#35 : TAXi − 愛国心

 なるほど、民族とはこのようなものかと思う。
 海洋という防壁で隣国と隔てられている日本とは違い、国境線という目に見えないもので隣国と接している大陸の国には、我々島国の住民にはうかがい知れない民族としての闘争心というものがあるのだな、とつくづく感じ入ってしまう。
 「TAXi」とは、そのような映画である。
 
 「レオン」「ニキータ」などヒット作を生み出したリュック・ベッソン監督が自ら脚本を書き、制作した痛快なカー・アクションである。ここからは「恐らく」というお断り抜きには書けないのだが、この映画を作ろうと思い立ったリュック・ベッソンには、ハリウッド映画への強烈な対抗意識があったと思う。
 
 「ヘン、ちんけなカー・アクション映画ばかり作ってんじゃあないよ。俺様が、これぞ極め付きのカー・アクションっていうヤツを作ってやるから、とっくりと拝みやがれ」
 
 ってなものである。

 

 

(余談)
このあたり、凡百の映画評を読まされたあげくに、「シネマらかす」なる、摩訶不思議な映画雑文を書いている私と、志においては共通しておるのかも知れませんです。ま、仕上がりの方は、私の場合はそれほど自慢できたものではないと承知しておりますが……。

 

 市街地を、時速200kmを超す猛スピードで疾駆するタクシー。事故車に乗り上げてジャンプ、横転する車。派手なカー・クラッシュ。ついにはベンツの走り幅跳びまで見せてくれる。なるほど、リュック・ベッソンが胸を張るだけのことはある。ただただ車が走り、壊れるシーンを見ているだけで、爽快な気分になる。
 車が、壊れる、壊れる、壊れる……。爽快な気分は、ひょっとしたら、我々の中に隠れ住む破壊願望を具体化したシーンが、これでもか、これでもか、と連続するためかも知れない。
 
 どちらかといえば、シックという言葉が一番似つかわしい映画が多いフランスが、ハリウッドのお株を奪うようなカー・アクション映画を作る。いまや、映画の中心地になってひさしいハリウッドに対して、
 
 「冗談じゃない。映画の本家はフランスだということを忘れてもらっては困る」
 
 というプロテストなのかも知れない。なにせ、世界で初めて映画をスクリーンに映しだしたのはフランスなのである。1895年、パリのカフェでのことだった。リュミエール兄弟が開発したものである。
 いまは影が薄くなったとはいえ、映画の本家はフランスなのだ。
 
 だが、派手なカー・アクションにばかり目を奪われていると、この映画の反面を見落としてしまう。この映画のもう一つのテーマは、
 
 「ドイツをぶっ飛ばせ!」
 
 なのである。
 
 ストーリーは荒唐無稽だ。
 ダニエルは、スピード狂のピザ配達人だ。ちっちゃなバイクで毎日マルセイユの街を走り回る。
 だが、このままで終わるつもりは毛頭ない。彼には1つのプランがあった。白タクの運転手になるのである。稼いだ金をつぎ込んで真っ白のプジョー406を買い込むと、着々と改造を重ねた。普段は何の変哲もないプジョーだが、車内の操作ボタンを押すとトランクからリアウイングが現れ、フロントスカートがせり出し、トレッド(左右のタイヤ間の距離)が広がる。ハンドルも、レーシング仕様のものと取り替え可能だ。瞬く間に、立派な暴走用の車が現れる。
 どの車より速いタクシーの運転手になる。それがダニエルの計画なのだ。
 
 目論見通りタクシー・ドライバーとなったダニエルは、200kmを超すスピードで商売をする。このスピード違反常習車には警察も手が出せない。捕まえようにも、追いつけないのだ。
 我が世の春を謳歌していたダニエルだが、自称IBM社員を乗せたことで春の終わりを迎える。この男、エミリアンといい、じつはドジで間抜けを絵に描いたような警官だったのだ。
 
 そのころ、マルセイユの街では頻繁に銀行強盗が発生していた。赤いEクラスのベンツ2台で乗り付け、マシンガンを突きつけながら金を奪っていく。強盗団の名は「メルセデス」。わざわざドイツから出張してきたドイツ人のグループである。常に犯行を予告し、真っ赤なベンツで銀行に乗り付け、金を奪うとベンツで逃走するのだが、これだけ目立つ車を使った犯罪にもかかわらず、警察はどうしても見失ってしまう。だから警察は、焦りに焦っていた。
 
 エミリアンを乗せて時速190kmで突っ走ったダニエルは当然検挙された。免停。自業自得といえばそれまでだが、明日から好きな車に乗れないし、金も稼げない。しょげるダニエルに、エミリアンは取引を持ちかける。
 お前は車に詳しい。「メルセデス」の捜査を1ヶ月手伝えば、スピード違反は見逃してやろう。
 こよなくスピードを好むドライバーの敵は、いわずと知れた警察である。死ぬほど警察が嫌いだったダニエルだが、ここは選択の余地はない。やむなく、捜査協力を引き受ける。こうして、ドジで間抜けな警官と、根っからのスピード狂ドライバーの2人3脚による捜査が始まった……。
 
 いかがであろう? まず、設定からして、ドイツに侵略されるフランスである。
 背景はある。フランスはお隣の国ドイツに連戦連敗なのだ。1870年〜71年の普仏戦争、1914年〜18年の第1次世界大戦、1939年〜45年の第2次世界大戦、どれをとってもいいところがない。これだけ負け続ければ、フランス人の心の奥底に、ドイツに対する根元的な恐怖感があっても不思議ではない。
 
 「てやんでえ! ナポレオンを忘れたか!」
 
 という民族的誇りはあるかも知れないが、ナポレオン以降は、とにかく上に書いた通りなのだ。
 
 歴史だけでも腹が膨れそうなのに、今度は強盗団までがドイツからやってきてフランスの資産を奪い去る。ドイツ野郎を許すな! これが「TAXi」の設定なのである。
 
 この侵略者どもを早く逮捕せよ! フランスの誇りを取り戻せ!
 ダニエルとエミリアンは、フランスの名誉にかけて、ナポレオンの偉業を継ぐ者として、ドイツからの侵略者「メルセデス」との闘いに敢然と立ち上がる。
 
 実は、自動車もフランスが世界に誇るものである。なにせ、世界で初めて自動車を作ったのは、18世紀のフランス人のニコラ・ジョセフ・キュニョーなのである。いまや、世界中でもてはやされる高級車は、メルセデス・ベンツ、BMWというドイツ勢であろう。ついでにいえば、次いで日本車かも知れない。
 でも、忘れてもらっては困る。自動車の本家本元は、フランスなのだ! ドイツも日本も、単なる物まね野郎にすぎないのだ。
 
 そんな叫びも、この映画からは聞こえてくる。悪の一味「メルセデス」が自慢たらしく乗り回すベンツを追いつめるのは、我らフランスが誇るプジョーなのである。ベンツがどうした? プジョーの足元に及ぶとでも思ってるのか?!
 
 こいつらが強盗団ではないか。グレーのベンツに目をつけたダニエルは、一味のベンツが、サーキット場で走っているところへプジョーで乗り付け、ベンツを挑発する。

 

ダニエル:

オカマども、シューマッハ気取りか? 勝負しようぜ。どこのマシンだ? ベンツね、オロロ! ドイツでも車を作ってんのか?

 

 胸のすくような挑発ぶりである。この世に自動車というものを生み出したのは俺たちだぜ! という自負がなければ、とてもこんな台詞を思いつくものではない。
 
 ま、このレース、ダニエルはが勝つのだが、勝って兜の緒を締めよ。ダニエルは勝利にも気を抜かない。

 

ダニエル:

これから修理工場に寄ってみる。車の調子が悪かった。

 

 フランスによる、侵略ドイツ軍に対する宣戦布告である。ここまでコケにされれば、誰だって怒るわなあ。「メルセデス」一味も怒った。
 
 ダニエルとエミリアンは、「メルセデス」捕獲作戦を立案した。もちろん、車を使っての大捕物である。
 当日。これまでの犯行でため込んだ金をトランクに積み込んで逃げるベンツ2台を、ダニエルのプジョー406が追った。作戦通り、信号で停車した2台のベンツの間に割り込んだプジョー406は、1台のベンツのサイドミラーをすっ飛ばしながら止まる。こちらを見る「メルセデス」一味を、再びダニエルは挑発する。

 

ダニエル:

トラクターの調子はどうだい?

 

 ドイツが誇る高級車、いや世界の高級車の代名詞ともいえるベンツを、「トラクター」と呼ぶ。フランス魂、ここにあり!

 

ダニエル:

この前はハンドブレーキをかけたままでノロかった。今日は絶好調だ。もう一度挑戦するか?

 

 高級車ベンツがフランスのプジョーごときにコケにされる。ベンツオーナーなら受けて立たずばなるまい。

 

メルセデス一味:
いいだろう。フランス人は口だけだ。高速で勝負だ。プジョーを大破してやる!
ダニエル:
そうカッカするな。チャンスをやる。だが大金は賭けない。あんたらから取るのは悪い。掛け金の10フランだ。
メルセデス一味:
むかつくヤツだ。
ダニエル:

バカよりましさ。

 

 お前らドイツ人は、お前らだけが自動車と思いこんでいるトラクターに乗った、バカで無骨な田舎者でしかないのだ。知恵も知識も文化も文明も、そして自動車も、フランスにしかないのさ。
 
 こうして、作戦通りカー・チェイスに持ち込んだダニエルは、追尾するベンツ2台を尻目に高速道路を疾走し………、無事に捕獲に成功するのである。いかに捕獲するかって? それは見てのお楽しみ!
 
 と書くと、ドイツを仮想敵国、いや現実的な敵国に見立てた高飛車な映画と受け取られかねないが、決してそうではない。そこは文化の香り豊かなフランスの映画なのである。フランス風の、ちょっぴり苦い自己認識も顔をのぞかせる。
 
 例えば、エミリアンが初めてダニエルのタクシーに乗ったシーン。

 

エミリアン:
いいエンジン音だな。
ダニエル:
プロか?
エミリアン:
素人だ。
ダニエル:
V6エンジンにビタミンを飲ませるとうなり出す。
エミリアン:
騒音をまき散らすな。50km制限だぞ。
ダニエル:
標識に従えと?
エミリアン:
ああ。
ダニエル:
スケボー用だ。
エミリアン:
いや、車の標識だ。
ダニエル:

アホらしい。車と運転手が一流なら、100kmでも安全だ。あのポンコツの20kmより俺の方が安全だ。

 

 そのポンコツ車が対向車と接触し、道路中央の分離帯にぶつかってバラバラに分解してしまう。

 

ダニエル:

見たろ?!

 

 そのポンコツ車、車名を2CV(確か、ドゥー・シー・ヴォと読みます)という。1948年にシトロエン社がこの世に送り出し、名車の名をほしいままにした。フランスが世界に誇った車である。
 その名車を、ちょいとした事故でバラバラにしてしまう……。おいおい、フランスの誇りはどこへ行く?
 
 なかなかできることではない。
 さらに。「メルセデス」のベンツが検問に引っかかるシーン。

 

警官:
ドイツ人だな?
メルセデス一味:
問題でも?
警官:
興味があるだけだ。開けろ。街まで?
メルセデス一味:

ドイツマルクを使いに来た。ほかの国で使おうか?

警官:

そういわずにフランスで使ってくれ

 

 あー、そうなんだよね。最近でこそドイツ経済は調子が悪くて、そうそう、この映画にも登場したメルセデス・ベンツまでが販売の低迷に直面していて、昔日の面影は薄れつつあるけれども、しかし、フランスとドイツには経済格差があるんだよね。
 2001年で見ても、1人あたりの国民所得

 

ドイツ:
23560ドル
フランス:

22730ドル

 

 なんだよね。ま、たいした差ではないといえばいえるが、でも、貧しき国は富める国からの資金流入を願うものなのである。

 

 

(ご参考)
ちなみに、同じ年の日本の1人あたり国民所得は35610ドル。この2つの国よりはるかに多く、世界ではノルウェーの35630ドルに次いで2位である。

 

 どんなにドイツに刃向かおうとしたって、俺たち、まだドイツに追いついてないじゃん! この苦い自己認識があるがゆえに、この映画は宣戦布告映画ではなく、良質なコメディとして成立しているのである。
 
 「TAXi」シリーズ、このあとも2、3と作られた。ということは、よほどフランス国民に愛されたらしい。やっぱり、大陸で地続きの国同士って、どこかで近親相姦近親憎悪的な感情を持ち合うものなのかな? 

 

 

(余談)
「旅らかす―中欧編」に書いたかなあ、と思って見返してみたが、見あたらない。よって、ここに書くことにする。ハンガリーはブダベストでの話である。
タクシーの運転手と話していて、ハンガリーの直前に訪問したルーマニアの話になった。どうだったと聞かれて、正直に答えた。
「いやあ、美人の多い国だね。びっくりしたよ。街を歩いていても、みんな綺麗な顔立ちをしている」
実際、ルーマニアの首都、ブカレストを一緒に訪れた仲間たちとは、
「街でさ、ここからここまで全部、って女たちを買い占めてハーレムを作ったらいいだろうなあ」
なんて、男の夢を語り合って興に入ったものだった。
正直に感想を伝えたつもりだった。ところが、運転手さんは
「違う」
という。本気で言う。
「いや、ルーマニアって昔のローマ帝国の最前線でしょ、そこに住み着いたローマの兵士も多かったようだから、混血が起きて美人の産地になったんじゃないかなあ」
なんていっても、
「そんなことはない」
と頑強に否定する。そのまましばらく口をつぐんでいたが、やがてこういった。
「よろしい。では百歩譲るとしよう。百歩譲ってルーマニアの女たちが美人だとしても、ルーマニアの女たちは
根性が悪い。その点、ハンガリーの女は、容姿は仮に劣るとしてもだ、心が美しい。総合点ではハンガリーの女の方がはるかに上だ」
そこまでいわれて、ハハーと思い当たった。
これは単なる愛国心ではない。隣接する国を持つ国における愛国心である。ハンガリーの人たちは、隣の国であるルーマニアが嫌いなのだ。国境地帯にあるトランシルバニアをめぐる長年の角逐も一因かも知れない。
いやはや、大陸で、国境線を挟んで国が隣り合うというのは、難しいものである。

 

 そうそう、大事なことを書き忘れるところだった。
 ダニエルの恋人、リリーを演じたマリオン・コティヤール、だ。彼女、極め付きの可愛らしく魅力的な女優さんですぞ。1975年9月生まれだから、まだ29才。オルレアンの演劇学校を首席で卒業した才媛だそうであります。
 彼女に出会うためだけにこの映画を見る。それだけでも価値があると思うものです、はい。

 

 【メモ】
TAXi (TAXI)
 1998年8月公開、上映時間85分
監督:ジェラール・ピレス Gerard Pires
製作: リュック・ベッソン Luc Besson
   ロラン・ペタン Laurent Petin
脚本: リュック・ベッソン Luc Besson
出演: サミー・ナセリ Samy Naceri = ダニエル
   フレデリック・ディフェンタール Frederic Diefenthal = エミリアン
   マリオン・コティヤール Marion Cotillard = リリー


【初出2005年6月3日】

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