グルメに行くばい!   第36回 :番外編2 ロンドン

 前回の日記に対し、多くの方からメールをいただいた。

 「そうですか、香港に行っていらしたんですか。羨ましいですね」

 「道理で、最近に目にかからないと思っていました」

 このような方々は、この日記の約束事を無視されたとしか思えない。この日記は、ほとんどすべて過去の出来事から成り立っているのである。いってみれば、8月31日になって、日記を1日分も書いていないことに傲然とした小学生が、記憶の底を必死に探りながら、「僕の夏休み日記」を書いているのに等しい。そしてそれは、過去の私の姿と完全に重なるのである。

 香港に行ったのは、ずいぶん前のことである。遺憾ながらここ数年、海外とはすっかりご無沙汰な日々を送っている。デジキャスの仕事は、海外とはほぼ無縁なのである。海外に足が向くはずがない。

 「グルメシリーズを書くのに、海外出張に行きたい。最近、その信憑性が疑われること甚だしいミシュランのレストランガイドを検証しに行きたい。この旅は読者に多大な利益をもたらすであろう」

 と申請したら、

 「利益は、読者よりもまずあなたにありそうですな」

 と一蹴された。
 悲しいかな、デジキャスはいまだに赤字企業なのである。
 この日記は、いまだに1円の収益もあげていないのである。
 引き下がるしかないではないか!

 黒字企業になりたい……。

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 This is London!

 

 

(注)
ロンドン、ロンドン、愉快なロンドン、楽しいロンドン、
ではない。
念のため。

 

 そんな感動に浸ったのは、ロンドン滞在2日目から3日目にかけてであった。

 ロンドン2日目の朝。この地における仕事が本格化する初日である。
 一息にアジアから欧州へ。おかげで、生活は時差のためにグチャグチャになっていた。が、仕事である。日本のサラリーマンは、時差などには負けない。午前6時半に目が覚めた。睡眠時間は3時間ほどである。
 腹が減っては戦はできぬ。目が覚めたらまず朝食である。そう思って、ホテルのレストランに向かった。ほかにはあてがない。

 古式ゆかしいホテルである。歴史の荒波に負けることなく生き残ってきたホテルである。古ぼけたホテルである。レストランも歴史の重みを感じさせる内装、時の移ろいを思わせるテーブル、チェアで私を迎えた。
 腰を下ろし、おもむろにメニューを開く。当然のことながら、すべて英語である。ま、英語であるから、何とか分かる。さて、これから私は何を食べるのであろうか?
 1つ1つチェックしていた私の視線が、ふと右に滑った。右側には、価格が書いてある。価格はアラビア数字だから、これも一目瞭然である。一目瞭然だったから、見た瞬間に飛び上がりそうになった。
 高い!
 パンに紅茶に果物。たったそれだけの組み合わせで9ポンド、とある。
 9ポンドとはいかなる金額かご理解いただけるだろうか?
 9×240=2160円
 なのである。
 たったこれだけで2160円もする。もう少し何とかしたものを、と希望すると、当然価格は上昇する。天文学的領域に突入する。

 私のロンドン滞在予定は2週間だった。このレストランで、毎日一番安い朝食しか食べないとして、朝食だけで
 2160×14=30240円!

 私は、即座に決意した。
 今日、この場は仕方がない。
 このような場所に紛れ込んだのは、私の不徳の致すところである。下調べが行き届かなかったが故である。日本人としてのメンツを考えれば、今日だけは、ここで、高い朝食を食べざるを得ない。その覚悟は、2160円を支払う心構えはできた。
 でも、明日からは、こんなところには足を踏み込まないぞ!

 

 

(余談)
そりゃ、まあ、日本のホテルだって、2000円も3000円もする朝食しか用意しないところがあるのは存じておる。たかが朝飯で、と思うものの、しかし、鮭の切り身のいいところが出たり、丁寧に煮付けてある野菜が付いていたりと、まあ、食事の体をなしていることは認めざるを得ない。
一方、このロンドンのホテルの、価格と中身のアンバランスさは、実に感動的でさえある。

 

 食事を済ませて街に出た。タクシーを拾うべく、大通りを目指して歩を進める。
 あれっ、あれって、日本人じゃあないの? 韓国人? 中国人? いや、やっぱり日本人みたいだ。
 しかも、二十歳前後の女の子じゃないか! 薄汚れたGパンにTシャツ、カーディガン。観光客には見えないなあ。こんなところで、たった1人、こんなに朝早くから何をしてるんだろう? ちょっと聞いてみるか。

 おいおい、目をそらすことはないだろうよ! ちらっと俺のこと見ただろ? 見た瞬間に、まるで汚いものでも見てしまったような顔をして、歩くコースまで変えちゃって! 君には同じ日本人としての同胞愛はないのかね!
 おや、ビルに入っちゃったよ。何だ、このビルは? English School? そうか、英会話学校か。ということは、日本からの留学生か。
 親をちょろまかして金を出させて、ロンドンまで来ちゃったのか。あのなり、表情から見て、かけたコストに見合う勉強意欲はなさそうだし、むだな投資の典型だと思うけどなあ。親御さんも大変だ。

 

 

(余談)
外国の町で日本人に会うと、顔を背ける日本人が多いと何かの本で読みました。パリの、ロンドンの、ローマの市民の一員でございという気になっていたのに、日本人を見ると、己が日本人だったことを思い知らされて思わず顔を背けるのだそうです。
彼女が顔を背けたのもそうだったのに違いありません。私がいまにも襲いかかりそうなせっぱ詰まった形相をしていたからではない、と信じております。

 

 ムッとしながら歩を進めると、道の左側にパン屋さんが現れた。覗き込むと。左側に何種類もの焼きたてとおぼしきパンが積み上げられ、右手には椅子とテーブルが並んでいる。出勤途上と思われる男女7〜8人がテーブルの回りで新聞を読み、コーヒー、紅茶を飲み、パンをかじっている。
 
ロンドン風モーニングサービスである。
 見たとたんに気に入った。
 安そうジャン!

 翌朝。
 私は、ホテルのレストランとは縁なき衆生であった。わき目もふらず、あのパン屋に駆けつけた。
 店に入る。さて、この店はどのようなシステムで運営されているのか?
 先客は入り口でトレーを取り、左の棚からパンを選ぶ。そのまま歩を進め、カウンターで紅茶かコーヒーを受け取り、右手のテーブルに運んで食事を始める。
 そうか。日本語にすると、セルフサービス・システムだな。
 私は、さもすべてを飲み込んだ常連客の如く、自然にトレーを手にし、優雅な腕の動きで2個のパンを選び、カウンターに向かった。

 “Tea or coffee?”

 そう来たか。任せなさい!

 “Coffee, please. And how much?”

 “82 pence.”

 耳を疑った。このようなときに耳を疑わずして、どのようなときに耳を疑うのか?
 1ポンド=100 pence
 である。
 ということは、
 82 pence=196.8円
 なのである。
 故国日本では、モーニングサービスですら、少なくとも300円や400円はする。なのに、ここロンドンでは100円玉2枚で朝食が手に入り、お釣りが来る!
 ホテルで1回朝食を食べるコストで、ここでなら11回も朝食が食べられる! なにしろ、朝食代は会社が持ってくれるわけではない。自己負担なのである。

 実に、なんとも、自宅で朝食が食べられない労働者に優しい街ではないか!
 老いたりといえども、さすがに大英帝国である。
 所得が日本の半分しかないとしても、ここでなら生きていけそうである。懐の広い町である。

 This is London.

 その日から、このパン屋さんは、私のロンドン生活になくてはならい店になった。ロンドンを離れるまで、私はこのパン屋さんに通い詰めたのである。

 とはいえ、私のロンドン滞在は、実は幻滅から始まった。

 ホテルのレストランで、あまりにも高価な朝食に飛び上がりそうになった前日、ロンドン・ヒースロー国際空港に着いたのは、まだ夜も明け切らぬ現地時間午前6時前だった。
 午前6時。いまなら、愛犬「リン」の散歩に出かける時間である。だから、目覚めていることに驚きはしない。しかし、当時は「リン」はいなかった。「リン」の前の愛犬であった「ラリー」もいなかった。
 つまり、午前6時とは、私の最も睡眠が深くなっている時間であった。

 「こんな早くから働くの!?」

 

 

(余談)
多分、「ラリー」は初登場である。名付け親は、「リン」と同じく、我が家の娘たち。舌を激しく運動させなければならない「ら」行音が彼女たちの好みらしい。おかげで、発音するのに苦労する。
特に、「ラリー」の発音は難しかった。「リン」なら「ら」行音は1つだけである。「Linn」にするか「Rinn」にするか、それさえ決めればいい。
「ラリー」だと、「Rally」「Rary」「Lary」「Lally」と、4つの可能性がある。どの発音が真っ当なのか? 呼ぶたびに迷った。
申し遅れたが、犬種は「リン」と同じシェットランド・シープドッグ、通称シェルティ。性別も、「リン」と同じ雌だった。

 

 が、泣き言を言っている時ではない。私は、生まれて初めてイギリスの大地を踏んでいるのである。
 空港で100ドルほどをポンドに替えた。ホテルまでの交通費である。ロビーを抜けてタクシー乗り場に行くと、話に聞いたロンドンキャブがたくさん並んでいる。そう、あの箱形の不格好な車である。私は、本当にロンドンにやってきた。
 早速乗り込んで、運転手に告げた。

 “London, ○○○○Hotel”

 

 

(注)
「○○○○」は、ホテルの名前を忘れただけであります。ほかの意図はありません。

 

 香港で、3泊4日で、英語の世界に浸ってきた身には、この程度は軽い。お茶の子さいさいなのである。

 “Yes, Sir.”

 聞かれたか、諸兄。“Sir”である。私を呼ぶに、“Sir”なのである。わずか100年ほど前、我が国を代表する知性であり大文豪であった夏目漱石先生をノイローゼ状態に陥れたロンドンの住民が、いまや、この私を呼ぶに、“Sir”の敬称をもってするのである。
 これが気持ちよくなくて、何が気持ちよかろうか!

 ロンドンキャブの後部座席は広い。床の上で子供の運動会が開けそうなほど広々している。シートに座ると、膝が前の座席の背もたれにぶつかってしまう日本のタクシーとは大違いである。
 天井が高い。専門用語でヘッドクリアランスがいいという。これも快適である。多少座高が高くても、布袋さんのように頭が上下に長くても、和服、角隠しで結婚式に臨む花嫁でも、天井に頭をぶつける恐れは皆無なのだ。
 タクシー用に考え抜かれた車である。

 欠点も、ある。
 うるさい。エンジンが、とにかくうるさい。ガーッ、と唸りながら走る。エンジンは、いまにも壊れんばかりの唸りをあげているのに、なぜか、スピードはなかなか上がらない。面白いアンバランスである。
 不安である。なにしろこの車、トランクがないのだ。私が座っている座席のすぐ後ろは、もうリアバンパーである。つまり、クラッシャブルゾーンが皆無に近い。追突でもされた日には、ぶつかってきた車のフロントが、私の腰にめり込みそうな位置関係なのである。
 私はまだ、できることなら車椅子生活に移りたくはない。

 が、このあたりは序の口であった。私を最も不安にした事実は、走り始めて10数分後に明らかになった。

 私は、初めて見るイギリスの風景を、車窓越しにぼんやりと眺めていた。400年ほど前、この国はスペインの無敵艦隊を破り、世界の海にユニオンジャックをはためかせたのである。
 この国は、清との間で貿易赤字が拡大一方であるという理由で、インド産の阿片を清に売り込んだ。当然、清では阿片中毒が広がる。貿易収支も清の赤字に変わった。事態を重く見た清が阿片禁輸に踏み切ると、1840年、この国は清に戦争を仕掛ける。その結果、香港は大英帝国の植民地と化した。
 こうして極東に足がかりを作った大英帝国の次の餌食は、ひょっとしたら日本だったのかもしれない。充分にあり得ることである。
 そう思ってみると、なにやら1つ1つの景物が、ひどく意味のあるものに見えなくもない。

 ガン、ガン、ガン!

 物思いに耽っていると、突然、前席からけたたましい騒音が聞こえてきた。見ると、助手席に設置された料金メーターを、運転手が力任せにぶん殴っている。
 こいつ、狂ったか!?

 

 

(余談)
ロンドンキャブの料金メーターは、日本と違って助手席に設置されている。従って、乗客は助手席に乗ることができない。ここは、トランクの小さなこの車の、荷物専用席なのである。
後部座席が広くて大きいから、助手席まで使う必要はないと考えたのか、見知らぬ他人を助手席に乗せたのでは、運転手の安全が確保できないほど治安が乱れているのか、私の乏しい知識ではいずれとも決めがたい。

 

 “What? What are you doing?”

 後部座席と前部座席を隔てる透明な仕切り越しに運転手に問いかけた。鼓膜を突き刺すエンジンの騒音の中で、やがて私の問いかけに気付いた運転手が、仕切の一部にある小さな窓を開いた。開いて何か言っている。聞き取れない。私のヒアリング能力と壮大なエンジン音のせいである。どちらにより大きな責任を負わせなければならないかという事実の究明はここでの課題ではない。
 いずれにしても運転手は、なにか私に語りかけながら、メーターを相変わらずたたいている。
 この男、さて何を伝えたいのだろう?

 ああ、そうか。

 “Is it broken?”

 やっと自分のメッセージが伝わったのが嬉しかったのか、運転手はニコニコ笑いながら、

 “Yes.”

 と答えた。

 「なぬ〜」

 

 

(注)
この「なぬ〜」は、鼻から息を抜きながら発音します。

 

 新たな詐欺の手口か? メーターが壊れたことにして、大英帝国の本拠地に初めて足を踏み入れた日本人である私から、法外な料金をふんだくろうというのか?

 “I understand. But, how would we know the fare?”

 運転手はいささかも動揺しなかった。

 “Don't worry. I've driven this route so many times.

 流石に、長い間世界に覇をとなえた国の国民である。人をたぶらかすにも、堂々たる態度をいささかも崩そうとしない。
 こうなれば、なるようになれである。私はJUDO2段である。肉弾戦になることを恐れるものではない。しかし、こんなところで喧嘩をして車を降りれば、代わりの車を拾える見通しは皆無である。多少ぼられても、この際は無事にホテルに到着することを優先せざるを得ない。
 私は黙り込んだ。

 やがて、私を乗せたロンドンキャブは、いかにも古めかしい、歴史と格式がありそうなホテルに横付けした。そう、朝食で9ポンドもふんだくろうという意図がのちに知れた、あのホテルである。
 車を降り、荷物を降ろした。いよいよ支払いである。

 “How much?”

 “Twenty five, sir.”

 25ポンド? 当時の為替レートで換算して、約6000円である。約40分の乗車時間、距離にして25kmほどだろうか。日本のタクシー代に比べてそれほど高くはない。
 しかし、である。私は、ロンドンの物価水準を知らない者である。日本円に換算して高くないからといって、ぼられてないとは限らない。昨日までいた香港では、ずいぶん乗ったなと思う距離でも、タクシー料金は日本円に換算して1000円かからなかったではないか。日本のタクシー代は高くて有名なのである。
 第一、乗客を乗せて走りだしてから壊れる料金メーターって、ありか? ひょっとしたら、運転席のどこかのボタンを押すと、料金メーターが壊れたように見える仕掛けでもあるのではないか?

 心は疑惑の雲に覆われている。もやもやする思いを抱えながら、私は財布をとりだした。

 “Thank you. Is it enough?”

 私は運転手に、25ポンド+2ポンド=27ポンドを手渡してホテルに入った。たかが金である。ここは、日本紳士の悠揚として迫らぬ態度を見せつけなければならない。大英帝国の民に、侮られてはいけないのである。
 しかし。
 私はロンドン到着早々、ぼられたのではあるまいか?

 かくして、私のロンドン観は地の底に落ちた。
 そして、翌日の朝食が9ポンドである。
 最悪のスタートだった。

 しかし、ロンドンとはしたたかな町である。
 9ポンド問題は、翌日、感動を伴って解決した。
 25ポンド問題が驚くべき展開を見せるには10日ほどを要した。

 10日ほどあとのその日、私はヒースロー空港から、アイルランドの首都ダブリンに向けて飛び立った。
 ホテルから空港まで、ロンドンキャブを利用した。タクシーといえば、これしかない。
 乗り込んだ私は、料金メーターを睨みつけた。睨みつけ続けた。目をそらすと、こいつも「故障」しかねない。1度ならず2度までも故障されたんでは、私の大英帝国不信は折り紙付きのものになってしまう。

 空港に着き、タクシーが止まった。私は料金メーターを確認した。
 27ポンド

 27ポンド?
 してみると、あの、新手の詐欺ではないかと疑った運転手は、27ポンドのところを25ポンドしか請求しなかったのか?
 料金メーターが故障して損をしたのは、私ではなく、彼の運転手であったのか?
 …………。

 

 

(余談)
27ポンドのショックのためか、私はタクシーの中にカメラを置き忘れた。気付いたときには、タクシーは走り去っていた。老年の域に達していた運転手は、置き去りにされた日本製高級カメラをどうしたろう?
ついでに書けば、忘れたものは、すべて「高級」になる。世の習いである。

 

 9ポンドと25ポンド。2つのできごとで、私は大英帝国の民に深い信頼を寄せた。値34ポンドの信頼である。
 さすがにGentlemanの国である。100年ほど前、日英同盟を結んだ相手である。信頼して、どこが悪かろうか?
 まず相手の体勢を崩す。八方の崩しである。その上で、反対側に投げる。JUDOの極意である。この手法も憎いではないか。

 それに、
 大英帝国は、彼のThe Beatlesを生み出した国である。The Beatlesを育てて世界に送り出した国でもある。The Beatlesに勲章を贈った国である。

 “For our last number, I'd like to ask your help. People in the cheaper seats, clap your hands. And the rest of you, rattle your jewelry.”

 1963年11月4日、ロンドンの PRINCE OF WALES 劇場で開かれた Queen at the Royal Variety Performance での John Lennon のジョークだ。高額席に鎮座まします女王に、首相に、貴族の面々に、一発かましたのである。大英帝国の国民は、このハイブロウなジョークに笑い転げた。
 The Beatlesを、John Lennonをこよなく愛す私がこの国を信頼するのは当然なのだ。感謝さえしなければならないのだ。
 このときになってやっと、この重大な事実を思い出すとは……。
 The Beatlesへの我が思い入れは、その程度のことだったのか?

 心から反省しつつ、値34ポンドの信頼をかみしめる私であった。


【初出2004年5月14日】
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