲んだろうか。やっと睡魔が訪れた。ベッドに移って体を伸ばした。右手にも、左手にも、右足にも、左足にも、何も触れなかった。
 1人旅であることが、心の底から恨めしかった。と思ったときは、もう夢の世界に入っていた。


【初出2004年6月11日】
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