グルメに行くばい! 第9回 :漬け物ステーキ

 さっそうとビートルをころがして、飛騨高山に出かけた。
 各務原から中津川を通り、道は木曽川沿いの道をさかのぼる。岐阜と高山を三角形の長辺とすると、岐阜―中津川、中津川―高山が他の2辺という感じだ。遠回りであるが、仕方がない。その分、ドライブの快適さが補ってくれる。

 知り合いの家に泊めてもらった。
 知り合いといっても、その日に知り合ったばかりである。仕事を終えて、

 「どこかいい宿を知りませんか?」

 と聞いたら、

 「だったら、うちにお泊まりになりません?」

 ときた。
 そう、話し言葉で分かるとおり、相手は女性である。

 「しかし、初対面でいきなり泊めていただくというわけには……」

 と一応は、やんわりとお断りをした。
 が、敵もさるものである。

 「いいんですよ、泊まっていってくださいよ」

 としつこい。
 しつこいと思いながら、どこかで期待が高まる。

 って、やっぱりもてるんだ! するってえと、今晩はこの女性と……

 「安堂さんっていい方だから、主人も、きっと喜びます」

 「……」

 喜んで泊めていただいた。
 泊めていただいて、ちょっとほかではできない体験をした。

 以下、高山に方言があったかどうか、どうも思い出せない。仕方がないから、標準語で書く。

 「いやあ、よくおいでになりました。どうぞこちらへ」

 多分、かの女性のお父さんであろう。にこにこ笑いながら、ダイニングルームに招いてくれた。

 「あなた、ずいぶん立派な体格をされておるが、お酒はお強いんでしょう?」

 「いや、まあ、人並みというところですか」

 「おお、それはよかった。お母さん、お酒の支度を」

 やがて、くだんの女性のご主人もご帰還になり、宴会が始まった。

 「高山は初めてですか? ああ、初めてですか。じゃあ、こんなものをお食べになったことはないだろうなあ」

 お父さんは、テーブルの上に置かれたガステーブルに焼き肉用の鉄板を乗せ、その上にアルミホイルを引いた。

 まず出てきたのは、ネギや椎茸、豚肉などを混ぜた味噌である。その味噌をアルミホイルの上に乗せると、ガステーブルに点火した。

 「あ、知ってます。これって朴葉味噌ですよね。でも、朴葉味噌って、朴の葉っぱの上で焼くんじゃありません?」

 「ああ、これで構わないんです」

 「そうですか。でも、鉄板が半分空いてますが?」

 「こちらは、別のものを焼くんですよ」

 お父さんは、テーブル上にあった大盛りの白菜漬けに箸をつけると、白菜の漬け物を鉄板の空いている方に乗せ始めた。乗せて、チュッチュッと、醤油をさす。
 数分たつと、香ばしいようないい香りがし始めた。

 「ふん、もういいようだな。さ、礼人さん、どうぞ召し上がってください」

 えっ、漬け物を焼くの?
 恐る恐る箸をつけ、口に運んだ。
 経験したことのない味である。が、いやではない。むしろ、好ましい。白菜の漬け物がほのかに加熱されて、なにやらコクが強まったような味である。

 「初めてだけど、美味しいですね、これ」

 「そうでしょう。これが日本酒に合うんですよ。よろしかったら、たくさん召し上がってください。漬け物はいくらでありますから」

 「高山でホテルや旅館に泊まると、こんな漬け物が出てくるんですか?」

 「いや、どちらかというと、地元の、見栄えのしない貧しい食べ物ですから、そんなところではお客さんには出さないでしょう」

 いい人たちである。
 突然娘が連れてきた、見も知らない男に一夜の宿を提供するだけでなく、家庭料理まで振る舞ってしまう。なかなか真似のできることではない。

 真似のできることではないことをしてくださる方に偶然出会った私は、旅行者では触れることのできない高山の味に触れた。高山の人情と味に感動した。感動しながらひたすらに酒を飲んだ。本当に、いくらでも酒が飲めた。

 

 

(余談)
高山市役所に電話した。この、火を通した漬け物に名前はないか、と考えたからだ。
電話に出てくれた女性に尋ねると、
「ああ、『漬け物ステーキ』ですね」
と、明るい声で答えてくれた。
この名前が付いたのはそれほど古いことではなく、最近は、一部の旅館でも「漬け物ステーキ」として客に出しているそうだ。

 

 「でも、漬け物って、普通は冷たいままいただきますよね。高山ではどうして加熱するんですか?」

 「いやあ、高山の冬は厳しいんです。野菜も採れなくなるから、秋の終わりには、どの家も、たくさん漬け物を漬け込むんです。いわば、越冬食ですね。
 で、冬になる。漬け物樽から漬け物を取り出すんです。漬け物が傷まないように樽は外の小屋に置いてありますから、にはが張っていて、その氷を割って取り出すんです。
 それを食べるんですが、いまと違って、昔は住宅も貧しくて断熱、暖房なんてたいしたことなかったから、家の中も寒いんです。寒いところで食事をするのに、凍ってしまった漬け物では、身体が芯から冷えてしまう。それで、昔の人たちは火を通して温めた漬け物を食べたんですな。いわば、生活の知恵ですよ」

 高山の風土と歴史が詰め込まれた食べ物なのだ。

 お父さんは、ついでに朴葉味噌の由来も教えてくれた。

 高山は山国である。冬場も山仕事がある。
 山仕事をする人は、おしなべて貧しかった。仕事に出かけるとき、昼食として持って行けたのは、おにぎりと味噌だけだった。
 雪の中で仕事をして、昼時になる。さて、とおにぎりと味噌を取り出す。厳寒の中で数時間たったおにぎりは、みごとに凍っている。そのまま食べたのでは内臓まで零下になってしまう。
 暖かさが欲しい。山仕事をする人たちは雪を掘り、燃料になる木ぎれや葉っぱを探す。そして朴の葉も。
 火をおこし、朴の葉を置き、その上で凍った味噌を温める。暖まった味噌をおにぎりにまぶし、空きっ腹を満たすと、また作業を始める……。

 「というわけで、いまでは名物になって、お肉やクルミの実を入れて贅沢になっている朴葉味噌も、元を辿れば、ひどく貧しい食べ物なのです。貧しかったから生み出された食べ物といってもいいのです」

 食事を終え、私用の布団を敷いた部屋に通された。横になりながら、飛騨高山の昔に思いを馳せようとした。洗い立てのシーツが心地よかった。気持ちいいなと思っていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。飲み過ぎたのだろう。
 気がついたら、まぶしい朝日が部屋の中に差していた。

 

 今回のレシピも、ストーリーとは関係がない。やはり暑さに負けない体力を作るサラダである。前回のガスパチョより、遙かに簡単にできる。

 スペイン風サラダ

 材料:タマネギ
    トマト
    キュウリ
    オリーブオイル

 作り方

 

1,

タマネギは縦に半分に切り、それぞれを薄くスライスする。

2,

トマトは1cm角程度に切る。
3,
キュウリは5ミリ程度の厚さにスライスする。
4,

この3つをボウルに入れ、オリーブオイルをかけてかき混ぜ、ラップして冷蔵庫で30分ほど冷やす。

 

 これは畏友「カルロス」に教わったメニューです。お気づきのように、塩分をいっさい含みません。好みによって少量の塩を加えてもいいですが、基本は塩を使いません。それなのに、タマネギの辛みとトマトの甘さ、酸味、それにキュウリのみずみずしさが立派に調和して、美味しいサラダになります。

 以上、お試しください。

 


【初出2003年9月10日】
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