グルメに行くばい!   第22回 :スパゲティ

 前回で、単身赴任中の平日の朝の食事問題が解決した。
 はずである。
 私は単身赴任中、忠実に実行した。
 と信じている。

 なんといっても私は、朝食にをしている。
 前夜どれほど飲もうと、朝、どれほどひどい二日酔いに苦しめられようと、朝食は食べる。食べないと、昼食を口にするまで全身がだるい。何となく元気が出ない。
 胃にお伺いを立てる。前夜、ご主人様の暴飲の被害者である胃は、当然のことながら怒っている。怒りにまかせて、精一杯の反抗を試みる。むかつき・吐き気である。歯ブラシが喉の奥の方に当たると、突然猛烈な吐き気をご主人様の体に送り込む。
 それでも、食べねばならない。食欲が全くないときは茶漬けと漬け物、梅干しだけでも口に入れる。これを恋愛と呼ばずに、何を恋愛と呼ぶ?
 朝食。それは、我が暮らしになくてはならないものなのである。

 

   

(裏話)
朝起きたら、ご飯がなかった。ご飯がなく、
「お米をといでおかなくては」
と前日の夕方まで考えていた。酒の酔いですっかり忘れ、帰宅=布団に直行、の結果である。
あるいは、ご飯はあった。食べようと思ったらプンと異臭が漂った。
「もうか」
放っておくと、ご飯が傷む季節になっていた。
てなことが、何度も繰り返された。
そんな日は、泣く泣く、出勤途上で何かを食べたり、インスタント食品を口にしたりした。
人間、完璧には生きられない。いい加減さがあって初めて人間となる。
だから、人の、自分の、失敗を許すことは、人としてきわめて大事な資質である。
To err is human, to forgive divine.
(間違うは人の常、許すは神の御業)
ま、私は、自分を許すことに長けすぎているかもしれないが。

 

 次なる課題は、休日の昼食である。

 朝が米の飯、夜が米の飯。私は日本人である。豊葦原瑞穂の国の真っ当な住人として、こよなく米の飯を愛する。
 が、3食すべて、というのは、ちと荷が重い。食べるのはいいのだが、おかずがいる。いくら休日とはいえ、3食分のおかずを作る自信はない。

 お昼は麺類にする、と決めた。

 うどん?
 これといううどん玉に、なかなかお目にかからない。スーパーで買っても、百貨店で買っても、どうにも満足感が得られない。

 蕎麦?
 うどんに輪をかけて、好ましい麺の入手が難しい。私は美味しいものを食べたいのである。

 ラーメン?
 これは、自作をほとんどあきらめている。
 美味しいラーメンを食べようとすれば、まずスープから手がけねばならない。が、一人分のスープの制作など、労多くして実りが少ない。

 こう考えてくると、選択肢は限られる。西洋に、イタリアに飛ぶしかない。スパゲティである。これなら、自宅で作っても満足のいくものができそうだ。

 都心部に近いところに居住すると、何かと便利なことが多い。食材の入手も、便利なことの一つである。
 名古屋の繁華街・栄に、「明治屋」というお店がある。ちょっと高級そうな食材を扱うお店である。特に、輸入食材の品揃えに優れている。これから手がけようとしているのがイタリア料理であってみれば、この店で食材を調達するのが最良であると判断した。これまで縁もゆかりもなかった明治屋に出かけた。

   

(余談)
先日、東京・広尾の「明治屋」にあるレストランでカレーライスを食べた。レストランのカレーライスを美味しいと思ったことがないので、期待はしなかった。ま、ほかのメニューよりガックリする度合いが少ないか、という消極的な理由による選択だった。
運ばれてきたカレーライスを食べて、先入観が粉々にうち破られた。美味しいのである。トマトベースの酸味が良くきいていて、スパイスもなかなかいいハーモニーを奏でている。これまでに食べたカレーライスのベストとはいわないが、少なくとも5本の指に入る。
ただし、カレーライスが1600円もするのはいかがなものか。それに、量も少なかった。夕方5時になったら腹が悲鳴を上げていたもんな……。

 

 スパゲティの麺に、これほどの種類があろうとは、この時初めて知った。デチェコだとか、ブイトーニだとか、知らない名前がいっぱいあった。「全粒粉」をうたったものもあった。ふすまや胚芽を取り除かずに粉にした小麦で作ってあるので栄養価が高い、程度の知識は丸元さんの本で仕込んであった。

 

   

(感想)
「全粒粉」も食べてみました。一言でいって、良薬は口に苦し
最近、会社の近くのスパゲティ専門店が、全粒粉のスパゲティしか出さなくなったので行かなくなりました。
健康ブームも行きすぎるとねえ……。

 

 太さも様々である。うろ覚えでいうと、0.9mm、1.2mm、1.6mm、1.9mmてなものである。初心者には、どれがいいのか全く判断できない。

 

 

 

(現状)
いまは、1.6mmに決めております。
1.2mm以下は、いってみれば西洋素麺、1.9mmになると、西洋皿うどんですから。

 

 エクストラバージンのオリーブオイルと2、3種類の麺を買い、その足で三越に行ってニンニク、シソの葉を買う。私が作ろうとしているのはもうおわかりであろう。一番シンプルなスパゲティ、バジリコである。
 いや、本来のバジリコスパゲッティは、バジルの葉を使う。手に入らなかったので、同じシソ科のシソの葉を使った。いわばバジリコもどきである。
 松の実も省略した。というより松の実を使うことを、この時点では知らなかった
 以下の文章では、面倒くさいのでバジリコで統一する。

 「おい、ちょっと教えろ」

 文明の利器とは便利なものである。いや、これは同義語反復か。便利だから利器と呼ぶのだろう。
 電話は、名古屋と東京の距離をゼロにしてくれる。受話器の向こうには、畏友「カルロス」がいる。

 「なんば教ゆっとかね?」

 「俺はこれから、スパゲティを作る。バジリコだ。作り方を教えろ」

 「あげん簡単かつば知らんとかね。そぎゃんた、常識やろもん!」

 「知らないから聞いている。知っていたらおまえに聞きなどしない。無駄な言葉は省こうではないか。で、教えてくれるのか、教えてくれないのか?」

 「よかたい。ほんなら教えるけん、よー聞かんね」

 畏友「カルロス」が伝授した作り方は、以下のようなものである。

 鍋でたっぷり湯を沸かす。沸いている湯の中に塩を入れる。

 「塩の量は?」

 「ひとつかみ、やろ」

 「ひとつかみ、といっても、君の手と俺の手は大きさが違う。正確な量が分からないではないか。それに水の量によっても違うだろう。もう少し、科学的に厳密な話、説明ができないのかね。杜撰な話し方しかできないということは、知性の問題ではないか?」

 「もー、しぇからしか人やね。それが人にものを教えてもらう人間の言うことかね」

 「俺は正確な表現をしているだけだ。立場によって発言内容を変える必要は認めない」

 といったじゃれ合いが続いた。

 料理の一般通則として、塩味は通常(これも曖昧な概念だが)よりやや強くした方が、食べる際に美味しく感じる。人間の味覚はそのようにできている。腎臓を患い、塩分の摂取量を制限されている方々は、文字通り味気ない食生活をせざるを得ず、さぞや苦労されていることだろう。

 私は、湯を沸かしてスパゲティを茹で始めた。湯の中には、畏友「カルロス」から聞き出した量+αの量の塩を入れた。せっかく作るのである。少しでも美味しい方がいい。

 茹でながら、ほかの準備を進める。まず、ニンニクが必要だ。セオリーに従い、包丁の腹でつぶしてから皮をむき、薄くスライスする。

 

   

(余談)
たぶん、マフィアものの映画だったと思います。
服役中のマフィアが、なぜか自分たちで夕食を作ることになり、一人がニンニクを両刃のかみそりの刃で薄く薄くスライスするシーンがありました。本当に、目の前に持ってくると向こうが透けて見えそうなくらい薄く削るのです。
「今日は、ニンニクがトロトロにとろけた極上のスパゲティを食わせてやるぜ」
なんてつぶやくのです。
題名も、中身も、俳優もすべて忘れましたが、そのシーンだけはなぜか、私の記憶のポケットにしっかりしまわれているのです。やはり、食い意地が張っているのでしょうか?

 

 シソの葉も準備しておかねばならない。
 あなたは、イタリアンレストランで、バジリコを食されたことがあるだろうか? あればお気づきだろうが、上に振りかけられている葉は、まるで針金のごとく細く切りそろえられている。プロの業である。
 あの業を再現する。だが、どうやって? シソの葉をまな板の上に広げて、端の方からできるだけ細く切る? 切れない包丁だと、葉っぱが破れたりするぞ?
 よろしい。では誰にでもできる、とっておきの丸秘テクニックを公開しよう。女が泣いて喜ぶというヤツだ。

 シソの葉は、10枚ほど重ねた状態で売られている。これをそのまま取り出し、まず食用に適さない根本の部分だけを切り落とす。
 残った葉っぱは、重ねたまま、根本の方からくるくると巻く。できるだけきっちり巻く。すると、たばこ程度の太さに丸められたシソの葉が現れる。
 この状態で、端の方からできるだけ細く輪切りにしていく。切り終わると、あら不思議、針金のように細く切りそろえられたシソの葉が登場するのである。私にもできる、簡単な作業である。
 畏友「カルロス」に伝授されたプロの業だ。

 フライパンにエクストラバージンのオリーブオイルを注ぎ、スライスしたニンニクを入れて弱火で加熱、オイルに香りをつける。鷹の爪も一緒に入れる。

 そうこうしているうちに、麺が茹で上がったようだ。麺の茹で上がりは、麺の真ん中に髪の毛ほどの生煮え部分が残る「アルデンテ」をもって至上とする。芯まで火が通ってしまうと、何とも歯ごたえのない、腰のない麺になってしまう。

 麺をざるに移して湯を切り、そのままオリーブオイルが入っているフライパンに移す。強火にして麺の全体に油を絡め、上から黒胡椒と繊切りしたシソの葉をかけてざっとかき回し、お皿に移していただく。

 私が、自らの手で初めて作った、本格的なバジリコスパゲティである。

 麺の山にフォークをグサリと差し込み、くるくると回す。一口分の麺が、見事にフォークにからみつく……、はずだった。
 現実と理想は別のものである。目前にあるフォークとスパゲティのセットは、フォークの端から2、3本の麺が長く垂れ下がった情けないものであった。

 

 

 

(余談)
フォークに絡めてスパゲティを食べる経験を初めてしたのは、15歳の時、サンフランシスコのレストランでした。一緒に食べていた米国人の少年が、実に見事にフォークを使う姿を見て唖然として一所懸命真似をしたのですが、大量の麺がフォークから垂れ下がり、最後は蕎麦のようにすすり込まないと口の中に収まってくれませんでした。
いまもって、フォークでスパゲティを征服する技術は、私の中で成長してくれません。
コツをご存じの方、教えていただけませんか?

 

 しかし、今回は一人だけの食事、孤食である。魅力的な女性が目の前に座っているわけではない。格好を付ける必要はない。他人の目はないのである。フォークが使いにくかったら、日本の伝統技術に戻って箸で食べてもいい。

 

   

(余談)
最近、我が同僚 H 氏は、家庭の事情で孤食が多いらしい。
そのため、仕事が終わっても会社でグズグズして、なかなか帰宅しない。
彼の部下が迷惑に思っているのか、長時間上司と接することを喜んでいるのか、そのあたりは不明である。
ま、いずれにしても同情する。
同情しながら、彼のことである、他人の目がない自宅では、ひょっとしたら手づかみで食事をしているのかしらん、と思ったりもする。

 

 一口目を、何とかして口に納めた。

 「………」

 何か違和感がある。

 二口目。

 「………」

 塩っぱい

 三口目。

 「ペッ、ペッ」

 吐き出した
 何とも塩気が強すぎる。塩が少し多すぎた程度なら、我慢のしようもある。外食をしていると、時々塩気が強すぎる料理にお目にかかる。
 料理人が日中に汗をかき、体内に塩分が少なくなった状態で味見をすると、どうしても塩味が強くなる。
 その料理を、一日中、エアコンのきいた事務所で事務作業をしている私のような頭脳労働者が食べると塩気が強すぎると感じる。

 それなら我慢の範囲内だ。
 が、目の前にある、私の作品は、我慢の限度を越えていた。塩が大量に多すぎた。茹でる際に塩を入れすぎたのである。
 皿に盛られた、私が初めて作ったバジリコスパゲティは、三口の試食の後、ゴミ箱に直行した。

 残されたのは、我が空きっ腹である。もう一度、ゼロからバジリコスパゲティを作るのを待ってくれる状態ではない。目の前の大失敗に打ちひしがれた私にも、その気力はなかった。
 キャベツを刻み、インスタント焼きそばを取り出して3分間で仕上げ、胃袋に納めた。
 ま、同じ麺類だ。これで世界の歴史が変わるなどということはあるまい。

 失敗は成功の元という。
 私の場合は、失敗は失敗の元であった。
 記憶をたどると、同じ失敗を3度繰り返した。いずれも、塩の入れすぎである。
 ほとんどの分野で物覚えに秀でている私にも死角があった。
 私の能力にも限界があることを思い知らされた。

 ということで、今回は全編がレシピみたいなものですが、サービスとして、自分で作って、自分で感動したスパゲティ・ナポリタンの作り方を。丸元さんの本で学んだものです。

 材料
      スパゲティ 人数分
        トマト 1kg
        玉ねぎ 1
   フレッシュバジル 1パック
       ニンニク 1
       塩・胡椒 適量

 

1,
スパゲティを茹でます。できるだけ大量の湯を沸かし、沸騰したらスパゲティを入れ、くっつかないようにかき混ぜながら茹でます。塩の量は、湯の5%から7%。1リットルの水に一掴み、といったところです。ただし、水の量を増やしても、塩の量が並行して増えるわけではありません。2リットルなら塩一掴み半、などという具合です。この塩の量だけは、私のように何度も失敗を繰り返しながら覚えてください。
2,

ソースを作ります。ニンニクをつぶし、オリーブオイルで炒めます。香りがついたら、薄くスライスした玉ねぎを加え、しんなりするまで加熱します。しんなりして嵩が減ったら、湯むきしたトマトを粗く切って入れ、蓋をして火を弱めます。トマトが煮くずれたら塩と胡椒で味を付けます。最後に、細かく切ったバジルを入れて完成です。

 

 このソースを、茹でたスパゲティにかけていただきます。

 たったこれだけの材料を組み合わせただけで、こんなにも美味しいナポリタンができるのか、とすっかり感動しました。街のレストランでも、これほど美味しいスパゲティ・ナポリタンを食べたことはありません
 恐らく、これだけシンプルな料理ですから、この組み合わせからは何を引いてもいけないし、何を足してもいけない、という気がします。足すとしても、個性のあまりない食材、たとえばマッシュルームぐらいかとも考えますが、自分では試してみたことがありません。

 最初に作ったとき、感動して、思わずご近所に配ってしまいました。ご家庭で、是非おためしください。


【初出2003年12月26日】
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