グルメに行くばい!   第10回 チャンツァイ

 あまりといえば、あまりの仕打ちだった。
 心から好きになり、

 「少なくとも3年はいたい」

 と愚妻と話していた岐阜を、わずか1年でクビになった。後ろ髪を引かれる思いで、引っ越し荷物をまとめた。

 いや、それだけならサラリーマンの宿命として諦める。許せなかったのは、引っ越し荷物の行き先である。

 名古屋

 岐阜から名鉄特急に乗って24分

 1回目の転勤より、距離が縮まっている!

 

   

(余談)
許せないといっても、報復手段は、当時も今もないわけだが……。

 

 千種区星ヶ丘にあった社宅に入居した。5階建ての1階で、6畳・6畳・4畳半にDKの3DKである。

 風呂の脱衣場がなかった。風呂にはいるには、ダイニングルームで、より正確に言えば流しの横でヌードになって浴室に入る。家族だけでしか住めない。

 

   

(余談)
ガールフレンドを招いたらって、あ・な・
誰しも同じようなことは考えますが、実行できるかどうかは別の話であります。
なにしろ、当時の私にはすでに家族があって、同居までしているわけですから、おいそれとできることではありません。

 

 玄関を入っても、DKを通らないと他の部屋に行けなかった。ダイニングで食事をしている人間がいると、玄関から入ってきた人間はダイニングの先には進めなかった。

 狭い社宅だった。
 住宅環境が一挙に悪化した。

 狭いだけなら、まだ許そう。子供はまだ小さい。たいしたスペースが必要なわけではない。

 ある日、いつものように酔って午前様で帰還した。酔眼朦朧としながらパジャマに着替えて布団に横になった。すぐに眠りに引き込まれそうになった。

 ん?!

 なにやら、背中がモゾモゾする。子供の玩具でも紛れ込んだか。手で払った。なかなかなくならない。しかも、この玩具、なんだか自力で動いているようだ!

 一気に恐怖感に駆られた。よろめく足に力を込めて立ち上がって明かりをつけた。

 !!

 体長10cm程もあるムカデが、敷き布団の、先程まで私の背中があたっていたあたりで、100本の足をモゾモゾと動かしていた。
 酔いが醒めた。
 別に、ムカデに邪悪な考えがあるとは思わない。他の生き物に比べて、とりたてて悪い存在だとも思わない。同じ地球の上で、他の生き物と共存すべく運命づけられた我々の仲間である。我々は、地球家族なのだ。

 それは分かる。
 だが、私はムカデが嫌いである。努力しても愛せいない相手はいる。ヘビほどではないが。

 「おい、箒を持ってこい!」

 深夜の住宅に、恐怖の色をにじませた蛮声が響いた。

 バシッ、バシッ、バシッ、バシッ、バシッ………。

 箒の目的外使用が何度続いただろうか。

 「なに! まだ動いてる。この野郎!」

 バシッ、バシッ、バシッ……。

 このムカデが、このような仕打ちを受けねばならないようなことをしたか?
 ご主人様の帰還を前に、ご主人様の布団を温めておこうと、ご主人様の布団に身を横たえていただけではないか?!

 などという理性的な声は、恐怖に駆られた男の耳には絶対に届かない。

 部分的につぶれたムカデをティッシュにくるみ、ゴミ箱に捨てた。
 が、一度恐怖にとりつかれた男は、とめどなく疑い深くなる。

 「子供が、こんなムカデに刺されたら大変じゃないか」

 自らの恐怖心を子供への思いやりにすり替える。男のメンツを保つ効果的な手法である。
 家中の電気をつけてムカデがいないかどうか点検した。点検していると、愚妻が眠そうな声でボソッと言った。

 「そういえば、いつだったか、洗濯物のポケットからムカデが出てきたよ」

 この家はムカデ屋敷か!

 家中見回した。幸い、2匹目のムカデは発見できなかった。
 緊張が緩むと、酔いが甦った。朝まで前後不覚になって眠った。

 

   

(原因追及)
1階にある我が家にはムカデが出る。3階にある同僚宅にはムカデが出ない……。
我が家の先祖は、ムカデに恨みをかうようなことでもしたのか?
立ち小便をしたときに、ムカデにかけてしまったか?
(あれはミミズだったな、そういえば)
やがて原因らしきものが分かった。
このマンション(アパート?)は、池を埋め立てた土地の上に建設された。そのため、いまだに地中から湿気が上ってくる。他のところより湿気が高いため、ムカデが好む。「うちもねえ、最初は便利だと思って1階にしたのよ。そしたらムカデでしょ。3階が空いたから、こっちに引っ越したの」先輩社員の奥さんの話である。
もっと早く教えてくれ、っての!

 

 むかで

 津、岐阜にいたときも、出張や買い物で名古屋に来たことはある。全く知らない街というわけではない。
 だが、住んで初めて「???」となることもある。

 人が地上にいない!

 人口200万人を超す大都市なのに、名古屋駅前、栄などの繁華街に行っても、歩行者が極めて少ない。人口40万人の岐阜市の繁華街、柳ヶ瀬に比べてもはるかに少ない。

 「名古屋の人って、外に出ないの?」

 「何を言う、礼人君。地下街を歩いてみたまえ」

 歩いてみた。
 いる、いる、うじゃうじゃいる、人が!
 ギラギラした太陽が照りつける真夏だったら、わかる。地下街の方が涼しくて快適だ。
 伊吹颪(おろし)がが吹きつける真冬なら、理解できる。地下街の方が温かくて快適だ。
 でも、水が温んで、やっと春が来たと浮き浮きする日も、
 灼熱の太陽の勢いがやっと衰え、心地よい風が頬を撫でていく秋晴れの日も、
 名古屋の人たちは地下街を歩く。
 ???、何故だ?!

 地下

 しばらくして、あるデパートの店長さんと知り合いになった。

 「私、名古屋は初めてなんですけど、どんな街なんでしょうね?」

 「うーん、僕らの商売の話をしましょうか。例えば、非常に魅力的な30万円の腕時計が店頭にあったとします。東京の人は『欲しい』と思ったら、その場で買っちゃうんですね。次の給料日まで2万円しかなくなっても、まず欲しいものを買う。次の給料が出るまですインスタントラーメンすって生活する。東京の人は見栄っ張りなんです。
 名古屋の人はそんなことはしません。店頭で見て『欲しい』と思ったら、その日から貯金を始めます。日々の生活は全く犠牲にせずに貯金するのだから、そう、5万円ずつ貯金しても半年かかる。その半年間、頻繁にデパートに来て、まだ目的の腕時計があるかどうか確認するんですね。で、30万円貯まったらそれを持って買いに来る。途中で売れちゃったら、諦めるんです。いや、半年間もあるから、その間に気が変わって欲しくなくなるかもしれない。それでもいいというのが名古屋の人なんです。堅実なんですよ、我々の商売には困りものですが」

 実質

 「こんな話もある。例えば、1着2万5000円のセーターがあるとしましょう。比較的高級品ですから、東京の店ではガラスケースに入れます。目にとめたお客さんは、店員にそのセーターをケースから出して見せるように言うわけです。で、気に入れば買う。
 名古屋の方は、ガラスケースに入れておいたのでは目もとめてくれません。通り過ぎちゃう。ところが、同じものをガラスケースの上に積み重ねておくと、次々と見に来る人がいて、手触りを確かめて気に入るとお買い上げになるんです。いや、値札を付け替えて『お買い得品』にするわけではありません。同じ価格にしておいてもそうなんです。何となく『お値打ち』に見えるんでしょうね」

 お値打ち

 名古屋弁という方言がある。一般的に、あまり評判がよろしくない。

 「ぎゃー、とか、みゃー、とかいうんだよね。女の子がそんな言葉を使ってたら艶消しだよね。それにエビフリャーなんかもあるしさ。なんか、なんか、だよね」

 その昔、タレントのタモリが、名古屋を笑いの対象にしていた。名古屋弁も、エビフリャーも、笑いの材料だった。

 だが、私は異論を唱える。

 NHKの朝の連ドラには、ちょっと怪しい方言を使うヒロインがよく登場するではないか。関西弁もある。九州の方言もある。「おしん」は山形の方言をしゃべっていた。彼女たちの言葉が、彼女たちの魅力をいささかなりとも削いだことがあったか? 名古屋の人たちだけが、そんなに摩訶不思議な言葉を話しているのか?
 ぎゃー、とか、みゃー、とかいう話し方をする若い女性には、ほとんど会ったことがない。また、そんな女性がいたとしても、彼女の魅力には全く関係ない。
 艶のある女性は、どんな言葉を話しても艶がある。艶がない女性は、どんな言葉を話しても艶がない。それだけのことである。

 

   

(裏の声)
誰が見ても美しい、ふるいつきたくなるような30歳前後の年増女と、酒を飲みにいって、

「おみゃーさん、まあ、飲みゃあ」

といわれても、私は大丈夫です。
飲み終えて、

「なにー、まだええがや。これからホテル行こまいか」

と言われれば、喜んでお供するでしょう。
でも、部屋に入って、

「ほれ、服脱ぎゃあ」

と言われたら……。
ちょっと考える時間がいただきたい。

 

 いや、あえて言おう。

 名古屋弁は綺麗である。

 「あら、檀(だん)さぁ、やっとかめだなも〜」

 知り合いにマージャンに誘われ、連れて行かれた先で、70過ぎの女性にそんな挨拶をされた。
 やっとかめ?
 このままでは意味が判るまい。
 「やっとかめ」は「八十日目」と書く。
 79日も姿を見せず、80日目になってやっと姿を見せてくれたのね。その間、私がどれほど寂しい思いをしたことか分かってんの、もう、この、憎い人! お尻ツネツネしちゃうから!
 ってなニュアンスを持つ。
 テキストでは表現できないが、イントネーションも素晴らしい。情感溢れる言葉である。標準語で

 「あら、久しぶりね」

 なんて言い方をされるのに比べると、月とスッポンほどの違いがある。
 嘘だと思うなら、美貌に自信のあるあなた(無論、妙齢の女性)、

 「あら、礼人さぁ、やっとかめだなも〜」

 と私に向かって発言してご覧なさい。100%確実に、私はメロメロになる。

   

(注)
美貌は、私が認めるものだけに限定する。

 

 エビフリャー? 結構ではないか。ところによって、食べ物の呼び名が変わることはごく普通である。
 東京の昆布は、関西に行くとコブになる。
 東京で舌平目と呼ばれる魚は、有明海に行くとクッゾコと呼ばれる。
 関東のマックは関西でマクドと呼ばれ、
 シャコは九州ではシャッパになり、
 大判焼きは、我が古里では太鼓焼きと言わねば通じず、
 スイカはアメリカに行くと、water melon になる。
 それで本質が変わるものではない。
 エビフリャー? 結構ではないか。

 名古屋弁

 

 で、グルメ修行である。

 津、岐阜では、少しずつ後輩ができはじめていた。ところが、名古屋に転勤した瞬間、私は再び一番下になった。周りは先輩ばかりである。

 この先輩どもが、よく私を食事に誘った。

 「礼人君、美味いラーメンがあるそうなんだ。いつも行列ができてるっていうんだけど、一緒に行かんかね」

 「豚カツが美味いっていうんだ。ちょっと食ってみたくなってね。礼人君、一緒に行こう」

 「あの店のカレーがうまいんだよ、礼人君」

 ご一緒させていただいた。

 

   

(独り言)
グルメ修行といったって、食べるのはせいぜいこの程度のものであるが。

 

 「ふうん、これが世間で美味しいといわれている食べ物なのか」

 と考えながら、一口一口味わった。自分の味覚がいま感じているものが、「美味しい」という感覚なのである。それを記憶しようとした。これも修行の道である。

 

 

(講釈)
だが、食べながら、これが美味しいものだと自分に言い聞かせなければならないということは、実は、美味しいとは感じていないということでもある。
世間の評価と自分の評価が食い違ったとき、自らの価値観によほどの自信がない限り、人は自分の評価が間違っていると考える。考えて、世間の評価を自分の評価として受け入れる。
それは、学習の過程としては仕方がない。
多くの人間は、この過程を辿らないと高みに到達しない。小学校からの記憶力偏重学習にも、一定の役割がある。
だが、その段階にとどまっている限り、本当のことは分からない。大学に入ってまで、授業を丸暗記しようという愚劣さ加減と同じである。

 

 なにしろ、「お値打ち」を至上の価値とする街である。食べ物は、安くて量が多ければよろしい。味は……。修行中の私には、そのような事実は分からなかった。そんな食べ物を「美味しいもの」として、一所懸命、自らのデータバンクに登録しようとした。
 そんな中にも、初対面から私の舌が喜んでしまう食べ物が、少ないながらあったことはあった。一目惚れである。

 名古屋駅の近くに、
 「得仙」
 という店がある。
 区分けをすれば料亭なのだろうが、それほど綺麗な店ではない。あくまで、座敷(お座敷、ではない)で食事をする店である。

 「礼人君、君も行くだろうな」

 「はあ? 何の話ですか?」

 「いや、だから、その、来週の金曜日の夜が、『得仙』に行く日なんだが、君も行くだろうと言っているのだ」

 「得仙って、何ですか?」

 初めて聞く話は、こうだった。
 「得仙」は、アンコウ鍋が極めて美味しい店である。
 この店は一見の客は絶対に受けない
 完全予約制で、しかも10人以上の団体でなければアンコウを食べさせてくれない。
 非常に人気の高い店で、収容能力に限りがあることから、予約をさせていただけることが一種の「特権」となっている。どんな大企業の社長でも、その「特権」がない限り、この店に入ることはできない。
 「特権」を持っていても、予約は1年前でないと不可能である。

 なにやら、大変な店である。

 私の職場は、10人に満たない小さなセクションだった。

 「10人じゃなきゃダメなんでしょ?」

 「礼人君、心配するには及ばない。声をかければ、誰でも『行きたい』というに決まっている。あとのことを考えて、誰に声をかけるかを決めなければならないのだよ」

 当日。
 我らがメンバーは、ちょうど10人。午後6時過ぎに「得仙」に乗り込んだ。
 通された座敷には、すでに七輪に炭火が入れてあり、ダシをはった鍋がかけてあった。それを囲むように席が作ってある。

 やがて、立派な伊勢エビや蛤が乗ったお盆が運ばれてきた。

 「あれっ、アンコウ鍋じゃないの?」

 と思って見ていると、伊勢エビや蛤は、遠慮会釈なくダシの中に放り込まれた。まずこいつらを食って、アンコウはそのあとか。
 よし、と箸を伸ばしたら、怒られた。こいつらでダシをとるのだという。贅沢な食い物なのだ。
 昔のことなので、最初のダシが何からとったものなのか、記憶にない。というより、当時はそのような関心がなかったから、味わってみることも、聞いてみることもしなかった。記憶にないのは当然である。
 いずれにしろ、伊勢エビや蛤を含んだ様々なものからとったダシが渾然一体となる。その中で、アンコウの身や皮や内臓を煮る。

 取り皿にそのダシをとり、さらに

 「これを溶いて召し上がれ」

 といわれたペースト状のものを加える。

 「これ、何ですか?」

 「アン肝を裏漉しして、薬味などを加え、味付けしたものです」

 鍋からアンコウを取り皿に取り、口に運ぶ。
 伊勢エビや蛤も入った濃厚なダシが淡白な身に充分にしみ込み、アン肝もからんで、これまで味わったことのない複雑な味である。しかも、それぞれの味がみごとに溶け合って素晴らしいハーモニーを奏でてくれる。
 もちもち、プリプリした食感の内臓や皮もいける。
 アンコウを口に含んだまま熱燗を口に運ぶと、これがまたいい。交響曲がピアノコンチェルトに変わったようなもので、口の中で新しいハーモニーが生まれる。
 飲み下して、再び熱燗を飲む。口の中がさっぱりすると、また鍋をつつきたくなる。つついてアンコウを取り皿に入れる。口に運ぶ……。

 たちまち鍋が空になった。デザートにミカンが出た。
 ミカンを食べていると、幹事が回ってきた。

 「はい、礼人君、参加費をちょうだい」

 いつもは傾斜配分(給料が高い人がたくさん払う)なのに、この店では完全割り勘制であった。
 財布が軽くなった。
 修行中の身で、「美味い」と感じたのだから、仕方がないか。

 そのころ、女将が挨拶に出てきた。口上を終えるとやおらノートを取りだし、

 「えー、来年のご予約ですが、空いておりますのは1月の18日と25日、あとは2月になりますが、9日と……」

 1年後のアンコウ鍋パーティを予約して、10人は店をあとにした。

 

 今池にあるちゃんこ料理屋「加納」も、先輩に連れて行かれた。元相撲取りという親父がやっており、カウンターと小上がりだけのこぢんまりした店だった。

 この店では、最初に小鉢に入れた煮麺(にゅうめん)が出る。温かいダシの中に素麺を入れ、上からとろろ昆布と刻んだ小ネギをかけただけの簡単な料理である。七味唐辛子をたっぷりかけていただく。

 「えっ、酒を飲むまえにお腹を膨らすの?」

 飲んべえとしては、当然の疑問である。酒は、空きっ腹にキューッとしみわたるものなのだ。

 「いやねえ、最初にほんの少しばかり胃に入れておくと悪酔いしないしね。こっちとしては、だからお酒をたくさん飲んでもらえて、売上も上がるって狙いでね」

 ほとんどはげ上がった頭に鉢巻を巻いた小太りの親父が答えた。
 なるほど、この手の店で出るものには、深遠なる計略が背景にあるのか。

 「今日は、いい鯖が入っているよ。大丈夫、刺身で食えるって」

 親父の巨体がカウンターから出てきて、小上がりのそばにある冷蔵庫を開いた。40cm近くはあろうかという鯖の尾の部分を右手で掴み、私たちの前で高く差し上げる。

 「おっ、いい鯖だねえ。美味そうだ」

 先輩が声をかけた。

 「そうだろう。ちょっと待ってなよ」

 親父はそのままカウンターの中に入り、鯖に包丁を入れた。さばきながら、渋い声で相撲甚句を歌い始めた。残念ながら、こちらに知識がないので、

 「はあ〜 、どすこい どすこい」

 の部分しか分からない。が、相撲甚句を歌うときの親父は、気分がいいのだという。きっと、我々は上客なのだ。

 新鮮な刺身を2、3品食べると、メインディッシュのちゃんこ鍋である。伊勢エビなど高級品はないが、新鮮な魚介類がたっぷり入った豪華なちゃんこ鍋である。熱燗を飲みながら口に運ぶと、いくらでも胃に収まってくれる。
 相撲取りの立派な身体を作る料理である。彼らは、舌と胃に急かされて鍋をつつくうちに、普通人の数倍の量を食べてしまうのだろう。この店で、彼らと同じ料理を食べていると、その気持ちがよく分かる。私の箸と口も烈しく動いてしまうのだ。

 「礼人君、この店はそれほど高くないし、お世話になった方にお返しするのにいいよ」

 先輩は、その一言を言いたくて私を連れてきてくれたらしい。私の会社には交際費がない。

 

 

(後日談)
先輩のアドバイスに従って、この店はよく使わせてもらった。私のポケットマネーで人様にご馳走できる上限の店だった。
赴任した先で、一番美味しいと思った店に、家族を少なくとも一度は連れて行く。そんな生活習慣ができたのも、この店からである。

 

 私は、中華料理をあまり好まない。中華料理というより、素材の味が分からないほど濃く味付けされた料理は好きではない。フランス料理(あまり食べたことはないが)も同じである。
 調味料、ソースの味を食べているのか、素材を食べているのか分からないからである。

 だが、名古屋で中華料理を食べて、

 「美味い!」

 と思ったものがある。
 名鉄グランドホテルの上にある四川料理の店(名前は忘れた)で食べたバンバンジー(棒棒鳥)である。茹でたササミを細かくちぎったり、繊切りにしたりして、中華風ソース(作り方は色々あるようです)をかけて食べる。キュウリなどを添えることが多い。
 「美味い!」と思ったのは、もちろん、この店のソースもある。しかし、私が感動したのは、添えられていた緑の植物だった。
 鶏と一緒に口に入れると、独特の強烈な香りが広がる。

 「すいません。この葉っぱ、これ何ですか?」

 「ああ、これですか。これはチャンツァイ(香菜)といいます」

 シャンツァイ(香菜)。
 初めての味だった。
 その場で名前を覚えた。
 それ以後、シャンツァイ(香菜)が添えられていないバンバンジーなんて、クリープの入らないコーヒーのようなものだと思っている。
 ちょっと表現が古かったか……。

 

 というわけで、今回のレシピ。

 「加納」で出てきた煮麺。

 材料:素麺=自分で美味しいと思うものを選ぶ
    鰹節
    さば節
    とろろ昆布
    小ネギ

  作り方

 

1,

まず鰹節とさば節で、濃いめのダシをとる(ダシの取り方は、「第4回 ダシ」を参照してください)。とったダシは、醤油と味醂で基本的な味付けをし、最後に塩で調整しておく。

2,

小ネギを刻んでおく。
3,
素麺を湯がく。

4,

素麺を温かいうちに、必要量だけ小鉢に移し、温めたダシ汁を上から注ぐ。小ネギを散らし、とろろ昆布をかけ、七味唐辛子をかけていただく。

 

 シャンツァイ(香菜)で思い出した料理

 畏友「カルロス」の店で食べて感動した料理です。

 蛤の蒸し焼き

 材料:
    シャンツァイ(香菜)
    オリーブオイル(エクストラ・バージン)
    白ワイン

 作り方

 

1,

フライパンにオリーブオイルを注ぎ、弱火にかける。
2,
そのフライパンに蛤を入れ、上から軽く白ワインをふる。
3,

蛤の蓋が開いたらすぐに皿に移し、新しいオリーブオイルをかけ、刻んだシャンツァイ(香菜)を振りかけていただく。

 

 個人的には、蛤の一番美味しい食べ方だと思っています。

 1度、自宅で作りました。近くのスーパーやデパートにはシャンツァイ(香菜)が見あたらなかったため、三つ葉を使いました。結果は×。やはり、シャンツァイ(香菜)の鮮烈な香りがないと生きない料理のようです。

 シャンツァイ(香菜)は生のコリアンダーです。どうしてもシャンツァイ(香菜)が手に入らなかったら、コリアンダーのホールで代替するという手もありますが、シャンツァイ(香菜)を使ったものには及ばないようです。

 以上、お試しあれ。

 


【初出2003年9月12日】
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