#33: 引き裂かれたカーテン − 逃走の醍醐味

 小学校の職員室で、私は震え上がっていた。
 目の前には、西木戸先生がいた。椅子に座っている。清楚な顔立ちをした、まだ30歳前の美しい先生だった。私の担任である。ほのかな憧れすら感じていた。でも、その日だけは、キッと私をにらむ2つの目が、穴があったら潜り込みたくなるほど怖かった。
 私の横には、心配顔の母が立っていた。なぜ学校に呼び出されたのかわからず、でも、決して心がうきうきするような楽しい話ではないことだけは本能的に感じ取って、黙り込んでいた。
 
 「礼人君、なぜ先生が怒っとっとか、わかっとるよね?」

 

 

(余談)
何度も書く。我が故郷の訛りは、どこかユーモラスである。
もちろん、このときの私には、ユーモアを解して笑みを浮かべるゆとりはなかった。ただひたすら、この嵐をどうやり過ごすか、幼い頭脳がフル回転していた。

 

 「ち言われたって、よう分からんとですばってん……」
 
 「ふーん、そんなら言うばってん、昨日、○○町の××屋のおばちゃんが学校に来なはって、あんたたちが店のもんばっていったって言いなはったとたい。ほんなこつね?」

 

 

(余談)
念のために日本語訳を示すが、いや、何度書いても、我が故郷の訛りは、美人には似合わない。
「ふーん、それならいうけど、昨日、○○町の××屋のおばちゃんが学校におみえになって、あなたたちが店の商品を盗んでいったとおっしゃったのよ。本当のことなの?」

 

 「………」
 
 我が幼き頭脳は、先ほどからフル回転をしている。何も思いつかない。回転しすぎて痺れてしまったのか。
 
 我が故郷では、物を盗むことを「がめる」という。ごっこ遊びのことを「ぐっちょ」という。
 いや、あれは、盗みというより単なる「がめぐっちょ」だった。友だちと、どちらがたくさんがめることができるか、競争心を働かせながら一番になることを目指した。放課後に砂場で取る相撲や、運動会の練習で走らされるかけっこと何ら変わりはなかった。
 店のおばちゃんの目をかすめて、店先にある駄菓子やつまらない玩具をポケットに押し込む。そのスリルにのめり込んだ。欲しくもないものを、夢中でポケットに入れた。あとで見せ合いながら、誰が一番沢山がめたか、競い合った。それだけだ。
 それに、「がめぐっちょ」をやろうと言い出したのは俺じゃない。あいつが言い出して、俺はその話に乗っただけだ……。
 様々ないいわけが頭を駆けめぐった。だが、どれも説得力を持ちそうにない。いや、この状況に置かれて初めて、自分が仲間と一緒にやったことは決して遊びではなく、窃盗であることに思い至って慄然としていた。そうか、俺は盗人になったのか……。
 
 西木戸先生の目に、キラリと光る水滴が見えた。教え子の非行。憤りを通り越して悲嘆にくれたのだろう。どちらかというと優等生だと思っていた教え子が、なんと盗みをはたらいた。教育の難しさに絶望したのかも知れない。
 母が嗚咽を始めた。母は、貧困が長男を盗みに追いやったと、自分では何ともならない運命の非情さ、自らの力不足に、悲しみの淵に沈んだのであろう。
 
 私はというと、いやあ、参ったな、遊びの延長がこんなことになるとは、と困惑し、途方に暮れ、でも、その場の雰囲気にすっかり巻き込まれてしまって、いつの間にか泣き始めた。
 逃げたかった。逃げねばならなかった。が、逃げ道はなかった。すくんだまま、ポロポロと涙を流して立ちつくすしかなかった。
 
 
 だが、東独の最高軍事機密を盗み出してばれちゃったアームストロング教授とサラの2人は、立ちつくしているわけにはいかなかった。立ちつくしていては東ドイツ当局に逮捕され、最悪の場合は殺される。生きるためには、盗み出した最高軍事機密を生かすためには、逃げ切らねばならない。
 アルフレッド・ヒッチコック監督の「引き裂かれたカーテン」のテーマは、逃走である。ヒッチコック監督の作品の中ではあまり評判のいい映画ではない。しかし、私の目には、逃走のスリルとサスペンスを見事に描いた傑作に見える。どうしてこの作品の評価が低いのだろう……。
 
 米国の物理学者、マイケル・アームストロング教授はワシントンで、新しい迎撃ミサイル、ガンマ5の開発に従事していた。しかし、最終的な理論的解明がどうしてもできない。そのころ、東独のリント博士がこの解明に成功した。米国はリント博士が発見した数式を盗み出すことを決意する。
 だが、ことはリント博士の頭の中にしかない数式である。そんじょそこいらの秘密諜報部員を送り込んでもちんぷんかんぷんの世界で埒はあかない。ここは、アームストロングが自らリント博士から聞き出すしかない。こうしてアームストロングは学者の身でありながら、東独への偽装亡命に踏み切った。

 

 

(余談)
確かにこのころ、有人宇宙船、水爆の開発など、最先端技術、それも軍事に関わる技術開発で米国は旧ソ連圏に遅れをとり、焦っておりましたな。そのような社会背景が下敷きにあっていることは間違いありません。
しかし、自分で開発できないから盗み出すというのは、ま、やや情けない話ではありますが……。

 

 アームストロングの恋人である物理学者サラは、東独・ベルリンまで無理矢理同行する。空港での記者会見でアームストロングが祖国を裏切ると聞かされ悩むが、やがて計画を知らされ、協力する。間もなくアームストロングはリント博士から数式を聞き出したが、その時には既に正体がばれ、国家保安局に追われる身になっていた。逃げねばならない。サラと2人、西側世界への必死の逃亡劇が始まる……。
 
 で、逃走劇だ。
 逃走は、競馬の先行逃げ切り馬に似る。まず飛び出す。目標は、このまま先頭でゴールを駆け抜けること。駆け抜けられるはずだ。準備はすべて整えたのだ。でも……。
 ひょっとしたら、敵、ライバルの力が上で、途中で追いつかれ、追い抜かれないか? いや、力は同等でも、今日の馬場は奴に有利ではないか? アクシデントだってある。隣の馬と接触したり、騎手が落馬したり……。
 だが、下手な考え休むに似たり、だ。走り出した以上、走るしかない。いかん、後続馬の足音が聞こえてきた。激しい息づかいも。くそっ! 走るぞー!!
 
 ベルリン美術館で、アームストロングは初めて後続馬を意識する。国家保安局の監視役グロメクだ。ヤツを巻いてベルリンにいる米国の諜報員のもとへ行こうとするのだが、グロメクはしつこい。グロメクに見られずに外に出る出口はないか? 必死に探すアームストロングを、皮底の靴で固い床を踏むコツ、コツという足音が追いかける。姿は見えない。靴音だけが不気味に響く。焦る。不安が募る。
 による恐怖の演出。ヒッチコック監督、流石にサスペンスの巨匠といわれるだけあってうまい。
 
 リント教授の頭脳の中身を盗む。ライプチッヒのカール・マルクス大学にあるリント教授の研究室が舞台だ。
 学者とは、無邪気なものではある。米国は既にガンマ5を完成したと嘘をつくアームストロングに、リント教授は証として数式を書けと迫る。
 だがアームストロングは、その数式が自分でひねり出せないので盗みにきたのだ。まともな数式が書けるはずがない。やがてリント教授は苛立つ。

 

リント教授:
Pfft! It will blow up
(ケッ、それじゃあ爆発する)
アームストロング:
Well, we built it, and it works, and it didn't blow up.
(米国ではこれで作ってみてちゃんと動いた。爆発なんかしなかった)
リント教授:
Four years ago, we tried it at Alma-Alta. It blew up.
(4年前だ。われわれも同じことをアルマ・アルタでやってみた。爆発したんだ)
アームストロング:

Well then, your equipment was faulty. Your concept was probably wrong, too. You misunderstood it.
(設備が悪かったんだ。構想も間違っていたかも知れない。誤解もあったのかな)

 

 挑発である。学者はプライドで生きる。俺が先に解答を見つけたんだよ、あんたは分かっちゃいないんだ、などと言われようものなら、頭に血が上る。中でもリント教授は世界一の頭脳と自負する。プライドの固まりなのだ。
 リント教授は鶏冠(とさか)の先まで真っ赤になる。

 

 

(余談)
それにしても最近は、自分が言明したことがまったくはずれても、シャーシャーとテレビに出て別の説を唱える学者さんが多すぎはしませんか?
こういう方々を評するのに、プライドがないというのは優しすぎます。恥も外聞もない、と表現した方がより適切です。

 

リント教授:

I? Lindt? Misunderstood? Rubbish! You came to me from the United States, and I, I don' t care if you come from the moon! I tell you what you say is rubbish! Look! Look!
(私が? このリントが誤解しただと? バカな! 君は米国からきたそうだが、月からきたのでもかまわない。君がいっていることのバカバカしさを教えて差し上げようではないか! ほら、見ろ!)

 

 リント教授はまんまと引っかかった。己の頭脳の優秀さ、他に秀でていることを証明せずにはいられない性格なのだ。アームストロングが盗みにきた数式を、次々と黒板に書く。

 

リント教授:

Of course it's brilliant. It's genius. The Russians thought I'm crazy. They didn't know I'm Lindt.
(そうだとも。歴史的発見だよ。天才の技だ。ロシア人どももはじめは気違い扱いした。私がリントであることを知らなかったのだよ)

 

 

(余談)
人の本音を引き出す3つの方法。
1,媚びる
2,利益誘導
3,挑発

 

 その時、アームストロングを捜せという校内放送が流れる。リント教授はまんまと一杯食わされ、自分の頭脳にしかない国家機密をあかしてしまったことを知る。
 映画の残り時間40分弱。この長い時間、アームストロングとサラが延々と逃げるのである。
 
 この逃走劇が見事なのだ。使う道具は自転車と乗り合いバス、最後に客船。急を要する割には、どこかおっとりした、それほどスピードの出ない乗り物ばかりである。意外な道具を使って、息が詰まるような、目が離せない逃亡劇を仕立て上げる。見事な着想と、見事なアイデアだ。腕が冴える。
 
 カール・マルクス大学内に潜伏していた米国の諜報員に手引きされ、アームストロング捜索で混乱する大学を裏口から抜け出した2人は、次の連絡先へ向かう。道具は、学生や大学職員が移動用に使う自転車だ。
 目立つな。大衆の中に溶け込め。スパイの基本である。
 
 連絡先には黄色い乗り合いバスが待っていた。いや、正確に言うと、乗り合いバスに見せかけた、東独からの亡命者を助けるために反体制グループが所有しているバスである。ライプチッヒとベルリンを結ぶ路線バスと同じルートを、路線バスより10分前に走る。乗客は反体制グループの人々。ここでも「目立つな!」の原則は貫かれる。サラはベレー帽をはぎ取られ、地味なスカーフで頭を覆う。アームストロングに渡されたのは、着古した黒い毛のコートである。逃亡者は大衆に溶け込まねばならない。
 
 逃亡者は、肝を冷やす。
 このバスの横を、警察官のオートバイが走り抜けていった。まあ、自分で運転する車の横を白バイが走ると、交通違反をしているわけでもないのにヒヤッとするが、この時の2人は全身をドライアイスが走り抜けたに違いない。
 だが、これは序の口である。
 間もなくバスが止まる。警察の検問だ。警察官がバスに乗り込んでくる。こちらに来る。おい、どうする?
 反体制グループのリーダー、ヤコビが、ポケットからシガレットケースを取り出した。通路を隔てた隣の男にたばこを勧める。勢い、体を乗り出すから、ヤコビの体が警察官の目から2人を隠す。警察官は2人を尋問することなくバスを降りた。走り始めたバスの中で、乗客から思わず拍手が出た。ヤコビのとっさの知恵に対する賞賛である。フーッ。

 

 

(余談)
このシーンは、喫煙者が主流派で、大手を振ってたばこが吸えていた古き良き時代の象徴である。現在のように車両内禁煙が徹底していたら、2人は尋問され、不確かなドイツ語を咎められ、連行され、逮捕されていたに違いない。
人民の自由を弾圧する不当な政治にNo! を突きつけよう。
喫煙者に愛を!
喫煙者の手に権力を!

 

 時間を浪費した。バスは道ばたで路線バスを待っている乗客を無視して走る。だが、やはり検問は痛かった。曲がりくねった山道で、正規の路線バスの姿が見え始める。追いつかれているのだ。
 
 それだけでも心穏やかではないのに、行く手にまたしてもバリケードが見える。なんと、今度は脱走兵の追いはぎだ。この映画が公開されたのは1966年。もうそのころから、東独内の治安は乱れ始めていたのか? 東独の治安は乱れているはずというハリウッド、ヒッチコックの思いこみか?
 いずれにせよ、ありがたい話ではない。軽機関銃や拳銃を持った3人の脱走兵がバスを止め、2人が乗り込んできた。乗客から現金を集め始める。
 おいおい、よりにもよってこんなタイミングで! 冗談じゃあないぜ!
 と叫びだしたかったであろう。が、相手は武装勢力である。叫び出すなんてのは下の下の策だ。自ら進んで死地に飛び込むようなものである。
 脱走兵への恐怖と追っ手への恐怖で、心臓はいまにも破裂しそうだ。おっ、よかった! 救いの神が現れた。と喜んだのに、えーっ、なんと、脱走兵を捜索中の憲兵隊ではないか!
 
 脱走兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。でもなあ、脱走兵がいなくなったら、今度は憲兵隊かよ……。しかも、この憲兵さん、護衛まで買って出た。護衛は結構です。だって、私たち、米国のスパイが2人と国内の反体制グループ員で、このバスは、東独からの亡命者の搬送用なので、と説明するわけにもいかない。憲兵の護衛付きで走るしかないのである。
 
 という具合に、逃避行はピンチに次ぐピンチで、ついには正規の路線バスに追いつかれて正体がばれながら、なんとか2人はベルリンにたどり着く。次の連絡員はフリードリッヒストラッセ郵便局のアルバートだ。
 
 といわれたって、初めて来た都市で特定の郵便局を探すのは楽ではない。しかもここは東独の首都ベルリン。市民は英語を解さない。2人はドイツ語が不得手である。
 
 何とも隔靴掻痒の会話を、通りすがりの女性と交わしていたサラに、初老の女性が英語で話しかけてきた。
 
 "Excuse me, please. You wish information? At your service, mademoiselle. You are with that gentleman? Of course you are. Come, please."
 (あのう、何かお探しですか? お役に立てると思いますが。あの男性とご一緒? そうですわねえ。こちらへいらっしゃいな)
 
 こうしてアームストロングのもとにやってくると、
 
 "Excuse me, please. I am Countess Kuchinska. I am Polish. Allow me, please, to offer you both a cup of coffee."
 (どうも。私、クチンスカ伯爵夫人と申します。ポーランド人ですわ。よろしかったらコーヒーをご一緒しませんこと?)
 
 怪しい。アームストロングもそう思った。
 
 "I'm terribly sorry. We're in a hurry."
 (いや、その、ちょっと急いでますんで)
 
 女は婉然と微笑んだ。
 
 "I know."
 (存じてますわ)
 
 どうしても怪しい。だが、女性は向こう見ずだ。サラはいう。
 
 "We are looking for the Friedrichstrasse post pffice."
 (フリードリッヒストラッセ郵便局を探してるんですよ)
 
 その時である。向こうから警察官が2人歩み寄ってきた。あわてて立ち去ろうとする2人に、女は言葉を加えた。
 
 " You will take coffee with me, Professor Armstrong."
 (お二人は、私とコーヒーを飲むとになりますわよ、アームストロング教授)
 
 逃走中、初めての都市で、初めての女性に名前で呼ばれる。国家保安局の手先か? ここで待ち受けていたのか? アームストロング教授、下世話にいえば、金玉が縮み上がったに違いない。

 

 

(余談)
さて、サラはどこが縮み上がったのだろうか……?

 

 結果的にはこの伯爵夫人が郵便局まで2人を案内してアルバートを呼び出してくれる。このシーンで使われるのは、時間の恐怖である。
 
 旧共産圏諸国の仕事の能率の悪さは、つとに定評がある。この場面でも、この非能率性が遺憾なく発揮される。
 アルバートは、ドアの奥の部屋にいるらしい。それでアルバートの呼び出しを頼むのだが、アルバートがなかなか姿を現さないのだ。
 仕事の能率は悪くても、情報網、通報制度は整いすぎているのも旧共産圏諸国である。変わった様子の3人を郵便局ロビーの警備員が見とがめた。彼は、そそくさとロビーを去る。警察に通報しに行ったのに違いない。
 
 追っ手が迫る。時間がない。なのに、ドアが開いて現れた男に
 
 「アルバート?」
 
 と呼びかけても、男は怪訝そうな顔をして通り過ぎた。仕事を済ますとドアを開けて中に消える。
 再びドアが開いた。今度こそ、と見つめていると、アルバートの呼び出しを頼んだ男だ。彼も仕事を済ますとドアの中に行ってしまう。ええい、時間がないんだってば! 観客はアームストロングと一緒にジリジリする。
 3度目にドアが開いた。やっとアルバートが現れた。だが、この男も3人を見ると、
 
 「ちょっと待て」
 
 とドアから消える。
 木製のドアなんて、どこにでもある。何度も開閉されるドアも見慣れた光景だ。なのに、時間と闘っていて、目的物がこのドアの向こうにいて、一刻も早く出てきてくれないと取り返しがつかなくなるというこの状況では、ドアが開いたり閉じたりするたびに、じわじわと恐怖が沸き上がる。何の変わりばえもしないドアが、恐怖感を煽る立派な小道具になる。観客は、急げよ、もっと! と叫びたくなってしまう。
 
 アルバートの指示は、「ASTRA REISEBURO」という旅行代理店に行け、だった。その時、警察官を連れた警備員が戻ってきた。逃げる3人……。
 
 旅行代理店にたどり着いても、逃走劇はまだまだ終わらない。ヒッチコック監督は、二転三転のストーリーを用意して、まだまだ2人を許してはくれない。自由の空気を吸わせてはくれない。 こうした逃走劇が、これでもかこれでもかと続くのである。
 
 山場は最後にやってくる。2人はベルリンからスウェーデンに向かうバレー団の衣装かごに潜み、自由への入り口、スウェーデンの港に入る。長かった逃亡生活もやっと終わり、自由の空気が吸える。ホッとする場面である。
 2人が潜んでいるらしい衣装かごの陸揚げ作業が始まった。自由の大地を踏みしめるのはもうすぐである。網に衣装かごを2つ積み重ねて乗せ、クレーンで陸揚げする。
 バレー団で2人を手引きした男が、陸揚げ作業を進めていた。クレーンが網をつり下げ、衣装かごが船のデッキを離れる。男がかごに向かってささやいた。
 
 "Good Luck!"
 
 それを聞きとがめた人物がいた。あのかごにスパイが隠れている! 船員が軽機関銃を持ち出し、宙にある衣装かごに向けて数十発撃ち込んだ。えーっ、ここまできて、スウェーデンの港までたどり着いて、でもやっぱり脱出できなかったのか? 雨霰と銃弾を浴びた衣装かごは網から滑り落ち、デッキに激突して……。
 
 まったく、最後の最後までよーやるよ! 見せ場のオンパレードじゃないか。たいしたサービス精神である。私がこの映画のテーマは逃走である、と言い切った所以である。
 同じヒッチコック監督の作品では、エンディングがあっけなさ過ぎてこけそうになった「鳥」より、こっちの方が面白いのではないかとすら思う。何故この映画があまり評価されないのか。理解しがたいところである。
 皆さんのご感想はいかがだろうか?
 
 さて、東独の最高軍事機密を盗み出したアームストロングとサラは、まあ、お約束通り逃げ切るのだが、一方、「がめぐっちょ」がばれて立ちつくすしかなかった私はどうなったか?
 まあ、冷静になれば分かることだが、教師も親も、見捨てた子を叱りはしない。叱れば何とかなるはずだ、という子しか叱らない。なにしろ、叱るには尋常ならざるエネルギーが必要なのである。誰しも、報われない行為にエネルギーは使いたくない。
 というわけで、泣いているうちに、十分に反省したと見なされたのだろう、放免された。私は安堵の胸をなで下ろした。
 えっ? 叱られた分だけ立派な人間になったかって?
 自分で見る限り、Yesとは言い難い。そのうち西木戸先生が同僚の教師と結婚されて、
 
 「なんだあ? 西木戸先生って男を見る目がないんか?」
 
 なんて毒づいたり、勉強もあまりしないまま中学に進み、高校に進み、少し勉強して大学に行って、人の倍近く時間をかけて卒業して……、まあ、どこにでもいる、ごく普通の大人になったわけであります。
 でも、いまだにあの事件を記憶しているというのは、やっぱり私の中に何かが残ったのでしょうかねえ……。

 

 【メモ】
引き裂かれたカーテン(TORN CURTAIN)
 1966年10月公開、上映時間128分
監督:アルフレッド・ヒッチコック Alfred Hitchcock
出演:ポール・ニューマン Paul Newman = マイケル・アームストロング教授
   ジュリー・アンドリュース Julie Andrews = サラ・シャーマン
   リラ・ケドローヴァ Lila Kedrova = クチンスカ
   ハンスイェルク・フェルミー Hansjoerg Felmy = ハインリッヒ・ゲルハルト
   ルドウィヒ・ドナート Ludwig Donath = グスタフ・リント教授
   ヴォルフガング・キーリング Wolfgang Kieling = ヘルマン・グロメク


【初出2005年5月20日】

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