グルメに行くばい!   第27回 :カレー

 病膏肓に入る

 という。
 膏とは心臓の下の部分、肓とは横隔膜の上の部分だそうだ。
 病気が、体の急所の奥に入り込み、こりゃもう手の施しようがないわ、という状態をいう。

 我が病も膏肓に入ってしまった。料理がすっかり面白くなってしまったのである。
 何といっても、料理は創造行為である。自らの体を動かし、自らの五感を歓喜させる料理を作り上げる。たまに他人が食べ、

 「これ、美味いわ!」

 と最上級の感嘆詞を発する。
 私の創造物の場合は、ま、道具に依拠した割合が非常に高かったとはいえ、料理のプロフェッショナルまでが、

 「う、うん。いやー、これは凄まじいね」

 と形容した。
 こんなことを一度でもいわれた日には、もうダメである。病はどんどん深部に入り込み、膏肓に達する。

 毎週末、私は料理の鬼と化した。私が挑んだ料理の一部をご紹介しよう。

 カブ酢

 作り方

 

   

カブを半月型に薄く切って塩もみし、酢をかけるだけの簡単な料理なのだが、なに、初心者にとってはいくつもハードルがある。
最初のハードルは、「カブを薄く切る」こと、そのものにある。なにしろ、料理の初心者ということは、包丁さばきの初心者でもあるのだ。
試みに、手近にある野菜を薄く切ってみられよ。ほれぼれするほど薄く切れたものなど、数えるほどしかないことにお気づきになるはずだ。
多くは、分厚くなってしまう。途中で包丁の道筋が変わって外に出てしまい、半月型にならずに途中で切れてしまう。不揃いなカブの「切りくず」を見て、呆然とするのが落ちである。
火を通す料理ではない。従って、カブを同じ厚みに切らないと火の通り具合が違ってうまくない、ということはない。
が、それでも、一切れ一切れの厚み、形が違うと、一口一口食感が違う。見た目が美しくない。
せっかく作るのである。料理は芸術である。神経は細部まで行き渡らせたい。

 

 練習をした。慎重に切った。包丁を研いだ。
 やっぱり不揃いだった。

 名古屋三越の家庭用品売り場を歩いた。スライサーなるものを発見した。台座に刃が仕掛けられており、この台座の上でカブやキュウリなど薄切りにしたいものを前後に動かすと、見事にスライスされて出てくるという代物である。
 我が家に持ち帰ると、カブの見事な薄切りができた。
 素人は、いたずらに自分の腕を磨くことばかり考えるのではなく、時には道具の力に頼るのも賢明な選択である。

 ここまできたらこちらのものだ。
 スライスしたカブをステンレスのボールに入れ、塩をふる。食卓塩ではなく、粗塩を使うのはいうまでもない。
 面倒なのは、ボールに入ったカブの全ての面に塩が付くようにしなければならないことだ。たった1個のカブをスライスしても、おそらく100枚近い、あるいはそれ以上の半月型のカブができる。こいつらは、水分を含んでいるため、隣同士べったりくっついていることが多い。それをひとつひとつ引き剥がし、表面に塩をつけていく。根気のいる仕事だ。作業が終わったら、1枚だけ食べて塩加減を見る。
 こうしてしばらく置くと、カブから水が出てボールの底にたまる。これを捨て、上から酢をかける。これでできあがりだ。

 

   

(蘊蓄)
料理の味を見ることを、「塩梅を見る」という。つまり、酢と塩の配分具合が料理の味つけの代名詞になっているのである。
「カブ酢」は、料理の原点なのかも知れない。

 

 おひたし

 作り方

 

   

昆布と鰹節でとったダシで割りしたを伸ばし、湯通しした葉菜を切りそろえて漬け込む。

 

 これだけの料理である。
 この日記を継続してお読みいただいている方には、これだけで充分であろう。ダシの取り方は、「グルメに行くばい! 第4回 :ダシ」のところで詳細にご紹介した。割り下の作り方は、「グルメに行くばい! 第11回 :カワハギのキモ」で書いた。ほうれん草の茹で方も「グルメに行くばい! 第21回 :根菜の煮物」をお読みいただければ分かる。

 

   

(感慨)
なんと懇切丁寧な日記なのであろうか。読み継ぐだけで、料理のデータベースが着々と構築されるようになっている。
最近、あまりお褒めいただくメールを受け取っていないので、毎度のことながら自分で誉めておく。

 

 割り下をダシで伸ばし、切りそろえた茹で済みのほうれん草を漬け込めば完成である。みつばやせりで作ってもおいしい。

 こうして、我がレパートリーは確実に増えていった。

 ポーチド・エッグなる料理があることも知った。丸元さんのおかげである。料理といっても、卵を割って沸騰した湯の中に落とし、すぐに火を止めて蓋をして2分ほど待つ、という簡単さだ。
 卵はあまり好みではないが、丸元さんが書かれた能書きに惹かれた。引用する。

 蛋白源としては卵は全食品のなかで最もすぐれている。ただコレステロールも多くふくんでいるので多量にはとれないが、健康な人なら1日に1個くらいは問題がない。卵1個にふくまれている蛋白質の量は約6グラムだが、必須アミノ酸組成がよいため、体はその94パーセントを使うことができる。つまり、ほとんどムダなくほぼ6グラム使えるわけだ。それは体が1日に必要としている蛋白質の約1/8〜1/10に当たる。
 蛋白質はとりすぎないようにしなくてはならない栄養素だが、卵できちんと1割とっておくと、適量の摂取がしやすくなる。
 ただし、高熱で加熱したり、長時間加熱したりして蛋白質を大きく変性させたのでは卵の価値はなくなる。体が使えないものになってしまうからだ。卵をとることで適量の摂取ができるどころかムダな蛋白質を体にとりこむことになるわけである。
 では熱を加えずに生で食べるのがいいのかというと、消化はそれが一番いいけれども、よすぎてアルブミンという蛋白質が未消化のまま吸収され、アレルギーの原因になる場合がある。また、白身にふくまれているアビジンという物質がビタミンB群のビオチンを損失させる。
 アビジンは80度Cでこわれ、白身はちょうどその温度で凝固するため、白身が液状でなくなり、黄身は生に近いという調理ができれば理想的で、ポーチド・エッグがそれである。栄養素の損失が少なく、卵の味が最大限に生かされているので、何もつけずにおいしく食べられる。

 魚の煮方も、丸元さんに教えられた。
 日本酒で煮るのである。
 エラや内臓、鱗をはずした魚を、ビタクラフトのフライパンに並べる。魚の半分が隠れる程度に日本酒を注ぎ、蓋をして弱火にかける。魚にほぼ火が通ったところで少量の醤油を注ぎ、2〜3分加熱する。これでできあがりだ。身が厚い魚は、身に包丁で切れ目を入れておくと煮くずれせず、きれいに仕上がる。
 魚を皿に移し、残った汁は少し煮詰めて魚にかける。
 砂糖と醤油を加えた水で煮込んだ魚と違い、魚本来の味がたっぷり味わえる逸品ができる。自分で作ったことが信じられないほどおいしい煮付けである。醤油が染み込んで真っ黒になった煮魚と違い、こいつは見た目も美しい。

 何であんなに時間がかかったのか、いまとなっては記憶がはっきりしない。ある日、私は8時間も台所に立ち、調理にいそしんでいた。

 きっかけは、カレーを作ろうと思いついたことだった。
 参考書は、いわずと知れた丸元さんの本である。いくつかあるなかから、鶏のカレーを選んだ。
 ポイントがいくつかあった。

 鶏肉は、食べやすい大きさに切り分けた後、カレー粉をまぶして冷蔵庫に入れておくこと。
 玉ねぎは、形がなくなりかけるまで炒めること。
 油はギーを使うこと。
 スパイスはコリアンダー、クミン、ガラム・マサラを使うこと。

 ま、このあたりはやってやれないことはない。

 鶏ガラのスープを使うこと。
 これも簡単そうである。

 しかし、よくよく読んで認識を改めた。
 鶏ガラのスープをとるのに、レモンを使う。レモンのコハク酸で骨からカルシウムなどのミネラルを引き出すためである。

 なるほど。これは理屈で分かる。スープをとるのにそんな隠し業があったのかと膝をたたきたくなる。
 しかし。
 スープは大量にとる必要がある。となると、寸銅鍋が必要だ。買えばいいのだが、安い寸銅鍋はアルミ製品である。そこにレモンを入れて煮るとどうなるか。レモンの酸でアルミが溶けだしてしまうだろう。アルミは、酸に弱いのだ。アルツハイマー病の原因の一つと疑われているアルミをスープの中に溶け出させるのはまずかろう。
 自作のカレーを食べてアルツハイマーになったのではかなわない。酸に強いステンレスの寸銅鍋が必要である。

 「鍋にそんなお金をかけてどうするの!」

 と詰め寄る妻の顔が思い浮かんだ。浮かんで、私をひるませた。ひるみながら、でもステンレス寸銅鍋を買いに走った。

 恐怖心を伴った下準備がすんだ。いよいよ製作である。

 10羽分の鶏ガラを用意し、鶏ガラ1羽分を3つくらいに切る。切ったら、こいつらを2度ほど水で洗って汚れを落とす。

 手がヌルヌルしてくる。これも試練である。

 洗いながら、寸銅鍋で湯を沸かす。といっても、尋常ではない。直径が約30cm、深さが約50cmの寸銅鍋には、10リットルほどの水が入る。これを沸騰させるのは、なかなかに時間がかかる。
 鶏ガラを洗いながら寸銅鍋を加熱する。10羽分の鶏ガラを2度洗ったぐらいでは、ほんのり暖かくなったかな、という程度である。10度洗っても沸騰しそうにない。

 ともあれ、湯が沸騰するのを待って寸銅鍋に鶏ガラを放り込む。放り込んで、2分ほどしたら火を止め、中の湯を全て捨てる。この間の労働の成果を全て流しに流し去る。鶏ガラにくっついている酸化した脂肪などを洗い落とすためだというから、躊躇してはならない。惜しんではならない。

 捨てたら、再び鶏ガラを洗う。火が通った肉が固くなって骨からはずれる。徹底的に洗う。

 洗い終わったら、再び寸銅鍋に水を張り、鶏ガラを放り込み、皮をむいたレモンも入れる。蓋をして火に掛け、沸騰したら蓋を取って3時間ほど煮込む。なんと、3時間である。

 鶏のスープをとりながら、一方ではカレー作りを粛々と進める。

 ギーを鍋にとり、溶けたら薄切りにした玉ねぎを入れて15分ほど炒める。
 乱切りにしたニンジンを加えて2分ほど炒め、次に皮をむいて半分に切ったジャガイモを入れて表面に火が通るまで炒める。

 次はスープを加えなければならない。従って、この段階までに、鶏のスープが完成していなければならない。

 スープを加え、カレー粉をまぶして冷蔵庫に入れてあった鶏肉を加える。かき混ぜた後、ホールのコリアンダー、クミンを入れる。
 レモンの絞り汁と塩を加え、味を見る。最後に、パウダーになったコリアンダー、クミンで味を微調整し、ガラム・マサラを小さじ1杯加えて完成である。

 いかがであろうか。これで8時間である。朝食の後かたづけを終えて取りかかり、昼食を挟んでキッチンに立ち続け、完成したときには夕食の時間が迫っていた。
 という長さが8時間なのである。

 当然、夕食はカレーだった。8時間耐久カレーである。炊きたてのご飯にカレーをかけ、満を持してスプーンで口に運んだ。

 「ん?」

 満足できなかった。パンチが足りない。辛さも足りない。8時間もかけたのに、2味も3味も足りなかった。

 転ぶだけの8時間は無意味である。8時間耐久カレーを無にしないためには、この経験を生かすしかない。

 孤独な探求が始まった。
 いや、なんのことはない。まず始めたのは、レシピ探しである。で、いくつかのレシピをミックスし、さらに、自分で食べてうまいと思ったカレーの味を思い出し、何度か作ってみただけである。

 数ヶ月後、

 「できた!」

 と確信した。大げさにいえば、これまで街で食べたどのカレーと比べても、勝るとも劣らないカレーを、我と我が手で作り上げた。

 その感激に浸っているころ書いたメールがある。それをそのまま引用する。

 お待たせしました。カレーのレシピを送ります。
 これから書く分量は、だいたい7〜8人分と考えて下さい。

 

1,
タマネギ、中なら6個ほどをスライスし、鍋にギーを溶かして炒める。時間は20分からできれば30分。ここまで炒めると、分量は最初の10分の1程度になり、飴色になります。

2,

にんにく、ショウガを、本によるとそれぞれ30g、私流だとそれぞれ適当に好きなだけすり下ろし、先ほどの飴色のタマネギに混ぜてさらに10分ほど炒める。

3,

火を止め、すり下ろしたニンジン1本、それに香辛料(カルダモン、シナモン、パプリカ=1/5、クローブ、スターアニス、フェンネル、オールスパイス、フェネグリーク、ターメリック、カイエンヌペッパー、チリペッパー、コリアンダー=1/10、月桂樹、クミン)を加えてかき混ぜる。香辛料の後ろにある数字は、それぞれ小匙に入れたときの分量ですが、私は適当にやります。また、香辛料は粉末になったものではなく、ホールやシードの状態で買ってきて、まずフライパンで焦がさない程度に空炒りし、そのあとで擂り鉢ですりつぶします。私はクミンの香りが好きなので、クミンを大量に入れます。辛さはカイエンヌペッパー、チリペッパーの量で加減します。このほかに唐辛子を入れてもいいと思います。月桂樹だけは、空炒りもしなければすり潰しもしません。これは葉っぱの一部を手で破り、そのまま加えます。

4,

混ぜ終わったと思ったら、完熟トマト(の方がおいしいと思いますので)を数個、へたをとって手で握りつぶしながら、さきほどのタマネギなどに加えます。私はトマトの味が好きですので、3、4個入れます。これもサイズがありますので、自分で加減して下さい。
5,
鰹節で取ったダシを沸騰させ、タマネギなどの上から注ぎます。何故沸騰させるのかよく分かりませんが、冷たい出汁を注いだことがないので、とりあえず本に書いてあったとおりにお伝えします。

6,

事前に鳥肉(牛でも豚でもマトンでもかまいませんが)にカレー粉と塩をまぶし、30分ほど寝かせておきます。これを制作中のカレーに入れます。事前にカレー粉と塩をまぶしておくのは、肉に味をしみこませるためです。特に塩を加えることで、辛さが引き立ちます。

7,

このまま1時間ほど煮込めば完成なのですが、見栄えを考えて、完成の10分ほど前に、適当に乱切りしたニンジンとジャガイモを加えます。

8,

1時間ほどしたら、塩で味を調えます。これで完成です。

 

 塩はできれば岩塩、そうでない場合は粗塩を使います。

 私のオリジナル部分は、鰹節のダシを使うところ、それに大量のトマトを加えるところです。ダシは、日本橋にある「印度風カリー」という店で食べていて、「何がおいしいのだろう」と考えて思いつきました。トマトは、名古屋にある、唯一カレーのおいしい店「ボンベイ」で学びました。ここのカレーはクミンの香りとトマトの酸味がうまさの決め手です。出張で名古屋に行くと、ついよってしまいます。名古屋駅前の大名古屋ビルの地下にあります。

 以上です。カレーとは、タマネギの甘みトマトの酸味ダシのこく香辛料のハーモニーで食べるのもだろうというのが、私の結論です。なお、ダシを取るのが面倒なときは、インスタントのダシを放り込んでいることを、正直ベースで告白しておきます。
 人によっては、これにセロリを加えたり、チャツネやすり下ろしたリンゴ、あるいはヨーグルトを加えることもあるようです。これは好みの問題ですから、適当にトライしてみて下さい。

 

   

(余談)
から煎りした香辛料を擂り鉢ですりつぶすのはいいのだが、細かく砕けた香辛料が擂り鉢のギザギザの中に入り込んでしまい、なかなか出てこない。フードプロセッサーみたいな器具を使った方が楽だとは思うのだが、我が家にはない。いつも、爪楊枝などで掻き出している。

 

 この作り方に行き着いた後、横浜の我が家に客を招いた際にカレーを作った。礼人・オリジナルカレーを振る舞うのである。
 昼食後に作り始め、なかなかうまくできた。歴代作品のベスト3に入る仕上がりである。これなら客に出して自慢できる。
 客が来た。酒を飲み、さて、仕上げにカレーを食べていただこうと、昼間作っておいたカレーを温め直すべく火にかけ、テーブルに戻って酒の続きを始めた。
 酒を飲みながら談笑していると、やがてどこからともなく異臭が漂ってきた。

 「?」

 四方を見回した。見回しながら、異臭の正体は焦げ臭さであるという結論に達した。結論に達したら、カレーを火にかけっぱなしだったことに気がついた。

 「やべー!」

 飛んでいって火を消した。鍋の蓋を取ると、焦げ臭さが団体になって飛び出してきた。お玉ですくって皿に移し、味を見た。焦げ臭さが口いっぱいに広がった。

 「あっちゃー、何とかしようは……、ないよなあ」

 かくして、我がオリジナルカレーは誰の口にも入らず、ゴミ箱に直行した。
 カレーを温め直すときは、そばについてかき回してやらないと焦げてしまう。貴重な教訓を得た夜であった。

 みなさまもご注意ください。

 


【初出2004年2月27日】
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