グルメに行くばい!   第14回 :パエリア―畏友「カルロス」の正体

 というわけで、ぬか漬けのニシンを下げて、東京に転勤した。空き家になっていた横浜の自宅に戻った。

 半年もしないうちに、41日間世界一周の出張に出た。
 香港で、必要に迫られて、生まれて初めての街頭ナンパをした。
 ロンドンではミュージカルを鑑賞した。
 サンディエゴではシャチとイルカのショーで頭から海水をかぶった。
 メキシコシティを離れる朝、水にやられて空港で腹痛を起こした。次の目的地グランドケイマンへの飛行機の中で七転八倒し、おかげで隣席の美人(もち、米国人)に優しくされた。
 グランドケイマンに着いても腹痛は治らず、名物のタートルシチューを楽しめなかった。

 てな話は、いずれ触れることもあるだろう。いや、ないかもしれない。が、いずれにしても今回のテーマではない。
 なにしろ、最近、1回あたりの原稿量が膨れあがりすぎて、身内からでさえ

 「読みでがありすぎる

 と不評なのだ。
 先を急ぐ。

 

   

(余談)
前回の原稿「グルメ開眼」が、ワードに12ptのフォントで書いて16枚。その前、「札幌ラーメン」が18枚。さらにその前の「カワハギのキモ」が15枚。とにかく、長い。書くものしんどいが、読むのもしんどい。
小学校(中学校だったか?)で習った手紙文、
「一筆啓上火の用心おせん泣かすな馬肥やせ」
は達意の文章の極地である。短いが、必要なことはすべて読み手に伝わる。研ぎ澄まされた文章である。その反対の極地にある我が文章を猛省している。
てなことを書いたりするから、また長くなるのだが……。
ほら、もう2ページ目の頭である。

 

 今回の東京勤務の重要事項は、1つしかない。
 畏友「カルロス」との出会いである。

 部内にプロジェクトチームができ、私がサブに就任した。
 といっても、2人だけのチームである。人手不足のカバーに学生アルバイトが2人ついた。使い走りだ。

 「おい、昼飯を買ってきてくれ」

 「ビールが飲みたい。調達してこい!」

 「この書類、コピーしてきてくれ」

 ってなものである。顎の先で使える手足を持つ。この上ない快感である。

 困ったことが1つあった。この手足、日常的なメンテを怠ると動かなくなる。いや、その事態を恐れて懸命にメンテしたので、正確には、動かなくなる恐れがあった。
 昼飯、晩飯はいつも4人一緒だった。支払いは社員2人でさせていただいた。可処分所得は、大学にはほとんど行かずにアルバイトに精を出す「手足」の方が多かったのだが。

 「礼人さん、今日はスペイン料理を食いに行きましょうよ」

 ある夕、手足の1人が言った。
 スペイン料理! 何だ、それ? そんなもん、俺、食ったことねえぞ!
 思わず飛び出しかけたそんな言葉を、グッと飲み込んだ。ここは飲み込むしかない。なにせ、こいつは俺の手足なのである。弱みは見せられない。

 

   

(余談)
どうでもいいが、もう3ページ目に入ってしまった……。

 

 「スペイン料理? いやあ、あんな脂っこい料理は、ちょっとゴメンだなあ。やっぱり和食だぜ。刺身に日本酒と行きたいなあ」

 それにしても、たかがアルバイト風情で、ずっと年長の正社員たる私も食したことがないスペイン料理!? いや、最近の学生さんは豊かである。私の学生時代と比べたら、天と地の開きだ。悔しいが。

 

   

(余談)
思いつきで反応したが、スペイン料理って本当に脂っこいのかなあ……。

 

 「そんなこと言わずに行きましょうよ。ほんと、美味いんだから!」

 気は進まなかった。が、これも手足に対する日常的なメンテの1つである。諦めるしかない。渋々、腰を上げた。

 店は、東京・新宿3丁目、末広亭近くにある小汚いビルの3階にあった。小汚いビルだからエレベーターやエスカレータなどという文明の利器はない。どんなに疲れていようと、足の1本や2本折れていようと、脚気だろうと痛風だろうと、階段を上らなければ本日の夕食に辿り着かない。やっとの思いで3階まで上り、小汚いドアを開けて中に入った。

 カルロス、こんちは!」

 我がアルバイト君が、カウンターの中にいる男に向かって声をかけた。ん?! カルロス?
 この店の経営者はスペイン人か?!

 「おう、久しぶりやないか」

 返ってきたのは、まぎれもない日本語、しかも流暢な日本語だった。ん?!

 カウンターの中で声を発した人物に我が視線を投げた。鼻の下に分厚く髭を蓄え、薄くなりかけた頭髪を後にまとめてゴムバンドでとめたドングリ眼が、私を見ていた。
 ん?! スパニッシュ? こんな顔してるか? ナポレオンは、ピレネーを越えたらアフリカだ、と言ったそうだが、それにしても、ずんぐりむっくりの 5.7等身。身体に比して顔が大きく、鼻は前に出ず、横に広がる。これは、どう見てもアジア系、我が大和民族の特徴を色濃く漂わせているではないか。

 本来、髪が薄いのに違いない。可愛そうに。ゴムバンドで束ねられた先に出ている髪は、極めて量が少ない。小筆の穂先がチョビット覗いているようなものだ。できの悪いちょんまげである。普通なら、ポニーテール風に、豊かに膨らんだ黒髪が広がっているはずなのだが……。

 「おう、いらっしゃい」

 間違いなく日本人である。日本人のくせに、学生に、いや多分全部の客に、「カルロス」なんぞと呼ばせて平気でいる神経とは如何なるものか。こんな粗雑な神経しか持ち合わせない日本の男というのは、健全な生活人である私の交友範囲には存在しない。
 そもそも、こんな粗雑な神経しか持ち合わせないヤツに、料理なんか作れるのか?

 畏友「カルロス」は、こうして私の前に現れた。

 店内をぐるりと見渡す。7、8人座れば満杯になってしまうカウンター席。2人掛けのテーブルが2脚。それだけである。カウンターの上からは、ニンニクの束や得体の知れない肉塊が下がっている。
 小汚いビル、小汚いドア。次は当然、小汚い店、と来る。我が美学からいけば、そんな小汚い言葉は使いたくないのだが、やはり「小汚い店」という表現を使わざるを得ない。
 とんでもない店に引きずり込まれた。

 我々はテーブル席に陣取った。

 「カルロス、じゃあいつものようにお願いね!」

 呆然としている私を後目に、アルバイト君がオーダーを取り仕切る。この野郎、と思うが、スペイン料理初体験の私に、注文する能力はない。第一、この店には、メニューらしき物が見あたらない。何が食えるというのか?

 やがて、汚いちょんまげの鼻髭男がやってきた。

 「ワインは何にいたしましょうか?」

 何だと。ワインだと。バカにすんじゃあねえやい!
 こちとら、生まれも育ちも敷島の国でぇ。何を好きこのんで、毛唐が飲むワインなんかを飲まなきゃならねえんでぇ。日本人なら、日本酒てぇのが、昔からの決まりじゃないけぇ。
 第一よ、自慢じゃねえが、俺様は赤玉ポートワイン以外のワインなんざあ飲んだことございませんのよ、てなもんでぇ。どうだい、参りやがったか!

 と心の中で毒づきながら、口から出たのは意外な言葉だった。

 「うーん、ワインってよく分からないから、白でいいよ」

 

   

(批評)
エエ格好しすぎるのも考え物である。

 

 郷に入れば郷に従う程度の常識はあった。料理は、その料理を育んだ国の酒で味わうべき物である。
 赤ワインが、極めて高価であるとの常識もあった。白なら、それほどでもないはずだ。

 白ワインが来た。オリーブの実と卵焼きのお化けが来た。トルティーリャ(TORTILLA)というそうだ。なんでも、スペイン風オムレツなのだという。材料はタマネギ、ジャガイモ、卵だけ。味付けは塩のみである。

 ふむ、卵は好みではないが、これなら食える。ふむ、スペイン料理とはこのようなものか。

 例のちょんまげ髭を見る。なにやら、肉塊を包丁で薄く切り離して白い皿に載せている。やがて、その皿が運ばれてきた。半生のビーフジャーキーのような代物だ。

 「これ、何ですか?」

 「スペイン風の生ハムです」

 生ハム? 生ハムって、パーティなんかでメロンの上に乗っかっている、あの薄いピンク色の、柔らかいハムじゃないのかい? こいつは、もっとずっとしっかりしているし、色もエンジに近い赤じゃあねえか。

 「あの、肉の塊から削り取ったんですよね」

 「はい、できるだけ薄くスライスするのがシェフの腕だといわれています。フランスパンと一緒に召し上がっても美味しいですよ」

 一切れつまんで口に入れ、かみしめた。同じ名前で呼ばれていても、あの、メロンに乗っかってくるふわふわした生ハムとは、まるで別物だ。そもそも、あの生ハムって、塩豚味チューインガムみたいで、あまり食いたいという気が起きない。
 この生ハムは初体験の味である。いける。

 全体に脂がうまく周り、口に入れるととろりとした甘みがある。噛みしめると濃縮された肉本来の味と塩味が絶妙のバランスで口中に広がり、次から次ぎへと口に入れたくなる。実際、白ワインを片手に次から次へと口に入れ、生ハムはあっという間に消え失せた。

 「なにこれ! こんな美味いもん、食ったことなかったよ!」

 思わず口走った。
 そうか、カウンターの上にぶら下がっているのは、こいつだ。生ハムなんだ。と、やっと気付いた。気付いたら、涎がでそうになった。

 

 最後に出たのがパエリア(PAELLA)である。もちろん、これも初体験だ。

 取っ手のないフライパンのような鍋に、なんだか黄色い色が付いた米、アサリ、ムール貝、エビが乗っている。そのほかにも色々入っていそうだが、よく分からない。

 スプーンで皿によそって口に運んだ。絶句した。
 もちろん、エビもムール貝もアサリも、美味い。だが、一番美味いのは、お米である。米と一緒に煮た素材のエキスがすべてお米に浸み込み、複雑で、いくらかみしめてもかみしめきれないような奥行きのある味を形成している。特に、鍋の底でできたお焦げがいい。

 塩をひとつまみ入れてご飯を炊く。
 昆布を入れてご飯を炊く。
 松茸を入れてご飯を炊く。
 鯛を入れてご飯を炊く。

 日本にも、何かと一緒にご飯を炊き、一緒に入れた素材のエキスをご飯にしみ込ませて食べさせようという調理法がある。
 パエリアは、そのスペイン版である。ただ、日本版と違って、米と一緒に炊く素材の数がすこぶる多い。あとで聞くと、ニンニク、イカ、鶏肉、ピーマン、トマト、タマネギ、アサリ、ムール貝、エビ、場合によっては鯛も、オマールエビも、伊勢エビだって入れてしまう。それに、畑の金と呼ばれるサフランも使う。
 これだけの味がお米にしみ込む。

 日本の炊き込みご飯は淡泊な中に深い美味を追究する。水墨画、色があるとすれば水彩画の世界だ。
 スペインのパエリアは複数の素材を取り合わせ、複雑玄妙な味を体現する。油絵の世界であろう。
 どちらがいいというのではない。あえていえば、どちらもいい。
 彼我の文化の違いである。

 

   

(蘊蓄)
パエリアの源泉はイスラム文化である。8世紀の初めにイベリア半島に攻め込んだイスラム教徒軍は、米作とサフランをこの地に持ち込んだ。この2つがなければ、どう工夫してもパエリアは作れない。パエリアを食するということは、イスラム文化も食するということである。
と、作家の中丸明さんが書いていた。
ふむ、それにしても、イラクはどうなるのかねえ。米軍関係者を主要ターゲットにしたテロが続発している土地へ派遣される自衛隊の人たちは大変だよねえ。仕事とはいえ。
派遣を決めちゃった自民党総裁は再選されちゃったし、歯止めはかからないのかなあ……。

 

 ちょんまげ髭がオーナーシェフを努めるこの店は、「ラ・プラーヤ(La Playa)」という。あれほど毛嫌いしていたスペイン料理にすっかり魅せられ、月に2、3回の割で通い詰めた。ちょんまげ髭に会いたかったのではない。スペイン料理を食べたかったのだ。

 

   

(注)
「ラ・プラーヤ(La Playa)」は8年前、渋谷に移転しました。現在も渋谷で営業中です。

 

 だが、通い詰めれば雑談も交わすようになる。

 「お客さん、生まれはどちらですか?」

 「俺? 俺は九州よ。福岡県で生まれて、いまの仕事をするまでは九州を離れたことがなかったんだ」

 「あー、お客さんも九州ですか。私も九州ですもんね。いまの北九州市ですたい。福岡の大学に入ったとばってん、ちょっと事情があって中退したとですもんね」

 「カルロス」が突然九州訛で話し始めた。

 「なーんね、あんたも九州やったとですか。そっで、大学はどこに行きよんなはったと?」

 私の言葉にも飛び火した。しかも敬語である。顔のしわ、頭髪の状態、目の輝き具合、どこから見ても、目の前の男は私より年上である。

 「いやあ、そりがですねえ、恥ずかしかばってん……」

 同じ大学だった。

 「何年の入学?」

 後輩だった。

 「なんか。あんた、俺の後輩やったとか。そっで、あんたん名前は何ちゅうと?」

 敬語が消えた。
 「児玉徹」君といった。

 私は、県人会や大学の同窓会には全く関心がない。そんなところに、自らのアイデンティティを確認するためにわざわざ出かける方々のような柔な自意識は持ち合わせていない。
 なのに、私にも郷土意識が多少はあったのだろうか。
 その日から、畏友「カルロス」と急速に親しくなった。

 

 「礼人さん、そろそろ赤ワインもどげんですか」

 いつものように、白ワインで生ハムとパエリアを口に運ぶ私に、児玉君が話しかけてきた。初対面から半年ほどたっていた。

 「どうせわからんとに、高い金ば払うとはばかばかしか。いらん」

 「ま、今日は私のサービスということでよかですけん、飲んでみらんですか」

 「うーん、それほどいうとなら飲んでやろう。出さんね」

 10数年もの長い時間を経た古めかしいワインが出てきた。
 次回も、同じワインが出てきた。
 その次も同じだった。

 「あれ、このワイン、味が違うぜ。間違えたっと違うか?」

 そんな声を出したのは4回目である。児玉君はニヤッと笑っていった。

 「ほう、赤ワインの味の違いの分かるようになったごたるですね。確かに、今日は違うワインば出したとです。こっで、先輩も『赤ワインはわからん』とは言えんとですよ。華麗なるワインの世界のようこそ、ですたい」

 その後、ワインはになった。毎回払う金額が高騰し、我が財務諸表は字基調になった。

 

   

(後悔)
商売人のいう「サービス」を、決して鵜呑みにしてはならない。サービスした分を、いつから、どう回収するかは、最初から計画済みなのである。相手が友人であろうと、先輩であろうと。

 

 畏友「カルロス」との付き合いは、ここから急に深みを増す。わがグルメ修行も佳境に入る。が、今回はこのあたりまでとする。

 というわけで、今回は自宅でもできるパエリアの作り方を。

 パエリヤの作り方(4人前)

 材料:                      2.5
    骨付き鶏肉(手羽先)
    アサリ                     100g
    ムール貝                    10
    イカ                       1パイ
    有頭海老                    10
    ピーマン                    2〜3個
    タマネギ                    半分
    トマト                     2個=よく熟したもの
    ニンニク                    2
    サフラン                    1つまみ
    パプリカ                    大さじ1
    オレガノ                    1つまみ
    オリーブオイル(エクストラ・バージン)     大さじ4
    塩                       大さじ1

 

1,

パエリヤ鍋(なければフライパン)にオリーブオイルを入れ、みじん切りしたにんにく(にんにくは、事前に包丁の腹などでつぶす。つぶすと香りが出る)を弱火で炒めて香りを付ける。

2,

香りがついたら強火にし、タマネギ、ピーマンを適当な大きさに切って炒める。

3,

そこに、アサリ、鳥肉、有頭海老をいれて炒める。海老は色が付いたところで取り出す(出しておかないと食べるときに固くなる。贅沢に作りたければ、徹底的にダシを取って捨てる海老とあとで食べる海老を分け、あとで食べる分だけ出しておく)。
4,
トマトをつぶして入れ、イカを短冊切りして加える。先にトマトを入れておかないとイカは固くなるので注意。

5,

全体に火が通ったら、お湯を張る(贅沢に作る場合は、ムール貝で取ったスープを張る)。あとで米を加えるので、米を入れても水がこぼれないほどの量にしておかないと、困ったことになる。

6,

しばらく煮込んで中に入れたもののダシが出たら、塩で味を付け、さらにサフランを入れる。サフランは高いので、入れる量は財布と相談する。いくらお金があっても、ひとつまみ入れれば十分。

7,

そのまま煮込み、サフランから色と香りが出てきたら、生米を加える。米の香りも楽しむ料理なので、事前に米を洗ったりしない。具の隙間にまんべんなく米が行き渡るようにする。水面直下まで入れる。
8,
米が膨らみ、水面が下がったら弱火にしてパエリヤ鍋の表面にアルミホイルで蓋をする。熱はできるだけ逃がさず、蒸気は適当に逃がしてやるための処置。
9,

やがて、少し焦げたような臭いがし始めるので火を止め、5分から10分蒸らす。

 

 以上です。お米はアルデンテに仕上げるのが本式です。水加減によっては、出来上がりがやや柔らかくなることもありますが、本来は少し固めの方がおいしい料理です。何度も作って水加減を覚えて下さい。ただ、これだけは米の水分含有量なども関係しますので、プロでも毎回最上の仕上がりにするのは難しいようです。

 パエリヤは以上が基本です。言ってみればブイヤベースに米を入れて煮込む料理ですから、適当な魚介類を入れるとさらにおいしくなります。お金があれば、伊勢海老、オマール海老、鯛などをこのスープの中で煮込み、最後に一番上にトッピングすれば豪華になります。

 以上、お試しあれ。

 


【初出2003年10月17日】
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