#26 : 情婦 − こいつはリーガルサスペンスなのである

 私はリーガルサスペンスなる分野の小説を極めて好むものである。それも海外物がいい。陪審員がいない日本の法廷は、どうもドラマにならない。
 新聞の書籍広告、なかでも文庫本の広告に、法廷を舞台にした外国もののサスペンスが紹介されていると、いてもたってもいられなくなる。書店に走る。そして、自宅にまだ読んでいない本がどれほどあろうと、買う。本というものは、その気になったときに金を出して自分のものにしておかないと、次の機会というのはなかなかこないものなのだ。
 まあ、客観的に見れば、出版社の格好のカモである。そのうち表彰状でもいただきたい。もしくれたら、表装して子々孫々まで伝えることを約束する。

 

 

(余談)
ちなみに、この原稿執筆時点において通勤途上で読んでいるリーガルサスペンスは、「焦熱の裁き」(デイヴィッド・ロビンズ著、新潮文庫)である。並行して、「ローマ人の物語]13 最後の努力」(塩野七生著、新潮社)、「脱商品化の世界 アメリカンパワーの衰退と来るべき世界」(イマニュエル・ウォーラーステイン著)を読み進んでいる。また、リーガルサスペンスでは、「死刑判決」(スコット・トゥロー著、講談社文庫)が我が家にストックとしてある。

 

 「情婦」。テレビガイドの評価につられて録画し、DVDにしてストックしたものの、自分の色女の話ならならともかく、他人の2号、3号の映画を見たって仕方あるまいと、長い間お蔵入りになっていた。が、暇に任せて我が映画リストを眺めていたら、原作はアガサ・クリスティ、監督はビリー・ワイルダーとある。まさかこの2人の組み合わせで、濡れ場満載の絡み映画もなかろう。取り出して鑑賞した。
 こいつは立派なリーガルサスペンスである。と思って眺めると、原題は「検察側の目撃証人」だ。なんでこんなおどろおどろしい日本語タイトルが付いたのか? この、何とも奇妙な日本語タイトルのおかげで、日本ではずいぶん観客を減らしたのではないか、と余計な心配までしてしまった。日本語タイトルに関係された方々の猛省を促したい。
 
 56歳の未亡人、エミリー・フレンチが自宅で殺された。彼女は夫の遺産で優雅な生活を送る資産家で、メイドのジャネット・マッケンジーと2人だけで気ままに暮らしていた。
 容疑者として逮捕されたのは、1ヶ月ほど前に知り合ったレナード・ヴォール。彼には、軍隊にいた頃ハンブルグで知り合ったドイツ人の妻、クリスティーネがいたが、ウインドウショッピングをしていてエミリーと知り合い、自宅を訪ねる仲になっていた。
 エミリー・フレンチが殺された日、ヴォールはエミリーの自宅を訪れていた。警察の調べだと、彼女が殺されたのは午後9時半から10時の間。ヴォールはその前にエミリー邸を辞し、9時26分には自宅に戻っていたと主張するが、それを証言できるのは彼の妻だけ。メイドのマッケンジーは、9時25分にヴォールの声をエミリー邸で聞いたと証言する。おまけに、エミリーは殺される直前、遺言状を書き換えて8万ポンドをヴォールに贈ることにしていた。ヴォールは失業中で金に困っていた。
 状況証拠はヴォールに圧倒的に不利である。それを覆せる唯一の証人が妻しかいなくては、裁判の結果は予断を許さない。裁判所は身内の証言を重視しないのである。ヴォールはロンドン一の腕利きと評判の高い弁護士、ロバーツに弁護を頼んだ。ヴォールの無実を信じたロバーツは奮闘するが、話は二転、三転して……。
 
 人間とはをつくことのできる唯一の動物である。なかでも、自分の利害得失が絡んでいるときに真実のみを述べる人間を探すのは限りなく難しい。
 あわせて、人間とは間違う動物である。自分では、どれほど真実を述べているつもりでも、記憶違いもあれば、認識の間違いもある。一度思いこんでしまうと、なかなか修正はきかない。
 おまけに、人間とは様々な思惑を持つ動物でもある。上昇願望、金銭欲、他に対する破壊願望、サディズム……。
 救われることは、そうした中でも、時折、何が真実かを追い求める人がいることだ。
 
 裁判とは、こうした人間模様が、生のままぶつかり合う場所である。この魑魅魍魎の跋扈する世界が、ドラマの舞台にならないはずがない。リーガルサスペンスの魅力とは、一見訳が分からないほどにもつれ合った世界に、明晰な論理性、人間性に対する洞察力、言葉の持つ力、地道な努力で、1本しかない道を見いだすところにある、と私は思う。リーガルサスペンスに私が惹かれる所以である。
 
 最近の米国の作品群と違い、アガサ・クリスティのミステリーは淡泊である。殺人事件を扱いながらも、ちっともおどろおどろしい感じがない。この「情婦」もやはりクリスティーの作品で、それをビリー・ワイルダーが撮ったのだから、やはり殺人事件、それも冤罪かもしれない殺人事件を扱いながら毒々しさがなく、まるで鏡の中の世界を見るような、どこか現実感のないリーガルサスペンスに仕上がっている。料理にたとえれば、米国の作品が味付けの濃い東北地方の料理なら、こいつは薄味の京料理というところだろう。
 
 私は、どちらかというと濃い味の方を好む。普通よりちょっとだけ塩味を濃くすると美味しく感じるのが人間の舌でもある。
 だが、それが「情婦」の魅力を傷つけることはない。
 
 まず、何よりも優れているのは、筋立てである。料理なら素材であろう。いい素材が手に入れば、よほどひどい調理の仕方をしない限り、仕上がりの味は保証される。
 
 殺人の罪に問われた男。彼が犯人ではないという根拠は、犯行時間には自宅に戻っていたという妻の証言しかない。

 

ロバーツ弁護士 :

妻の証言だけに支えられた被告に、陪審員は疑問を持つ。

 

 のは、裁判だけでなく、世の中の常識でもある。被告、ヴォールを救うには、状況証拠を徹底的に突き崩した上で妻の証言を生かすしかない。ロバーツ弁護士はこの困難な闘いに立ち上がった。
 
 エミリー・フレンチが殺された部屋に残っていた指紋は、フレンチ本人のもの、メイドのジャネット・マッケンジーのもの、それにヴォールのものしかなかった。ヴォールの自宅から押収された彼のジャケットの袖からは、O型の血液痕が検出された。エミリー・フレンチの血液型はO型である。

 

 

(余談)
私もO型です。妻もO型です。子供たちもO型の、はずです。
関係ありませんが……。

 

 これに対してロバーツ弁護士は、物取り目的で入った泥棒が、証拠となる指紋を残さないために手袋をしていた可能性を指摘する。そして、警察が無視していたヴォールの血液型を調べた。O型だった。袖の血液痕は、ヴォールがいうように、謝って自分で腕を傷つけた際についたものであった可能性も出てきた。
 
 被疑者の犯行を、疑いの余地がないまでに立証するのは検察側の責任である。被告側弁護士は、検察側の立証が充分でないことを示せばよい。ロバーツ弁護士の弁護は理にかなったものである。
 
 メイドのジャネット・マッケンジーは、犯行時間直前の9時25分、エミリー・フレンチ邸の居間からヴォールの声が聞こえたと証言した。もしこの時間にヴォールが居間にいたのなら、9時半にはすでに自宅にいたという、被告側が立証しようとしている内容が崩れ去ってしまう。
 弁護人席で初めてこの事実に接したロバーツ弁護士は、様々な方向からこの証言を崩しにかかる。

 

ロバーツ弁護士 :
聞いた話の内容は?
ジャネット :
そこまでは知らない。
ロバーツ弁護士 :
何故男の声がヴォールだと?
ジャネット :
I know his voice well enough
ロバーツ弁護士 :
ドアは閉まっていた。急いでドアの前を通り過ぎたんですよね?
ジャネット :

I was there long enough

 

 ジャネットというばあさんはしたたかである。彼女は、自分のものになるはずだったエミリー・フレンチの遺産が、事件の1週間前、ほとんどヴォールのものになるよう遺言状が書き換えられてことを知っており、ヴォールを恨んでもいた。
 どうしても崩せそうにない証言。だが、ロバーツ弁護士は、証人台で繰り返されるジャネットの癖に気がついた。話を聞くとき、手のひらを右耳の後ろにやり、右耳を突き出すのだ。彼女、耳が悪い!
 
 ロバーツ弁護士は、ジャネットが国民健康保険に入っており、補聴器を申請していたことを知っていた。

 

ロバーツ弁護士 :

Did you really apply to the National Health Insurance for a hearing aid?

 

 ロバーツ弁護士は、「for」までを大きな声でしゃべり、「a hearing aid」だけを普通の声で発声した。思った通りの答えが返ってきた。

 

ジャネット :

For, for, for what?

 

 陪審員への印象を強めるため、ロバーツ弁護士は同じ手法を繰り返した。

 

ロバーツ弁護士 :

However you stated that you walked past the door, which is four inches solid oak, you heard voices, and you are willing to swear that you could distinguish the voice of the prisoner Leonard Vole?

 

 「Leonard Vole」だけは、普通の話し声でしゃべった。

 

ジャネット :

Who, who, who?

 

 こいつにも想定通りの答えが返ってきた。

 

ロバーツ弁護士 :

No further question

 

 格好いい! この論理の、言葉の冴え! これがリーガルサスペンスの醍醐味である。我らが正義の弁護士が、悪辣なる検察の主張を1つ1つ突き崩していく。お前ら、こんな杜撰な捜査しかしないで、1人の人間を殺人の罪に問おうというのか! みそ汁で顔を洗って出直したらどうだ?!
 
 だが、それだけなら「情婦」は凡百のリーガルサスペンスと変わるところはなかった。いや、最近の作品は手が込んでいるから、むしろ見劣りして時代の波に飲み込まれて消えていたに違いない。
 
 検察側の主張はすべて壊した。無罪評決の可能性が高まった。その瞬間、検察側が新しい証人を招き入れた。法廷に姿を見せた検察側の証人(WITNESS FOR THE PROSECUTION)は、なんと、ヴォールのアリバイを証明する唯一の証人だったはずの、彼の妻、クリスティーネだったのだ……。
 
 こうして大どんでん返しが始まる。あれよあれよと見ているうちに、さらにどんでん返しがあって、それがまたまたひっくりかえさりたりして、観客はジェットコースターに乗ったかのように振り回される。こいつが、この映画の最大の魅力なのである。
 
 ややコミック仕立てにしたのも、殺人、冤罪というテーマを楽しめるものにしている。それぞれのキャラクターも、ヴォール、クリスティーネを除けば、裁判長を含めてコミカルな味を充分に出しており、この映画に独特の軽みをもたらしている。
 自信の固まりのような、あるいは子供がそのまま大きくなったようなロバーツ弁護士は、とにかく言葉の世界で負けることが大嫌いである。のように太った体、ブルドッグのような顔からはほとんど知性を感じることができないのだが、ああ言えばこう言う、法廷弁護士の習い性ともいえる言葉の操縦は、彼のコンピュータの性能が極めて高いことを伺わせる。
 だが、それだけなら、頭が良く、有能ではあるものの、単なる口うるさい嫌なオヤジでしかない。でも、こんなオヤジだったら隣にいてもいいか、と思わせるのは、無邪気さである。心臓発作で入院しても、隠れて酒を飲み葉巻を嗜む。ステッキに仕掛けをして葉巻を隠す。退院してきたら、階段に新たに取り付けられていたリフトに乗って、子供のように喜ぶ。法廷で、ココアと偽ってブランデーをチビリチビリ。内心からわき上がってくる自分の欲求に勝てないかわいらしいオヤジなのである。

 

 

(余談)
我が同僚のH氏も、極めて似たキャラクターである。
彼の辞書には「謝罪」「陳謝」「ごめん」といった類の言葉がない。どう見ても、誰が見ても、何度見ても、彼の落ち度であることが明白な場合でも、かれは四の五の言って言い逃れを試みる。この四の五の、の屁理屈が、ロバーツ弁護士に極めて似通う。そのような論理をもてあそぶことを当然と考える彼の性格は、他に同類を見ない特異さである。彼は、みんなが聞かされて育ったジョージ・ワシントンと桜の木の話を、一度も聞いていないのに違いない。
が、愛すべきキャラクターでもある。中でも、最近の彼のハードディスクはそろそろ寿命が近いらしく、必要なときに必要な記録がすぐには出てこない。
「ほら礼人君、あの映画だよ、あれ。ほら、映画館で見たんだよね。ほら、あれ、分かるだろ?」
これでコミュニケーションができるのなら、言葉は不要である。そのような哲理を知ってか知らずか、訳の分からないことを口走りながら、それほどたくさん残っているとも思えない頭髪をかきむしる彼の姿を、できることなら一度ご覧に入れたい。
それがなければ、かれはただの嫌なオヤジにすぎない。

 

 付き添いの看護婦もいい。彼女は、ロバーツ弁護士の口争いの相手である。医者の指示を守らず、仕事をするばかりか、ストレスの大きい刑事弁護まで引き受けてしまうロバーツ弁護士にあきれ、口やかましく指示を出すのだが、ことごとく跳ね返されてしまう。まあ、彼女とロバーツ弁護士のやりとりは、仲が良すぎて喧嘩をしているように見えないこともない。それが、法廷で傍聴するうちにすっかり彼のファンになり、葉巻もブランデーも、それあればこそのロバーツなんだと理解してしまう。これはいわゆる、いい女房タイプというやつだろう。
 
 それに、ワイルダー監督はファンサービスも忘れない。なんと56歳のマレーネ・デートリッヒをクリスティーネ役に使ったかと思うと、保険までかけたというあの100万ドルの脚線美まで披露してくれる。それも、酒場の客にパンツを破られて露出してしまうのだから、楽しいことこの上ない。
 それにしても、あれが56歳の顔で、体で、足か……。やはりスターというのは化け物である。
 
 というわけでこの映画、あちこちで絶賛されておる。それも充分に理解できる。そうなると、理解しながらも、いや、ちょっと待て、といつもの天の邪鬼が目を覚ます。
 
 法廷の場面でいうなら、検察側の証拠集めがちょっと杜撰なのだ。被疑者の血液型ぐらい、普通なら調べるだろ? ヴォールの声を聞いたというメイドが彼のアリバイを突き崩す証人なら、耳の聞こえ具合程度はチェックしておかないか?
 
 最後のどんでん返しの道具になるナイフも、何故そこにあったのかが不可思議だ。裁判の証拠として法廷に提出されたものであり、すでに裁判は終わった。であれば、廷吏がほかのものと一緒に片づけているのが普通ではないか。なのに、使ってくれといわんばかりに閉廷後も放置されていた鋭いナイフ……。よくよく考えると、これもわざとらしい。
 
 さらに、ヴォールが真犯人だとした場合、決定的な動機になる遺言状の取り扱いも変だ。法廷で、メイドのジャネットが、フレンチさんは遺言状を書き換えたいと弁護士に電話をしていた、そこにヴォールもいた、親類もいないから財産は彼にあげるといっていた、と証言しているのに、ロバーツ弁護士がこの証言を崩しに行くこともないし、検察側がこの証言を補強しようということもない。
 これでは、弁護側、検察側ともに、手抜き仕事であるといわれても仕方がない。
 
 ストーリーにも、少々無理がある。
 ヴォールとエミリー・フレンチが知り合ったのが9月3日。エミリー・フレンチが殺されたのが10月14日である。その間、1ヶ月少々しかない。なのに、殺される1週間間には、遺産がヴォールにわたるよう遺言状を書き換えている。男と女の間では何でもありだと承知はしている。だけど、だ。知り合って1ヶ月少々の男に、ポンと8万ポンドもの財産を残すなんて、あまりにも不自然ではないか?
 2人の間に体の関係ができ、メロメロになったエミリーがフラフラとその気になったのならまだ理解できる。だけど、2人の間にはセックスの臭いがまったくしないのだ。何にもなしで、一緒にお話をしたり音楽を聴いたりしただけで8万ポンド?!
 そんな素敵なおばさまがいらっしゃったら、私がお知り合いになりたいいや、もう少しサービスをしてもよろしい。我こそは、とお思いのあなた、是非メールをいただきたい。
 
 ヴォールとクリスティーネの出会いもチョットネ、だ。
 酒場の混乱を抜け出し、ヴォールはクリスティーネの部屋に招かれるのだが、2人の間で成立した契約は、インスタントコーヒーをスプーンに一杯で、キス1回であった。最初のキスでのぼせ上がったヴォールは2杯も3杯もインスタントコーヒーをカップに入れ、ついには砂糖、ミルク、ビスケット、粉末卵、ベーコン、マーマレードと、鞄で持ち歩いていた食料をすべてプレゼントしてしまう。その数秒後には、2人はもうわりない仲となり、結婚してイギリスに帰ってくるのである。
 もので女を釣る男と、もので男に釣られる女私は、そんな女を相手にしたくはない。愛してしまうとは思えない。ましてや信頼して生涯をともにしようなんて気には絶対にならない。

 

 

(余談)
いや、でも、世の中でよく使われる、
「食事しませんか?」
という誘い方も、ひょっとしたら同類か? だって、食い物で女を釣ろうとし、食い物に釣られて女が同行するんだろ?
いやいや、あれは単なる付き合いのきっかけ。彼女が彼に心を開くかどうかは、そこから始まる付き合いにかかっておる。第一、その日にその場でできちゃうことなんかまずない。
ヴォールとクリスティーネは、物量作戦が介在して、その場でできあがっちゃうんだもんな。やっぱ、違うと思う。

 

 1945年、敗戦直後の混乱したハンブルグでの出来事とはいえ、こんな結びつき方をした2人の仲がそれほど長く続くとは、とても思えない。なのに、2人の愛は、この映画を貫くテーマの1つでもあるのだ。
 
 にしてもヴォールさん、よくもてるものである。兵隊みんなが狙っていたハンブルグのクリスティーネを一発でものにしちゃうし、エミリー・フレンチと親しくなるのも、帽子屋のショウウインドウをのぞきこんでエミリーと目があったのがきっかけ。
 それだけではなく……、と書き始めると、この映画のおもしろさを台無しにしてしまう恐れがある。このあたりでやめにする。やめにして、ご自分の目と耳で、いくつもの欠点がありながらも、それを補ってあまりある魅力にあふれたこの素敵なリーガルサスペンスを鑑賞されるようにお勧めする。後悔はされないはずだ。
 
 思い返してみれば、私が大学の法学部を志したのは、弁護士を志望してのことであった。それが途中で志望を変え、一度も司法試験なるものを受けることなく、現在の職にある。
 私がリーガルサスペンスをこよなく好むのは、ひょっとして、私の中にあのころの残り香があるのかなあ……。私は、ロバーツ弁護士のような男に憧れているのかなあ……。でも、あんな外見になるんじゃなあ……。
 ふむ、変なことを思い出してしまった。こいつも、映画の勢いというものだろう。

 

 【メモ】
情婦 (WITNESS FOR THE PROSECUTION)
 1958年3月公開、上映時間117分
監督:ビリー・ワイルダー Billy Wilder
出演:タイロン・パワー Tyrone Power = レナード・ヴォール
   マレーネ・ディートリッヒ Marlene Dietrich = クリスティーネ
   チャールズ・ロートン Charles Laughton = 弁護士ロバーツ
   エルザ・ランチェスター Elsa Lanchester
   トリン・サッチャー Torin Thatcher


【初出2005年3月18日】

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