#46 : 忍びの者 − 信長は太っていたか

 忍者になる。子供のころ、それは将来設計の一角を占めていた。特殊な術を身につけ、闇に溶け込み、無と化す。格好いい!
 
 背よりも高い塀を軽々飛び越して、悪人の屋敷に忍び込む。
 雑誌に拠れば、こうした卓越した跳躍力を鍛えるため、忍者は庭に麻の種を蒔く。麻は極めて成長が早い。種を蒔き、毎日この上を飛び越す。最初は楽に飛べるが、日を追うに連れて麻は生育し、やがてなかなか飛び越せない高さに達する。それでも飛ぶ。飛び越せるまで、1日の日課は終わらない。
 なるほど、これは実行せねばなるまい。幸い、庭は広い。麻の種など、いくらでも蒔ける。半年後には私も忍者………、にはならなかった。
 麻の種が見つからなかった。
 
 忍者は水上を歩く。使うのは水蜘蛛と呼ばれる器具である。いつもは4つ折りにして携帯し、必要なときに引き出して延ばすと、木製の浮き輪のような輪っかができる。こいつを脚にはくと水に浮く。
 これなら私にもできそうではないか。が、水蜘蛛様の器具を作るのは面倒である。よし、うまくいったら工夫して作るとして、まずはこの1辺30cmほどの板切れを使ってみよう。こいつを庭の池に浮かべて、まず右足を乗せて、続いて左足も……、乗らなかった。
 右足を乗せた瞬間、板切れはすぐに池の底に沈み、私は膝上まで水中の人となった。母に怒られた。
 
 危機に際して、忍者は自然と一体化する。気配を消して山川草木の一部となる。
 いくらなんでも、これくらいはできるよなあ。飼い犬のポチを連れて草原に出かけた。地面に伏し、私は草原の一部と化した………、はずだった。
 すぐにポチが寄ってきて、私の顔をなめ始めた。ポチは忍者犬だったのかもしれない。
 
 忍者として自らを鍛え上げるプロジェクトにおいてことごとく失敗した私だが、1つだけ様になりかけたものがある。十字手裏剣である。敵に遭遇した忍者はこいつを取り出し、相手を倒す。
 不思議なのは、オーバースローで十字手裏剣を投げる忍者が皆無であることである。手裏剣に速度を与えるには上手投げが最も適していると思うのだが、おおむねは手裏剣を持った右手を体の左前に置き、腕を鋭く前に降り出して手裏剣を放る。中には、十字手裏剣を左手に重ね持ち、右手でこするようにして手裏剣を敵に向かって飛ばす器用な忍者もいる。それでほんとうに敵に届くのか、と疑問を持つこともあったが、いや、奥の深い世界である。

 で、手製の十字手裏剣である。
 最初は、缶詰の蓋をはさみで切り抜き、十字形にした。板に向かって投げる。どれほど力を入れても、頼りなくフラフラとしか飛んでくれない。目標の板まで飛ぶのは希である。板まで飛んでも、板に刺さるものはさらに希である。希の2乗で板に刺さったものは、ほとんどがグニャリと折れ曲がっていた。
 
 「こらでけんばい。重さの足らんごたる」
 
 悪友たちと知恵を出し合った。採用されたアイデアは、釘である。釘を平らにたたき伸ばし、両端をヤスリで尖らせる。こうした釘を2本、針金で縛り合わせて十字形にする。
 さらにアイデアはリファインされた。釘をたたき伸ばすのは重労働である。
 
 「汽車の線路に置いとくとよかばい。汽車の通り過ぎるとペシャンコになるぜ」
 
 その知恵を出したのが誰であったかは記憶にない。かくして我々は遠く離れた鹿児島本線の線路まで自転車で出かけ、線路上に釘を並べる危険な子供になった。
 こいつは具合がよかった。投げると、気持ちがいいほど目標の板に刺さる。狙った的に正確に刺さると、気分はもう忍者である。
 やがて、子供の知恵の限界に気づかされる。最初は良かった、が、何度か投げているうちに、ずれるのである。投げるときは+形であった十字手裏剣が、勢いよく板に突き刺さると、情けないことにT字形に変形しているのである。針金で縛り付けていた部分が緩み、板に突き刺さった勢いで接合部がずれてしまう。
 忍者への道は遠かった。かくして初心を貫けなかった忍者の卵は、普通の大人に成長して、いま、iMac G5のキーボードに向かう。
 
 「忍びの者」はそのタイトル通り、忍者が主役の映画である。かつて忍者予備軍であった万年青年には見逃せない。だって、漫画の世界でしか見ることができなかった忍者の身のこなしを実際の人間がやってみせてくれるのだから。これほど実践の役に立つ映画も希ではないか。
 
 忍者とは、戦闘における特殊技術を身につけた技能者集団である。彼らにイデオロギーはない。忠誠心もない。金で買われて働く。現代の人材派遣業の先達である。

 

 

(余談)
人材派遣業に特殊技術があるか? 確かにこのあたりは問題であります。しかし、本来の機能からいえば、大企業のサラリーマンでは及びもつかない技能者集団によって構成され、高額の料金をかっさらっていく派遣業があって然るべきだと考えます。
現在の派遣業は、あまりにも「人件費削減」の道具と化していますから。

 

 石川五右衛門は、伊賀の里、百地砦の下忍である。天正元年(1573年)、織田信長の軍勢を迎え撃った朝倉義影に雇われて戦場にいた。しかし、朝倉の形勢不利と見て、いち早く部隊を戦場から引き揚げた。雇い主への忠誠より身の安全。それが忍者の掟である。この決断は、砦の主百地三太夫に高く評価された。
 伊賀の里には、もう一つ忍者砦がある。藤林砦という。百道砦とは商売敵だ。商売敵がいると、仕事に緊張感が生まれる。我が社の方がより高い技術を持つ。よりよい製品をより安価に市場に供給できる。そうなりたいと努力を重ねる。そうでなければ淘汰される。それが競争社会である。
 
 伊賀の里は、朝倉を打ち破って天下にまた一歩近づいた織田信長に恐怖心を抱いていた。信長は他の大名と違う。比叡山を焼いた。伊勢長島で一向宗門徒を虐殺した。信長は神仏を恐れない。それだけならいい。困るのは、信長が忍者という特殊な人間集団に敵意を持っていることだ。
 いずれ信長の軍勢は伊賀の里になだれ込んで来る。伊賀の里は存亡の危機を目前にしている。
 
 「信長を殺せ」
 
 百地砦でも、藤林砦でも、お頭が同じ指令を発した。命令を受けた五右衛門は、信長暗殺に出向く。藤林砦からは木猿が同じ指令を受けて信長を付け狙った。どちらが信長を倒すか。業界No.1の地位を賭けた戦いが始まった……。
 
 まあ、実はもう少し入り組んだストーリーが用意されているのだが、流れはざっとこんなものである。
 
 1962年に作られたこの映画を、40年以上の時を経て見た。面白かった。映画もそれなりに楽しめたのだが、何よりも面白かったのは、歴史上の人物の評価である。
 
 「なるほど、織田信長をそんな風に見た時代、人もあったのかい」
 
 と笑えてきたのだ。だって……。
 
 いまでは信長は、日本史の、押しも押されもせぬ最重要人物の1人である。中世、戦国期の混乱に秩序をもたらし、近世の統一国家建設を目指した革命児だ。450年も前、不思議なことに近代精神に似た合理主義を身につけ、不合理なものを次々と葬り去り、新しい時代を準備した歴史上の偉人、
 というのが、最近の定評である。
 
 法然、親鸞、栄西、道元など日本宗教の開祖を排出し、日本仏教の母山ともいわれる比叡山を焼いたのも、その現れである。長く権威にとどまり続けたがためにすっかり堕落し、僧にありながら酒食・肉欲に溺れ、僧兵の武力を使って政治に口と手を出す。いやあ、いつの時代でも、政治が宗教に牛耳られるほど怖いことはない。天下に新しい秩序を打ち立てようとした信長にとっては、当然邪魔者である。だけでなく、彼の目には魑魅魍魎の住む世界と映った。宗教の権威? そんなもの、合理精神を身につけた信長には、赤子の戯言(たわごと)だ。だから、焼いた。
 
 一向宗門徒の虐殺も、同じ合理精神の表れである。
 当時一向宗は、大きな武装勢力であった。僧が地侍を束ね、領主への反乱を繰り返す。武力で戦いを挑んでくる以上、彼らは敵だ。
 同時に、宗教集団でもあった。反乱に加わって討ち死にすれば成仏できる。死を恐れず、むしろ死を願う集団は、合理主義精神から見れば狂っているとしか思えない。
 信長は、宗教と政治を分離しない戦闘集団に、中世の暗黒を見た。信長が目指す天下統一、新しい社会構築の妨げになる以上、蹴散らすしかない。

 

 

(余談)
坊主がボスの語源になったとは、司馬遼太郎氏の本で知った説である。
この時代、日本には西欧から来た宣教師がいた。彼らは母国に、数多くのレポートを送った。日本の国情を母国に伝えるのである。ま、スパイといってもいい。レポートの多くが、坊主が地侍を束ねて領主に刃向かっていると書いた。こうしたレポートに基づき、多くの衆を束ねる役回りを果たす人物がボウズと呼ばれ始め、いつしかボンズ、さらにボスへと転じたというのが司馬さんの説である。
もっとも定説とはなっていないらしく、司馬さんは、もしそうであったら楽しい、という趣旨のことを書かれていた。

 

 忍者という集団も、信長の立場からは殲滅すべき対象だった。特殊技能を持つのはいい。だが、その特殊技術が戦闘に特化したもので、その技術故に独立を貫き、報酬でその技術を売る。報酬を払っている間は手足となって働くだろうが、翌日は敵の手先として寝首を掻きに来る。統一国家の作り手からは、そのような集団の存在は認め難い。それが合理的な結論である。
 
 この時代、世界史を輪切りにしても、信長ほどの合理主義精神を持った人物は希である。
 というのが、最近の信長像である。

 

 

(余談)
むろん私とて、信長流の虐殺を全面的に肯定するものではない。しかし、あの時代、信長の立場にあったならば、いかなる代替手段があり得たのか。あのような過激な手だてを取らずに、信長一代で変革ができたか。
信長が日本歴史に残した功績が大きいだけに、判断し難しいところである。

 

 しかし、山本薩夫監督は信長を、悪逆非道をものともしない冷酷な野心家としてスクリーンに登場させた。わずか40年前のことである。「忍びの者」で五右衛門に付け狙われる信長は、悪の権化である。
 
 信長暗殺を試みた女忍者が逆に捕まる。信長は
 
 「埋めてしまえ。首から上だけ出してな。できるだけ死の苦しみを長引かせてやるのだ、いいな」
 
 と言い置いて馬で駆け去る。
 
 手裏剣で信長の命を狙って捕まった忍者は、縄でぐるぐる巻きにされて天井から吊されている。信長の家来は様々の拷問で口を割らせようとするが、忍者は一言も漏らさない。そこへ入ってきた信長は冷静にいう。
 
 「人の言うことが聞こえない不届きな耳だったらいらんだろう。切り落とせ」
 
 耳を切り落とす。残酷なやり口に家来が躊躇すると、信長は家来の小刀を抜き、自らの手で切り落とす。反対の耳は、付き従っていた次男信雄(のぶかつ)に命じて切り落とさせる。信雄は、不気味なニタニタ笑いをしながら、いかにも嬉しそうに耳を切り落とす。天下人を目指す織田家の親子は、何とサディスト親子だったのである。
 
 いや、この程度ならまだ良い。この2人は信長の命を狙った忍者なのだ。失敗すればどのような報復が来るか、覚悟は固めていただろう。自業自得といってもいい。
 
 しかし、城を飛び出して市に向かった信長の行動は、理解不能だ。
 追いついてきた家来の前で信長は、市で店を出している商人を足蹴にし、店頭の商品を家来ともども勝手に持ち去る。さらに、軒先に下げられた目刺しを1匹むしり取ると、懐に抱いていた愛猫に与えるのである。いくら領主とはいえ、傍若無人の振る舞いだ。領主がこれではおちおち商売をやっていられるわけがない。
 
 我々は、信長が楽市楽座を設けたことを知っている。商人や職人を中世のくびきから解き放ち、自由な商工業を保証する。領内の商工業を発展させて国力を富ませるのである。これも信長の近代精神の現れだ。
 その信長が、自分が設けた楽市に集まってきた商人たちを虐めるか?
 虐めたのでは、商工業は発達しない。国を富ませて天下を取るという最終目的が達成できないではないか。
 信長とは、炊きたてのご飯に氷水をかけて食べるような矛盾した男だったとでもいうのだろうか?
 
 どうして、そこまでして信長を悪逆非道な野心家として描かなければいけないの?
 
 「忍びの者」が制作された1962年は、60年安保闘争の2年後である。当時の日本はやっと戦後の混乱期を脱し、経済の復興期にあった。とはいえ、まだまだ貧しい時代だ。階級闘争が日本に存在したかどうかは別として、知識人、学生の間ではマルクス・レーニンがもてはやされた。プロレタリア革命が熱く語られた。人民の敵はブルジョアジー、ブルジョアジーと一体化した国家権力だ。
 正義は、人民の側にあった。
 
 「忍びの者」は、全くもってこのパターンである。むろん、プロレタリアートに擬せられた忍者の側にも内部矛盾はある。歴史の大局観からは意味のない内ゲバ、陰謀がいくつも登場する。だけど、変わらないのは敵の姿だ。信長 = 権力者。そんな男は、人情味のひとかけらもない悪逆非道な存在に決まっているのだ。
 
 ここに、結集された、労働者、学生の、同士、諸君。我々は、熱い、思いと、日米、安保体制への、激しい、憤りを持って、心からの、連帯の、挨拶を、送り、国家権力と、ブルジョアジーを、徹底的に、殲滅する、戦いを、皆さんとともに、最後の最後まで、戦い、抜くことを、ここに、誓って、連帯の、挨拶に、代えたいと、思います!
 
 てな、ハンドマイクから吐き出されるメッセージをこの映画から感じてしまう私って、ああ、そんな年齢になってしまったのか……?
 
 でもねえ、革命ってのは新しい時代を作ることだろ? 新しい時代を作るには、正しい歴史認識が必要なわけで、間違った歴史認識の上に立った新しい時代って、それって怖くないか?
 
 それに信長さんも、
 
 「おいおい、俺って城健三朗(若山富三郎)みたいに太っちゃいなかったんだがなあ……」
 
 と苦笑いをしていそうな気がする。
 
 とはいいながら、この映画、十字手裏剣はふんだんに出てくるし、撒き菱も水蜘蛛も登場する。おまけに、忍者の体の動きも、ほとんど特撮なしで撮られているから、忍術ファンにいとってありがたいことはこの上ない。
 もっとも、バック転などの動きになると、ワイヤなどをふんだんに使い、私の大好きなチャン・ツィーイー(章子怡)に、不埒にも過酷な動きを強いる最近の中国アクション映画に比べれば、
 
 「この程度の体の動きで、この忍者、大丈夫か? すぐに切られちゃいそうだなあ」
 
 なんて心配になったり、
 
 「この程度で忍者になれるんだったら、俺もなれたかもなァ」
 
 と昔の夢を思い出したりしてしまったりもするのではありますが……。

 

 【メモ】
忍びの者
 1962年12月公開、上映時間105分
監督:山本薩夫
出演:市川雷蔵 = 石川五右衛門
   藤村志保 = まき
   伊藤雄之助 = 百地三太夫
   城健三朗(若山富三郎) = 織田信長
   西村晃 = 木猿
   岸田今日子 = 百地三太夫の妻


【初出2005年8月26日】

▲【シネマらかす】にもどる               

*当サイトの記事及び画像の無断転載は禁止します。
*ご意見・ご感想・お問い合わせはメールでお願い致します。