#17 : スミス都へ行く − 絶望の笑い

 「スミス都へ行く」は、フランク・キャプラ監督が、アメリカの子供じみた、おとぎ話とも言える民主主義への信仰、マスコミへの賛美を、絶望しながら笑い飛ばした作品である。


 

(注)
民主主義は言わずもがなでしょう。
マスコミについては、第3代大統領、トーマス・ジェファーソンが1782年、手紙の中でこんなことを書いているそうです。
「新聞のない政府と政府のない新聞、このどちらを取るべきかの決定が私にまかされるとしたなら、ためらうことなく後者を選ぶであろう」
民主主義と新聞、それがアメリカです。

 

 カリフォルニアと思われる州の上院議員が急死する。この州では、知事、上院議員を含めた有力者たちが、裏の実力者である新聞経営者・テーラーに牛耳られ、この一味が大がかりな不正行為を仕掛けている。テーラーが土地を買い占め、その土地に政府の金でダムを造らせて売却益を懐にしようという算段だ。

 

 

(余談)
「カリフォルニアと思われる」と書いたのには事情がある。似たようなことがかつて起きたからだ。ニュージャーナリズムの旗手といわれたデイビッド・ハルバースタム著「メディアの権力(THE POWERS THAT BE)」で読んだ話である。
ロサンゼルスを牛耳っていたのは、チャンドラー一族である。ロサンゼルス・タイムスを所有するだけでなく、一族の事業は不動産、石油、船舶、牧畜、建設工事、ゴムタイヤにまで及ぶ、まさに王国だった。だが、この町は砂漠の中に建設された都市である。町をさらに発展させる鍵は水の確保にあった。
1903年、行政当局は230マイル(370km)離れたオーエンス渓谷の調査に着手した。名目は渓谷の開発だが、狙いはロサンゼルスに水を引くことだった。いち早く知ったチャンドラー一族のシンジケートは土地の買収に乗り出す。かかった資金は300万ドル。だが、市が公式に水計画を決めたとき、この土地の所有権と水利権は1億2000万ドルに化け、シンジケートは言語に絶する額の利益を手にした。
ロス・タイムスがこの水計画を報道したのは、土地と水利権を市が買収した後だった。

 

 米国では、各州2人ずつの上院議員を出す。ダム建設が国の計画として決まるかどうかの最終局面で、うち1人の上院議員の急死は痛い。直ちに後継者選びが始まる。が、悪巧みをうまく進めようとするテーラーの押す候補は選考委員会の反対を招き、委員会は別の候補を推す。こうして、候補者選びは暗礁に乗り上げた。

 そんな経緯で浮上したのが、我らがスミス君だ。まず推薦したのは、テーラーの手先である知事の8人の子供たちだった。

 ・ 動物のことを何でも知っている
 ・ 山火事を1人で消し、新聞に載った
 ・ 初代大統領の演説を暗記している
 ・ 子供向けの新聞を発行している

 が推薦の弁である。

 スミス君は30歳前後。少年団(映画ではBoy Rangersと表記してある。日本でいうボーイスカウトのようなものだろう)の団長だ。この年になって少年団の団長をやっているぐらいだから、素朴といえば素朴、世間知らずといえば世間知らずで、ま、一言で言えば、それほど知的レベルは高くない、田舎の真面目で純朴なお兄ちゃんなのである。当然、テーラーたちの悪巧みを知るはずもない。知る能力もないはずだ。それがテーラー一派の判断だった。
 このスミス君が、テーラーと委員会のぶつかり合いで生じた隙間にスッポリとはまりこむ。思いもよらなかったことに、上院議員になって都、ワシントンに乗り込んじゃうのだ。
 
 真面目人間のスミス君、全く無知のまま上院に乗り込み、記者の取材に応じたら、さんざんコケにされる記事を書かれてしまった。書いた記者を1人1人捜し出し、復讐の鉄拳をふるって回るうちに、まっとうにも
 
 「だって、お前さんはお飾り議員にすぎないじゃあないか」
 
 と図星を指されてしまう。

 

 

(余談)
東洋には、お飾り議員が、時々大臣にまでなってしまう、不思議な国があることも事実であります。

 

 スミス君は真面目である。言われてみれば、上院議員として知るべきことを何も知らない。なるほど、と納得して早速勉強を始め、なんと一夜漬けで法案を作ってしまう。故郷のウィレット川流域に、子供用の国立キャンプ場を作るという計画だ。まず政府の金で建設し、子供たちから利用料を取って返済する。この場所に都会の子供たちを招き、アメリカの建国の精神と自然との付き合い方を教える。こいつがスミス君の夢なのだ。
 彼は上院で、緊張に声を震わせながら提案する。反響は大きかった。傍聴中の子供たちが歓声をあげ、議場からは拍手が沸き起こる。そればかりか、全国の子供たちから、小遣いを節約した金が続々と届き始めたのだ。
 
 ところが、思わぬ落とし穴があった。キャンプ場用地は、テーラーたちがダムを建設しようという場所だったのである。ここにキャンプ場を作られては、ダム建設が不可能になってしまう……。
 
 毒にも薬にもならないからいいと思って上院議員にしたスミスが、邪魔になってしまった。本人がしゃべっているだけならまだいい。しかし、全国から幅広い支持まで集めたとなれば、もはや計画にとっては毒というほかない。
 悪人どもは一計を案じる。スミスのスキャンダルを捏造するのだ。キャンプ場予定地をスミスが事前に買い占めたという書類をでっち上げ、全国の子供たちをだまして懐を肥やそうとしていると告発したのである。上院では議員辞職勧告案が出され、地元ではスミス退陣要求のデモが練り歩く。もちろん、テーラーが自分の新聞を使って大衆を扇動した結果であることはいうまでもない。
 
 いくら鈍いスミス君でも、ここまで来れば自分を巻き込んだ大きくて黒い流れに気付かないはずがない。気付いても敵は巨大である。政治の世界には全く素人であるスミス君が太刀打ちできるはずがない。うちひしがれて故郷に帰ろうとするスミス君を引き留めたのは、秘書嬢だった。彼女に励まされ、スミス君はたった1人で立ち上がり、闘い始める……。
 
 という風に話は展開して、映画史に残る名場面といわれることもある、延々24時間にも及ぶスミス君の上院での演説が始まるのだ。
 
 エリートたちが作る権力者集団。彼らは私利を図るため、政治を私物化し、税金を私物化する。その陰謀の駒に使われかかった純朴な田舎の青年。無論、彼はエリートではない。青年にかかる重圧。負けるなと励ます美女。意を決して、単身、巨大な暗黒権力との捨て身の闘いに立ち上がる正義のヒーロー。武器は、アメリカの建国精神、そして法である。ついに崩壊する悪辣なエリートたち。ま、絵に描いたような展開だ。
 ボーっと見ていれば、スミス君に肩入れし、悪人どもにつぶされかかってハラハラし、最後にどんでん返しの勝利を手にして胸をなで下ろす。うん、やっぱり正義は勝つ。アメリカの、健全な建国精神と民主主義は、最後には勝利を収める。偉大なるかな、アメリカ!
 
 ってな印象を持って映画館を出るのだろう。
 
 でも、ほんとうにそんな映画か? いくつかのポイントに焦点を当てながら「絶望しながら笑い飛ばした」であろうフランク・キャプラ監督の胸の内を推し量る。

 

・ 民主主義の基盤

 

 

テーラーたちが悪であることは、テーラーの手先として地位を保っている知事の子供たちですら知っている。なのに、投票権を持つ大人たちは気付いていなかったのか? 知ってはいたが、利益のおこぼれに預かっているから従っているのか? いずれにしても、
絶望の笑い 1 民主主義とは、その程度の有権者が支えている政治制度である。

 

・ 議員に求められる資質

 

 

アメリカの正義を闇雲に信奉する男スミス君は、子供たちには絶大な支持があるが、成人の友人を持たないように見える。子供たちは動物博士を尊敬するのであろう。だが、大人は人間を知る人間を尊ぶ。スミス君は善人ではあろう。だが、このような男に国政を託す蛮勇を私は持ち合わせていない。
絶望の笑い 2 政治の悪の根元はエリートである。政治は、政治に無関心で無知な男に託した方がよい。

 

・ 当選の条件

 

 

スミス君を候補者に推薦する知事はいう。
「我々が指名したのは、都合のいい財界筋の者か? 役立たずのお雇い政治家か?」
スミス君はそのどちらでもない、清潔な候補者だというのである。だが、財界筋の、雇われ政治家である知事がスミスを候補者にすることを決めたのは、彼の山火事消火が新聞に載っていたからだ。結果として彼はみごとに当選する。有名人は選挙に強いのだ。
絶望の笑い 3 選挙に勝つ条件は、人格、識見、能力よりも知名度にある。これは1939年のアメリカでも現代の日本でも同じらしい。かくして、政党は有名人に出馬を求める。こいつはもう、笑うしかないではないか。

 

・ 議会の調査能力

 

 

キャンプ用地の事前買収疑惑で、上院の資格審査委員会はスミス君 = 黒の判断を示す。テーラー一味が用意した証人にごまかされ、偽造したスミス君のサインも見分けられない。おかげで新進気鋭のスミス君は苦しい立場に追い込まれてしまうのだ。
絶望の笑い 4 おいおい、立法府の調査能力って、その程度かい? その程度のデータをもとに、国と国民を縛る法律を作っているわけ?

 

・ 議会での告発

 

 

丸1日に及ぶ、スミス君の感動の演説でどんでん返しがあり、正義と民主主義が勝利を収めるのだが、その演説の内容たるや、お世辞にも優れたものとは言いがたい。ほとんど時間の無駄とさえ思える代物だ。
まずは、自分はテーラー一味の不正を暴こうとしてはめられたのだとの主張から始まる。が、客観的な証拠は何もない。ただただ、私は無実であるとしゃべるだけなのである。そして、少しずつ賛同者が増えていく。だけどねえ、主張するだけなら、何でもできるのよ。北朝鮮が、日本人など拉致していないというのも勝手だし、人間の寿命は500歳だという主張だってできる。問題は、他の人に納得してもらうことでしょ? そのためには、証拠がいるんだよなあ。
テーラー一味は、偽造したものではあれ、証拠を出してスミス君を告発した。それに対抗するのが口先だけでは、ちょいとなあ……。話すことがなくなると、スミス君は独立宣言を朗読したり、憲法を読んだり、で時間稼ぎをする。こんなものに24時間も付き合わされた上院議員に同情してしまうのは私だけか?
絶望の笑い 5 国会とは、根拠薄弱な無駄な議論を延々と続けるところで、ときどき、正しい決定が下されることがあっても、それは偶然の産物である。

 

 いや、絶望して笑わなければならない対象は政治だけではない。マスメディアも政治と同類なのである。

 

・ 取材方法

 

 

スミス君を単独取材したいという記者が、秘書嬢に持ち出した条件は、
「ワールドシリーズの入場証を用意する」
おいおい、それって、立派な買収だって! おまけに、買収の道具が、記者の特権で入手できる入場証だって? あんたの感覚はどうなってるんだ?
絶望の笑い 6 記者とは、その程度の生き物である。それが民主主義の砦だって? ふん!

 

・ 記事の作り方

 

 

共同記者会見に応じたスミス君は、だが、田舎者であることをさんざんにおもちゃにされただけだった。
鳥の鳴き真似ができるか、と聞かれてウズラの鳴き声をやってみせるのだが、右手で鼻をつまみ、左手の指を口に突っ込んだ写真が大きく1面を飾る。
Boy Rangersでやっている手のサインをしてみせた写真には「手のサインで政府に良識を要求」の見出しが付いた。
斧を振り上げた写真には「斧で殴り込み」、木をすりあわせて火をおこす写真には「議会の論議に火をつけろ」。記者どもは、記者の要求に応じて自然の中で生きていく智恵を披露するスミス君を笑いものにしてしまうのである。
絶望の笑い 7 記者って、読者が喜ぶ記事を、ねつ造してでも書いてしまう存在なのだなあ。ん? それを喜んで読んでいる読者って、いったい何だ?

 

・ 客観的報道

 

 

米国の上院には、発言を始めてしまえば、やめるか、他の議員に発言権を譲るか、するまで発言を続けることができるという決まりがあるらしい。こいつを使って抵抗するスミス君の大演説は、ほかの議員が退席するなどの反応をもたらすのだが、いずれにしても議会を揺るがす大ニュースである。当然、一斉に報道される。
スミス潰しを狙うテーラーが経営する新聞は書く。
「州の面汚し」
「議会で暴言を吐く」
こいつは、いいとは言わないが、理解できる。
が、どちらかというとスミス君にシンパシーを感じている記者が電話送稿する記事の見出しを、
「スミス 発言権を確保」
「全議員 抗議の退席」
と吹き込むと、スミス君の秘書嬢がいう。
「ダメよ、彼の側に立って書かなくちゃ」
すると、見出しが変わるのだ。
「素人のスミス、ダム建設を裏で操る疑惑のテーラーに挑む」
と。
ここには2つの問題がある。
議会での特定の個人を対象にした告発は、証拠は何もなくても大ニュースになるのか? 何の証拠もないまま告発された人間の権利って、どうなるんだ?
そもそも新聞の記事とは、どちらかの側に立って書くものなのか? 客観報道という錦の御旗はどこに行ったんだ?
絶望の笑い 8 そう目くじらを立てなさんなって。毎日の新聞を見てみてごらん。そうとしか思えない記事が、結構ありますって。

 

 政治とジャーナリズム。フランク・キャプラ監督は、現代社会を動かすこの2つの機能を、厳しい目でチェックし、冷ややかに捉えた。そして、絶望した。
 しかし、そのまま映画にすることなく、怒りを押し隠し、表面上は笑いと冒険に溢れたヒューマンタッチな作品に仕上げた。その気になって鑑賞する観客には、ちゃんと監督のメッセージが届く仕掛けを施した上でのことだが。
 そこに、この作品の最大の魅力がある。
   
 というのは、私の独断と偏見だろうか?

 

  【メモ】
スミス都へ行く (MR. SMITH GOES TO WASHINGTON)
  1941年10月公開、上映時間129分
監督:フランク・キャプラ Frank Capra
出演:ジェームズ・スチュワート James Stewart = スミス
   ジーン・アーサー Jean Arthur = サンダース
   クロード・レインズ Claude Rains = ペイン上院議員
   エドワード・アーノルド Edward Arnold = ジム・テーラー
   ガイ・キビー Guy Kibbee = ホッパー州知事


【初出2004年12月24日】

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