#24: インサイダー − ああ、ジャーナリズム

 読者から、私の無知を埋めていただくありがたいメールをいただいた。ご紹介する。
 まず、1通目は「シネマらかす 19: Calvin Klein − バック・トゥ・ザ・フューチャー」についてである。
 
 遅ればせながら、2005年1月14日のシネマらかす 19 を楽しく読みました。
 その中で、
 「遺憾なことに、マーティが注文した「Tab」というのがいかなるものなのか、手元の辞書や、米国にいた経験のなる仲間に聞いてみたのだが不明のままである。」
 とありました。
 既に解決なさっているかもしれませんが、念のため。Tabは1962年頃にコカ・コーラ社から発売された、低カロリーコーラです。

 
 匿名の方からである。ありがとうございました。おかげさまで1つ賢くなりました。
 
 もう1通は、「シネマらかす23 : こんな台詞で決めてみたい!− 青い戦慄」についてで、
 
 the trick was to find youというのは
 「問題は夢の中の理想の女性が現実に現れたときに見つけられるか(findですね)なんだよね」ってところでしょうか?日本語のクサイ台詞集の中からだと「星の数ほどいる人の中から出会えた」という台詞と「あなたを私が見つけなきゃ」ってところでしょうか。

 
 これも、本当にありがとうございました。大学入試の模擬試験、英文解釈で、満点の自信を持って書いた答えが、採点済みの答案用紙が返ってきたら、半分も点数をもらえてなくて青くなったあのときを思い出してしまいました。
 
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 20歳でタバコの味を覚えた。その後、一貫して紫煙を燻らせる暮らしを続けている。
 その間、飛行機からは喫煙席がなくなった。全館禁煙のビルが珍しくなくなった。路上喫煙を禁止する自治体が登場した。たばこをくわえる私への視線が日々厳しさを増す。
 しかし、この大人のおしゃぶりを手放すつもりは、いまのところない。
 
 一度だけ、まじめに禁煙を考えた。禁煙というより、タバコを投げ捨ててやろうと決意した。膨大な額に膨れ上がった旧国鉄の借金を返すためと称して、たばこ特別税が新設されたときである。「ハイライト」は、この措置で、1箱220円が250円にはね上がった。ハイライトは我が本妻である。時々は浮気をすることがあったとしても、でも時をおかずして本妻のもとへ帰るが如く、長年私のパートナーであり続けている。

 

 

(注)
これは、ものの例えである。

 

 無謀な措置に、怒り心頭に発した。本妻であろうとなんであろうと、捨ててやる! 決意は固かった。

 

 

(注)
何度も言う。これは、ものの例えである。

 

 私が最も嫌うのは、筋が通らないことである。たばこ特別税は、どこから見ても筋が通らない。
 旧国鉄に、膨大な赤字が積み上がったのは愛煙家のせいか?
 愛煙家が投げ捨てたたばこで大量の車両火災が起きたが故の借金か?
 列車内でたばこを吸う人がいるとの理由で嫌煙家が国鉄離れを起こし、乗客数が減ったが故か?
 列車内で愛煙家がたばこを吸うが故に清掃費用がかさんだためか?
 
 No! 旧国鉄が膨大な赤字を抱えるに至ったのは、赤字になるに決まっている路線が政治の横車で多数建設されたためである。産業構造の変化で地方路線が経営的に成り立たなくなったためである。貨物輸送が汽車からトラックに変わったためである。そのほかにもさまざまな理由がある。だが、たばこに淵源を持つ理由は皆無である。
 なのに、なぜ愛煙家が旧国鉄の赤字をせっせと埋めなければならないのか?
 
 さらに、である。すでに当時から、愛煙家は差別、切捨ての対象であった。新幹線も、喫煙車の車両数は禁煙車にはるかに及ばない。通勤で利用する京浜東北線、東海道線、山手線には喫煙車両すらない。駅の改札を一歩入ったが最後、愛煙家がたばこを吸えるのは、ホームの端っこに申し訳程度に設けられた喫煙コーナーだけである。
 愛煙家は、はっきり言って邪魔者扱いである。
 なぜ、JRによってこれほどいじめられ、馬鹿にされ、差別されている愛煙家が、旧国鉄の赤字をせっせと埋めなければならないのか?
 
 理由は1つだけである。
 取りやすいところから取れ。
 いまや愛煙家は人ではない。世間につまはじきされるものである。やつらから金を巻き上げることに躊躇する必要がどこにあろうか。世論は、金を巻き上げる我々の味方である。為政者、権力者はそう考えたのに違いないのである。
 
 怒った私は、断固決意した。
 一寸の虫にも五分の魂。そこまでコケにするのなら、俺にだって考えがある。俺も男だ。本妻、本妻と威張るではない! きっぱりと捨ててやろうではないか!!
 
 言葉は勢いよく。だが、行動は慎重に。
 ストレスを最小にする秘訣である。
 
 長年連れ添った本妻である。いくら三行半(みくだりはん)をたたきつけるとしても、多少の時間は与えてやるべきである。でないと、本妻の方も困惑するであろう。
 減煙を始めた。

 

 

(注)
くどいようだが、いう。これはものの例えである。

 

 1日25本ほどすっていた愛しの「ハイライト」を、その日から1本、2本と減らし始めた。朝、起きしなには吸わない。路上では吸わない。チェーンスモークはしない。吸いたくなったら、あの怒りを思い起こす。
 
 1日の喫煙量はすぐに20本をきり、やがて10本を下回った。そして、とうとう6、7本にまで減った。朝食、昼食、夕食の後の1本は欠かせない。となると、それ以外にすえるのは3、4本である。
 会社に出て、午前中に1本、午後に1本、夕食を終えて寝るまでに1本。これですめば6本である。酒の勢いに乗ってさらに1本すうと7本。これが、我が1日の喫煙量となった。
 
 「本妻との暮らしに終止符を打つのは、完全禁煙は、目前である」
 
 ここまでくれば、誰しもそう思う。私もそう思いかけた。ところが、思わぬ伏兵がいた。
 ここまで減ると、なんと、1本、1本のたばこが実においしいのである。三口ほど吸うと、体全体がクラクラっとする。口中になんともいえない味が広がる。1日に1箱を超える量を吸っていたときは、たばこに火をつけるのは単なる生活習慣であった。それが、しみじみとした味わいをもって、人生の豊かさの象徴として私に迫ってきた。
 本妻はしたたかである。ことここにいたって、これまで隠し続けてきた、いや、いつの間にか見えなくなっていた魅力を全開にして、私を再度魅了しにかかったのである。
 
 人は弱い。私は弱い。あれほど固かった信念が消えた。私は、本妻の魅力の前に膝を屈した。その魅力が見え続けるように、つまり、喫煙量が増えないように、シガレットケースを買った。12本入りである。毎朝12本の「ハイライト」を詰めて会社に出る。これが、一日の喫煙量の上限である。

 

 

(注)
ここでも言った方がいいかな? これはものの例えである。

 

 無論、私程度のインテリになると、膝を屈したことも、ちゃんと筋の通る話にしてしまう。
 
 「1日に吸う本数は、かつての半分以下になった。したがって、私が国庫に納めるたばこ税の総額は、たばこ特別税を含めてもかつてより減った。私から税を取り立てようとしたやつらへの復讐は果たしたのである」
 
 で、そのような私からすると、今回はややつらい映画である。「インサイダー」はたばこの害を訴え、アメリカたばこ産業の非道さを告発した作品だ。
 ふむ、それほどに問題がある嗜好品を、私は嗜み続けておるのか。本妻との良好な関係を保ち続けるためには、このような映画は見ない方がいいのではないか? と思いながら、実に158分もの長い間、画面から目が離せなかった。実によくできた映画である。
 
 全米3位のたばこメーカー、B&W(ブラウン&ウイリアムソン)社の研究開発部門担当副社長ジェフリー・ワイガンドが、突然解雇される。理由はコミュニケーション能力の不足。だが、本当は、たばこの香料であるクマリンの使用に反対して、経営トップの逆鱗に触れたのだ。クマリンは発ガン性物質を含む有害物質である。
 ワイガンドは、職務上知った企業秘密を退職後も漏らさないという守秘義務(confidentiality agreement)に縛られていた。研究者であるワイガンドは当然のことと受け止めていた。なのに会社は、守秘義務の範囲の拡大を迫る。サインしなければ退職金を支払わない。そこまで俺を疑うのか! 立腹していったんは席を蹴ったワイガンドだったが、首を切られ、おまけに退職金もないのでは先の見通しが立たない。やむなくサインする。
 
 CBSの人気報道番組「60 Minutes」のプロデューサー、ローウェル・バーグマンはある日、匿名で研究資料を受け取る。たばこメーカーのフィリップ・モリス内部かららしい資料は専門的すぎてちんぷんかんぷんだ。バーグマンは、食品医薬品局(FDA)の知り合いに、この文書をふつうの言葉に翻訳(translate this stuff into English)してくれる人間の紹介を頼む。
 こうして、B&W社に首を切られたばかりのワイガンドと、花形ジャーナリスト・バーグマンとが接点を持った。これが、たばこ業界の巨大な不正を白日の下にさらす始まりになるとは、当人たちですら気がついていなかった。
 
 退職したワイガンドは、B&W社からと思われる執拗な嫌がらせ、脅しに神経を苛立たせる。同時に、バーグマンと接触を繰り返すうちに人柄に惹かれ、報道にかける姿勢、不正を許さない情熱に共感を覚え、「60 Minutes」への出演に同意する。こうして、ワイガンドはインサイダー = 内部告発者となる。
 
 全米3位のたばこメーカーの、研究開発部門のトップで副社長だった男が、たばこの有害性、たばこメーカーの犯罪性を肉声で語る。大スクープである。スクープはジャーナリズムの華。バーグマンは、だが、信じられない抵抗に直面する。CBS本社が放送しないと決めたのだ。そんな……。
 
 守秘義務契約を結んでいる当人をそそのかしてその契約を破らせれば、そそのかしたCBSも多額の損害賠償を請求される恐れがある、という理由だった。マスメディアが、巨大資本の圧力に屈しようというのだ。
 
 放送中止を言い渡す法務担当のHelen Caperelliはいう。
 
 "The truer it is, the greater the damage to them."
 
 ワイガンドの話の中身が本当であればあるほど、B&W社の被害が増す。だから、放送しない。バーグマンは思わずつぶやく。
 
 "Is this 'Alice in Wonderland'?"
 
 そのころ、CBSの売却話が進んでいた。いまB&W社から巨額の損害賠償を請求されたら売却話が頓挫する。それがCBS幹部の恐れだった。
 
 スクープがお蔵入りになる。様々な不利益を覚悟して証言したワイガンドを裏切ることになる。不正を続けるたばこ業界を告発できなくなる。ジャーナリズムが死ぬ……。
 許せない。バーグマンはまず、社内で戦った。
 
 "And Jeffrey Wigand, who's out on a limb, does he go on television and tell the truth? Yes. Is it newsworthy? Yes. Are we gonna air it? Of course not. Why? Because he's not telling the truth? No. Because he is telling the truth."
 (そしてジェフリー・ワイガンドだ。奴は危ない立場にいる。奴はテレビの収録で真実を語ったか? Yes. それはニュース価値があるか? Yes. 俺たちは放送するのか。もちろんしない。なぜ? 奴が真実を語っていないからか? No. 奴が真実を語っているから放送しないんだ)
 
 "And are you a businessman? Or are you a newsman?!"
 (あんたらは、儲け仕事をしているのか? それともニュースを作ってるのか?)
 
 それでも会社は動かない。バーグマンは考えた。考えた末、決心した。道は1つしかない。
 バーグマン自身が、インサイダー = 内部告発者になる。ジャーナリズムとしての生命を自ら絶とうとしているCBSを告発する。ニューヨーク・タイムスに、ワイガンドのインタビューが放映されなかった内幕をリークするのだ。こうして、バーグマンの捨て身の戦いが始まった……。
 
 という話しである。だから、この映画のタイトルは誤っている。「THE INSIDERS」とすべきである。
 まあ、いい。こいつは事実を元にした物語だ。企業も個人も実名で登場する。それなのに、決してルポルタージュ風ではなく、エンターテインメントとしても十分に楽しめる。楽しみながら、現代社会の様々な問題点をいつの間にか考えさせられる。
 
 ワイガンドは、決して身を挺して正義を実現しようとする人ではない。まじめな研究者ではある。だが、いくつもの企業を渡り歩き、最終的にはB&W社に籍を置いた。理由は1つ。待遇が、給与が良かったからである。広壮な住宅に住み、アウディで通勤する。どこにでもいる、ちょっと羽振りのいい小心なサラリーマンである。
 確かに、害があるクマリンの使用中止は訴えた。しかし、その提案が退けられても、自ら会社を辞めようとはしなかった。いまの職をなげうってたばこの害毒を広く知らしめようとはしなかった。私のような愛煙家がたばこを吸って健康を害することを心配するより、自分の豊かな生活を守ることを優先した。どこにでもいる、私やあなたと同じ、ごく普通の人間である。なのに、内部告発者への道を歩んでしまう。
 内部告発者には、「正義の味方」「ヒーロー」のイメージがある。だが、見方を変えれば、「組織の裏切り者」である。ワイガンドは、恵まれた待遇に満足し、自らの暮らしを、人生を託そうと思っていた組織を裏切るのだ。後ろめたさが付きまとう。仲間の顔がちらつく。だから、逡巡する。迷う。それはおかすリスクのためばかりではない。
 人は、多かれ少なかれ、自分の属する組織には、ある種の帰属意識を持ってしまうものだ。だから、何の逡巡も迷いもなく自分の組織を裏切る人間を、私は信じない。内部告発の内容にどれほど価値があっても、信じられない人間の口から出る話には、卑しさの臭いがする。
 
 ワイガンドは迷った。逡巡した。苛立つ思いの矛先はメディアにも向いた。
 
 "I'm just a commodity to you, aren't I? I could be anything. Right? Anything worth putting on between commercials..."
 (君たちにとって、私は単なる素材なんだろ? どうとでも料理できるやつだ。違うか? コマーシャルの間に挟む価値がありさえすればいいんだ)
 
 "Maybe that's just what you've been telling yourself all these years to justify having a good job?"
 (ひょっとしたら、あんた、自分はいい仕事していると正当化したいだけなんじゃないか?)

 

 

(余談)
この告発は鋭い。日本のメディアの方々、いや、世界のメディアの方々に、耳の穴をかっぽじって、よーくお聞きいただきたい。

 

 迷った末の裏切り。だから、告発の中身が重たいのである。
 「60 minutes」のインタビューを受けるワイガンドの視線は、ともすれば宙を漂う。ルビコン川を渡ってしまったのに、本当に渡ってよかったのか、渡った結果、何が待っているのか。思いは千々に乱れる。
 
 ラッセル・クロウは、「グラディエーター」のマキシマス役で筋骨たくましい肉体派の男を演じて主演男優賞を手にした。だがこの映画では、ふっくらとした、いかにも穏やかで、小心そうで、まじめそうな研究者ワイガンドになりきった。自分がしでかそうとしていることの重さに怯える、ごく普通の人間を、見事に演じきった。名優の声価高いアル・パチーノを食ってしまったとさえいえる。
 
 むろん、ラッセル・クロウの名演だけが「インサイダー」の魅力ではない。アル・パチーノとがっぷり組んだこいつには、忘れられないシーン、ドキッとする台詞が沢山ある。
 
 どうしても取材に応じようとしないワイガンドに、バーグマンは最後の手段とばかりにファックスを送る。
 
 "Can't talk to me? Won't talk to me? Don't want talk to me?"
 
 単文の名文の典型のような文章だ。返事が、また素晴らしい。
 
 "Can't. Won't. Don't want to."
 
 B&W社との守秘義務の範囲外で何を話せというのか? というワイガンドの問いに、バーグマンが答える。
 
 "I don't know...you think the Knicks are gonna make it through the semi-finals?"
 (さあてねえ……、ニックス = プロバスケットボールチーム = は決勝に進めると思うか?)
 
 この、肩の力がフッと抜ける巧みな会話。緊迫した場面で、こんな一言が漏らせる男には、人間としての幅の広さ、奥行きの深さを感じる。男として惹かれる所以である。
 
 ワイガンドだって負けていない。あんたには離婚の過去がある。テレビ通販で買った商品の代金を払っていない。何故すべてを俺に話さなかった。こんなではあんたを守れないじゃあないか、と追求するバーグマンに、何で俺の過去をほじくるんだ、それが俺の証言と何の関係がある? と反論しながら最後は、
 
 "I am trying to protect you, man!"
 
 と迫られて、白旗を掲げて言う。
 
 "Well, I hope you improve your batting average."
 (あんたの打率が上がればいいね)
 
 ワイガンドが掲げた白旗には、わかった、お前さんを信じるよ、というメッセージと同時に、でもこれまでは充分には守ってくれなかったじゃないか、という皮肉も書き込まれている。実に味のある一言だ。
 
 緊迫した会話の端々にのぞくウイットに溢れた一言は、発言者の知性を反映する。私も学びたい。
 
 と書いて、我が暮らしの中で最近登場したウイットに溢れた会話を紹介してこの稿を終えるのが、当初の計画だった。が、ここまで来て予定が変わった。
 
 でも、これって、いま日本を騒がせている、ジャーナリズムを巡る問題と瓜二つではないかい?
 
 と思い当たったのだ。そう、某国営放送局と、某大新聞と、某政権政党の有力者が絡んだ、あの事件である。といえば、賢明な読者の方画は、ははぁ、あれか、と察していただけるものと信じる。
 
 某国営放送局が、「戦争をどう裁くか」というシリーズの2回目で「問われる戦時性暴力」のタイトルで従軍慰安婦問題を取り上げた。2000年1月30日である。当初44分の予定だったこの番組が、当日は40分に縮められて放映された。放映の前日、某国営放送局の幹部が某政権政党の有力者に会い、翌日放映するこの番組の中身を説明していた。
 ここまでは、争いのない事実である。これを某大新聞は、政治家の圧力があったと告発した。某国営放送局は、政治家の圧力はなかった、と反論した。某政権政党の有力者は、新聞は彼が某国営放送局を呼び出したと書いたが、某国営放送局は予算の説明をしたいと自主的にやってきて、その中で、番組の説明をしたから公正、公平な報道をしてもらいたいと言っただけで、圧力をかけた事実はないと主張した。
 
 これで、ほとんどすべてである。その中で、某大新聞の取材手法に焦点が当たったり、細かな事実誤認が取りざたされたりした。ために、この事件の本質が見えにくくなった。
 
 では、この事件の本質は何か。それは思わぬところから姿を現した。新聞報道への釈明会見を開いた某国営放送局の幹部はこう言ったのだ。
 
 「国会議員への番組内容事前説明は業務遂行の範囲内だ」
 
 聞いてびっくりした。言うに事欠いて、業務遂行の範囲内とは!
 えっ、えっ? あんたの放送局、番組内容を、放送前に、政治家先生にだけはちゃんとご説明して、これでいいというお墨付きをもらってるの? それが、あんたの放送局の、真っ当な仕事の進め方なの?
 でも、でも、報道って、ジャーナリズムって、権力から独立して初めて成立するんじゃないの?
 ご説明して、
 
 「そんな内容じゃあ、問題だな」
 
 っていわれたら放送しないわけ? 毎日放送されている番組って、みんなそうやってできてるわけ?
 
 それに、それに、事前説明が業務遂行の範囲内だったら、いつもそんなことをやっていたら、いつの間にか自分が自分に縛られてしまわないかい? ここまで触れると政治家先生に怒られちゃうから、この辺にとどめておこうって、さ。自主的な判断、といえば聞こえはいいかも知れないけど、それって、要は、政治家先生の掌の上で踊ることじゃない? ジャーナリズムとしての自殺じゃない?
 
 ねえ、こうやってみると、「インサイダー」と、この事件は、本当は同じことだと見えてくるでしょ。
 そう、某国営放送局 = CBS、B&W社 = 某自民党の有力政治家、あえて言えば、某大新聞 = ニューヨーク・タイムス。ま、日本の場合は、インサイダーが事件を表沙汰にしたのではなく、某大新聞の執拗な取材が表沙汰にしたのではあるが、ことの本質は同じである。
 ジャーナリズムの自殺
 某国営放送局で、まじめにジャーナリズムの使命を果たそうとしている職員たちは、今なにを考えているのだろう……。
 
 ね、だから「インサイダー」は、単にたばこの有害性、たばこ産業の非道さを描いただけの映画ではないのである。民主主義を支えるといわれて久しいジャーナリズムの危うさを見事に描ききり、危うさを乗り越えるには、やはり自らの利害得失をなげうって使命を全うする個人の犠牲精神と勇気に溢れた行動が不可欠であることを描いた名作なのだ。
 未だに愛煙家であり続けている私がこの映画を取り上げたのも、この一点があればこそである。
 
 某国営放送局の事件をみていると、今の日本も危うい。心ある方々に、ぜひ「インサイダー」をご覧いただきたい。この映画をテコに、日本の事件の本質を見抜いていただきたい。改めてジャーナリズムに考えをいたしていただきたい。
 国民は、国民の等身大のジャーナリズムしか持てない。自ら腐乱への道をたどろうとするジャーナリズムに待ったをかけるのは、真っ当な視聴者、読者なのである。

 

 【メモ】
インサイダー (THE INSIDER)
 2000年5月公開、上映時間158分
監督:マイケル・マン Michael Mann
出演:アル・パチーノ Al Pacino = ローウェエル・バーグマン
   ラッセル・クロウ Russell Crowe = ジェフリー・ワイガンド
   クリストファー・プラマー Christopher Plummer = マイク・ウォレス
   フィリップ・ベイカー・ホール Philip Baker Hall = ドン・ヒューイット

【初出2005年3月4日】


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