#29 : 火垂るの墓 − 原作を越えた?

 第58回直木賞を受賞した野坂昭如さんの「火垂るの墓」を読んだのは、大学生のときだった。実家の、庭に面した部屋で寝っころがりながらだった記憶があるから、おそらく夏休み、帰省していたときのことだろう。だとすると、季節だけは、この小説の舞台とピッタリ一致していたことになる。

 

 

(余談)
当時の我が実家は、築数十年の古びた日本家屋で、私が幼児のころは土間に竈(かまど)があった。越中富山から来たという薬の行商人や、どこから来たのかわからないお茶の行商をするおばさんが時折土間に顔を出し、一人息子、最初の内孫として3世代同居生活をする中で人見知りする子供に育ってしまった私を怯えさせたものだ。
私に対する猫可愛がりようは、ある意味過剰であった。なにしろ、私が最初に乗った竹馬は、同居の祖父の手作りで、安全第一を旨としたものだったのである。
足を乗せる部分は、地上10cm、手で握る竹は、頭の上まで伸びていた。我が友人たちが使っていたものは、それぞれ地上50cm〜100cm、手で持つ竹は胸の辺りまでしかなかったのだから、我が竹馬だけは異彩を放っていた。見方によれば、不恰好だった。
高い竹馬はこけると危ない。こけた時に竹の先で顎を打つとさらに危ない。
というのが祖父の愛情の表現だった。そういいながら、庭で火を焚き、竹を削って曲げ、竹馬を仕上げてくれたのだ。
このような過剰な愛情に囲まれれば、人間だれだって精神的、肉体的虚弱児になってしまう。私の場合は酒乱気味の父がいたからバランスがとれたが。
子を持つ親は心したいものである。

 

 ストーリーを知って買った本ではない。焼跡闇市派とよばれる野坂さんの本を初めて手にしたのは、確か「エロ事師たち」だった。ま、若気の至りで、ひょっとしたら、まだ見ぬ官能の世界に出会えるのではないかという助平心があったことは否めない。当然、この期待は裏切られたが。
 独特の文体で、地べたをはい回りながら生きている人間模様が描かれていた。しかし、それほど心を動かされた記憶はない。なのに、なんとなく、野坂ワールドは知っておかねばならない世界だという気がした。その延長上で購入したのが「火垂るの墓」だった。
 
 短い小説である。文庫本で読んだが、たしか50ページもなかった。暇に任せてページをめくった。冒頭から、生硬な文章にぶつかった。書き出しは、次のとおりである。
 
 省線三宮駅構内浜側の、化粧タイル剥げ落ちコンクリートむき出しの柱に、背中まるめてもたれかかり、床に尻をつき、両脚まっすぐ投げ出して、さんざ陽に灼かれ、一月近く体を洗わぬのに、清太の痩せこけた頬の色は、ただ青白く沈んでいて、夜になれば昂ぶる心のおごりか、山賊の如くかがり火焚き声高にののしる男のシルエットをながめ、朝には何事もなかったように学校へ向かうカーキ色に白い風呂敷包みは神戸一中ランドセル背負ったは市立中学、県一親和松蔭山手ともんぺ姿ながら上はセーラー服のその襟の形を見分け、そしてひっきりなしにかたわら通り過ぎる脚の群れの、気づかねばよしふと異臭に目を落とした者は、あわててとび跳ね清太をさける、清太には眼と鼻の便所へ這いずる力も、すでになかった。
 
 ひとつの文章でひとつの段落を構成する、典型的な悪文である。おまけに、かなりの頻度で助詞が抜け落ちている。したがって、きわめて読みにくい。私なら、
 
 「省線三宮駅構内の浜側にある、化粧タイルが剥げ落ちてコンクリートがむき出しになった柱に」
 
 と書き直したいところである。

 

 

(余談)
プロの作家、しかも直木賞まで受賞した作家の文章を添削するなど、私も偉くなったものであります。

 

 ところが、なのだ。その生硬な、ところによっては微に入り細をうがつ、突き放したようなぶっきらぼうな文章を目で追い続けるうちに、鼻の芯のほうがむずむずし始めたのだ。
 
 「あれ、なんだこれ? あ、いかん、来る、来る!」
 
 鼻の芯のむずむずは上に這い登り、目頭がジンジンしてきた。そして、とうとう来たのである、滂沱の涙が。
 活字が、突然我が瞳の前に現れた水の幕の向こうで、ぼやける。そのままでは読み進むことができない。仕方なく、手でその水分を拭い取る。数秒すると、また活字がにじむ。おまけに、顔面神経まで反応をはじめ、口の周りと鼻の周りがブルブルと震えだすではないか! そう、本格的な号泣の態勢に入ったのである。
 
 「えっ、えっ、本を読みながら、なんでこうなるの?」
 
 などと、我が頭脳はこの事態をなんとか回避しようと必死なのだが、走り出した車は急には止まれない。運動を始めてしまった我が神経系は、暴走を続けるのである。
 
 「くーっ、くーっ」
 
 不思議な声を発しながら、私は突然昂ぶって我が体内から涙を押し出し続ける感情が静まるのを待つしかなかった。
 
 幸い、田舎の夏だった。まだクーラーなどない。噴出す汗を拭くために、私は首の周りにタオルを巻いていた。暴走した我が感情が何とか平衡を取り戻したとき、タオルはすっかり湿っぽくなっていた。首筋から噴き出し続ける汗だけのせいではなかった。
 
 心の、感情の、大変に深いところを、「火垂るの墓」は刺し貫いたのである。魂がゆすぶられるような感動を与えてくれたのである。
 以来、私の記憶から、この本は離れなくなった。ただ、読み返す勇気はなかったが。
 
 
 「火垂るの墓」のデジタルビデオテープは、ずいぶん前から我が家にあった。あれほど私の魂に突き刺さった小説が原作である。ハイビジョンで放送されるなら、とりあえず収録して保存するのは当然である。
 が、これまで一度も見たことがなかった。
 
 「見ずばなるまい」
 
 と、タオルとDVDをセットで取り出したのは、ただただこの原稿を書くためである。そして、やっぱり涙した。貧しかった我が青春、あの日、実家の小さな部屋に差し込んでいた真夏の太陽まで思い出した。
 だが、涙しながら、
 
 「あれっ?」
 
 という思いにとらわれた。私の頭の中にあった「火垂るの墓」と、微妙に違うのである。我が記憶の中で、とてつもなく大事で、この名作を、名作を越えた作品にしていたシーンがないのである。

 

 

(余談)
「お前も見るか?」
と妻に声をかけた。
「見ない」
という返事が帰ってきた。妻も、私と同じ思いらしい。

 

 清太は、神戸に住む中学3年生である。父は海軍の軍人で、連合艦隊の駆逐艦に乗る。父の留守宅を、体の弱い母と、4齋になる妹の節子との3人で守る。時は、昭和20年6月。
 神戸は昭和17年4月から、たびたび米軍機の空襲を受けていた。運命の昭和20年6月5日、神戸は350機のB29による大規模な空襲に見舞われた。警報が響き渡る中、清太は体が弱い母をいち早く防空壕に避難させ、自分は庭に埋めた火鉢の中に食料など生活必需品を入れて上から土をかけ、節子を負ぶって防空壕を目指した。
 
 ところが、家を出たときはあちこちで火災が発生しており、母の入る防空壕にはとても近づけない。仕方なく、海の方に逃げる。米軍機が姿を消したとき、清太と節子は無事に生き延びた。だが、母が避難した防空壕は焼夷弾の直撃を受けたらしく、母は全身が焼けただれ、まもなく死んでしまう。こうして、清太と節子は、2人だけで生きなければならない羽目に陥った。家も焼けた。やむなく、2人は西宮の遠い親戚に身を寄せる。未亡人と子供2人の家庭である。
 
 母を亡くし、自宅も焼失した2人を、西宮の小母さんは、最初は同情しながら受け入れてくれる。だが、衣食足りて礼節を知る、というのも人間の実態である。敗戦の色が日に日に強くなる昭和20年6月、礼節を知る前提となる衣食は極めて乏しくなっていた。やがて、小母さんのいびり、当てこすりが始まる。
 
 耐えかねた清太は、小母さんの家を出た。節子と2人、使われていない防空壕を見つけて住み着く。しかし、子供2人の暮らしはすぐに行き詰まる。隣組に所属しない2人には配給物資がこない、母が残してくれた預金はあったが、ヤミ市場で食料を調達する知識もない。食べるに困った清太は、やがて盗みを始める。最初は農家の畑を荒らして野菜を盗んだ。後には空襲で家人が防空壕に逃げた家に入り込み、食料や金目のものを持ち出すようになった。空き巣である。が、2人が満足に食べられるだけの食料を手に入れるのは難しかった。
 
 清太が盗みに出かけている間防空壕で1人待つ節子は、日に日に衰弱していく。全身に湿疹ができ、下痢が止まらない。栄養失調である。
 8月21日、節子の衰弱ぶりを見かねた清太は、大事に取っておいた預金をおろし、食料を買って防空壕に戻る。買ってきたスイカを切って口に含ませると、節子は
 
 「美味しい。兄ちゃん、おおきに」
 
 とつぶやく。そして、翌日、帰らぬ人となった。
 母を亡くし、やがて父の乗った連合艦隊も海の藻屑と消えたことを知り、いま節子を失った。清太は役所から炭をもらい、1人節子の遺体を焼く。立ち上る煙のそばで清太は脱糞する。栄養失調による下痢は清太にも忍び寄っていたのだ。
 
 9月21日、三宮駅の構内で清太死亡。駅員が遺体を片づけようとすると、ドロップの缶が転がり落ちた。降るとカラカラ音がする。さび付いて蓋は取れない。駅員は、草むら放り投げた。その勢いで缶の蓋が開き、中から転げだしたものがあった。人骨だった……。
 
 6月5日に空襲を受け、8月22日に節子を亡くし、9月21日に自らも死す。わずか3ヶ月半の物語である。戦争を正面から描かず、14歳と4歳の2人の兄妹の姿を追い続けることで、戦争の恐ろしさ、むなしさ、ばからしさを告発する。素晴らしいアニメ映画である。すべての世代に見ていただき、もう一度戦争というものを考えてもらいたい。
 
 我々の胸を切なくするのは、次々と自分を襲う悲運の中で、兄を信頼しきり、素直さを失わないまま、時には清太を母のように思いやる美しさを持った節子のあどけなさである。
 悲運にもてあそばれながら、ともすれば崩れそうになる自分を励まして節子を守り抜こうとする清太の健気さである。
 
 名場面が沢山ある。
 母がまもなく死ぬことを知った清太が、グラウンドに残していた節子のところに戻ると、節子は母を求めて泣き出す。すると清太は、
 
 「見てみい、兄ちゃんうまいで!」
 
 といいながら鉄棒にぶら下がり、いつまでも前転を繰り返す。清太の目も、涙が溢れそうになっているに違いないのに、節子の前では笑顔しか見せないのである。
 
 ドロップが、何度も印象的に現れる。母のいない寂しさにぐずる節子も、口にドロップを入れてもらうとこぼれるような笑みを見せる。ドロップは、清太の愛を節子に運ぶ魔法の飴なのだ。だから、清太は死ぬまで、節子の遺骨を入れたドロップの缶を肌身離さず持ち歩いたのである。節子の思い出が、溢れるほどに詰まった缶なのだ。
 
 何度も登場する蛍も美しい。明かりのない防空壕で暮らし始めた最初の夜。清太はたくさんの蛍を捕まえ、豪内につった蚊帳の中に離す。蛍が放つ淡い光で2人の顔がほんのりと浮かび上がる。幻想的で、思わず見とれてしまうシーンだ。
 
 が、翌日、清太と節子を照らし出してくれた蛍はすべて死んでいる。その死骸をすべて集めた節子は、豪の外に穴を掘り始める。
 
 「なにしとんねん?」
 
 「お墓作ってんねん。お母ちゃんもお墓に入ってんねんやろ?」
 
 清太は母の死を節子に隠し通してきた。しかし節子は、小母さんに知らされていたのだ。知っていたのに、いままで清太を困らせる一言も言わずに1人で耐えてきた節子。我慢に我慢を重ねてきた清太の何かがプッツリと音を立てて切れる。節子を抱きしめて、あの日から初めて泣くのである。
 自分にすがって泣く兄。節子はポツリという。
 
 「何でホタル、すぐ死んでしまうん?」
 
 疑いを知らぬ節子が素直に発する問いは、目前に迫っている節子と清太の死をも暗示する台詞なのである。
 
 なかでも、節子が死んでしまうシーンは、いかなる剛の者でも涙を誘われずにはいない。
 預金をおろして食べ物を買い込んで豪に帰った清太は、ぐったりとして寝ている節子の口がもぐもぐと動いているのを見る。口を開けさせるとおはじきができてきた。あわてておはじきを取り出した清太に、節子はそばにあった石ころを差し出し、
 
 「兄ちゃん、どうぞ」
 
 と話しかける。訝る清太に、節子はいう。
 
 「ご飯や。おから炊いたんもあげましょうね。どうぞおあがり。食べへんの?」
 
 衰弱が進んだ節子は、既に幻想を見ているのだ。幻想の中で見るのは食べ物。そして、幻想の中で、兄の清太に食べさせようとしている。あまりに美しくて、あまりに悲しい、思わず2人を強く抱きしめたくなる兄妹愛である。
 
 
 この、戦争の悲惨さを訴える映画の、名作中の名作が、私の記憶の中でどう変わっていたのか。
 
 違うのはラストシーンである。私の頭の中には、次のようなストーリーがあった。
 
 足を棒にして歩き回っても、おいそれと食料は手に入らない。栄養失調による節子の衰弱は進む。今日こそは何か食べさせたい。節子を豪に置いて出ていった清太は、やっと食料を入手する。早く節子に食べさせようと豪に戻った清太は、豪に入る前に悪魔のささやきを聞く。
 
 「昨日も食べ物は手に入らへんかったんや。今日も手に入らんかったことにしてもええんやないか? 節子、もう1日ぐらい食べへんでも大丈夫や」
 
 飢えているのは節子だけではない。まだ体は動いているとはいえ、清太の飢えもとうに限界を越えている。食べられさえすれば、木の根っこでも口に入れて咀嚼したいほどなのだ。
 そして清太は、誘惑に負ける。節子のためにと集めてきた食べ物を1人で食べてしまう
 豪に入ると、節子はぐったりとして寝たままだ。
 
 「ごめんな、節子。今日もあかんかったわ。明日は何とかなるやろ。今日も水だけや」
 
 「兄ちゃん、ごめんな。兄ちゃんばかり働かせて、うち、手伝えへんで」
 
 節子は翌朝冷たくなっている。目を覚まして節子の死を知った清太は激しく自分を責める。何で1人で食べてしまったのか。一口でも食べさせていれば節子は死なずにすんだのではないか……。
 戦争が終わって、1週間目の悲しみだった。
 節子は俺が殺した。俺は節子を殺してしまった。清太は生きる気力をなくした。1ヶ月後、清太は三宮駅の構内で、節子を追うように衰弱死した。
 
 以上が、私の頭にあったストーリーである。
 原作では、清太が節子に対して抱いた近親相姦願望も書かれている。防空壕で2人並んで寝ているうちに、清太が急に節子を抱きしめる。原作によるとこうだ。
 
 思わず二人体を寄せあって、節子のむき出しの脚を下腹部にだきしめ、ふとうずくような昂まりを清太は覚えて、さらにつよく抱くと「苦しいやん、兄ちゃん」節子が怯えていう。
 
 だとすると、節子は最愛の妹、そして、ひょっとしたら最愛の女だ。人は愛する者のためにすべてを捨て、自らを犠牲にする絵を描きたがる。なのに、清太はすべてを捨てない。自らを犠牲にしない。自らの空腹に負け、節子のためと思ってかき集めた食べ物を自分の胃袋に収めて節子には嘘をついてしまう。そして、そのことで生きる気力を失うほど傷ついてしまうのも清太自身なのである。
 最後の最後は自分に執着してしまう、人間が持って生まれた業というほかない。
 凄い、凄すぎる。これは反戦を訴えながら、反戦という狭い枠にとどまらず、生きていくことの奥の奥、人間の原罪を描ききった名作である! つらすぎて、2度と読みたくない!
 と、我が頭脳にはインプットされ、そのまま生き続けていたのだ。
 
 映画は、一部省略したのではないか? つらすぎる構図を和らげたたのではないか?
 そう思って、自宅にある「筑摩現代文学大系92 野坂昭如 五木寛之 井上ひさし」の巻を取り出し、「火垂るの墓」を再読した。全ページ2段組のこの本で、「火垂るの墓」はわずかに16ページ半。本当に短い小説である。
 読んだ。私の頭に残っていたストーリーはなかった。節子は清太が貯水池で泳いでいる間に壕の中で死んでいた。
 
 この間のいきさつは、次のように書かれているだけである。
 1週間前、清太は父の死を知った。知って母の死以上のショックを受け、
 
 いよいよ節子と二人、生きつづけていかんならん心の張りはまったく失せて、もうどうでもええような気持ち。それでも、節子には近郷近在歩きまわり、ポケットには預金おろした十円札を何枚も入れ、時にはかしわ百五十円、米はたちまち上がって一升四十円食べさせたがすでにうけつけぬ。
 
 とあるだけだ。
 
 つまり、節子が絶望的になってから食料を集めて食べさせようとしたが、もう受け付けなかったというだけなのだ。
 ふむ、とすると、私を長い間縛ってきたストーリーはどこから来たのだろう?
 
 私の誤読か?
 私の妄想か?
 何かほかの小説のストーリーと合体して記憶にとどまったのか?
 しかしなあ……。
 
 いずれにしても、同僚のH氏がこの文章を読めば、
 
 「礼人君、あんた、若い頃から惚けてたの? 最近はますます進んできたようだけど」
 
 とからかうために私の席に近寄ってくることは確実である。彼には、偉大な才能が理解できない。誤読であれ、妄想であれ、ひょっとしたら原作を越えるストーリーを生み出した私の能力を受け止めきれない。私の中にある天賦の才能を認める才にも度量にも欠ける。彼はそのような人間としてこの世に生を受けているのである。
 
 けっ、面倒だ。小人と女子は養い難し、というではないか。しばらくは外回りに徹し、私以上に惚けが進んでいるH氏が、この話を忘れるまで顔を合わせないようにしよう。
 なーに、それほど時間はかからないのである。

 

 【メモ】
火垂るの墓 (GRAVE OF THE FIRE FLIES)
 1988年4月公開、上映時間88分
監督:高畑勲
原作:野坂昭如
制作:スタジオジブリ
声の出演:辰己努 清太
     白石綾乃 節子
     志乃原良子 母


【初出2005年4月8日】

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