#31 : 壬生義士伝 − 中井貴一に惚れちゃった!

 今年2月末、土曜日というのに東京・有楽町の有楽町朝日ホールまで出かけ、「朝日名人会」を聞いてきた。落語の会である。
 筆者安堂礼人が落語好きであることは、「横浜にぎわい座」などで、既にご存じであろう。相変わらず懲りもせず、寒風吹きすさぶ日にのこのこ出かけたのである。
 
 笑いを求めての行動であった。まさか、落語を聞いて涙するとは思ってもみなかった。思ってもみなかったのに、いつの間にか鼻がぐずぐずし始め、眼の奥がツンとして、目尻から清浄な水がこぼれ落ち始めたのである。
 柳家さん喬演じる「幾代餅」という人情話を聞いている最中の出来事であった。
 
 搗米屋の若い衆清蔵が街で浮世絵を見て、そこに描かれていた吉原の幾代太夫に一目惚れする。何とか一目でもホンモノに会いたいと思うが、米屋の職人風情では身分違いだ、絶対に会えないと周囲に笑われ、幾代太夫に会えないぐらいなら死んだ方がましだと様々な自殺方法を考えた末、絶食を始めて衰弱していく。
 てなところから始まり、紆余曲折があって、清蔵は無事に幾代太夫と一夜をともにしただけでなく、なんと幾代太夫と所帯まで持ち、夫婦で餅屋を開いて幸せに暮らすという、ハッピーエンドの恋物語である。
 
 どうという話ではない。登場人物はすべて善人。だれも清蔵と幾代太夫の仲を邪魔したりしない。ドラマチックな道行きがあるわけでもない。浮世絵を見て一目惚れした男の切々たる恋情に、江戸一の美形の評判も高い花魁が、なぜかほだされてしまうだけの話である。大名、豪商しか客にせず、春を売る代償に金の力を知り、贅沢にどっぷり浸かった太夫さんが、なんにも持たない職人に、一夜にして惚れる。ほんまかいな、と眉に唾したくなる話といってもいい。
 その「ほんまかいな」を、柳家さん喬ただ1人が舞台で演じる。座布団に座ったまま立ちもせず、1人で、清蔵も、幾代太夫も、搗米屋の主人も、そのお内儀も演じ分ける。
 なのに、いつの間にか、清蔵の切々たる恋情が、笑いとともに私の身に染み込んでくる。なんだかこちらも切なくなり、清蔵が何とも愛おしくなり、いつの間にか清蔵にエールを送っている。そのうち、
 
 「あれっ、これって『初恋のきた道』の男女を入れ替えた話じゃないか?」
 
 と思った。その瞬間である。柳家さん喬の姿がぼやけた。いかん、いかん、と思いながら気分を切り替えようとするが、車は急には止まれない。だけではなく、なんとブレーキとアクセルを間違えたのか、加速までしてしまって、とうとう最後までハンカチが手放せなかった。
 凄まじい芸である。長い歴史と伝統に支えられた芸である。奥の深い芸である。それを一人で体現した柳家さん喬はただものではない。恵まれた天分と、その天分の上であぐらをかくことなく、営々と積み上げた修練の賜(たまもの)であろう。その力量にねじ伏せられ、落語という大衆芸能に酔った。
 いい日だった。
 
 柳家さん喬のあと1人が演じて仲入りとなった。ロビー出でると、眼のまわりを真っ赤にした人が沢山いた。我がご同輩は至る所にいるのである。
 
 
 で、なぜか話は「壬生義士伝」に飛ぶ。突然の方向転換にみえるが、なーに、私の頭の中では話はちゃんとつながっている。安心されるがよい。
 
 幕末、京の都の治安維持にあたった新撰組に、出稼ぎの隊士がいた。そんな想定で始まる、江戸末の混乱期における「出稼ぎ物語」である。いや、出稼ぎに出た武士が、実は世にもまれな崇高な魂を持って、時代の波に押し流されていく話である。なるほどおもしろい着眼点だが、それだけなら、ちょっとばかりよくできた時代劇の範畴を越えなかったに違いない。黒澤明監督が作り出した「七人の侍」などに比べれば、奥行きが浅いと感じるのは私だけではないはずである。
 
 だが、名作であると思う。この映画を名作たらしめているのは、主役の中井貴一の名演である。
 おかげで、世に生きることの切なさと、人間の美しさを描いた傑作になった。
 おかげで、涙が頬を伝った。
 いずれにしても、久しぶりに、日本のいい役者さんの芸を堪能させてもらった。そう、中井貴一は、柳家さん喬に相通じる芸の世界を見せてくれたのである。
 「日本は人材不足 − シカゴ」で展開した、日本にはろくな役者がいないという私の主張を、少しだけ訂正せずばなるまいと思わせた、私を嬉しくしてくれた映画である。
 
 京都・壬生にある新撰組に、ある日、新入隊員が入ってくる。奥州・盛岡の男である。北辰一刀流の免許を受けた腕前だ。強い。名を吉村貫一郎という。
 が、1つだけ変わったところがあった。金にどん欲なのである。
 ある日、隊規に違反した隊士2人が切腹させられる。吉村ともう1人の新入隊士が介錯を命じられた。切腹をしようとした隊士が、突然死にたくないと暴れ出す。吉村は、この男を袈裟懸けに切り、二の太刀で首を切り落とす。周囲で見ていた隊士たちが思わず声を漏らすほどの腕の冴えである。
 介錯に当たった2人には、それぞれ2両ずつのお清め代が下賜されることになった。もう1人の隊士は
 
 「私には受け取れません」
 
 と固辞した。吉村も受け取らない。こいつも受け取らないのか? いや、そうではなかった。
 
 「土方先生、先ほどの顛末はご承知と存じやんすが、いささか無理な介錯をいたしました故、刀のものうちに刃こぼれが生じました。できますれば、刀代を頂戴できねえものでしょうか?」
 
 2両では足りないから受け取らないというのだ。土方は、刀代として3両出した。が、吉村は恨めしそうに土方を睨む。額が不足らしい。さらに7両が出て合計12両となった。破顔一笑した吉村は
 
 「では、遠慮なく」
 
 というと、隣の隊士が受け取りを拒否したままの2両もつかむと、
 
 「申し訳なかんす」
 
 踊るように席を立った。思わず笑い出す近藤勇の笑い声を聞きながら、土方は
 
 「何という奴だ。あれでも武士か!
 
 と吐き捨てるように言った。いや、土方だけではない。私も、あれまあ、中井さん、コミカルな役を演じているのねえ、と気分が引き気味になった。これって、新撰組を舞台にした、ゼニゲバ物語か? 新撰組とは義で結ばれた集団ではなく、金銭欲で寄り集まった集団であると言いたいのか?
 
 だが、吉村は単なるゼニゲバではなかった。ゼニゲバになるには、ゼニゲバになる理由があった。
 吉村は南部藩の下級武士だった。文武両道に優れた彼は藩校の助教として教壇にも立ち、明日の南部藩を担う子供たちを教え導く立場であった。
 北国。元々貧しい土地柄である。そこで吉村は、子供たちに夢を植え付け続けた。
 
 「盛岡の桜は、石を割って咲ぐ。盛岡の辛夷は北さ向いても咲ぐのす。んだばお主らも、ぬくぬくと春の来るのを待たねで、石を割って咲け。世にも人にも先駆けて、かっぱれ! 花っこ咲かせてみろ!」
 
 そんな彼が、脱藩という大罪を犯してまで故郷を捨てて京に上り、新撰組に入隊したのは、貧しさの故だった。3人目の子を身ごもった妻、しづが1人川に入り、堕胎を試みたのを止めた吉村は、愛する家族のために藩の裏切り者になる道を選んだのだ。吉村が異様なまでに金に執着するのは、故郷に残してきた家族を養うためだったのである。手にした金のほとんどは、しづのもとに送金していた。
 
 斎藤は虚無にとらわれた男である。腕は吉村と同様に立つ。だが、彼には信じるものがない。徳川幕府を守るという大儀のために新撰組に入ったわけではない。新撰組で頭角を現し、幕府に取り立てられようという立身出世主義とも無縁である。あえていえば、死ぬまで生きていく糧を得るため、時間をつぶすため、何となく新撰組の隊士になったのにすぎない。と思っている。
 何者をも愛さない。いや、愛せないと思っている。一緒に住む女はいるが、惚れているわけではない、と強弁する。
 
 「どうだ、醜女(しこめ)であろう。美しい女は嫌いじゃ。人は皆、薄汚いくそ袋に過ぎんのだからな」
 
 あまりにも違いすぎる男だからだろうか。それとも、根っこのところに自分と同じ臭いをかぎ取ったのであろうか。斎藤は、初対面で吉村を嫌う。武士の風上にも置けない守銭奴。腕は立つようだが、ヘラヘラするばかりの田舎侍。ズーズー弁で繰り返す故郷自慢、家族自慢。許せん。俺はこいつを斬る。雨の夜、わざわざ誘い出して突然斬りかかったりもする。
 
 この2人が絡み合いながら、動乱の幕末を、新撰組隊士として生きていく。そして斎藤は、どうしようもなく田舎臭い、守銭奴としか見えなかった吉村の中に、少しずつ、崇高で美しい武士の魂を見いだしていく。同時に、吉村が故郷に残してきた家族に寄せる深い愛情に、荒びきった生き方しかしてこなかった自分の心が洗われる気にもなるのだ。
 
 だが、気がついたときはもう遅すぎたのかも知れない。徳川幕府は大政を奉還し、徳川の世が終わる。それだけでなく、徳川家の壊滅を目指す新政府側は倒幕の密勅を受け、武力による倒幕を進める。旧幕府は追いつめられ、間もなく鳥羽伏見の戦いが勃発した。新撰組の吉村も斎藤も、旧幕府側としてこの戦いに参加する。
 これが時の勢いというのだろう。5000人の新政府軍の3倍、1万5000人の軍勢を擁した旧幕府軍は、さんざんに打ち負かされる。新撰組も逃げた。敗走する軍隊ほど惨めなものはない。隊士は飢えた。
 すると吉村は、会津藩から分けてもらった、竹の皮に包んだ握り飯を隊士に配り始める。斎藤のところまでやってきたとき、握り飯は1個しか残っていない。眼の前に差し出された握り飯を、斎藤は思わずむさぼり食う。食い終わって、ふと気づく。
 
 「貴公は食ったのか?」
 
 「あ〜ぁ、いえ〜」
 
 「最後の1つか?」
 
 「あっ、へっへっへ」
 
 「何故それを先に言わん。最後の握り飯を俺が食ろうてしまったではないか!」
 
 「ひもじさには慣れております故、ああ、これで充分です」
 
 吉村は、竹の皮にこびりついていた米粒をつまむと口に運んだ。
 
 「なんて奴だぁー、俺は、お前が、大嫌いだ!」
 
 斎藤は吉村の持つ竹の皮をはねのけると、のしかかって首を絞め始める。斎藤が、人として、侍として、どうしても太刀打ちできない高貴さを吉村に見いだした瞬間である。斎藤は、うなだれるのではなく、のしかかって首を絞める行為で、自らの敗北を全身で表現するのである。
 
 「人が人を憎み、恨みあって殺し合う世の中だというのに、お前は何故、己の腹すらも満たそうとせんのじゃ!」
 
 斎藤は、猛烈に腹が立ったのに違いない。こんな世の中だというのに、どうしてこんなに美しい男が生きているのか? それに引き替え、俺は……。怒りの矛先は、ひょっとしたら吉村のように生きることができなかった自分だったのかも知れない。
 
 「吉村、お前は逃げろ。俺たちはここで死ぬ。嘆く者も惜しむ者もおらん。だが、お前は死んではならん。お前のような奴は、絶対に死んではならんのだ!」
 
 生きる価値がある奴は生きねばならん。懇願する斎藤に、だが吉村は、首を縦には振らない。
 
 「斎藤さん、わすは南部の侍にござんす。我ら南部藩では、女子供まで曲げてはならん義の道を知っておりやす。ならばわしは南部のさきがけとなって闘いやんす。そこもとのお気遣いは涙が出るほどありがたいと思うども、義に背くようなまねは、努々(ゆめゆめ)いたし申さん」
 
 こうして新撰組は、最後の突撃を試みる。一度は打ち破ったかに見えたが、時代の流れは既に決まっていた。大砲を備えた新手が登場し、隊士のほとんどは討ち死にする。その時である。吉村は小刀も抜き、隊の先頭にすっくと立った。
 
 「新撰組隊士,吉村貫一郎、徳川の先陣を務め申す。一天万乗の天皇様に弓引く気はござらねども、拙者の義のために戦はせねばなり申さぬ。いざ、お相手いたーす」
 
 そう叫ぶと、たった1人、敵軍の中に走り込んでいった……。
 
 
 余談だが、標準語とは、もともと明治政府が、当時の東京方言をもとに人工的に作り上げた言葉である。領土全体が、共通の言葉で意思疎通ができるようにする。それは文化の問題であるより、政治の問題、支配の問題なのだ。
 そのようにして作り上げられた標準語は人工言語の常として、人々の暮らしとの関連が薄い。論理的な思考には向くといわれるが、それぞれの地方の言葉を育んだ風土や長い時間に培われた暮らしの襞(ひだ)、人々の思いなどをすくい上げるのは苦手である。
 南部藩は、甲斐の国南部一族が源頼朝に命じられ、この地方を斬り従えたことに端を発する。長い歴史を持つ、誇り高い人々の集まりなのだ。
 
 「いやー、うまいなあ」
 
 この映画でまずそう感じたのは、中井貴一が操る盛岡弁である。あ・い・う・え・おの単純な5つの母音しか持たない現代日本語と違い、かつての日本語はもっとたくさんの母音を持っていたそうだ。そのかつての日本語の名残が盛岡弁に残っているのだろう。この難しい発音を、中井はこなした。
 
 残念ながら、私は生きた盛岡弁に接したことがない。だから、中井の盛岡弁がどこまで正しいのか、判断する能力がない。ひょっとしたら盛岡の人々は、九州出身の私がテレビドラマで使われる九州の言葉に感じる、なんともいえない違和感を感じていらっしゃるかも知れない。だが、それでもいいと思う。吉村が標準語をしゃべるより、盛岡弁、あるいは盛岡弁らしきものをしゃべる方が、何ともいえない味、しゃべる人の体温、誇り、郷土愛を伝えてくれるのである。

 

 

(余談)
関係ないけど、
ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく
って、いいねえ。
ふるさとの訛りを持たない東京生まれの方々、かわいそうですなあ。

 

 家族のために金がいる。誇り高い男が、誇りを捨てて金に執着するとき、思わず演じてしまう卑屈さ、底抜けに見えるお人好しぶりも、中井は見事に演じた。誇りも名誉もすべて心の奥底に押し隠し、ひたすら家族のために金に執着する。
 幕府から旗本に取り上げるとの内達を受けたとき、旗本になれることを喜ぶ周囲と違い、吉村の関心は「お手当」だ。金のため脱藩という不名誉を一度くぐり抜けた吉村には、世間的な名誉はどうでもいい。ひたすら、職務の見返りが気になるのである。「お手当」が40俵と聞くと、その場にいる全員に深々と頭を下げる。卑屈である。だが、その卑屈さの中に、吹っ切れたような明るさ、ユーモアがある。
 
 近藤たちが写真を撮る。高い知性を持つ吉村は、初めて見る写真機なるものに強い関心を抱く。撮られる近藤たちを見つめる周囲と違い、吉村の目は写真機に釘付けだ。君も写真を撮れ、郷里のみんなも喜ぶよ、と誘われても、最初は断る。だが、代金はまとめて隊で払うといわれると
 
 「それなれば」
 
 と嬉しそうに被写体になる。これも卑屈であろう。だが、家族のために生きると決めた男にとって、卑屈さとは恥でも何でもないのだ。中井は、見事に明るい卑屈さを演じきる。

 なのに、すべてを捨てたはずの自分の中に、どうしても捨てきれないものがあった。武士は義のために死ぬ、という生き方である。そして、吉村は死地に飛び込む。卑屈になりきっていたはずなのに、時と場所がやってくれば抑えるに抑えきれない思いに全身が震え、死に向かって突進する。心の奥底で燃え続けていた南部藩士の誇り故に選ばざるを得なかった死に方に、我々は美を感じる。涙を誘われる。

 

 

(余談)
日頃から大言壮語する奴に限って、いざとなると役にたたないものである。男の強さ、厳しさというものは、なかなか表面には現れてこないものだ。
私? うーん、日頃から大言壮語、しているかな……?
そうそう、ずいぶん昔の話になるが、私は大学3年生の終わりに結婚した。まだ就職先は決まっていなかった。まあ、大学を出るんだから何とかなるだろうと楽観はしていたものの、本当に就職できるかどうかは不明であった。
結婚するのだからいずれは子供も生まれるだろうし、妻子の暮らしはすべて我が肩に掛かる。さて、どうする?
「まあ、何とかなるさ。何ともならなかったら、トラックの運転手をしてでも家族を養っていくさ」
それが私の生き方、考え方だった。
とすると、あまり大言壮語するタイプでもないらしいが……。

 

 中井貴一の殺陣にも感心した。刀を構えたときにすっと伸びる背筋。見事な太刀筋。足の運び。どれをとっても一級品である。
 かつて立ち回りがうまいといわれた役者さんが沢山いらっしゃったが、現存の役者でこれほどうまい人を見た記憶がない。
 「君の名は」「喜びも悲しみも幾歳月」などの作品を残した佐田啓二の2世として、父と同じ道に進んだサラブレッドの中井貴一。やっと、その血筋を証明し始めたか。
 
 今年、NHKの大河ドラマは「源義経」である。中井貴一は源頼朝役で登場している。源頼朝といえば、南部藩のきっかけを作った人物。これも不思議な縁かも知れない。
 よし、今年の大河ドラマは欠かさず見るぞ!

 

 【メモ】
壬生義士伝 (2002)
 2003年1月公開、上映時間137分
監督:滝田洋二郎
原作:浅田次郎  『壬生義士伝』文藝春秋刊
出演:中井貴一 吉村貫一郎
   三宅裕司 大野次郎右衛門
   夏川結衣 しづ
   中谷美紀 ぬい
   佐藤浩市 斎藤一
   藤間宇宙 吉村嘉一郎


【初出2005年4月22日】

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