#12 天使にラブ・ソングを − 160kmの速球に三振

 見るたびに楽しくなる。心が躍り出す。
 「天使にラブ・ソングを…」は、そんな映画である。家族の誰かが見たくなって茶の間で見ていると、たまたま茶の間にやってきたほかの家族が一緒に座り込んで見ている。何度も見たのに。
 
 でも、何故?
 
 毎回楽しんで、毎回目頭がウルウルして。でも、お話自体はなんということもないのだけど……。
 

 主人公は、ラスベガスにある、と思われるクラブで歌っている売れない歌手だ。彼女はこのクラブのオーナーでもある犯罪組織のボスの情婦でもある。

 

 

(余談)
ウーピー・ゴールドバーグを情婦にしてしまう神経、私には理解不可能であります。ほかに選択肢は数多くあったはずなのに、少なくとも私がボスなら、違う選択をしたのに、と思わざるを得ないのであります。

 

 ある日、彼女はボスが命じた殺人の現場をたまたま見てしまう。こいつはいかん。冷酷非情なボスのことだ。証拠隠滅のために殺されるかもしれない。危険を感じた彼女は警察に駆け込んだ。前々からこのボスを狙っていた警察にとっては、彼女は貴重な目撃証人である。裁判での証言の日まで、彼女を「絶対に見つからない場所」に匿う。
 それは、なんとサンフランシスコの修道院だった。
 てなことでお話がスタートする。

 最初は修道院生活を死ぬほど嫌がっていた彼女だが、はずみで修道院の聖歌隊を指導することになる。そこは、売れていないとはいえプロの歌手だ。素人以前の惨状にあった聖歌隊は、彼女の指導よろしきを得て徐々に技量が向上、聖歌もゴスペル風にアレンジされ、その歌が、これまで教会に足を向けようともしなかった街のあぶれ者たちを誘い始め、閑古鳥が鳴いていた日曜のミサが超満員の盛況になる。そこに、例の犯罪組織とのドタバタがからみながらも、噂がローマ教皇にも伝わり、教皇の前でお披露目することに……。
 
 粗筋をまとめれば、これだけの話である。
 
 「お前さ、何でこの映画好きなの?」
 
 一緒に見ている妻に聴いてみた。
 
 「えっ、何でって……。だって、音楽がいいじゃない。最初はバラバラだったコーラスが、だんだんうまくなって、そんなんが楽しいじゃない」
 
 「それだけ?」
 
 「……」
 
 会話はそれだけで途切れた。ふむ、それだけの理由で、この映画をあれだけ楽しめる妻の感性とは、ひょっとしたら恐るべきものかもしれない。
 
 では、私は?
 いろいろと考えてみた。でも、この映画の魅力は、やっぱり音楽なのだ。
 「天使にラブ・ソングを…」 − 音楽 = どうしようもないC級映画
 という等式が成り立ってしまうのである。

 

 

(余談)
その限りに置いて、彼女と私の間にそれほど大きな差はない。

 

 でも、音楽を主要なテーマとした映画なら何でもいいのか?
 ………………………………、
 
 どうも、そうでもないらしい。では、何だろう?
 
 今回も、話は突然に飛ぶ。
 ここに、時速160kmの速球を投げる投手がいるとしよう。彼の魅力は、うなりを上げて捕手のミットに吸い込まれる160kmの剛速球である。その瞬間に、バットが空を切れば、快感はこの上ない。
 しかし、プロの世界は生やさしくはない。160kmの速球だけで勝負できるのは、瞬時である。やがて打者は速球に慣れる。速球しか投げられない投手は、まもなく並の投手になってしまう。
 再びエースの座を占めるには、投球の幅を広げなければならない。変化球を覚えるのである。スライダーをまじえるだけで投球の幅はぐっと広がる。横のカーブ、縦に割れるカーブを操るようになれば、さらに打ちにくい投手になる。これにシュートを加えれば、シンカー、ナチュラル、パームボール、フォークには手を伸ばさなくても、160kmの速球がはるかに生きるようになる。超エース級の投手に返り咲くのは確実である。
 
 「天使にラブ・ソングを…」に戻る。
 この映画で音楽は、160kmの速球である。だが、速球だけしか投げられない投手とは違うところがこの映画の強みなのだ。多彩な変化球が散りばめられていることが、この映画を極上の娯楽映画としている。
 
 まず冒頭のシーンでぶっ飛んだ。
 
 「誰か、12使徒の名前が言えますか?」
 
 ここに出てくる「聖アン学院」のような学校をミッション系のスクールというのだろうか。教壇に立つのは尼さん、それも高齢の尼さんである。宗教教育の時間なのだろう。
 元気よく手が上がる。かわいらしい黒人の女の子だ。
 
 「はい、ドロレス」
 
 と指名されたドロレスちゃん、元気よく答え始める。
 
 "John, Paul, George and Ringo!"
 
 教室は爆笑の渦である。ご存じの通り、この4人は我が敬愛するThe Beatlesのメンバーだ。12使徒の1人、ヨハネは、英語読みでジョン、パウロはポールであることを前提にしたジョークである。
 Georgeになると、12使徒には入っていないが、東方正教会で戦士の守護聖人とされる人だから、まあ、キリスト教に関係がないことはない。しかし、Ringoに至っては、全く無関係である。
 その上、John Lennonという人は
 
 「ビートルズは今やキリストより有名だ」
 
 と発言して、あちこちで袋だたきにあったことがある。狂信的なキリスト教信者が彼らのレコードを持ち寄ってたたき割り、それでも気がすまないのか、石油をかけて火を放つシーンは、ビデオやDVDで何度も見た。
 そんなThe Beatlesの4人を、12使徒に入れてしまう。
 ふむ、音楽は、いや良い音楽は、宗教より遙かにポピュラーなのであるか。
 
 ドロレスのお茶目ぶりは止まるところを知らない。怒った先生が、
 
 "Now I want you to march right up to the blackboard and write the names of all the Apostles alphabetically."
 (黒板の前に行って、12使徒の名前をアルファベット順に書きなさい)
 
 と命令すると、恐縮した風もなく、ニヤニヤ笑いながら黒板に歩み寄ってチョークを握り、書き始める。
 
 "John
  Paul
  Peter
  Elvis"

 
 ドロレスは懲りない。怒られても馬耳東風と受け流す。3人目までは正確に12使徒の名を書きながら、4人目にはElvisと書いちゃう。全くもって素敵な女の子だ。
 うん、音楽は宗教より遙かに楽しい。軽薄だといわれようと、堕落だと指弾されようと、楽しいものは楽しい。ドロレスは、その楽しさに心を奪われた女の子なのだ。
 このシーンだけで、なにか、とてつもなく楽しいことが始まりそうな予感がするではないか。
 
 尼さん先生はカンカンである。
 
 「もう結構。救いようがないわ。私はあきらめます。でも覚えておきなさい。このままでは将来、堕落の道を歩みますよ! いったいどんな大人になるのやら」
 
 ここから切り替わった次のシーンでは、成長したドロレスがラスベガスのステージで歌っている。売れない歌手。犯罪組織のボスの情婦
 どうやら、尼さん先生が預言した通りの人生を送っているらしい……。

 

 

(反省)
お恥ずかしいことを告白する。私は長い間、最初のシーンで"John, Paul, George and Ringo!"といった女の子と、次のシーンでステージに立って歌っている黒人歌手が同じドロレスであることに気がつかなかった。ドロレスという固有名詞を記憶する気が全くなかったからである。
「冒頭のシーンは、ほかの部分とどんなつながりがあるんだ? まあいいか。つながりがなくてもあのシーンの魅力が減じるわけではない」
と無視し続けた。
この原稿を書くために、メモをとりながら見て初めて気がついた。
妻に問うた。
「最初のシーンに出てくる女の子、後でどうなるか知ってるか?」
「えっ、あの子、ドロレスの子供時代でしょ? じゃなかったら、次のシーンとつながらないじゃない」
結婚して初めて、妻に負けたと確信した。

 

 思わずニヤリとさせられてしまう軽妙な台詞は、随所にある。
 
 絶対に見つからない隠れ場所として修道院に連れてこられたドロレスは、カンカンに怒る。それはそうだろう。神の道は歩けないことを幼いときから自覚していたドロレスなのだ。その結果、売れない歌手になり、犯罪組織のボスの情婦になり、殺人を目撃して追われているのだ。
 で、刑事に向かって叫んでしまう。
 
 「(冗談じゃないわよ、)セックス知らずの女たちと暮らすなんて!」
 
 刑事も負けていない。
 
 「白人シスターに囲まれて何をしろと?」
 
 と突っかかるドロレスに、一言だけ答える。
 
 "Pray."
 
 修道院でやることといえば、そう、「祈り」である。と同時に、犯罪組織に見つかって殺されることがないように祈ってろ、という意味も込めた一言だ。いやー、格好いい!
 とっさに、こんなしゃれた一言を言える男に、私はなりたい!
 
 修道院の聖歌隊が、ドロレスの指導でめきめき腕を上げ、いつの間にか日曜のミサは満員の盛況になる。そりゃあ、いくら尼さんだって、パラパラとしかいない客の前で歌うより、会場を埋め尽くすファンの前で歌う方が気持ちいいに決まっている。
 この日は、“My God” を歌った。こいつはメリー・ウェルズの “マイ・ガイ” の替え歌で、“Guy”“God” に変えただけなのだが、とにかく大当たり。気分をよくした尼さんたちは、興奮した口ぶりで語り合う。
 
 "This is so exhilarating! I can't wait till Sunday, when we sing."
 
 "I'd rather sing than do anything."
 
 "It's better than icecream."
 
 "It's better than spring time."

 
 そこでドロレス、思わず口走ってしまう。
 
 "It's better than sex!"
 
 ここは、清浄な尼さんが集っていることになっている修道院なのだが……。
 
 ドロレスが犯罪組織に誘拐される。何故か尼さんたちが尼僧の格好のままラスベガスのクラブに救出に向かうのだが、カジノに乗り込んだ尼さんたちに、リーダーが、さあ、ドロレスを探しなさいといいながら、付け加える。
 
 目立たないように」
 
 カジノにいる尼さんって……、黙ってても目立つんだがねえ。
 
 ドロレスが自力で逃げ出し、カジノにいた尼さんたちと合流して逃亡を図る。追いかける犯罪組織のボスと部下は、尼さんたちの後ろ姿を見ながらドロレスを追いかけるしかない。みな同じような後ろ姿である。こいつは難しい。
 いた! ドロレスだ! そう確信したボスが、声をかける。
 
 "Hey, babe!"
 
 声をかけられた尼さんが振り返った。ドロレスではない。おばあちゃん尼さんだ。でもいう。
 
 "Yes, sweetheart."
 
 追うものと逃げるものの緊張感が、一瞬にして弛緩しちゃう。何とも粋なすかし方ではないか。
 
 いやいや、拾い上げればきりがない。
 妻との離婚をドロレスに迫られたボスが、苦し紛れに
 
 「離婚したら、永遠に地獄で焼かれるって牧師さんに言われた。牧師さんに逆らえってか? 破門されちまえってか?」
 
 と信仰心をひけらかしながら逃げ回るのが、終盤、殺されかかったドロレスが逃げる隙を見いだす伏線になっていたり、ドロレス救出に向かう尼さんたちが、金を払わないのなら飛べないと渋るヘリコプターのパイロットを、宗教的に脅迫したり、鋭い変化のオンパレードなのだ。

 

 

(お願い)
どのようなシーンの伏線なのか、どんな脅迫言辞を尼さんたちが吐くのか、は各自でご確認いただきたい。

 

 そうそう、ここも大好きだ。犯罪組織のボスが逮捕された直後、ドロレスと敵対を続けてきた修道院長が漏らす言葉である。
 
 "I hold you responsible for all of this. For introducing a lounge act into my convent, for utterly disrupting our way of life, and for placing all of us in mortal danger."
 (全部あなたのせいよ。修道院に入り込み、平穏を乱した上に、こんな危険な目にまで)
 
 思わず黙り込むドロレスに向かって、さらに一言付け加える。
 
 "Thank you."
 
 このThank youが、とてつもなく良い。
 この院長さん、最初は、汚れた、けがらわしい職業、暮らしに身を浸した女とドロレスを軽蔑した。次に、清浄な修道院を俗世間のレベルに引き下げる女としてドロレスに怒った。そして、人望を集め始めたドロレスに激しく嫉妬した。ついには、ドロレス風になってしまった修道院から去ろうとした。
 でも、そんな院長のカラカラに渇いた心も、いつの間にか潤っていたのだ、ドロレスのおかげで。
 
 さて、もう見せ玉の変化球は充分に投げた。あとは、160kmの剛速球であいて打者を三振に打ち取るだけある。
 
 フィナーレは、法王を迎えてのコンサートである。曲は、“I will follow Him”。もとは “I will follow him” というラブソングである。ポール・モーリアの曲で、ペトゥーラ・クラーク、ついでペギー・マーチ(といっても、お若い方はご存じないでしょうな)がヒットさせた。それを、himhを大文字にするだけで、神を賛美する歌にしてしまったのである。
 おまけにこの曲、2つ目のシーンで、売れない歌手、犯罪組織のボスの情婦であるドロレスが “I will follow him” として歌っていたヤツなのである。
 
 最初はスローなバラードで始まり、途中からアップテンポでビートをきかせたゴスペル風になり、フェイクソロも入る。まあ、こいつが盛り上がるのだ。ドロレスを演じるウーピー・ゴールドバーグの指揮ぶりたるや、ハチャメチャで凄まじく、思わず、見ている私の体も動き出すのである。
 そういえば、法王さんも手拍子をとっておられたなあ……。
 

 かくして、私は160kmの速球にあえなく空振りし、三振を喫してしまう。心から満足できる三振である。

 

 【メモ】
天使にラブ・ソングを… (SISTER ACT)
 1993年公開、上映時間100分
監督:エミール・アルドリーノ Emile Ardolino
出演:ウーピー・ゴールドバーグ Whoopi Goldberg = ドロレス
   マギー・スミス Maggie Smith = 修道院長
   キャシー・ナジミー Kathy Najimy = ふとっちょの尼さん


【初出2004年11月19日】
▲【シネマらかす】にもどる               

*当サイトの記事及び画像の無断転載は禁止します。
*ご意見・ご感想・お問い合わせはメールでお願い致します。