#85 世界最速のインディアン ― 7歳児の心

 まだ眠る男の顔にカメラが寄る。たるんだ皮膚、縦横に走る深い皺が画面を埋め尽くす。
 枕元の時計が午前5時半をさした。目覚ましが鳴り、男の目が開く。目の周りの皺が深くなった。ん、この皺とこの目、どこかで見たぞ……。カメレオンだ!
 バート・マンローはすでに62歳。定年を過ぎ、年金頼りの暮らしだ。「世界最速のインディアン」の主人公である。どこから見てもじい様である。

 このじい様、やおらベッドから体を起こすと、納屋からオートバイを引っ張り出した。だけでなく、よっこらしょとうちまたがるとエンジンに火を入れ、アクセルをふかした。朝まだき住宅街に凄まじい轟音が響く。
 隣家のジョージが飛び起きた。そりゃあそうだ。寝ていられるもんじゃない。

 

George:
What do you think you’re doing?
(おい、いったい何をやらかしてんだ?)
Burt:
Hey, George, what do you say?
(やあ、ジョージ、よく聞こえなんだが)
George:
You know what time it is?
(今が何時か分かってんのか?)
Burt:

I’m sorry. I’ve got a lot to get to be done today.
(ああ、ごめん。今日はやることがいっぱいあるんだ)

 

 激しい剣幕の抗議にも、じい様は動じない。1962年、ニュージーランドの片田舎、インバカーギルのある朝から映画は始まる。

 庭に引き出したオートバイは1920年型インディアン・スカウト。40年以上も前の代物だ。もう解体されてくず鉄になっていてもおかしくない。このポンコツを、じい様がこつこつと自分の手でチューンアップしてきた。
 ベッドそばの棚には、廃物になったピストンがズラリと並ぶ。棚には
 OFFERING TO THE SPEED OF GOD
 (スピードの神への捧げもの)

 そう、バートじい様はスピードに魅せられた不良じい様なのだ。いや、単なる不良じゃない。硬派の不良である。なにしろ、夢がある。米国ユタ州ボンヌヴィルの塩平原で開かれるスピード記録会に出る。このマシンのアクセルを全開にしてスピードの限界に挑みたい。

 貯金もしている。ボンヌヴィルに行くには少なくとも2000ドルはかかる。こつこつ貯めて1275ドル。今年の記録会に出るには5日後の船がギリギリだ。うーん、今年も無理か。来年は行けるか。再来年は? ひょっとしたら、夢は夢のままで終わるのか。時には弱気の虫も顔を出す。それでも夢は手放さない。

 胸の痛みを覚えたのは63歳の誕生日の翌朝だった。運び込まれた病院で狭心症と診断された。だが、医者の宣告は厳しかった。

 “Unfortunately, I think your motorcycling days are over.”
 (残念だけど、もうバイクには乗れないわ)

 そうか。俺の体もポンコツか。だったら、今年しかないじゃないか。
 銀行から金を借りた。担保は家屋敷である。返済のあてはない。でも、夢さえ叶えばいい!

 こうしてじい様はポンコツマシンとともに夢への旅に出た。果たしてじい様は夢の塩平原までたどり着けるのか? 1920年型インディアン・スカウトは世界最速のインディアンになれるのか……。

 

 夢? どこの、どんなじい様が、どんな夢を見ようと、その他大勢の私たちには何の関係もない。あっ、そう、というだけである。まあ、せいぜい頑張りなよ。じゃあね、てなもんだ。
 だが、このじい様は何かが違う。夢に向かう旅で、我々の心にどんどん入り込んでくる。思わず、じい様、頑張れや、声をかけたくなる。
 何故だろう?

 突然だが。
 「裸の王様」はご存じのはずだ。まんまと詐欺師の策術に乗ってしまった着道楽の王様の話である。
 王様を、世界一のテーラーと名乗る男が訪れる。これは世界一の生地です。バカの目には何も見えない特殊な生地でもあります。これで王様の服を作りましょう!
 王様はそんな不思議な服は聞いたことがない。そうだな、この生地で服を作ればみんなに自慢ができる。喜んだ王様は早速注文する。
 出来上がった服を見て王様は驚いた。見えない。ということはあれか、俺ってバカということか?
 居並ぶ家来を見やった。口々に

 「これまで見たこともない素晴らしい服です!」

 と褒めそやす。こいつらには見えるのか? 俺には見えないぞ、と言い出すわけにはいかなくなった。家来に弱みを見せてはならない。絶対権力者は不自由である。
 よせばいいのに王様、この服で町をパレードしようと思い立つ。
 街に出ると、皆が口々に服を褒めそやした。そりゃあそうである。褒めなきゃバカだといわれるのだ。ひょっとしたら俺はバカじゃないか、というコンプレックスは誰にでもあるものである。これまで隠し通したコンプレックスが人目に触れるのはよろしくない。
 その時、子どもの黄色い声が聞こえた。

 「どうして王様は裸で歩いてるの?」

 さて、あなたは王様の服を褒めそやす大人だろうか? それとも、王様は裸だと言ってのけた子どもだろうか?
 この私は、王様を裸だと言ってのける自信はない。
 成長すれば、多かれ少なかれ知識と常識が身に付く。知識、常識なしで生きていくのは難しいともいえる。だが、知識、常識は両刃の剣でもある。身に付いた知識、常識は人を縛ってしまう。
 地球が平らだった時代は長かった。長い間太陽は地球の周りを回った。それが常識だった。知識が人々を縛り付けたのだ。呪縛を解くには天才の出現を待たねばならなかった。

 

 

(余談)
ん? 地球はいつ丸くなったんだっけ? 確かコロンブスは、地球は丸いからいつもと反対方向に船を出してもインドに行き着くはずだ、とニーニャ号とピンタ号、サンタ・マリア号で大西洋を西に向かった、と記憶するが……。
天才って、誰だ?

 

 子どもは天才である。知識も常識も少ないから、見るべきものを正確に見る。 臆せず発言する。
 バートじい様は、

 「王様は裸だよ!」

 と声を上げた子どもの仲間だ。偏見も先入観もない。物事ありのままに見、ありのままに受け入れる。7歳の心のまま齢を重ねた珍種なのだ。
 その珍種が夢を持った。オートバイで世界最速に挑む。常識があれば最新のマシンを用意する。専門家に委ねてチューンアップを重ねる。それが世界一への最短の道である。
 だが、珍種はそうは考えない。じい様がボンヌヴィルに連れて行こうというのは40年も前のポンコツである。改造もすべて自分の手でやってきた。エンジンの大事な部品であるピストンも、すべて手作りなのである。ベッド脇の棚に積まれたピストンは、珍種の夢の軌跡なのだ。

 そしてこのじい様、何故か人の心をふんわりと温かくして鎧を脱がせてしまう。北風に挑まれ、旅人を暖めた太陽のようだ。

 老いぼれのくせにスピード狂だって? 地元の暴走族に絡まれたのは、サウスランド単車クラブのメンバーが開いてくれた誕生日パーティでのことだった。
 普通なら暴走族との関わり合いは避ける。怖い連中だ。絡まれたら困る。が、バートじい様は違う。そうか、君たちもスピードが好きか。競争しようか?
 翌朝、浜辺がレースコースになった。バートじい様はエンジンがかからず、出遅れた。だが、エンジンが吠え始めると矢のように疾走、あっという間に先頭に立った。
 折り返し点で転けた。直線を限界スピードで走るためだけに改造を重ねた特殊マシンはカーブに弱かったのだ。エンジンが止まり、横を暴走族たちが次々と抜いていった。勝負は負けである。
 なのに、族のメンバーは思った。あのじじい、すげえ。あのおんぼろマシンで、俺たちのバイクをごぼう抜きしやがった。
 暴走族はバイクを連ね、アメリカに旅立つバートじい様の車を追いかけてきた。

 “I want your window down.”
 (窓を開けろ)

 今頃になって絡むのか? いやいや車の窓を開けた。リーダーがヌッと手を差し出した。

 “Some beer-money.  And good luck. You go well.”
 (ビールでも飲んでくれや。がんばれよ。うまく行くさ)

 丸められた札束だった。そして、じい様の車を港までエスコートする。
 肩で風を切りながらも、暴走族には世間の白い目が気になる。だけどこのじい様、俺たちにタイマン張ってきた。仲間じゃないか! しかも、目茶速ぇ。ボンヌヴィルに行くじい様は俺たちの代表だ!

 ロサンゼルスで乗ったタクシーの窓の外は、

 「電気代のかかる町だ」

 “I’ve never seen so many cars.”

 と驚きの連続だった。料金29ドルを請求されると、

 “I don’t wanna buy this cab. I just wanna pay the fare, that’ all.”
 (この車を買うんじゃない。料金を払いたいだけなんだが)

 1962年の29ドルは、当時の日本円で1万440円。この年1月、小規模製造業の給与月額平均は1万5254円だった。月給の3分の2がタクシー代で吹っ飛んだことになる。
 しゃれたやりとり? いやいや、これは多分、じい様の本音である。

 ロサンゼルスで泊まったのは、日本でいえばラブホテルだった。だが、特殊な目的のために機能が特化した設備なんて、じい様の辞典には未掲載である。だから、一戦交えた直後の手をつなぎあったカップルが出てきても気にもならない。
 受付は女装した黒人のホモ、ティナ・ワシントンだった。それにも気づかない。女装の男性など、これもじい様の辞書には載っていないのである。
 ティナと仲良くなって、翌朝、一緒に朝食を取った。回りの視線は好奇心と嫌悪感のミックスだ。気の毒になったのか、ティナは

 “I’m not a girl, I’m a boy.”
 (私、女の子じゃないのよ。男の子なの)

 と告白する。でもバートじい様は驚きもせず、嫌悪する様子もない。

 “Oh, oh, I thought something little odd about you, but, ah, you’re still a sweet heart.”
 (そうか。何か変だと思ってた。でもいいさ。きみはいい子だ)

 なるほど。7歳児の目で見ればそんなものだろう。いろんな人がいる。それが世の中だ。そのまま受け入れればいい。変に知識や常識が身に付くから偏見が生まれてしまうのである。

 250ドルで年代物の車を買い、自分で整備したじい様はティナのキスを受け、インディアン・スカウトを牽引してボンヌヴィルへ旅を始めた。

 牽引車の車輪がはずれて途方に暮れていた時出会ったのは、アメリカ先住民族のジェイクである。バートじい様は呼びかける。

 “You are Indian?”
 (あんた、インディアンかね?)

 近年、インディアンという呼称は差別を助長するという意見がある。一方で、インディアンと呼ばれることは誇りで、ネイティブ・アメリカンと呼び換えることこそが差別だ、との主張もある。
 無論、我らがじい様はそんなことは知らない。自慢のインディアン・スカウトが名前をいただいた民族に出会った喜びが、 “Indian?”と呼びかけさせただけかも知れない。
 だが2006年に作られたこの映画は、差別論争を踏まえているはずだ。すぐにじい様に心を開くジェイクは、この映画の主張を体現する。言葉があるから差別が生まれるのではない。差別する心がなければ、どんな言葉を使っても差別ではないのではないか?
 じい様はジェイク宅で1泊する。すっかりうち解けたジェイクは、前立腺が悪いというじい様にインディアンの秘薬をプレゼントする。原料は犬の睾丸である。 どうしようもなく苦いが、効き目は保証付きだ。

 次に出会ったのは、11年前に夫を亡くした老女、エイダだ。たちまちうち解けたエイダは、

 “Hey Burt, where are you gonna sleep tonight?”
 (ねえ、バート、今日は何処に泊まるの?)

 老いても、そこは男と女の会話である。1人暮らしの女が、1人でやってきた男にこう聞けば、これは明瞭なベッドへの誘いである。 子供の心を持った男に、女は弱いらしい。
 バートじい様は故郷にガールフレンドがいる。それにこの未亡人、かなりの年代物だ。
さてどうする? と考える時間もいらなかった。誘いには乗ればいいのである。それが自然ってもんではないか?
 貞操観念? 年齢? モラル? それんなもん、じい様の辞書には恐らくない。男と女が出会い、その気になって、やる。考える必要もないほど自然なことじゃあないか。だって、世の中は男と女でできてるんだろ?

 

 

(余談)
という見解に賛同される女性は、ご連絡をいただきたい。
ただし、勝手ではあるが、若くて美しい方に限らせて頂く。

 

 BONNEVILLE SALT
 バート爺様が夢のボンヌヴィル塩平原にたどり着いた。これでインディアン・スカウトのスロットルを全開にできる!
 規則が立ち塞がった。

 “Have you registered?
 (登録はしたのかい?)

 記録会に出るには事前登録が必要だったのだ。そんなことをじい様が知るはずがない。
 出場者たちが同情した。地球の裏側からわざわざ来たんだ。規則なんかいいじゃないか。せめて車両検査だけでもしてやれよ。
 係員も、ついついその気になった。

 

係員:
高速タイヤに見えないが。割れ目もあるぞ。トレッド(タイヤの溝=安堂注)は?
バート:
高速タイヤにするためにナイフで削り取った
係員:
ブレーキもひどい
バート:
止まる気はないからね
係員:
こいつは門の蝶番?
バート:
台所のドアのだよ
係員:
これ(燃料タンクの蓋=安堂注)は?
バート:
ブランデー瓶のコルクだ。マシンは軽ければ軽いほどスピードが出る
係員:
パラシュートは?
バート:
金がない
係員:
フォークがいかれたら?
バート:
心配するな。困るのは俺だ
係員:
装備不良だ。
バート:
43年乗って俺は生きてる。
係員:
年齢オーバーだ
バート:

馬鹿いえ。顔に皺はあっても心はまだ18歳だ。走りを見りゃわかる。

 

 まあ規則を墨守するのが生き甲斐の官僚ならずとも、ダメ! といいたくなる状況ではある。バートじい様の世界の論理、首尾一貫性は、普通の世界では滅茶苦茶にしか見えない。
 しかし、あれか。私は7歳と診断したのに、本人は18歳のつもりだったか……。

 何とかここまでたどり着いたのに、走らずに帰る。それはバートじい様の7歳の心にはあり得ないことだ。道は1つしかない。は強行突破である。やった。係員があわてて止めた。だがバートじい様は、いまやボンヌヴィル塩平原の名物だった。このじい様、無茶苦茶だけど面白い! 参加者、観衆がバートじい様の味方についた。
 転倒して死んだらどうするんだ? と心配する係員に、バート応援団に回った女の子が言ってのける。

  “So what? It’s his life.”
 (それが何だっての? 彼の人生でしょう)

 係員も折れざるを得なくなった。
 まあいいか。このポンコツマシン、どうせたいしたスピードは出ない。試走だけは許してやる。明日の朝だ。

 走った。ギヤはセカンドのまま、153kmで伴走する係員の車をぶっちぎった。あのポンコツが? すごい!!
 アメリカには様々な問題点がある。だが、おおらかな国民性だけは羨ましい。係員もアメリカ人だった。おおらかなのだ。まっ、いいか。特例だ。出場しなよ。
 バートじい様の人柄とインディアン・スカウトが引きずり出した特例だった。

 記録に挑むことができる! やるぞ!! 
 試走で、いくつか問題点が生まれていた。1つは、走行中足に触れる排気管が想定以上に高熱になることである。本番でアクセル全開を続けたら、ふくらはぎが燃えてしまう。

 本番の日。火傷対策にアスベストの布を巻いた。ところが、足が車体に入らない! ギリギリの設計をしたからだ。えーい、こんなもの、とっちゃえ! 火傷ならあとで何とでもなる!!
 こうしてバートじい様はコースに出た。観客全員の暖かい拍手を受けて、本番走行を始める。もちろん、アクセルは全開だ。走れ!

 記録会では、1マイルごとに速度を測る。我らがインディアン・スカウトは弾丸のように疾走した。

 1マイル地点:255.317km/h
 2マイル地点:270.242km/h
 3マイル地点:275.794km/h
 4マイル地点:277.587km/h
 5マイル地点:295.626km/h

 足が焼け始めた。ズボンがくすぶる。足? どうとでもなれ。記録に挑めるのは今だけだ!

 6マイル地点:311.758km/h
 7マイル地点:312.552km/h

 車体が揺れ始めた。バートじい様は頭を風防の上に出した。試走の時、こうしたら揺れが止まったのだ。
 ゴーグルが吹き飛んだ。目は開けていられない。マシンにしがみつく。どこまでも平らな塩平原だ。見なくでも走れる。行け! 走れ! おんぼろインディアン・スカウト! 一泡吹かせてやれ!!

 8マイル地点:324.847km/h

 “Ladies and gentlemen, a new record, 201.851 miles for an hour.”
 (皆さん、新記録です。時速201.851マイルを記録しました)

 興奮した場内アナウンスが叫んだ。大歓声が上がった。

 が、じい様の耳に場内アナウンスは聞こえない。もっと速く! そのままマシンにしがみつき、アクセル全開を続けた。
 と、車体が大きく揺れた。耐えきれず、転倒した。時速324kmでの転倒だ。横倒しになった車体はヤスリのようにザラザラの塩平原をどこまでも滑り始めた。
 止まるまでにどれくらいの距離を滑っただろうか? やがてピタリと止まったインディアン・スカウトで動いているのは車輪だけだ。ゴトゴトと乾いた音を立てて回り続ける。バートじい様はピクリとも動かない。自分の出した新記録も知らぬまま、スピードの神に召されたのか?

 いや、動き出した。車体から体を離すと黒こげになったふくらはぎを見ながら笑い出した。

 “I did it. I did it.”
 (やったぞ! 俺はやったぞ!)

 論理的にはあり得ないシーンである。だって、じい様は自分の記録を知るはずがないのだ。何を成し遂げたかは、まだ知らないはずではないか?
 だが、刺激された涙腺は論理的思考を吹き飛ばしてしまう。なにせ、7歳の心を持ったじい様がいま、世界の頂点に立ったのだ。論理のへったくれの、といっている時ではない!

 だが、私たちは世界記録を賞賛して涙腺を緩ませるのだろうか? いや、そうではあるまい。であれば我々は、バートじい様の艱難辛苦をもっと見なければならない。ところが、バートじい様はちっとも苦労した様子がない。すべては、7歳児の心で楽しみながら偉業を達成したとしか見えない。
 では、何故?
 我々は、バートじい様が夢を成し遂げたから喜ぶのだ。知識や常識に邪魔されることなく、いつも太陽として会う人の心を暖かくし続けた じい様だから嬉しいのだ。金に飽かせたマシンじゃないから賞賛するのだ。本田技研工業のバイクが世界一になっても、決して涙は出ないのだ。
 バートじい様と1920年型インディアン・スカウトだから、素直にいえるのだ。
 じい様、凄いじゃん!

 ちなみにこの映画、実話に基づく。この5年後の1967年にじい様が出した記録はいまもって破られていない。じい様の改造インディアン・スカウトは、いまだに世界最速のインディアンなのである。

 ここからは私事である。

 社内運動会にリレー選手で引っ張り出された。全力疾走をしたらコーナーで足がもつれた。確か、32、3歳のころだ。いまは100m走る自信もない。

 いつもの洋服屋に行ったら、A体の服を薦められた。それまではYA体だったのに。確か40歳のころ。いまはAB体。

 目が疲れるので眼科に行った。検査した医師の、

 「左目は全く正常ですが、右目が軽い老眼です。それで、左目は右目のハンディの分だけ自分がやらねばと頑張り、右目は左目に迷惑をかけてはいけないとがんばる。こうして両目とも疲れるのです」

 という解説に、妙に納得した。確か43歳のころ。同時に、髪に白いものが混じり始める。最初は毛抜きで抜いた。無心で白い毛を抜く。座禅にも通じる精神集中ができると喜ぶ。間もなく、抜くだけでは追いつかなくなる。

 イラストロジックにはまった。パソコンを本格的に使い始めた。目が霞み、小さな文字が読めなくなった。初めて眼鏡を作った。確か45歳のころ。いまは遠近両用眼鏡が手放せない。

 肌に張りがなくなった、と感じ始めたのはいつだったか。
 顔に皺が目立ち始めたのはいつだったか。
 どんな時間に寝ても朝6時には目が覚める事実を意識したのはいつだったか。
 朝目覚めて、昨日と今日の連絡をつけるのに時間がかかり始めたのはいつだったか。
 立ち上がって歩き出し、目的地に立って「あれっ、何をしにきたんだっけ?」と呆然としたのはいつだったか。
 固有名詞がなかなか出てこなくなったのはいつだったか。
 この程度の酒で酔うとは、と情けなくなったのはいつだったか。
 定年までもうこれだけの時間しかないのかと計算し、腹の底から冷えるような思いにとらわれたのはいつだったか。
 寒さには強かったのに、寒さが身に応えるようになったのはいつだったか。

 老いたくない。だが、老いは誰にでもやってくる。生まれ落ちた時からの宿命とは理解するが、年々、情けなさ、惨めな思いが募る。

 と思っていた。バートじい様を見て、年をとるのも案外悪くない、と考え始めた。こんなじい様になれるんだったら、年を取るって素敵なことだと思えるようになった。 20代でもない、30代でもない、40代でも50代でもない63歳のバートじい様が、心底素敵に見えてきた。
 だが、誰でもがバートじい様になれるわけではない。条件がある。

 私は、何物にもとらわれない7歳児の心を持っているか?
 私は、命をかけても実現したい夢を持っているか?

 今日からは、自分に向かってこの2つを問いつつ齢を重ねたい。
 まだ
 Yes.
 と胸を張っていえる自信はないが……。

 

 【メモ】
世界最速のインディアン (THE WORLD'S FASTEST INDIAN)
 2007年2月公開、127分

監督:ロジャー・ドナルドソン Roger Donaldson
出演:アンソニー・ホプキンス  Anthony Hopkins=バート・マンロー
   クリス・ローフォード Christopher Lawford=ジム・モファット
   アーロン・マーフィ Aaron Murphy=トム
   クリス・ウィリアムズ Chris Williams=ティナ・ワシントン
   ダイアン・ラッド Diane Ladd=エイダ
   ポール・ロドリゲス Paul Rodriguez=フェルナンド
   アニー・ホイットル Annie Whittle=フラン


【初出2008年8月18日】
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