#43 : ライムライト − パブロフの犬

 私をパブロフの犬にしてしまうメトロノームは、この映画の主題曲である。いつ聴いても、何度聴いても、同じ反応が起きる。
 
 なのに、前回書いたように、この音楽で思い起こしていたのは「街の灯」のシーンだった。この連載を思い立たなかったら、死ぬまでそうだったに違いない。A → Bという関係性が私の中で確立していた。ボーっと見ている程度では壊れない。完璧な思い込みである。修正できたのは、「パブロフの犬」というテーマで書くために注意を凝らして見たからである。

 

 

(余談)
ま、それぞれの人生というものは、様々な思い込みで成り立っております。「暗夜行路」が夏目漱石の作品だったり、私の目にはオカチメンコなのに、我が友の目には絶世の美女だったり、同様のことはよく起きます。だから世の中は平和だともいえますが。
私の場合は、たまたま映画と映画音楽の間に生じたに過ぎません。

 

 で、前回の原稿を書き終えるとすぐに、「ライムライト」を見た。恐る恐る見た。感動に胸が詰まらなかったらどうしよう? 流してきた涙にふさわしくない映画だったらどうしよう? それって、俺が単なるバカであることを証明するだけではないか……?
 
 杞憂であった。ノートにメモを取りながら見たにもかかわらず、我が涙腺を立派に刺激してくれた。そうなのである。メトロノームの音を聴いて私が連想していたのは、違った種類の餌に過ぎなかった。記憶の一部に障害はあろうとも、私は正常である。
 安心した。
 
 「ライムライト」は、老いと愛、そして生きることのもどかしさをテーマにした珠玉の名品である。
 
 カルヴェロは一世を風靡したコメディアンだった。いつからだろう、観客が来なくなったのは。来た客もあくびをした。連れの客と雑談に興じた。ついには席を立った。頂点に上り詰めた男が奈落の底に落ちる。身寄りもないカルヴェロは、日々酒におぼれ、老残の身をもてあました。誰も彼を求めない。彼が世の中に期待することもない。

 

(余談)
このあたりは、「 グルメに行くばい! 第29回 :カボチャのスープ」なども参照して頂けるとよろしいかと存じます。
こうしたことが見通せるため、頂点に上り詰めた方々は地位に連綿とされます。芸人さんの場合は、それがまた芸を磨くことにもなり、名人と呼ばれる方々を生み出すのでしょうが、サラリーマンはいけません。なかなかやめない社長、不思議な肩書きを作って現役にとどまり続ける元社長。
ある上場会社の社長さんがおっしゃっておりました。
「やめてもいいんだけどさ、やめると交際費と社有車が使えなくなる。でも、社長時代の人脈は続く。飯を食うにしても、社長時代に使っていた店に比べると格落ちの店に、しかもタクシーで行くことになる。金も続かなくなるし、なんか、落ちぶれたような気分にもなる。だから、できるだけ長く社長でいたいんだよ」
人間とは、悲しきものでありますなあ。
幸いにして私は、頂点なんてものとは無縁のままこの歳まで生きておりますので、そのようなさもしさ、気分の落ち込みとは無縁でありますが。

 

 ある日カルヴェロは、自殺を図った女性を助けた。女性の名はテレーザ。足を故障し、挫折したバレーダンサーだった。部屋を追い出されたテレーザを、カルヴェロは自分の部屋に引き取る。老いたコメディアンと、心に深い傷を持つ若きバレーダンサーの共同生活が始まった。そしてドラマも始まる。
 
 自分を頼る人がいる。それだけで人は変わる。テレーザがカルヴェロを変えた。
 この娘を立たせてみせる。歩かせてみせる。再び舞台で舞わせてみせる。カルヴェロは酒を断ち、プライドを捨て、安いギャラで再び舞台に立った。
 だが、舞台はさんざんだった。居眠り、雑談、途中退席。カルヴェロの演技に拍手喝采する客は、もうどこにもいなかった。
 
 "They walked out of me. I'm finished."
 (みんないなくなった。私はお終いだ)
 
 一度は生きる気力を取り戻したカルヴェロが落ち込んだ絶望は、前よりずっと深かった。観客から捨て去られた私は、もうテレーザの面倒を見ることもできない……。
 そのカルヴェロを叱りつけたのは、それまで頼りっきりだったテレーザだ。
 
 "Nonsense!"
 (何言ってるのよ!)
 
 叱りつけながら、椅子から立ち上がった。カルヴェロに向かって歩き始めた。そして、ふと歩いている自分に気がつく。
 
 "Carvelo, look! I'm walking, I'm walking, I'm walking,……"
 (カルヴェロ、見て! 私、歩いてる、歩いているのよ……)
 
 テレーザは才能に恵まれたバレーダンサーだった。まもなく劇場のプリマの座を獲得する。一方のカルヴェロは酒に溺れれる暮らしに戻った。2人の立場が逆転した。
 いまや保護者となったテレーザは、かつてカルヴェロが彼女を立たせようとしたように、今度は彼を舞台に立たせようとする。初めてプリマを務める舞台に、カルヴェロを推薦したのだ。道化の役である。
 
 舞台は大成功に終わる。だが、カルヴェロの評判は最悪だった。またカルヴェロは奈落の底に突き落とされた。これで3度目。奈落の深淵に落ちたカルヴェロは失踪する。
 やっとカルヴェロを探し出したテレーザは、それでもカルヴェロを舞台に立たせる。ますます人気が高まる自分の影響力で、10分間のカルヴェロショーを劇場に認めさせたのである。
 
 "I'd do anything in the world to make him happy."
 (彼が幸せになることなら、なんだってやる)
 
 テレーザは、大量のサクラを用意した。笑うポイント、笑い方まで教えた。再びブーイングにあえば、カルヴェロは再起不能となる。
 舞台の幕が開いた……。
 
 
 老い、とは残酷なものである。皮膚はたるみ、目はかすみ、髪は白くなってやがて抜け落ちる。体の自由がきかない。気力は萎えて頭も惚ける。老醜
 サラリーマンなら誤魔化しがきく。若い頃のように体が動かなくても、長年の経験が生きる。惚けても、少なくとも定年までは雇用契約が守ってくれる。
 だが、自分1人に備わった芸で世を渡る芸人はつらい。我がシナリオに、言葉に、体の動きに笑い転げていた観客が、ある日を期して徐々に笑わなくなり、ある時を期して全く笑わなくなる。体の切れが失せたのか、声の張りがなくなったのか。
 おい、俺はまだ、それほど老けちゃあいないぜ。昨日の舞台とどこが違う?
 といっても、離れた観客は戻らない。観客に見放された芸人はである。
 
 チャップリンは1889年4月16日に生まれた。この映画を撮っているとき、彼は61〜62歳である。あの独特の体の動きも、恐らく若い頃のようにはいかなくなっていたに違いない。激しい動きをすれば息切れもしたであろう。追われるように米国を出てロンドンに移り住んだ失意も、老いを加速させていただろう。
 チャップリンは、自分の老いを自覚した。
 チャップリンは、観客に見捨てられたカルヴェロと自分を重ねた。
 
 ライムライトとは、主に19世紀に使われた舞台照明の明かりのことである。冒頭の字幕は語る。
 
 The glamour of limelight, from which age must pass as youth enters.
 (華やかなライムライトの陰、老いは消え若さに変わる)
 
 ライムライトを浴びている間は若くても、その光から一歩出れば、老いは戻る。やがて、ライムライトには決して入れなくなる。華やかな芸人の末路だ。
 
 最後のステージでカルヴェロが歌う歌のテーマは、老いと再生である。
 
 When I was three, my dad told me about incarnation
 And ever since I'm convinced, thrilled with anticipation
 Met when I leave this ?????, it makes my heart warm
 To know that I'll return in some of the form
 But I don't want to be a tree
 (私がまだ3つのとき、親父が生まれ変わりの話をした
  それ以来確信して、期待に胸をふるわせて
  この世を去るとき、胸をわくわくさせて
  何になって戻るんだろうって
  でも、木になるのはいやだなあ)
 
 チャップリンは、道化の老いに、若くて才能に溢れた美しいバレリーナを添えた。残酷な組み合わせである。
 会ったとき彼女は、
 
 "All life's aimless without meaning."
 (意味のない人生なんて無よ)
 
 と口走るほど捨て鉢になっていた。
 
 "Life is a desire, not meaning. Desire is the theme of all life. It's what makes rose want to be a rose, want to grow like that. And rock wants to continue itself, remain like that."
 (人生とは、何かになりたい、こうでありたいと願うことなんだよ。意味を求めることじゃあない。バラはバラになりたいと思うから、バラになる。岩は岩であり続けたいと願うから、岩のままでいられるんだ)
 
 放ってはおけなかった。説教をした。慰めた。励ました。いつしか、この子の笑顔が欲しくなっていた。元気を取り戻して欲しかった。もういちど夢を持って欲しかった。
 それをという。
 
 えっ、この私がテレーザを愛してる?
 待て、待て、待て。私は世に捨てられた道化師だ。60歳を過ぎた老人だ。テレーザは20歳を出たばかり。いまはテレーザの世話をすることもできる。ひょっとしたら、男としてテレーザを愛することも可能だろう。でも、5年後はどうだ? 10年たったら? どちらもダメになるに決まっている。
 いかん。テレーザを愛してはいけない。愛する資格はない。テレーザを不幸にしてはいけない。
 カルヴェロは、ともすれば暴れ出そうとするテレーザへの思いを、必死に押さえつけた。

 

 

(余談)
先日、久しぶりにあって酒を飲んだ友人が、のっけから言った。
「礼人さん、
バイアグラって凄い発明だね。人生観が変わるね」
バイアグラ未体験者の私は、ピンと来た。ヤツの人生に何かが起きている!
「ふーん、で、君、バイアグラを使って
奥さんを幸せにしてるの?」
「え、いや、そんな話じゃなくて……」
「でも、あれって、ま、君が幸せになるのは当然として、
もう1人幸せになる人が出てくる薬だろ? もう1人の幸せ者って、誰さ? やっぱり、奥さん?」
「でも、バイアグラって、医者に行って『最近調子が悪いんですけど……』っていうと処方箋を書いてくれるんですよ。昔みたいに直輸入しなくてすむんですわ」
「いや、入手法を聞いているんじゃなくて、
使用目的を聞いているんだけど」
「いや、そういう具体的な話ではなくて、もっと抽象的な話としてバイアグラの革命性を……」
「だけど、君はバイアグラを処方してもらったんだろ? お金を出して買ったんだろ? 使ったんだろ? 持ってんだろ? 
具体的な話じゃないか」
「………………」
白状させるまでに1時間。やはり、具体的な購入目的、使用目的があり、えもいわれぬ幸せ感が伴っていた。この、幸せ者!
あ、いえ、1952年にバイアグラが存在したら、カルヴェロも違った判断をしたかも知れないという話に過ぎませんが……。

 

 若さとは、暴力的なまでにストレートだ。
 カルヴェロが自分の思いを必死に押さえつけているとき、テレーザの中にもカルヴェロへの愛が育っていた。若さは、成長した愛を押し殺さない。若さの特権、若さの残酷さである。

 

テレーザ :
I've waited for this moment. I love you. I've wanted to say for so long. Please, Carvelo, marry me.
 (このときを待ってたの。愛してるわ。ずっと言いたかったの。お願い、カルヴェロ、私と結婚して)
カルヴェロ :
What nonsense is this?
 (バカなことを言うものではない)
テレーザ :
It is not nonsense
 (私は真面目よ)
カルヴェロ :
My dear, I'm an old man.
 (私はもう年寄りだ)
テレーザ :

I don't care what you are. I love you. That's all that matters.
 (そんなこと関係ないわ。あなたを愛してるの。大事なのはそれだけよ)

 

 テレーザが初めてプリマとして立つ舞台の初稽古の日だった。カルヴェロの心は大きく揺れたに違いない。これまでは、叶うはずがない老いらくの恋だと思うから押さえつけることもできた。なのに、こともあろうに、テレーザが私を愛し、結婚を望んでいるとは。思いもかけぬ展開に歓喜の声を上げそうになる心を制御するのは、これまでよりはるかに難しい。
 カルヴェロの心は、喜びと、自分の老いに対する、こんな過酷な運命に対する憤りで張り裂けそうだった。もし、あと20年、私が若かったら……。
 その場は笑いでごまかした。
 
 テレーザに思いを寄せる青年が現れたのも同時期だった。作曲家のネヴィルである。カルヴェロはたまたま、ネヴィルの愛の告白と、テレーザの弱々しい拒絶を耳にする。テレーザを幸せにできるのは私ではない。あの青年だ。
 
 "Caruvelo, let's marry soon."
 (カルヴェロ、すぐに結婚するのよ)
 
 とテレーザがカルヴェロに迫ったのは、ネヴィルに愛を告げられた翌朝だった。ネヴィルに向かって激しく傾き始めた自分の心が恐ろしかった。今すぐカルヴェロと結婚する。結婚すればネヴィルへの思いを忘れられるはずだ……。
 テレーザの心は悲しいまでに美しい。その日、カルヴェロは部屋を出た。カルヴェロの失踪は、道化師としての絶望だけが理由ではなかった。カルヴェロの優しさでもあった。
 老いたカルヴェロの愛は、限りなく悲しかった。
 
 テレーザの恋も悲しかった。ネヴィルは初恋の人だった。カルヴェロと出会う前のことだ。そのネヴィルから愛を告白される。天にも昇る心地だったに違いない。だがテレーザは、カルヴェロが彼女に寄せる気持ちを知っていた。地獄の縁から救ってくれたカルヴェロは裏切れない。
 テレーザはカルヴェロのため、自分の恋を捨てる覚悟を固めていたのである。
 
 大きく年齢の離れた2人。1人は自らの老いゆえに恋心を押しつぶし、1人は愛ゆえに恋心に蓋をする。相手に良かれと思う2人が、その思いゆえにすれ違う。
 落ちぶれた老道化師と失意のバレリーナが織りなすドラマは、美しく生きることのもどかしさを切々と描きあげる。
 
 テレーザが用意したカルヴェロ最後の舞台に観客は笑い転げた。アンコールを求める拍手がやまなかった。観客の反応に酔ったのか、カルヴェロは舞台を転げ落ち、楽屋に運び込まれる。だが、カルヴェロは有頂天だった。
 有頂天が、理性をはじき飛ばした。固く閉じていたドアを開けた。
 もう、観客に見向きもされない道化師ではない。偉大な道化師、カルヴェロが復活したのだ。テレーザに不自由な思いはさせない。
 抑えていた思いが堰を切った。

 

カルヴェロ :

I'm an old weed. The more I'm cut down, the more I spin up again. Did you hear? I don't mean the claque.
 (私は老いた雑草だ。刈り取れれば刈り取られるほど、グングン伸びる。聴いたか? サクラの反応じゃないぞ)

テレーザ :

Wonderful!
 (素晴らしいわ)
カルヴェロ :

That's I was used to be. That' how it's going to be now on. We are going to tour the world. I've got ideas. You're doing ballet and me comedy.
 (昔はいつもそうだった。これからはいつもこうなる。一緒に世界ツアーに出よう。アイデアがあるんだ。君はバレーを踊り、私が喜劇をやる)

 

 カルヴェロの、愛の告白だった。2人で暮らそう。世界を回ろう。テレーザのネヴィルに寄せる思いを知りながら、自分のエゴを貫こうと決めた。年齢差も無視した。私は偉大な道化師、カルヴェロなのだ。
 ふと気がつくと、ネヴィルがそばにいた。その瞬間、カルヴェロはホンの一瞬だけ見た夢から覚める。

 

カルヴェロ :

In the elegant, melancholy twilight, he will tell you that he loves you.
 (優雅で物憂い夕暮れ、彼がやってきていう。君を愛してると)

テレーザ :

It's doesn't matter. It's you I love.
 (関係ないわ。私が愛しているのはあなたですもの)
カルヴェロ :

The heart and mind, what an enigma!
 (心と気持ち、何という謎だろう)

 

 気持ち。心の底からテレーザを求めていながら、そうしてはいけない、テレーザを不幸にしてしまうと思ってしまう。老人の、善人の、悲しい恋を、カルヴェロは再び引き受けたのである。
 
 出番が来てテレーザが去る。苦しい息の下で、カルヴェロは言う。
 
 "Where is she? I wanna see her dance."
 (彼女はどこだ? 踊る姿が見たい)
 
 言い終わると、カルヴェロは静かに目を閉じる。舞台では、ライムライトの曲に乗ってテレーザが踊り始めていた。カルヴェロはソファーのまま舞台袖に運ばれる。
 ほら、カルヴェロ。テレーザが踊ってるよ。君が愛してやまないテレーザがライムライトの曲に乗って舞ってるんだよ。
 だが、彼の目は2度と開かなかった。舞台で踊るテレーザは、まだそのことを知らない。カルヴェロの様態を案じながら美しく舞い続けている……。

 

 

(余談)
このシーンを確認するために、パソコンのモニターの片隅でDVDを再生しながら原稿を書いた。ライムライトの曲が流れてきた。私は、またパブロフの犬になった……。

 

 余韻に浸りながら、ふと考える。最後にカルヴェロが得た喝采は、本当にサクラのものではなかったのか?
 チャップリンは、芸人の、自分の老いを、一切の幻想を排して冷たく突き放して描いたのではなかったのか。老いに、救いはない……
 恐ろしい人である。
 
 この作品は、1952年のアカデミー賞作曲賞を受賞した。私のメトロノームの音は、世界が認めていたのである。
 でもねえ、なぜ作品賞じゃなかったの?
 この年の受賞作は「地上最大のショー」。この映画も見たけど、「ライムライト」と比べると月とすっぽんじゃあありませんか!
 誤審、としかいえません。

 

 【メモ】
ライムライト (LIMELIGHT)
 1953年2月公開、上映時間137分
監督・製作・脚本・音楽:チャールズ・チャップリン Charles Chaplin
出演:チャールズ・チャップリン Charles Chaplin = カルヴェロ
   クレア・ブルーム Claire Bloom = テレーザ
   バスター・キートン Buster Keaton = カルヴェロの相方
   チャールズ・チャップリン・ジュニア   Charles Chaplin Jr. = 警察官


【初出2005年7月29日】

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