#31 : リーサル・ウェポン − 男って、いいなあ!

正月や冥土の旅の一里塚

 一休さんの狂歌である。流石に、この橋通るべからず、といわれて平然と渡り、「はし」は通っていない、真ん中を通ってきた、と言ってのけた知恵者、というか、天の邪鬼というべきか。大多数が祝っている正月を、ちょっと斜(はす)から見て人間の愚かさを笑い飛ばしてしまう。毒のあるユーモアだ。
 といいながら、私も
 
 「うーん、やっぱり一休さんは正しいかも……」
 
 という年齢になってきた。人間、この世にオギャアと生まれてきた瞬間から、絶え間なく死に近づいて行く。世界一の大金持ちも、アメリカの大統領も、日本の総理大臣も、うちの会社の社長さんも、憎い上司も、あのいじめっ子も、私を捨てた女も、みんな同じである。遅いか早いかの違いしかない。
 だから生きる価値がある。
 
 とは、頭で理解しているつもりだが、感覚の上では、死とはそれほど身近なものではない。嫌でも死を意識せざるを得なくなるときまで、死を忘れて生きているのが大多数の人間で、私もその一員である。明日も私は生きている。アプリオリにそう信じることで私の暮らしはできあがっている。凡人である。
 
 のっけから縁起でもない話で恐縮だが、これには訳がある。「リーサル・ウェポン」を、怖いもの知らずの刑事が格好良く事件を解決し、車とヘリコプターが絡むアクションがあり、凄腕の銃撃を見ることができ、人と車のチェイスがあって、肉弾戦まである、見せ場満載の、よくできた刑事物とだけ見てしまうと、ちょっともったいないからだ。
 こいつは何よりも、死にとりつかれた男の再生の物語なのである。死にとりつかれながら、自らの手で自らの命を奪うことがどうしてもできないことに絶望している男が、死から解放される物語といってもいい。我流にいえば、死と向かい合うほどの鋭い感性を持っている男が、私と同じ凡人に戻る話ともいえる。
 
 刑事マーティン・リッグスは、11年連れ添った妻を交通事故で亡くした日から、死にとりつかれた。彼女のいない暮らしの空虚さに耐えきれず、銃口を口にくわえて引き金を引こうとするが、どうしても最後の一歩が踏み出せない。 なんてことだ、俺はあの女を、自分の命より大切だと思っていたのではないのか?! 人生に絶望した男が、自分の勇気のなさにも絶望する。
 二重の絶望で、彼の暮らしは荒廃した。住居はトレーラーハウス。ボサボサ頭で目覚めると、まず冷蔵庫に歩み寄ってビールの栓を開ける。仕事ではあえて死地に飛び込む。自分で死ねないのなら、誰かに俺を殺させよう。だから、署内では誰もリッグスと組みたがらない。自殺願望を持った男の巻き添えになって命を落とすのは、誰だってご免被りたいのである。



 

(寄り道)
我が愛犬「リン」と同じシェットランド・シープ・ドッグ、通称シェルティが空き地を走り、マーティン・リッグスが住むトレーラーハウスに飛び込むシーンがある。自殺願望の男が犬を飼う? ちょっと違和感があるなあ……。してみると、マーティン・リッグスの頭が死だけで占拠されていたわけでもなさそうだ。

 

 なのにある日、リッグスとペアを組まされた男がいた。3人の子供を持ち、50歳になったばかりのマイホームパパ、ロジャー・マートフである。これまで20年間、無傷でやってきた。妻と子供と家と、釣り用のボートも手に入れた。よりにもよって、何でこの俺様があの死に神とペアを組まなきゃならん?! だが、マイホーム人間にとっては、上司の命令に逆らうのもリスクである。
 
 こうして、ひたすら無事を願う男と、ひたすら死を願う男のペアが、単なる飛び降り自殺と思われた事件の捜査に関わるうちに、大規模なヘロイン密売組織との闘いに巻き込まれていく……。
 
 メル・ギブソンという、あまり背の高くない俳優さんは、眼に独特の力がある。正気のすぐ隣にある狂気を、眼と顔の筋肉の動きでこれほど演じきれる役者をほかに知らない。
 
 麻薬課の刑事であるリッグスは、1人でヤクの売人どもを逮捕に出かける。3人を相手に途中までは順調に進むのだが、物陰に隠れていた別の1人が発砲し、銃撃戦が始まる。そのころになって応援の警察官が駆けつけてくるのだが、木立の中を、銃を持った男を追いかけたリッグスは、木陰に隠れていた1人に逆に捕まり、顎に銃を突きつけられる。この男はリッグスを盾にして逃げようとするのだが、リッグスは警官隊に向かって叫び続ける。

  (to officers) Shoot him! Kill him!
  (to Dealer) Pull the trigger!
  (to officers) Waste him!
  (to Dealer) Shoot me!
  (to officers) Kill him!! Shoot us!

 目をむき、俺と一緒にこの男を撃て、殺せ、と声を嗄らして叫び続ける姿は、尋常ならざるものを感じさせる。このシーンで我々は、リッグスをとらえている狂気の一端を初めて目にする。
 
 ロジャー・マートフと組み、パトカーで巡邏に出かけたリッグスは、ビルの屋上に上った男が、飛び降りると騒いでいる現場に急行する。何のためらいもなく屋上に上り、手すりを越えて男に近づいたリッグスはさりげない会話をしながら、一瞬の隙を捉えて、男の手と自分の手を手錠でつなぎ、しかも手錠の鍵を投げ捨ててしまう。そして、あろうことか、男と一緒に飛び降りてしまうのだ。むろん、下にはエアマットが用意されているのだが。
 
 いずれにしても、尋常な人命救助ではない。相棒の無謀な行動に頭にきたマートフは、頭から湯気を立てながら近くの建物にリッグスを引っ張り込む。

 

マートフ:
Get in here.OK.No bullshit! You wanna kill yourself!
(こっちに来い。ふざけんじゃない! テメー、死にたいのか!)
リッグス:
Oh, fuck Christ.
(おいおい、かんべんしてくれよ)
マートフ:
Shut up! Yes or no! You wanna die,yes or no!
(うるさい! どっちなんだ、死にたいのか? 死にたくないのか?)
リッグス:
I got the job done! What the hell do you want?
(ちゃんと人命救助はしたろ? どうして欲しいんだ?)
マートフ:
You're not answering the question!
(俺の質問に答えるんだ!)
リッグス:
What do you wanna hear,man? Do you wanna hear that sometimes I think about it in a (不明)? Well, I do, I do. 自殺用の弾もちゃんと持ってる。こいつで頭を撃ち抜くんだ。Every single day, I wake up and I think the reason not to do it. Every single day. You know why don't do this gonna make you laugh. You know why don't I do it? The job. Doing the job. That's the reason.
(何が聞きたいんだ? 時々俺が自殺を考えるかどうかってことか? ああ、考えるとも、考えるんだよ。自殺用の弾もちゃんと持ってる。こいつで頭を撃ち抜くんだ。毎日、朝起きると、自殺をしない理由を考える。その理由ってのがお笑い草さ。どうして自殺しないか分かるか? 仕事だよ。仕事をするんだよ。それが自殺しない理由なんだよ)
マートフ:
You want to die
(お前、死にたいんだな)
リッグス:
I'm not afraid of it
(死ぬことを恐れちゃいない)
マートフ:

You take my gun. (不明)Pull the trigger. Go ahead. 遠慮しなくていい。本気ならやれ。
(俺の銃だ。取れよ。引き金を引け。やれよ。遠慮しなくていい。本気ならやれ)

 

 

(お断り)
緊張した、この映画の山場の1つであるシーンなので、できればすべてを原語で書き表したかったが、どうにも聞き取れない箇所がある。やむなく、英語日本語混じり文とした。ご容赦願いたい。また、聞き取れたと思っている部分にも間違いがあるやも知れぬ。これも併せて了とされたい。

 

 マートフからリボルバーを受け取ったリッグスは、銃口を自分の顎に当て、銃を右手に持ち、人差し指を引き金にかける。指に力がはいり、弾を込めたシリンダーがゆっくりと回転を始める。カメラは、マートフとリッグスの緊張した目、回転するシリンダーを交互にアップで写す。あわやという瞬間にマートフが銃をつかみ、弾は発射されない。いや、カシャッという音が聞こえるので、弾が出ないように細工された銃で、引き金は最後まで引かれたのかも知れない。いずれにしても、マートフはつぶやくのだ。

 

マートフ:
You really are crazy
(お前は、本当に狂ってる)
 緊張が限界まで高まった瞬間が去った。リッグスは平然という。
リッグス:

I'm hungry. I'm gonna get something to eat.
(腹が減ったな。何か食ってくる)

 

 このときのメル・ギブソンの顔の演技をとくとご覧いただきたい。カッと見開いた目は、精神がまだ狂気と隣り合わせにあることをうかがわせる。荒い息を吐き、口のまわり、鼻のまわり、目の回りの筋肉がピクピクと動き、そのまま腹が減ったと訴えるのだ。言い終えると、くるりと後ろを向いて出ていく。恐らくこのときには、全身を支配していた狂気、緊張は電子レンジに入れた氷のように溶け去り、穏やかな表情に戻っているのに違いない。
 
 それにしても、だ。死と紙一重のところまでいった直後に、空腹を訴えるかぁ? マートフには、リッグスが化け物に見えたに違いない。ペアを組む2人は1台のパトカーで移動するのだが、こんな自殺願望を持った奴にハンドルを持たせたのでは、命がいくつあっても足りない。マートフは、絶対に運転席をあけわたさない。
 
 運転しながらマートフはぼやく。昨日が50歳の誕生日だ。警察に勤めて20年、無傷でやってきた。女房に子供に家、それに釣り用のボートまで持てた。なのに、あ〜あ、相棒の自殺願望ですべておさらばじゃあないか……。すると、この化け物が話しかけてくるではないか。

 

リッグス:
I didn't know that. I didn't know that it was your birthday today.
(知らなかった。今日が誕生日だなんて知らなかったぜ)
マートフ:
Yesterday
(昨日だ)
リッグス:
Oh, happy birthday for yesterday. I'm sincerely happy birthday, man.
(いずれにしても、誕生日おめでとう。心からおめでとうを言わせてもらう)
マートフ:
Thanks
 (そいつはどうも)
リッグス:

May we stay alive long enough for me to buy you a present
 (あんたに誕生日プレゼントを買ってやれるまで生きていたいもんだな)

 

 マートフに、
 
 「おやっ?」
 
 という感覚が生まれたのは、たぶんこの瞬間である。
 できれば、俺に誕生日プレゼントを買える日まで生きていたいだと? この化け物の口から、何でそんな優しい言葉が出てくる? こいつ、ひょっとして、まだ人間が残っているのか?
 思わず、マートフはニッコリ笑った。
 
 にしても、だ。死ぬことと犯罪者を捕らえ殺すことしか頭になかったリッグスがなぜ、そんな殊勝な気持ちになったのか?
 恐らく、胸の内にあったものを吐き出したからである。妻が事故死した日からずっと、彼は死と友達だった。なのに、何故生きてるのか? 自問自答を繰り返してきた。自分で自分を責め続けてきた。人に話せることではないのである。自分の内だけにこもる思いは、人をノイローゼに、狂気に陥れる。
 それがマートフに迫られ、怒りにまかせて胸の内をぶちまけてしまった。そうとも、俺は死にたいんだ!
 その瞬間、リッグスは死に神から解き放たれたのである。失恋の痛みも、友人に話した瞬間から和らぎ始めるのである。

 

 

(余談)
古代ギリシャの神話「王様の耳はロバの耳」は、人間の、そんな不可思議な心の動きを描いた童話である。

 

 あとは一瀉千里だ。
 犯罪組織のボスの家を訪れた2人は、突然狙撃を受ける。マートフは狙撃者の脚を狙い撃ち、見事に命中させる。殺さないこと、殺さずに尋問すること。これがマートフの捜査の鉄則である。
 ところが、傷ついた男が突然、マートフに拳銃を向けた。その瞬間、リッグスが射殺する。こいつを殺したら、事件捜査が行き詰まるじゃあないか!

 

マートフ:
You have ever met guys you didn't kill?
(お前、出会ったヤツはみんな殺しちまうのか?)
リッグス:
Oh, I haven't killed you yet.
(まだあんたは殺しちゃいないぜ)
マートフ:
Don't do me no favers
(遠慮しなくていいぞ)
 その場では怒りに駆られてきついことをいってしまったが、マートフも変わっていた。
マートフ:
Look, I'm sorry I said that shit out there. You saved my life. Thank you.
(さっきは酷いことをいった。命の恩人だ。ありがとう)
リッグス:

I bet that hard to say
(言いにくかったろう)

マートフ:

You'll never know
(そうとも。お前なんかには分からないほどにな)

 

 2人の心が解け合った瞬間だ。その脚で2人はマートフの家に向かい、食事をする。明るい家族、笑いのある食卓。長い間南極の氷の中に閉じこめられていたかのように固く凍り付いていたリッグスの心が、急速に溶け始める。
 食べ終えて、帰宅するために自分の車に乗り込もうとしたリッグスが声をかけた。

 

リッグス:
You don't trust me at all, do you?
(俺のこと、信じちゃいないよな、そうだろ?)
マートフ:

I'll tell you what. You make thorough tomorrow without killing anybody, especially me or yourself, then I'll trust you.
(よし、こうしよう。明日1日、誰も殺すな。特に俺とお前を殺すな。そうしたら信じてやろう)

リッグス:

Fairly enough
(ありがとよ)

 

 男と男の会話。こいつは俺のことを理解してくれた。俺はこいつと心がつながった。さりげない言葉のやりとりで、2人の胸の内が手に取るように分かる。
 だからリッグスは、「俺にはこれしか能がない」ことを、恐らく初めて他人に話す気になったのだ。
 自分の射撃の腕である。19歳の時、強い風の吹く中で、1000ヤード = 約910m離れたところから、ライフルで男を射殺した。こんな芸当ができるのは、世界中で8人、多くても10人しかいない。リッグスは凄腕のスナイパーなのである。
 
 男同士がお互いを充分に理解した。去ろうとするリッグスに、マートフは何か声をかけたくなった。去らせたくなかったのが本音だろう。

 

マートフ:
Hey, Riggs. You really like my wife's cooking?
(おい、リッグス、女房の手料理は美味かったろ?)
リッグス:

No. See you tomorrow.
(全然。明日会おうぜ)

 

 男同士がニヤッと笑って別れる。胸にぐっとくる。
 
 片や、世界最高水準の銃の使い手で、拳法の達人でもあり、陰ではLETHAL WEAPON = 殺人兵器と呼ばれる男。もう一方は20年のベテラン刑事。もう怖いものはない。2人は、ベトナム戦争にルーツを持つ麻薬密輸入組織との闘いに挑む。相棒が、必ず自分を守ってくれる。強い信頼で結ばれた2人の間で、もう、マートフだけがハンドルを握ることもない。
 血湧き肉躍る活劇が幕を開ける。そしてお約束通り、最後には密輸組織を壊滅させるのだ。
 
 最後に、リッグスが倒したと思った敵が立ち上がり、就航をリッグスに向けたとき、リッグス、マートフがそろって拳銃を抜き、同時に引き金を引いて敵を殺すのは、まあ、ご愛敬である。なにせ、殺さぬこと、を金科玉条にしていたマートフまでが引き金を引いてしまうのだから。ひょっとしたら、リッグスの影響でマートフまでがLETHAL WEAPON = 殺人兵器になってしまったのか? などと突っ込みを入れたりせず、ここは素直に男同士の友情を楽しめばよろしい。
 
 事件が解決して、リッグスは1人、雨に濡れながら墓地にいる。墓石には「Victoria Lynn Riggs」とある。事故死したリッグスの妻の墓である。
 
 "Merry Christmas, Victoria Lynn."
 
 そうつぶやいて、墓場を去っていくリッグス。このときリッグスは、長くとりつかれていたヴィクトリアの亡霊から解放されたのだ。
 
 
 「リーサル・ウェポン」はたいそう評判がよかったらしい。このあと、1997年までに3本作られ、計4本のシリーズとなった。
 だが、第2作の「炎の約束」以降は、亡霊から解放されて本来の自分に戻ったリッグスと、ベテラン刑事マートフが活躍する、格好いい刑事物でしかなかったという記憶がある。いや、「でしかない」というにはよくできすぎているので気が引けるのだが、亡霊がいないことには、この1作目にあったような、男のドラマはもはや期待できないのは当然である。
 2作目以降も面白い映画であることにはかわりない。私は大好きである。だが、そのつもりでご覧になった方がよろしい、と老婆心ながら付け加えておく。

 

 【メモ】
リーサル・ウェポン (LETHAL WEAPON)
 1987年6月公開、上映時間110分
監督:リチャード・ドナー Richard Donner
音楽:マイケル・ケイメン Michael Kamen
   エリック・クラプトン Eric Clapton
出演:メル・ギブソン Mel Gibson = マーティン・リッグス
   ダニー・グローヴァー Danny Glover = ロジャー・マートフ
   ゲイリー・ビジー Gary Busey = ジョシュア
   ミッチェル・ライアン Mitchell Ryan = 将軍
   トム・アトキンス Tom Atkins = マイケル・ハンサカー
   ダーレン・ラヴ Darlene Love = トリッシュ
   トレーシー・ウルフ Traci Wolfe = リアン
   ジャッキー・スワンソン Jackie Swanson = アマンダ・ハンサカー


【初出2005年4月28日】

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