グルメに行くばい!   第12回 :札幌ラーメン

 駐車場が、厚さ1m以上もあろうという根雪で囲まれていた。南国九州に育ち、居住地の北限が東京だった私には、初めての光景だ。なんだか、ワクワクしてきた。
 3月31日のことである。
 次の転勤先である札幌に、家族ともども着いたのだ。

 待つほどもなく、荷物がやってきた。同時に、愛車、フォルクスワーゲン・ゴルフも到着した。この車で、北の大地、雪の大地を走り回る。心が躍る。

 雪

 心が躍ったためだろう。突然、ひらめいた

 「この車で、あの雪の壁に突っ込んだら、車のフロントがそのまま雪の壁にプレスされるなぁ」

 わがゴルフのフロントグリル、ヘッドランプ、バンパー、フェンダー、ボンネットの形を正確に写し取った雪の壁。
 ひどく魅力的な光景ではないか。

 もういけない。わが心は、67度ほど前にのめっている。身体があまりに傾くと復元力の限度を越えて転けてしまうのが物理学の法則ではあるのだが、もう止まらない。
 だが、その時の私は、転けるかもしれないなんて考えもしなかった。見えていたのは、わが脳裏にひらめいた魅力的な光景だけだった。

 ドアを開け、運転席に乗り込む。エンジンをかける。

 「行くぞ!」

 クラッチを床まで踏み下げ、ギアをローにぶち込み、アクセルを踏み込んだ……。

 なぜ、あんな愚かなことをしたのか、お前はバカかと、いま私を責めるのは簡単である。

 

 

(余談)
私自身、何度も責めた。

 

 だが、それは後知恵にすぎない。後知恵に長けた人は、自らを安全地帯にしか置かない永遠の批判者に過ぎない。何ごとも成し遂げられない。当事者にはなれない。当事者でなければ味わえない醍醐味とは無縁である。かわいそうな人たちである。
 属する組織で、こんな人をリーダーに持った部下は悲惨である。

 アクセルをあおられたゴルフは、脱兎の勢いで、と書きたいが、1500ccのディーゼルエンジンは、それほどのものではない。それほどのものではないが、取り敢えず前進を始めた。雪壁までわずかに5、6m。この距離を疾駆したゴルフは…………、
 雪壁に激突した。

 バリバリ、ギーッ……。

 車の前方から、何かが引きちぎられながら壊れるような音がした。
 眼前にあったひどく魅力的な光景が消えた。
 愛車が、壊れた?

 車を下げた。車から降り、前に回って点検した。
 あらら、一番下にあるプラスチックの部品、たぶんスカートといったと思うが、そいつが無惨にも割れている。
 えっ、だって、突っ込んだのは雪の山だろ? それなのに、何でスカートが割れる……。

 わが愛車が突っ込んだ雪の壁を見た。おかしい。車が突っ込んだ跡がどこにもない!
 いったい、何が起きたんだ?

 原因究明には綿密な観察力と、観察結果を基に大胆な仮説を構築する想像力、仮説をチェックする細心の注意がいる。
 雪壁に触ってみた。カチカチだった。あの、柔らかい、ふんわりした雪の面影はどこにもなかった。
 これは、そう、だった。氷壁だった。

 南国九州生まれが、雪は固まると氷のように固くなる事実を学んだ瞬間だった。

 

 

(余談)
九州にも雪は降る。しかし、手で固めても、こんなに固くはならない。こんなに固くなったら、雪合戦は殺しあいになる。

 

 スキー

 まもなく、あり金をはたいた。春先なのに、冬に備えるためである。
 ストーブなどを買い集めたのではない。我が家が入居した公団の高級賃貸マンションには、最初から北海道型のストーブが備わっていた。

 

 

(解説)
そう、またわが子達は「賃貸の子」に逆戻りしたのです。でも、幸い札幌には差別構造はありませんでした。
窓は全て2重。でっかい灯油タンクと煙突の付いたどでかいストーブが居間に備え付けてありました。

 

 買ったのは、スキー用具だ。
 家族5人、津軽海峡を越えてはるばる札幌まで来た。長い冬になれば、白銀の世界になる。スキーを楽しまずして、長い冬をどう乗り越える? それに、この時点まで、我が家では1人もスキーなるものを体験していないのである。

 スキーシーズンも終わりに近かった。スキー用品店はどこもバーゲンの真っ最中である。
 4800円のスキーパンツ、
 2900円のスキージャケット、
 9800円のスキー板……。
 思い切り安いものばかり選んだ。初心者である。道具に凝るだけの腕(足?)はない。ファッショナブルなウエアに身を包んでナンパする自信もない。ナンパに成功したら、妻の手で北海道の雪の中に放り出されるに決まっている。凍死するに決まっている。

 が、節約に努める5人に、店員が、

 「スキー靴だけはいいものを選んでください。足に合わない靴をはくと、痛くてスキーどころではなくなりますから」

 などど、商魂たくましい、非常に説得力のある正論を吐いた。インテリは正論(≠雑誌「正論」)に弱い。靴だけはいいものにした。5人分で馬鹿にならない額になった。
 とことん、金のたまらない一家である。

 5人は雪を待った。指折り数えて待ち続けた。早く雪が降れと祈った。てるてる坊主を作ろうかと思ったが、あれは晴天を希う呪術であることに思い当たり、やめた。

 間もなく雪が降る季節になった。雪道用のタイヤを買った。店員に勧められたスタッドレスである。私は美しい自然環境を保存したいと思う。

 

 

(裏話)
実は、制動力を重視してスパイクタイヤを買いに行った。車は、必要なときには止まらねばならないのだ。
が、店員君に
「やめろ」
といわれた。
「雪道で車がスリップしたらどうしてくれる!」
とくってかかった。店員君は、
「このタイヤなら大丈夫です」
と自信を持って輸入タイヤを推した。スパイクタイヤより高かった。
環境主義者だったのは私ではなく、この店員君である。いや、売上至上主義者だったのか?

 

 待ちに待った雪が降った。積もった。こうして私は、いや我が家族は「スキー入門」の世界に突入した。

 零下

 スキーに出かけるには、車にスキーキャリアを取り付けなければならない。

 零下15度という朝、スキーキャリアを車に取り付けた。倉庫からキャリアを出しながら、ふと、

 「零下15度とは、どのような気温なのか?」

 という哲学的疑問にとらわれた。

 下着、スキー用のとっくりシャツ、丸首のセーター、スキー用のアンダーパンツ、スキーパンツ、スキージャケット、毛糸の帽子、スキー用の手袋に身を固めての思考である。
 これだけ身を固めると、寒さはあまり感じない。頬のあたりが少々ピリピリする程度である。東京の真冬と、さして違いはない。

 

 

(より深みのある見方)
唯一外気にさらされた面の皮が、もともと厚いためかもしれない。

 

 さて、零下15度とはどのような気温なのか?
 ピンッ、とひらめいた
 体験すればよい。頬以外に、零下15度の外気にさらす肌を作ればよい。
 どの肌を?
 誰が通りかかるか分からない屋外でスキーパンツ、アンダーパンツを脱ぐのはいかがなものか。
 スキージャケット、丸首セーター、とっくり、下着と脱いで上半身裸になるのも考えものである。
 わが普段の言動からして、とうとう頭がおかしくなったか、と疑われかねない。疑われるだけなら我慢のしようもある。信じ込まれてしまったら対処のしようがない。

 人前でさらしていい肌が、1つだけある。手である。
 そう思いつくと、早速手袋を外した。真理を求めるのに、躊躇は邪魔である。手袋を外してスキーキャリアを車の屋根に載せ、直径5cmほどのノブ(これをねじって車に固定する方式になっていた)を右手で回し始めた。

 測定は、正確さをもって旨とする。腕時計で時間を計りながら作業を進めた。
 最初は何ともなかった。零下15度と大げさにいうが、たいしたことはない。鼻歌でも出てきそうだった。

 41秒後
 手が冷たくなってきた。それでも息を吹きかけて暖めてやれば何とかなる。
 1分03秒後
 ノブを掴んでいた右手の指が曲がらなくなった。曲がらないからノブがつかめない。手のひら全体をノブに押しつけて、手のひらとノブの間の摩擦力を使ってノブを回した。
 1分24秒後
 右手が動かなくなった。右手をポケットに突っ込んで温めながら、左手でノブを回した。
 2分11秒後
 左手の指も曲がらなくなった。左手をポケットに入れ、暖まった右手をポケットから出してノブを回した。
 2分47秒後
 両手とも、何ともならなくなった。両手でノブを挟むようにしたが……。
 3分後
 4つ締めなければならないスキーキャリアのノブは、まだ1つも締まっていなかった。両手に手袋をはめ、スキージャケットの下に押し込んで暖めた。1分ほど暖めて、手袋をはめたまま作業を再開した。4本のノブが難なく締められた。

 手袋は、厳寒にうち勝とうと努めた先人たちの汗(は寒いから出ないか)と知恵の結晶であることを思い知った。

 ビデオ

 休日に地吹雪が吹いた。窓から外を覗く。真っ白で何も見えない。大都会札幌でも、ひと冬に4、5回は地吹雪が来る。
 外で遊べない我が子供たちの顔に「退屈」という文字が浮き出た。私の顔にも浮き出ていたはずである。
 これは危険だ。小人閑居して不善を為す。つまらないことが啀みあいの原因になる。

 ひらめいた

 

 

(先回り)
札幌でひらめくと、ろくなことはない。「札幌その1、その3」で証明済みなのだが、当時はこのように整理された思考を持てずにいた。

 

 「おい、今からビデオを借りに行こう」

 そう叫んだ親父、つまり私は、やおら立ち上がると防寒着を身につけ、車のキーを掴んだ。そういわれた家族が、

 「外出できる」

 と喜んだのか、

 「この地吹雪の中を、こいつ、馬鹿じゃないのか」

 と蔑みつつ、強いものに巻かれる選択をしたのか、紙神ならぬ身の私は知らない。が、全員がぞろぞろと後に従い、5人でゴルフに乗り込んだ。

 いや、話には聞いていたが、地吹雪とは大変なものである。車に乗ってワイパーを動かす。でも、前が見えない。フロントガラスにたたきつける雪はワイパーがかきよける。だがその先に、降りしきる雪、風にあおられて渦を巻く雪が分厚く空中を舞い、ほんの数メートル先が、おぼろにかすむ。
 こういう現象を視界不良という。

 一度決心したことを翻す私ではない。ここまで来た以上、前に進むことしか頭にない。九州男子だ! 地吹雪なんぞに負けるか! エンジンをかけ、通りに出た。
 通りは、道だけが小高くなっており、左右は緩やかな斜面になって、下の畑につながっていたはずだ。
 が、見えないのである。どんなに目を凝らしても、道と斜面の境が。
 仕方なく、できるだけ中央寄りと思われるところを、しずしずと進む。目の前に突然対向車が現れないか、ヒヤヒヤのし通しである。時速でいえば10kmも出していたであろうか。

 信号で右折、大通りに出た。ここは大丈夫だ。車道の左右は広い歩道があり、斜面はない。道路から落ちる恐れはない。
 が、見えないのである。どんなに目を凝らしても、車道と歩道の境目が。視界不良のなせる技である。

 雪と風は容赦なく吹き付けてくる。時折、車体がフワッと浮く。

 「毎年、乗っていた車が地吹雪に巻き込まれて、何人か死ぬんだよね。去年は4人だったかなあ。地吹雪でできた吹き溜まりに突っ込むと身動きとれなくなって、やがて車はすっぽりと雪に覆われ、中の人間は一酸化炭素中毒になるんだよね」

 確か、同僚がそんな話をしていた。10分前にその話を思い出していたら……。わが家族は、地吹雪の日に、ビデオを借りに出かけたばかりに、大都市札幌の一隅で、雪に閉じこめられて最期を迎えるのか?!
 あとの後悔、先に立たず。

 それにしても、1tを超える鉄の固まりと、その中の5人を持ち上げようとする自然の力は、偉大である。再選なった政権政党総裁の口癖を借りれば、

 「感動した!」

 

 

(余談)
感動されたものの、結果として相撲人生を棒に振った横綱もいたなぁ。

 

 感動したが、我が家族は、何とか無事だった。
 が、その日借りたビデオは、あれほどの冒険に相応しいものだったのか?
 何を借りたのか?
 面白かったのか?
 まったく記憶にない。

 厳寒

 着任したての頃、先輩が言った。

 「礼人君、君は札幌、初めてなんだってね。ここの冬は凄いよ。君の入ったマンション、俺も住んでるんだけど、冬は本当に寒いんだから」

 「だって、窓は2重になっているし、でっかいストーブはあるし、たいしたことはないでしょう」

 「知らないからだよ。確かに、窓は2重だ。でっかいストーブもある。それに加えて、僕は玄関ドアと枠の隙間にスポンジのパッキンを入れて、隙間を全部塞いだ。それでもね、真冬には、体の芯まで凍えそうな冷たい空気が、どこからかスーッと入り込んでくるんだよ。震え上がるんだから」

 結論から言おう。札幌の冬は暖かい。東京なんぞより、ずっと暖かい。屋内でストーブを炊いていれば、セーターで十分過ごせる。
 あの先輩は、ストーブの灯油代をケチったんではないかい?

 分かりやすい話で証明する。
 年末、東京に出張に行った。外気温は、確かに札幌より高い。夜、空き家になっていた横浜の自宅に戻り、寝ようとした。寝ようとして、パジャマを持って来なかったことに初めて気づいた。
 ここは、横浜である。札幌より遙かに気温は高い。パジャマ? 札幌で鍛えた体だ。いらないじゃん。酔いも手伝った決断だった。
 パンツ1枚で寝た。
 翌朝。
 風邪だ。目が覚めたら頭が割れるように痛む。熱もある。典型的な風邪だ。札幌でひかなかった風邪を、横浜でひいた。
 横浜は寒い。札幌より寒い。パジャマなしで寝ると。

 いや、冬の札幌暑い
 北海道出身の同僚が自宅に招いてくれた。玄関でコートを脱ぎ、セーターにジャケットという姿で部屋に入った。
 酒を飲み始める。10分もすると、汗が出始めた。ジャケットを脱ぐ。
 それでも、汗はひかない。セーターを脱ぎ、シャツ姿になった。
 やっぱり熱い。手首のボタンをはずし、袖をまくり上げた。なのに、まだ汗ばむ。

 「暑いですねえ」

 「あらそう? 札幌の冬って、こんなものよ」

 後で知人に聞いた。札幌の暖房温度は27度前後だという。外気が零下15度、20度のとき、室温を27度まで上げる。必要なエネルギー量たるや、膨大である。
 なぜ、せめて20度に抑えないのか!?
 有限な地下資源の浪費ではないか。
 おまけに大気も汚れる。札幌の連中は、エコロジーという言葉を知らないのか?!
 学識、それ以前に常識がないのか!?

 知人は言った。

 「室温が20度だと、外に出て3分もすると体が冷え切るんだよね。27度まで上げて体に熱を蓄えておくと、10分や15分は何とかなる。10分や15分あると暖房されているところまで行き着けるから、またそこで熱を蓄えることができる。生活の知恵なんだよ」

 一面的なものの見方しかできない人間が、ヒステリックに叫ぶ正義の陥穽を思い知らされた。
 以後、

 滅び

 という言葉は、わが座右の銘である。

 今回は寒い話ばかりになった。寒くて、札幌。であれば、食い物は当然アイスクリーム、じゃなかった、札幌ラーメンである。ご当地、札幌ラーメン。あちこちにあるチェーン店じゃない札幌ラーメン。これで決まりである。

 札幌に赴任するなり、何人もの地元の人に、

 「美味い札幌ラーメンを食べるには、どこに行けばいいか」

 と聞いた。ほとんどが

 「ラーメン? やっぱ、ラーメン横町ではないかい?」

 ならば、行くっきゃない。

 行った
 失望した
 ほかのものならともかく、こちとら九州の生まれである。本場の豚骨ラーメンをすすって大きくなった。グルメ修行中の身とはいえ、ラーメンにだけはうるさい。

 「札幌ラーメンって、言われているほど美味くないですね」

 札幌に長い職場の先輩に聞いてみた。ラーメン横町に通ったことも話した。

 「礼人君、だめだよ。美味しいラーメンを食べたいんだったら、あそこに行っちゃダメ。そうだなあ、標準として、『味の三平』、もっと狙いたいんだったら、『富公』、それでダメだったら『糸末』に行ってごらん」

 『富公』は狸小路の7丁目にあった。まず、ここに行った。最初から「狙った」のである。

 その日は、午後2時から会議の予定が入っていた。零時半に店に行った。店の前で10人ほどが列を作っていた。

 (そうか、札幌でも、美味しいラーメン屋には列ができるのか)

 素直に列の一番後ろに並んだ。
 食べ終えた客が1人、店から出てくる。並んでいた客が1人、店の中に消える。3人出てくれば3人消える。東京と何ら変わりはない。私の番が近づき、やがて私が店に入った。

 「なんだ、これは!」

 店の中に列があった。というか、入ると、手前から奥に向かってL字型のカウンターが伸び、向かって右、カウンターの中が厨房である。そこで、50歳は過ぎたであろうオヤジが、1人でラーメンを作っている。
 その反対側、つまり向かって左側の壁際に、長いベンチがあった。そのベンチに、20人ほどの客が座り、自分の番を待っている。

 (えっ、まだこんなに待つのか!)

 とまどう私に、オヤジの罵声が飛んできた。

 「ほら、ぼーっとしないで、そこに座るの!」

 座った。食べ終えた客がお金を払ってカウンターを離れると、オヤジの指令が飛ぶ。

 「はい、お前はここ。うん、お嬢ちゃんはこっちだよ」

 なんと、カウンターのどの席に座るかまで、オヤジが指図をする。
 感心して見とれていると、また私に罵声が飛んだ。

 「ほら、そこの兄ちゃん。あいた分だけ左にずれてくれないと、新しいお客さんが座るところがないがね」

 「あ、ごめんなさい」

 というしかない。この店では、一瞬たりとも気が抜けない。

 時計を見た。1時10分を回っていた。左を見る。まだ、10人以上が座っている。会議が、少し心配になった。が、たかがラーメンである。食べ始めれば5分もあれば食べ終える。

 待ち時間を利用して、じっくり観察した。
 客の注文を聞いたオヤジは、5つか6つのどんぶりを前に並べる。人数分の麺をほぐして大鍋に入れると、どんぶりでスープを作る。
 アイスクリームを取るときに使うような丸いスプーンで、味噌のようなものを掬い取り、どんぶりに入れた。たぶん、特製の味噌を使った味噌ラーメンだろう。
 塩ラーメン、醤油ラーメンには、それぞれスプーンで塩、醤油を入れている。
 次に大鍋のふたを取り、柄杓でスープをくむと、どんぶりに注ぎ始めた。スープの香りがこちらまで漂ってくる。
 ん! これは豚骨ではないか! 札幌ラーメンも、基本は豚骨なのか!
 が、何か、少し違う。立ち上がって、大鍋の中を覗いてみた。あれっ、いろいろ浮かんでいるぞ! あれはタマネギではないか。おお、こっちはニンジンだ。

 「こら、お前、突っ立って何してるんだ!」

 また怒られた。

 「はい、ごめんなさい」

 また謝った。謝る一方の店である。
 座った。座りながら考えた。私が確認した以外にも、いくつか野菜が入っていたようだ。とすると、この店のスープは、豚骨をベースに、野菜の甘さを加味したものなのか。

 時計を見た。やばい! 1時半を過ぎている。会議に間に合うかなあ。左を見る。まだ3人座っている。私の順番は4番目ということだ。ここまで来て、「富公」のラーメンを断念して会議に滑り込むのかなあ。

 「はい、そこの3人。ここと、ここと、あっちだ」

 3人がカウンターに移った。私が次だ。時刻は1時40分に近い。会議に間に合うぎりぎりの時間だ。いまラーメンを断念して飛び出せば、滑り込みでセーフである。が、次は私だ……。

 職務上の責任感と、目の前にぶら下がっている美味しそうなもの。さてどちらを取るか?
 どちらを取るのが正しい選択か?

 To be or not to be??????????????????????

 断じて、「富公」のラーメンである。私はそう決めた。会議を捨てた。間もなく私が呼ばれ、カウンターの席を指定された。

 

 

(後悔)
この瞬間が、サラリーマン人生の岐路だったのかもしれない……。

 

 札幌ラーメンが如何なるものであるかを判断するには、まず「塩ラーメン」を食べねばならない。味噌ラーメン、醤油ラーメンでは、味噌、醤油の個性が強すぎて、ベースとなっているスープの味を見極めることができない。

 こうした知人のアドバイスに従って、注文は「塩ラーメン」にした。

 ラーメンが茹で上がると、そば上げ(そう、あの竹製の柄と金属製の金網でできた道具を、こう呼ぶのだそうです)で1人前ずつ麺をすくい取り、4、5回上下に動かして水分をきる。それはどこの店でもやるのだが、この親父、数回上下に動かしたかと思うと、最後に1mほどの高さに麺を放り上げた。それをそば揚げでみごとにキャッチし、どんぶりに入れる。入れた瞬間、なんだか得意そうな表情をする。なかなかのものである。みごとな調理ショーである。

 「はい、お待ち」

 待ちに待った「富公」のラーメンが目の前にやって来た。まず、レンゲにスープをすくい取り、一口だけ口に運ぶ。

 最近、味を文章で表現することは、基本的に無理であるという結論に達した。いくつかの食べ物の本を読んだ結果である。
 様々な表現方法がある。
 「えっ!」と思う比喩や形容詞で、味にたどり着こうという文章もあった。
 食べるに至る過程を書いて、味を表現する試みがある。
 その食べ物にまつわる蘊蓄で表現する作家がいる。
 新しい表現を導入したのは漫画「美味しんぼ」だろう。「まったり」という表現は、我が家でも一時流行った。
 それでも、文章を読んだだけで、頭の中で味が再現することはない。
 アイスクリームを食べたことがない人に、アイスクリームの味を説明できるか?
 まず食ってみろ。そう言うしかないのではないか?

 で、「富公」のラーメンのスープである。
 見事! としか表現できない。無理に表現しようとすると、こくのある豚骨ベースの味なのに脂ぎった感じはなく、全くしつこくない。旨みだけが溶け込んでいる。多分、野菜であろう。豚骨だけでは生まれないほのかな甘みが隠し味的な役割を果たし、味に奥行きを与えつつ全体を支えている。このスープなら、いくらでも飲みたくなる!

 

 

(確認)
ね、これであなたの頭の中で、あるいは口の中で、「富公」のスープの味が再現できましたか? 書き方がそれほど上等でないことは差し引いたとして。

 

 箸で麺を取り、これも口に入れる。細くてストレートな九州ラーメンの麺とは違い、太く、縮れている。この麺も、濃厚なスープに見事にマッチして美味しいとしかいいようがない。

 初体験で惚れ込んでしまった。一目惚れ、いや一口惚れである。

 

 

(余談)
札幌を紹介した本で、札幌では
「ラーメンの麺は、ストレートがいいか、縮れている方がいいか」
という論争があることを知った。
縮れ派が多数のようだったが、
「麺が縮れていると、麺の曲がっているところにスープが乗って口に入るので、より美味しい」
という意見があった。
人間とは、第3者が見たらつまらないことに血道を上げて満足感を得る存在なのかもしれない。暇なヤツらである。

 

 後日、家族も連れて行った。全員が美味いといった。が、子供たちは2度と行こうと言わなかった。

 「おじさんが恐い。いつも怒っている」

 親父の命令口調が、何とも恐ろしいものに聞こえたらしい

 

 

(余談)
子供に優しく接しすぎると、ときとして、このような柔な神経ができあがる。時には心を鬼にして試練を与えねばならない。
反省せねばなるまい。

 

 というわけで、子供と一緒の時は、「糸末」に行くことが多かった。水準以上の味だった。が、店主が作るラーメンと店員の作るラーメンで、微妙に味が違う店だった。
 「味の三平」はいつも長い列ができており、1、2度行ったが、あとは敬遠した。

 最近、数回札幌に出張する機会があった。
 「富公」はあの親父が亡くなり、店がなくなった。あの味は、もう永遠に食べられない。
 映画館の一角にあった「糸末」は、元の場所にない。探し回る時間がないので、店を閉じてしまったのか、どこかに引っ越したのか確認していない。
 「味の三平」は、新しい綺麗なビルの中に入り、昔ほどの行列はできなくなったようだ。が、ここも水準以上の味である。札幌に行くたびに、この店に寄るようになった。

 わが同僚のH氏もこの店がお気に入りで、先日は東京から同行した部下に、

 「美味いラーメンを食わせてやる」

 といってこの店に行ったらしい。

 

 

(注)
1 私が教えた店である
2 部下を連れて行って、割り勘でラーメンを食べたらしい。

 

 てなわけで、今回はレシピに結びつくエピソードがなかった。1000人に1人ぐらいレシピを楽しみにしていただいている方がいらっしゃるかもしれない。
 その方には、心からお詫び申し上げます。

 と書いた下書きを畏友「カルロス」に送ったら、こんなレシピをよこした。

 

 今週のレシピ:パイナップルのミントソース:デザートです。

 材料:フレッシュパイナップル1個
    フレッシュミント1束(スペアミント)
    グラニュー糖スプーン3杯

 

1,

まず、パイナップルは皮を剥き、薄くスライス(5mm)する。
2,
乳鉢かすり鉢に、砂糖&ミントを入れて擂り潰す。
3,

ポマード状になったらパインに隙間無く塗る。30分位置くと食べ頃です。この時、決して冷やしてはいけません。テーブルに出す直前に、少し冷やしてください。

 

 お試しください。

 


【初出2003年10月3日】
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