グルメに行くばい!   第5回 :豚足

 人並みに一浪はしたものの、極め付きの優秀な成績で大学に入った。

 

 

(文章を面白くするコツ)
・事実関係を間違えない  
・誰も確認できない点についてはフリーハンドを確保する 
実例:
・上の文章での事実関係=一浪して大学に入った
・フリーハンド=極め付きの優秀な成績で

 

 法学部である。「あ、ほう学部」という言い方もある。別段否定はしない。それに近いものを見過ぎたせいかもしれない。

 入学して半年か1年たったころだった。非常に興味を引かれる掲示が学内に出た。

 「奨学生募集」

 日本育英会と違い、返す必要のない奨学金だった。こちとら、折り紙付きの貧乏学生である。もらわない手はない。

 大学の事務局に出向いた。

 「奨学生に応募したいんですが」

 「ああ、そう。ええと、名前は。はい、分かった。ちょっと待っとってね」

 事務員は、なにやら書類を取り出し、めくり始めた。

 「あー、安堂さんやったね」

 「はい、そうですが」

 「残念やねえ。成績が足りんとよ。これじゃあ、応募資格はなかばい」

 「……」

 極め付きの優秀な成績で入学した学生が、わずかな期間で、劣等生になった。

 時の流れを思い知らされた。
 というか、妙に納得した。

 大学は自由な学問の府である。学問を通じて自らを発見し、己の能力を見つめて、進むべき道を見極める。そのような場所である。
 学問とは、クソ真面目に授業に出て、先生の話を正確にメモして、理屈も考えずに頭にたたき込むことではない。「優」(我が大学では「A」)の数をそろえるのが学問の目的ではない。それは学習ではあっても、学問ではない。
 ほぼ記憶力だけで競い合う受験勉強に飽き飽きしていた私は、そう思い定めていた。誰かの説を盲目的に信じて正確になぞる世界を学問と呼んではいけない。学問は、自分の頭で疑うことから始まる。

 徹底して授業を軽視した。いや、最初は出てみたのだが、ちっとも知的好奇心を刺激してくれない。こんなもんなら、自分の部屋で読書するに限る。
 本だけは読んだ。デカルト、カント、ショーペンハウエル、マルクス、エンゲルス、レーニン、毛沢東、吉本隆明……。
 書店に行くたびに、財布の中身と相談しながら本を買い、貪るように読んだ。

 

 

(注)
私は、「読んだ」とは書いたが、「理解した」とは書いていない。
念のため。

 

 中には、いい先生もいた。彼を囲んで勉強会などを開いていると、

 「礼人君、君、僕の授業はつまらないから出なくていいよ。うん、ちゃんとAあげるから」

 本当に出なかった。
 本当にAをくれた。

 Aはこの授業と、英語だけだった。ほかは、おおむねC、所によりBという雲行きである。
 それでいい。大学とは、そのようなところだ。我が能力を、テスト用紙ごときで評価させてなるものか。
 私は学生生活を、私に与えられた知的に自由な時間を、十二分に活用している。満天下に恥じるところはない。

 忘れていたことがある。
 周りは、A、B、Cの数でしか私を評価しない愚か者がほとんどだということである。

 ということで、「奨学生募集」への応募書類すら出させてもらえなかった。世間には、真実を見抜く眼力の持ち主は皆無に近い。

 妙に納得したことの内容である。

 奨学生募集に落ちた。いや、選考の対象にすらなれなかった。
 妙に納得はしたが、仕送りゼロ、育英会の奨学金とアルバイトだけが頼りの私の経済生活は、全く改善されなかった。

 そんな学生生活に、グルメなど無縁である。
 飯が食えて本が買えれば、それでよかった。食事は、もっぱら学校の生協の食堂を利用した。安かったからである。味などは論じない方がいい。
 飽きると、近くの学生向けの食堂に足を向けた。生協より少し高かったが、普通の食堂に比べれば安くてボリュームがあった。

 自炊は考えなかった。
 こちとら、学生様である。何よりも、学問の世界に生きる人間なのだ。
 食い物を作る時間があるのなら、1冊でも多くの本に接し、先人たちが切り開いた学問の地平を知らなければならない。
 全世界の知性の粋を見渡し、我が思惟の出発点にしなければならない。

 食い物など、要は、食えればいいのである。
 美味いものを食いたいなどとほざくヤツらは、人民の敵である。打倒の対象である。

 幼いころより、劣悪な食生活しか知らないこの学徒は、鋼鉄の決意で、そう決め込んでいた。

 

 

(独り言)
革命的気分とは、僻みから生まれる……?

 

 貧乏学生の夕食とはどのようなものであるか。一例を紹介しよう。これは、博多の繁華街、天神にたまたま出かけて夕食時を迎えてしまった時の、いわば「ハレ」の日の夕食である。

 博多うどんである。店の名を「因幡うどん」といった。

 独特のシステムであった。
 店にはいると、客はまず、素うどん、つまりつゆと麺以外は何も入っていないうどんを受け取る。
 列に従って進むと、様々な物が棚に置いてある。丸天、ゴボウ天、かき揚げ、薩摩揚げ、とろろ昆布、ゆで卵……。客は、好みのものを取って、うどんの上に乗せる。今の言葉で言えば、トッピングする。
 さて、ここまで進むと、レジが待ち受ける。素うどんの料金+上に乗せたものの料金が、ここで払わなければならないすべてである。消費税、などという庶民の敵は、まだなかった。
 私は、ほとんどの場合、ゴボウ天を乗せた。これで、当時は、100円でたくさんお釣りが来た。

 お金を払って、ゴボウ天うどんを持って席に着く。
 テーブルには、大きなどんぶりが置いてあり、刻んだネギが山盛りになっている。これをうどんに乗せる
 かけるのではない。乗せるのである。
 なぜなら、この店では、ネギの使用量に制限がない。客は、自分の好きなだけ、ネギを使うことができる。

 確か、竹製のスプーンのようなものが添えられていた。これでネギをうどんの上に運ぶ。

 使用量に制限がないとはどういうことか。
 運ぶネギの量が半端でないということである。
 1匙、2匙などということは絶対にない
 7匙、8匙でとどまることもない。
 15匙から20匙はいくのである。
 うどんの上のネギの厚さが5〜6cm になるまで運ぶ。

 「かけるのではない、乗せるのである」

 の意味がご理解いただけただろうか。

 なにせ、この1杯のうどんが、今日のディナーなのだ。
 当時の私は、食い盛りなのだ。
 食い盛りの胃袋を安い値段でごまかすには、無料のものを大量に利用するしかないではないか。

 思い通りにネギが盛り上がると、その上から一味唐辛子を振りかける。それから、やおらうどんをすすり始める。
 口の中で、うどんの麺と、ゴボウ天の切れ端と、大量のネギが一緒になり、つゆが混じる。
 味?
 ネギのバランスが勝ちすぎた味である。
 いや、ネギだらけの味である。
 美味いか?
    美味いと思って食べれば。
    ネギが何よりも好きであれば。
 美味いと思って食べたか?
 ネギが何よりも好きだったのか?
    今日の財布の具合からすると、ディナーはこれしかないと思って食べた。
    ネギへの好みは、普通でしかない。

 青春の味である。
 あっという間に胃袋に収まってしまうのが、なんとも情けなかったが。

 といいながら、私は、全国のうどんで博多うどんほど美味いものはないと思う。
 青春の味だからではない。丁寧に作ってある博多うどんは、麺とつゆのバランスが、極めて優れている。このバランスを凌駕するうどんには、お目にかかったことがない。

 

 

(注)
一般的に評価が高いのは讃岐うどんであることは承知している。だが、私は本場の味を知らない。讃岐に行ったことがないからである。
東京では、何度も「讃岐うどん」を名乗るものを食べた。もう一度行きたい思わせる店は1つもなかった。
本場の、最良の味に接する機会が持てれば評価は変わるかもしれないが、いまのところ博多うどんを上に置く。

 

 博多うどんの麺は、実にコシのない麺である。コシだけで食べさせようとするような讃岐に比べると、フニャフニャしている。しかし、そのくせ、質の悪い麺のようにスタスタ切れることはない。いわゆるコシはないのに、ふっくらして弾力があり、適度な噛み応えまである。
 筋肉質で、

 「さあ、食ってみろ」

 といわんばかりの讃岐うどんは、スポーツを愛好する健康美人であろう。
 これに対して、博多うどんは酸いも甘いも噛み分けた熟女である。挑みかからない。優しく口に入り、すんなりと胃袋に収まる。味もいい。
 私は熟女の方がいい。 いや、熟女がいい!

 つゆは、多分関西系であろう。昆布と煮干しを主体にし、干し椎茸、焼きアゴ(トビウオの子)、焼きハゼ、塩、砂糖などでとる。薄い飴色をし、素晴らしくこくがある。一口飲むだけで、滋養が体中に広がるような味わいだ。

 この優れもの同士を組み合わせたのが、博多うどんである。美味しくないはずがない。
 数年前までは、川崎にある九州ラーメンの店が、実にいい味をした博多うどんを出した。いまは出さない。うどんを注文する客があまりいないからだという。
 その他に、お勧めの博多うどんの店を思いつけない。残念である。

 畏友「カルロス」も博多うどんのファンである。前述の九州ラーメンの店に2人で行くと、彼は必ずうどんを注文した。出さなくなって、この店には行かなくなった。

 その「カルロス」の解説によると、

 麺作りは、小麦粉に水と塩を混ぜて練る作業から始まる。
 博多と讃岐の分岐点は、練り上げた後にある。
 博多は練り上げた小麦粉をそのまま寝かせる。
 讃岐は足で何度も踏んでから寝かせる。
 この違いが、コシがあるようなないような博多うどんと、コシで勝負をする讃岐うどんの性格を決める。

 製法も違う。製法には3種類あり、麺のルーツ中国で最も古く始まったのが、練った小麦粉をノズルから押し出すやり方だ。
 その後、練った小麦粉を切って麺を作るやり方と、延ばして作るやり方が生まれた。
 博多うどんは、このうちの最も古い製法、つまり押し出し型である。
 板状に延ばして包丁で切る讃岐はカット型、と分類できる。
 延ばして作るのはソーメンやラーメンだが、この際は関係ない。

 こうして博多うどんと讃岐うどんの個性が形作られている。

 

 うどん談義にすっかり時間を取られた。先を急ごう。

 大学に入って、3年ほどたった。
 なんとなく、体がだるい。高校時代、柔道で鍛えて頑健になったはずのMy Bodyなのに、朝の目覚めがすっきりしない。日常的な起居動作がしんどい。

 当時住んでいた部屋は、6畳一間、北向きの部屋で1日中日が差さない。川の近くにあり、時々川蟹が部屋に上がり込み、カサコソ音をたてて部屋の中を歩き回る。梅雨時になると、ナメクジによくお目にかかる。いずれも、我が友である。
 共通の玄関に置いてある下駄箱からヘビが顔を出した日は、半日、自分の部屋に戻れなかった。ヘビだけは我が友ではない。
 貧乏学生のくらしなんざあ、この程度のものである。
 こんなところに、青雲の志が転がっている。

 とはいえ、青雲の志も、体調不良にはやや不安になった。

 「生活環境のせいで、おかしな病気にでもなったのか?」

 しばらくして、原因が判明した。
 医者に行ったのではない。銭湯に行ったためである。
 銭湯で、体重計に乗ってみた。針がプルプル震えて止まった。66kgをさしていた。

 「えっ、何で?」

 高校時代の最盛期、体重は75kgあった。182cmの長身でも、鏡を見ると、風船のように膨らんだ顔があった。そこに、ゾウのような優しく、小さな目が2つ。我ながら

 「威厳のない顔だ」

 と思った。柔道部のキャプテンのころだ。
 それでも、頑健な体つきであったことは疑いない。

 それが、なんと、66kg

 75−66=9
 9kgもの体重がどこかへ行ってしまった。

 アインシュタインの特殊相対性理論によると、物質とエネルギーは、実は同じものである。従って、物質はエネルギーの単位で表すことができる。
 E=mc2
      E=エネルギー
      m=質量
      c=光速

 体重9kgをエネルギーの単位で表すと、
 E=9×(3×108)2
  =81京ジュール
 1ジュールは1ワットの電球を1秒間光らせるエネルギーだから、これを東京電力が供給できる電力量に換算すると、5ヶ月分近くになる。

 私は、東京電力の全能力を使って発電しても、5ヶ月近くかからないと生み出せない体重を失ってしまったのである!
 9kgもの体重を失うことの重大さがご理解いただけたであろうか。

 大学に入ってからの、我が暮らしを振り返ってみた。
 なるほど、とうなずいた。

 飯を食ってない!

 目覚めるのがお昼前後。しばらくして学食に朝昼兼用の食事をしに行き、夕方になると夕食を食べる。それだけである。それだけで、朝方まで本を読んでいることが多い。

 1日2食の生活である。

 それで体重を失った。
 それで体調を崩した。

 

 

(余談)
というほど、ダイエットは簡単である。食事を減らせば、物理法則のしからしめるところ、確実に体重は減る。
同時に、確実に体調は悪くなる。栄養失調である。
現在の体重は80数kg。ここまで来ると、逆の悩みが生ずる。成人病とお腹の出っ張りである。

 

 「食べなくっちゃ!」

 食べることが至上命題になった。
 が、昼頃起きて、朝方寝るという生活パターンは変わりそうにない。どうするか?
 そこは、さすがに最高学府に学ぶ学徒である。解答は即座に出た。

 普通の人々は、
 朝食―昼食―夕食
 のパターンで食事をとる。

 私には、朝食を取る時間がない。その時間は白河夜船なのである。
 その暮らしが変わらないとすれば、変えられる方を変えればよろしい。
 誰が決めたのか不明の、「朝食―昼食―夕食」のパターンにとらわれるのは、愚者の行いである。
 愚者からはるか遠くにいる私は、パターンにとらわれない。
 一日の食事が昼食から始まるのだから、
 昼食―夕食―夜食
 にすれば、1日3食の目標を達成できるではないか。
 すばらしい発想である。

 すばらしい発想は、実行に移すことで素晴らしい実践となり、素晴らしい成果に結びつく。

 その日から、夜食を食べに出かけ始めた。

 部屋から大学方向に歩き、鹿児島本線の踏切を越すとすぐ右側に、カウンターだけのラーメン屋があった。深夜というより、朝までやっている。覗くと、おじいちゃんが1人でラーメンを作っていた。

 「おっちゃん、焼酎とラーメン。あと、豚骨もくれんね」

 夜中11時か12時頃、週に3回は通った。
 豚骨をかじりながら、焼酎のお湯割りを1杯だけ飲む。飲み終えると、ラーメンがでてくる。
 これが、我が夜食であった。

 

 

(先回り)
優れた読者は、ここで1つの疑問に逢着するであろう。
「あんた、極め付きの貧乏学生やなかったんか? 貧乏学生が、週に3回も焼酎を飲んでたんか?!」
何故ここで関西弁が出るのか不明だが、正当な疑問である。筆者としては解答する義務があると考える。
教養課程から専門課程に進むとき、1年間休学してトラックの運転手をし、それからの生活費を貯めた。おかげで、我が暮らしに、焼酎1杯分のゆとりらしきものが生まれていた。

(ついでに)
本格的に酒を飲んだのは大学1年。
友人5人と、500円の「ハイニッカ」を1本買って、我が部屋で回しのみした。
湯飲みに2杯半飲んだ記憶がある。飲んで、トイレに行ったことも覚えている。部屋に戻ろうとした。
目を開けたら、窓の外が明るくなっていた。
私は布団に寝ていた。
??????
トイレから帰って来て、にこにこ笑いながら他人の背中をバシバシ叩き回る私に全員が閉口し、何とか布団に寝かしつけたのだという。
本人はいっさい記憶していない。

飲酒2回目から、アル中の親父から受け継いだ血が花開いた。ラーメン屋に通い始めたころは、部屋に安い酒を置いていた。高い酒は買えなかった。
安くて、そこそこ美味くて、効率よく酔えたのは、高粱酒(コーリャンチュウ)だった。

 

 2、3ヶ月で体重が70kgを超えた。体調も元に戻った。
 スリムさを競い合っているような若い女性たちよ、無理なダイエットはするものではない
 ふくよかなころの宮沢りえちゃんは、この上なく可愛らしかった。いまは……。
 女性の魅力のいくらかは、男性が持てない脂肪層に依拠しているのだ。

 私が、曲がりなりにも健康に学生生活を送ることができたのは、深夜に食べ続けたラーメンと豚足のおかげである。
 と信じている。

 というわけで、今回のレシピは豚足だ。

 見た目のグロテスクさからか、敬遠する方も多いようだが、極めて滋味に富む、美味しい食べ物である。
 コラーゲンなどのゼラチン質を豊富に含み、皮膚をなめらかに、足腰を丈夫にしてくれる。
 私がいまだに若さと美貌を誇っているのは、このころ食べた豚足のためかもしれない。

 九州でよく食べる豚足のレシピ
 材料:
 豚足5本
 ブーケガルミ(タイム・パセリの軸・ローリエ・セロリの葉)
 白ワイン(焼酎でも可)

 

 

(注)
ブーケガルミ:臭い消しの為つかう香草の束。魚と肉では少し香草の種類がかわります。又、国や地方で変化する。

 

1,

まず、豚足の掃除。よく洗って水と一緒に鍋に。

 

2,

10〜15分位煮て,ゆでこぼす。豚足を取り出してよく洗い、再び水と一緒に鍋にかける。この作業を2回〜3回繰り返す。

 

 

 

(注)
煮こぼす:調理法の一つで、10〜15分位茹で、良く洗って、再び水から茹でる。これをくりかえすことで、素材のあくや、臭みをとる。

 

3,

豚足、ブーケガルミ、1カップの白ワインと水を鍋に入れて煮る。最初は強火で、沸騰してからは中火にし、お湯が静かに対流するようにする。

 

4,

約1〜2時間、静かに加熱する。そのうち、つめの間が割れてくる。それが目印! 熱いうちに取り出し、つめの間に包丁を入れる。難なく切れる。

 

    (注)
包丁を入れる:2つに割って後の調理をやりやすくし、また食べやすくする。
5,

 

冷ましてから、塩&胡椒をふって中火でじっくり焼く。小生(畏友「カルロス」のこと)は、肉屋で売っている塩と胡椒と調味料が入った物に執着しています。

 なお、残ったスープは立派な豚骨白湯である。チャンポンやラーメンなど、色々な料理に使える。

 韓国ではマッコリ(どぶろく)で煮る。アミの塩辛に唐辛子を入れたものやニンニク味噌をつけて食べる。

 ヨーロッパでも、よく食べる。
 パリの有名なレストラン「ピエ ドウ コション」(「豚足」という意味)は豚足料理がとても有名だ。柔らかく茹でた豚足を2つに割り、小麦粉、卵、パン粉の順に付け、油で揚げ、辛しバターやニンニクマヨネーズを付けて食べる。

 ドイツでは、豚足に塩と胡椒をふり、10〜20分おいてなじませた上、1週間〜10日ほど塩漬けする。少し発酵したものを取り出し、柔らかく茹でて芥子とザワークラウトを添えて食べる。

 スペインでは、まず豚骨を手で骨がはずせるぐらい柔らかく茹で、骨をはずして1cmの角切りにする。野菜(ニンジン、タマネギ、ズッキーニ)などを豚骨のスープで茹で、塩&胡椒で味を付ける。骨からはずした肉と茹でた野菜をあわせて新しい豚骨スープに混ぜ、冷蔵庫で冷やす。豚骨のゼラチンで固まる。サワークリームやアリオリ(ニンニクマヨネーズ)を付けて食べる。

 フィリピンは、スペイン語でフリップの島を意味することでわかるように、スペインの文化的影響をたくさん受けている。この国では、豚足を柔らかく茹でて2つに割り、ラードでカリカリに揚げ、甘酸っぱいタレで食べる。

 こうして並べてみると、豚足の食べ方も色々あるなあ。九州風がいいか、スペイン風か、それともちょっと気取ってフランス風にするか。

 いかがですか、週末の夜に豚足料理は?

 


【初出2003年8月8日】
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