グルメに行くばい!   第15回 :ハリハリ鍋 ― 畏友「カルロス」って……

 結婚するとき、いや、結婚する前だったか、我が妻は宣うた。

 「人がいっぱい遊びに来る家庭にしたいね。お金がなくて何にも出せなくても、美味しいコーヒーと、いい音楽と、楽しい会話でもてなせるようにしたいね」

 

   

(解説)
美味しいコーヒー:


    いい音楽:

 


当時、私は我が手でコーヒーをドリップすることに凝っていた。その事実に調子を合わせたもの。

The Beatlesだけ。オーディオ装置はまだクリスキットではなく、最初はオンキョーのプリメインアンプにダイアトーンのスピーカー、ヤマハのプレーヤーにシュアーのカートリッジ。そのうち、アンプがラックスの真空管に代わり、さらにスピーカーがJBLとなる。桝谷さんと知り合い、クリスキットがわが家に入るのは、ずっと後のことである。

 

 畏友「カルロス」が、その言葉を聞いていたはずはない。畏友「カルロス」に出会うずっと前に発せられた言葉だからである。
 あとで聞いたはずもない。発言した本人が、自らそのような発言をしたことがあることを、どうやら忘却しているようだからである。

 「どうしてうちにばっかり人が来るのよ。私だって、およばれされたい!

 という近年の発言は、忘却の事実を裏付けるものである。
 幸いなるかな、我が妻よ。君の夫は、妻の過去の発言をほじくり返して、忘却、変貌を責め立てるほど狭量な男ではない。
 人の世、何ごとも永遠ではない。人に完璧はない。
 万物は流転する。万古不易の哲理である。

 いずれにしても、畏友「カルロス」は、妻の言葉を聞いていたかのごとくわが家を訪れ始めた。普通で月1回、多いと月2回である。来ると必ず酒を飲み、泊まり込む。

 初来訪の記憶は、かなり曖昧である。前回の「パエリア―畏友「カルロス」の正体」に登場した学生アルバイト君が、わが家での飲み会を企画したのではなかったか。

 多分、妻の手料理を食べ、ビールを飲み、畏友「カルロス」が持ち込んだワインを食らい、ついでに日本酒も空け、ウイスキーに手を伸ばし、深夜まで音楽を聴いて涙を流し、大声で議論をし、我々の人生から滑り落ちかけていた青春を、全身で抱きとめようとしたのではなかったか。

 

   

(蛇足)
畏友「カルロス」は、井上陽水で必ず泣いた。よほど暗い、辛い、悲しい過去がまつわりついているのであろう。
とはいえ、もちろん、いくら飲もうと、いくら叫ぼうと、どれだけ涙を流そうと、青春が遠ざかる速度に変化はなかった。
なお、井上陽水には後日談がある。まもなく登場する。

 

 発案者が誰であったのか、いまとなっては定かではない。多分、私か、例の学生アルバイト君であったと思う。
 わが家で大パーティを開こうという話が持ち上がった。
 スペイン産の赤ワインとパエリア、それにあの生ハムである。
 参加費は1人3000円。参加者は、各人が勝手にセレクトする。
 私は、仕事を通じて知り合った同業他社の友人、仕事先の友人を誘った。アルバイト君は、社内の別の部署でアルバイトする男女の友人を誘った。総勢で20人近くになった。

 畏友「カルロス」はいった。

 「よし、俺は井上陽水ば連れてくる!」

 あの、ギターを抱えて歌う大スター、井上陽水である。

 「おまえ、コネがあるんか?」

 「任せとかんかい! 俺は陽水の事務所におったこつんあっと。あんた、おれがどんだけ陽水の面倒ば見てやったと思とっと。電話一発ですっ飛んで来るとばい!」

 「おー、それはすごい。そすと、陽水がこん部屋で『傘がない』とか歌うとや!?」

 「任せとかんね!」

 当日。
 畏友「カルロス」は、50人分のパエリアを作る直径1m前後もあるパエリア鍋、加熱用のプロパンガスボンベ、骨がついたままの生ハム、大量の赤ワイン、それに40cmはあろうかという真鯛をひっさげて我が家に来た。昼過ぎから準備が始まった。

 生ハムはスライスすればいい。
 パエリアは、裏庭(といっても、2m×8mほどの日の射さない空き地)にブロックで竈を作って調理した。
 鯛は塩竃にした。内臓を出し、シェリー酒で練った粗塩で鯛を包み込んでそのままオーブンで焼く。
 夕刻から客が続々とやってきた。ホストたる私は、駅まで車でお迎えに行き、ピストン輸送を繰り返した。
 午後6時過ぎ、パーティが始まった。
 生ハムを食い、パエリアを頬ばり、鯛の塩竃に舌鼓を打ち、ワインを楽しんだ。話も弾んだ。
 ふと思い出した。

 「おい、井上陽水がいないぞ!?」

 「………………」

 「電話するのを忘れたのか?」

 「うんにゃ、電話はした。したばってん、『あんた誰? そげな人は知らん』ちいわれた」

 パーティは盛況のうちにお開きとなった。

 客が帰り、わが家の家族と畏友「カルロス」が残った。すっかり酔っぱらった我々を横に、我が娘2人が話している。

 「お姉ちゃん、今日来たお客さんさあ。女の人も何人かいたけど、後かたづけを手伝ってくれた人、いなかったね」

 「しょうがないじゃん。爪、見た? マニキュアしてさ、長く伸ばしていたよ。あれじゃあ洗い物なんかできないよ。第一、エプロン持ってきた人はいなかったみたいだし」

 「だけどさあ、今日は3000円ずつ出して美味しいものを食べようって会でしょ? だったら、別にお客さんじゃあないんだから、汚れ物を洗うぐらいの準備はいるよね。お客さんだったとしたって、それぐらい気を使ってもいいんじゃない?」

 「それはそうだけど、そんなこと考えない人たちなのよ」

 娘たちは、客を厳しく観察する。
 特に、同性の客に厳しい。
 そして、正論を吐く。
 願わくば、客の振る舞いを他山の石にしてほしい。

 しかし、わが家の子供たちは、畏友「カルロス」が大好きであった。特に、自分の誕生日、クリスマス、正月が近付くと、

 「児玉さん、来るかな」

 と、心待ちにした。

 

   

(余談)
どこから見てもれっきとした日本人である畏友「カルロス」を、「カルロス」などと呼ぶ素っ頓狂な人間は、わが家にはいなかった。親の躾の賜である。

 

 畏友「カルロス」が来る。ねぎを背負った鴨である。

 「児玉さん、明後日はさ、何の日か知ってる?」

 「え!? 明後日? うーん、普通の日じゃないかな?」

 「違うよ、普通の日じゃないんだよ。大事な日なんだよ」

 「大事な日? えー、わからんなあ」

 「あのねえ、ヒントあげよっか?」

 「うん、呉れ」

 「えーっとね、1年に1回しか来ないんだ」

 「??」

 「まだわかんないかなあ。お目出度いんだよ、明後日は」

 「おーっ、お前の誕生日か」

 「ピンポーン」

 「よーし、それならお祝いをあげなくちゃいかんな」

 「ありがとう」

 財布から1万円札がでてくる。

 残りの2人が来る。

 「あのさ、児玉さん。来月なんだ!」

 「私は2ヶ月先」

 「分かった、分かった。ほれ」

 かくしてわが家の子供たちは、臨時ボーナスをせしめる。

 吉田兼好はいいました。いい友達とは、ものをくれる友達である。
 ましてや、貰うものは現金である。子供ならずとも、好きにあるはずである。

 

 あのころの畏友「カルロス」は金があった。いや、財布を覗いたことはないので金があったかどうか、本当のところは知らない。が、極めて気前がよかった。わが家の子供たちは父親の数十倍もお金持ちであると信じて疑わなかった。

 日銭の入る商売。しかも、当時の畏友「カルロス」はまだ若く、体も丈夫だった。時はバブルの絶頂期。彼の店は、いつもほぼ満員の盛況だった。だから、金は、使っても使っても、あとからあとから入ってくるという幻想しか見えていなかった。
 心地よい生活をしていたのに違いない。

 

   

(余談)
最近は、
「児玉さんも、この頃は生活が苦しいらしいね」
と子供たちが心配している。いや、残念がっている。

 

 「いまから行くばい」

 ある日曜日、午前9時半ごろに突然電話がきた。畏友「カルロス」だった。
 ということは、また今日はわが家で酒を飲み、翌朝、

 「ああ、美味かあ。奥さんのみそ汁と漬け物は、ほんなこて美味かあ。こん干物もよかねえ。おう、こん蒸しキャベツ、こら、ちょっとした料理ばい。あ〜あ、よかねぇ」

 と愛想とお世辞を振りまきながら朝食を済ませて帰るのか。
 恒常的なパターンである。

 「ああ、来いや」

 当時の彼の住まいからわが家まで、車で30〜40分の距離である。遅くとも10時半には着く。待った。
 10時半。来ない。
 11時。来ない。
 心配になった。車で移動する以上、交通事故とはいつも隣り合わせである。

 自宅に電話した。奥さんが出た。私に電話したあと、すぐに車で出たという。その後は連絡がないとも言った。

 待つしかない。
 20分も待っただろうか。電話が来た。

 「お前、なんばしよっとか?」

 「うんにゃ、それがくさい、車の途中で故障してしもうてから、いまJAFば呼んで待っとっと。修理工場に直行んごたるけん、迎えに来てくれんね」

 エンジンの調子がおかしくなり、高速道路を降りて一般道でJAFを待っているのだという。首都高を飛ばし、築地まで迎えに行った。

 知り合ったころ、畏友「カルロス」の車は、マツダのファミリアであった。
 この車で、出張料理に付き合ったことがある。というか、「ラ・プラーヤ」に連れて行ったことがある私の知り合いが畏友「カルロス」の料理をすっかり気に入り、自宅で開くパーティを彼に任せた。私はそのパーティに招待された、ということである。例のアルバイト君が、畏友「カルロス」の助手として付いた。

 パーティは好評のうちに終わった。50人用のパエリア鍋やプロパンガスボンベをファミリアに積み込み、首都高に乗って帰宅の途についた。ハンドルを持つのは、助手の悲しさでワインを飲ませてもらえなかったアルバイト君である。

 高速道路を4、5kmも走っただろうか。アルバイト君が素っ頓狂な声を出した。

 「カルロス、クラッチが滑ってる!」

 「ん? そう言えば、クラッチの調子が悪かったな。そうか、修理しときゃあよかったな。まだ使えると思とったがなあ。使えるうちに修理するとはもったいなかけんねぇ。そうか、滑り始めたか。ばってん、もう高速道路ば走っとる。何ともならん。なんとか持たせろ」

 

   

(人間観察)
動かなくなった車は、単なる鉄の箱でしかない。最低限、走行が可能になる程度の金は使わなければ、車を所有する意味がない。不思議なところに金をケチる男である。
腕時計は数十個持っているらしいが。

 

 もたせろといわれても、なんともならないのが機械の悲しさだ。エンジン音だけはガーガーと高まるのに、見る見る速度は落ち、やがて止まった。高速道路の上だった。

 「カルロス、どうする?」

 アルバイト君の悲痛な声が社内に響いた。
 が、どうするもこうするもない。高速道路の上である。鉄の箱を放置して帰るわけにはいかない。

 緊急電話でJAFを呼んだ。電話をかけに走らされたのは、アルバイト君である。
 やがて、JAFのトラックに牽引されたファミリアは、修理工場に着いた。が、工場が開いている時間ではない。工場の前に車を放置し、3人は仕方なく、タクシーで帰宅した。

 この事件に懲りて、畏友「カルロス」は車を買い換えた。オースチンのミニ・クーパーである。畏友「カルロス」が乗ると、なにやら、箱詰めにされた太りすぎの狸に見えたりもしたが、それはどうでもいい。

 「どうねえ、300万円もしたとよ。ほら、ダッシュボードはウッドに代えたし、ハンドルも特別仕様で……」

 

   

(余談)
オプション仕様のダッシュボードは、確かに木製だった。しかし、隙間だらけだった。こんなものを高い金で売りつけるディーラー、喜んで買う客。不思議大国日本の一風景である。

 

 そのご自慢のミニ・クーパーがSOSを発した。駆けつけると、道路脇に止まって私を待っていた。私がミニ・クーパーに乗り移り、2人でJAFのレスキュー隊が到着するのを待った。
 つくづく、JAFとの縁が切れない男である。

 2人、狭いミニ・クーパーの前席に座る。横にいるのが可愛らしい女性なら、他にやることもある。他にやることの方が楽しかったりもする。

 が、男2人である。暇だ。どうしようもなく、暇だ。
 2人、タバコを取り出した。ライターを取り出した。火をつけようとした。その時、プンと臭った。

 「待て! 火はつけるな!」

 叫んだのは私だった。

 ガソリン臭いぞ!」

 渋々、畏友「カルロス」が車を降り、前に回って下をのぞき込んだ。

 「あれっ、なんかポタポタ落ちよる。ちょっと、アクセルば踏んでくれんね。わー、ジャージャー漏りや」

 指を浸して臭いをかぐと、間違いなくガソリンだった。ガソリンの臭いが一気に強まった。文字通り、ガソリンを振りまきながら走る車って……。

 車を出て、慎重に距離をとって、タバコに火をつけた。

 「あのままタバコを吸ってたら、2人とも火だるまだったな」

 「…………」

 私の嗅覚が、2人の命を救った。
 それにしても、突然ガソリンが滝のように漏れる車とは……。

 畏友「カルロス」は、すぐに車を買い換えた。命が惜しかったらしい。新車はフォルクスワーゲンのセダン、ヴェントであった。

 「どうね、ただのヴェントじゃなかとよ。V6よ、V6。ちょっとなかろが」

 この車を買ったきっかけはすっかり忘れ、ひたすら持ち物自慢ではしゃぎ回る畏友「カルロス」を、私は決して嫌いではない。この車もまもなく、事故で昇天するのだが、それは今回の本題ではない。

 

 「ちょっと、いいワインば飲んでみようかね」

 畏友「カルロス」の話は、唐突に始まることが多い。

 「なんや、それ」

 「実は、スペインの在日大使にもらったワインがあってね。1955年ものよ」

 「1955? 何でもらったんや?」

 「いや、この前会ってくさ。娘が生まれたち話ばしたら、『名前は何ちゅうとか』て聞かれたけん、『マリアです』ちゅうたら喜んで喜んで。大使の娘の名前もマリアちゅうらしか。そいで、お祝いにこれば持ってけ、ちゅうてくれたやつや」

 「そうか。店で飲んだら高いやろうな」

 「200万円はもらわんと出せんばい」

 「……」

 こうして、わが家でワインパーティが催された。

 当日。
 参加者は、我が家族と畏友「カルロス」。それに、何故かあのアルバイト君と、アルバイト君のアルバイト仲間がいた。

 畏友「カルロス」は、3本のワインを持ち込んだ。1本は、あの1955年のスペインものである。残る2本は、1981年のボルドーもの、1964年のスペインもの。豪華絢爛なトリオである。

 「ほーら、ちゃーんと見らんかね。この3本で300万円ばい、300万円!

 

 

 

(余談)
畏友「カルロス」の発音にはやや訛がある。従って、「300万円」は「しゃんびゃくまんえん」と聞こえる。
それにしても、である。ものの絶対価値を、相対価値しか表現できない金額という単位で表すことを下品という。
しかし、下品な表現の分かりやすさよ!

 

 複数のワインが目の前にあるときは、新しいものから飲む。古いものほど美味しいことが多いので、最初に一番美味しいものを飲んでしまうと、残りの、味が一段劣るワインは飲みたくなくなるからだろう。暮らしの知恵である。

 1981年のボルドーがワイングラスに注がれ、全員に渡された。

 「うっ、渋い! これはちょっとノーサンキューだな」

 このころには、赤ワインに対してこの程度の評価はできるようになっていた。

 「なーんば言いよっとかね。こりがボルドーん特徴たい。ああ、よーできたワインたい。うまかー! あんたもそろそろ、こんくらいの味のバラエティは分かるごつならんと。困ったもんやねえ」

 「なんば言いよっとかね。ワインの命はバランスやろが。バランスが悪うて渋すぎるワインば、何で飲まんとでけんと? 美味くないものは美味くないんや。次ば抜かんかい」

 「あー、しぇからしか。ほんのこないだからワインば飲み始めて、なんば分かったようなこつば言いよっとかね。恥ば知らんかい、恥ば。ほら、こりが1964年たい。どげんね」

 「ん? おー、美味か。ほら見てみろ。こっちの方が、渋み、酸味、甘み、すべてのバランスの取れとろが。これがワインたい」

 気楽なものである。
 もともとこのワインパーティは、畏友「カルロス」の提案で始まった。ヤツが持ち込んだワインを飲んでさしあげるのが、この会の趣旨である。ワインの価格が3000円だろうと、3万円だろうと、30万円だろうと、300万円だろうと、私の財布には全く関係ない。ただただ、目の前に出てくるワインを飲み、評価すればよい。
 こうした客観的な立場に立つが故に、何物にも歪められない客観的評価ができるのである。

 2本目がほぼ空になって、いよいよ真打ち、1955年が登場した。店で飲めば1本200万円という、宝石ワインである。

 「ふむ、コルクがだいぶ傷んどるなあ」

 プロである畏友「カルロス」も、さすがに慎重にならざるを得ない。全員の目が、コルクと、ワインオープナーと、熊手のような畏友「カルロス」の手に注がれる。

 「んんんん……。ゴクッ。よっしゃぁ、抜けた!」

 全員の、安堵のため息が聞こえるようだった。

 「礼人さん、あんたから飲みなよ」

 ふむ、こいつも長幼の序はわきまえているらしい。

 ワイングラスを手に取る。実に美しい色である。濃すぎもせず、薄すぎもせず、これこそ赤ワインの色だという表情で、グラスの中に収まっている。全く濁りはない。心配された澱もない。

 グラスを鼻の下に運んで香りを楽しむ。濃密すぎず、軽すぎず、これもバランスが極めてよい。期待が高まる。
 しかし、私は客観的な観察者なのである。価格などにとらわれず、不味いものは不味いと切って捨てるのが、本日の私に課せられた使命である。

 さて、どんな言葉で切ってやろうか。そんなことを考えながら、口に含んだ。

 「? ?? ………、 ! !! !!! !!!! !!!!!、………、おい、これ………」

 言葉が出なかった。こういう状態を絶句という。

 「カルロス、俺も飲んでいいかなぁ?」

 あの、脳天気なアルバイト君が声を出した。畏友「カルロス」がサーブした。

 「うわー、美味めぇ、これ。いや、ほんと美味めぇわ」

 それだけ喚くと、アルバイト君はボトルを引き寄せ、自らのワイングラスに200万円をなみなみと注いだ。注いで、わき目もふらず、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み始めた。

 全員の目が点になった。畏友「カルロス」の目が、一番小さな点になっていた。

 パーティが終わり、いつものように畏友「カルロス」だけが残った。

 「いやあ、だけど美味かったな。これまで飲んだワインって一体何だったの、というぐらい美味かったな。古いワインって、すごいものだな」

 「ほんと、凄まじかったね。あれだけ古いワインになると、いくらちゃんと保管しても、1ケースで3、4本は傷んでいることを覚悟しなきゃいけないんだけど、あいつは全く傷んでいなかった。俺も初めて飲んだよ、あんなの」

 ややあって、畏友「カルロス」が言葉を継いだ。

 「それにしても、あの野郎! あんなワインを、ワイングラスになみなみとついで飲み干すか! 非常識にもほどがある!! 殺してやる!!!

 アルバイト君は大学を無事卒業し、サラリーマン生活をしている。
 畏友「カルロス」は、まだ殺人の罪だけは犯していないようだ。

 

   

(余談)
我が懐は痛まないとはいえ、総額300万円には、やはりびびる。
畏友「カルロス」に聞いた。
「1955年は貰ったものとして、1981年と1964年(これだけで100万円だと彼は主張する)はお前が持ったのか?」
「そんなもん、俺だってもてるもんかね! 自分の腹を痛めたもんば、何でただで飲ませないかんと? みんな貰い物よ。店でたくさんワインを売るから、ディーラーがくれるのよ」
ちょっと安心した。
持つべきものは、いいものを貰い、そのいいものを回してくれるよき友である。

 

 さて今回は、わが家にVIPをお招きしたときのレシピをご紹介する。VIPのご要望で、メニューは「ハリハリ鍋」であった。
 ご夫婦で来ていただいた。
 宴も果てようというとき、VIPの奥様がおっしゃった。

 「私、こうやって他のお宅にお招きいただいたのは初めてなんですよ。お客様をお迎えしたことはたくさんあったけど。今日は、本当に楽しかったわ」

 我が妻に、もういちど思い起こしてもらいたい言葉である。

 材料 (4人前)
    鯨肉              :1kg
    水菜              :5袋(1袋=約3〜4株)
    金時ニンジン〔京人参〕     :2〜3本
    あればコロ(鯨の油ぬき皮)   :適宜(赤身に油補給)

 作り方

 

1,

まず昆布と鰹で濃いめのダシをとる。

2,

だし汁6、醤油3、みりん3、砂糖(適宜)でダシ汁を作り、土鍋に入れる。
3,
まず野菜から入れる。水菜は10cm位にカット。軸の方からなべへ!金時人参は皮を剥かずに大きめの短冊に切る。こうすると香りが良い。決して煮立たせず、丁寧に灰汁を取る。そのあと、米のとぎ汁で予め煮て灰汁を抜き、スライスしたコロを入れて手加熱する。
4,

鯨肉は5〜6分位ぐらい煮ていただく。薬味は薬研堀の七色で決まり。

 

 今回は簡単、単純であります。しかし、鯨の味一つで、全てがきまる鍋です。「ハリハリ鍋」は元来、尾の身の油の多い部分を使った鍋です。
 ダシ汁に酒と生姜を入れても良いでしょう。

 以上、お試しあれ。

 


【初出2003年10月24日】
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