#10 チャップリンの独裁者 − 失敗作?

 我が妻は、何かがほしいと言い出したことがほとんどない。彼女の労働軽減を思って、食器洗い機を買おうと提案しても、
 
 「まだいらない」
 
 と首を横に振る。棺桶にはいるまで、我が家の皿と茶碗とコップと急須は自らの手で洗い続けるとの誓いを立てているのであろう。

 

 

(余談)
時折、脅しはある。
「私、ダイヤモンドもオパールも買ってもらったことはないわね?」
心臓に悪い。
「石ころに何の価値があるんだ?」
と毒づくのだが、まあ、今のところ脅すだけで、それ以上の進展はない。恐らく、たまに脅してみるのが彼女の趣味なのである。

 

 その妻が、
 
 「これを買いたい」
 
 とねだったことがある。
 
 といっても、ヴィトンのバッグやシャネルの服ではない。ビデオである。チャップリン作品集全12巻であった。確か、2万5000円ほどした。
 
 「チャップリン? 2万5000円も? どうするんだ、そんなもん? レンタルで借りればいいじゃないか」
 
 その方が、コストは遙かに安い。当然の疑問を口にする私に、妻は言い放った。
 
 「いいの。これは手元に置きたいの。老後の楽しみに、ね」

 

 

(余談)
人生、一寸先は闇である。老後があるのかないのか、誰にもわからない。
だが、ある、と信じなければ人は生きてはいけない。
ある時点から、ある、と思うと、生きていくのが嫌になるのかもしれないが。

 

 それ以上の反論は思いつけず、全12巻が我が家にやってきた。時間による劣化が進み始めた昨年、DVD-Rに変身した。我が整理棚に収まっている。
 
 もちろん、全12巻に目を通した。話には聴いていたが、見るたびにチャップリンに脱帽するばかりである。「街の灯」、「ライムライト」、「モダンタイムズ」……。笑いがあり、温もりがあり、涙がある。辛辣な視線は、半ば眠りかけている我が感性を撃つ。どれもこれも、素晴らしい、の一言に尽きる。
 
 そんな中に、1本だけ、
 
 「こいつ、ひょっとしたら失敗作か?」
 
 と思ったやつがあった。タイトルを
 
 「独裁者」
 
 という。
 1939年、ヒトラーがポーランドを侵略したころに撮影が始まり、パリを占領した1940年に公開された。ドイツが、ナチスが怒濤のごとく勢力範囲を広げているさなかにナチスとヒトラーを痛烈に批判した作品である。ドイツが、ナチスが敗北した後になって、
 
 「あいつらはひどいヤツらだった」
 
 という後出しジャンケンのようなナチスドイツ批判の映画は数多くある。しかしリアルタイムで、正面切って闘いを挑んだ映画を、私はほかに知らない。
 この映画が公開された1940年、日独伊三国軍事同盟が成立する。

 

 

(余談)
当然のことながら、ドイツと手を結んでいた日本での公開は戦後であった。

 

 しかも、面白い。感動する。チャップリンならではの笑いがある。迫害されるユダヤ人たちの、強大なナチスへの抵抗がある。人類に寄せる大きな愛と信頼がヒシヒシと伝わってくる。あらゆる意味で、歴史に残る名作だと思う。
 だが、それでも、
 
 「映画としては、失敗なのではないか?」
 
 という思いが抜けないのだ。
 それも、こともあろうに、私が違和感を持つのはこの映画をこの映画たらしめているクライマックス部分なのだ。終わり近くにある演説場面である。
 
 主人公は、名前も与えられない。単なる、ユダヤ人の床屋である。たまたま独裁者ヒンケルと瓜二つである。この床屋が強制収容所から脱走して逃亡中、ふとしたことからヒンケルに間違われ、数万の民衆を前に、そしてラジオを通じて全世界に、独裁者ヒンケルとして演説する羽目に陥る。演説を断れば、ヒンケルではないことがばれてしまう。命さえ奪われかねない。
 ここは、やるっきゃない。ためらっていた床屋は、やがて意を決してマイクの前に立つ。
 
 こうして、問題の演説が始まる。
 
   I'm sorry, but I don't want to be an emperor. That's not my business. I don't want to rule or conquer anyone. I should like to help everyone,-if possible-Jew, Gentile, black men, white.
   We all want to help one another. Human beings are like that. We want to live by each others happiness-not by each others misery. We don't want to hate and despise one another. In this world there is room for everyone and the good earth is rich and can provide everyone.
   The way of life can be free and beautiful, but we have lost the way. Greed has poisoned men's souls-has barricaded the world with hate-has goose-stepped us into misery and bloodshed. We have developed speed, but we have shut ourselves in. Machinery that gives abundance has left us in want. Our knowledge has made us cynical; our cleverness, hard and unkind. We think too much and feel too little. More than machinery, we need humanity. More then cleverness, we need kindness and gentleness. Without these qualities, life will be violent and all will be lost.
   The aeroplane and the radio have brought us closer together. The very nature of these inventions cries out for the goodness in men, cries out for universal brotherhood-for the unity of us all. Even now my voice is reaching millions throughout the world, millions of despairing men, women and little children-victims of a system that makes men torture and imprison innocent people.
   To those who can hear me, I say "Do not despair." The misery that is now upon us is but the passing of greed, the bitterness of men who fear the way of human progress. The hate of men will pass, and dictators die, and the power they took from the people will return to the people. And so long as men die, liberty will never perish….
   Soldiers! Don't give yourselves to brutes-men who despise you and enslave you, who regiment your lives, tell you what to do, what to think and what to feel, who drill you, diet you, treat you like cattle, use you as cannon fodder.
   Don't give yourselves to these unnatural men, machine men with machine minds and machine hearts! You are not machines! You are not cattle! You are men! You have the loves of humanity in your hearts. You don't hate-only the unloved hate. The unloved and the unnatural.
   Soldiers! Don't fight for slavery! Fight for liberty!
   In the seventeenth chapter of Saint Luke it is written "the kingdom of God is within man"-not one man, nor a group of men, but in all men! In you! You, the people have the power, the power to create machine, the power to create happiness. You, the people have the power to make this life free and beautiful, to make this life a wonderful adventure.
   Then in the name of democracy, let us use that power-let us all unite! Let us fight for a new world, a decent world that will give men a chance to work, that will give youth a future and old age a security.
   By the promise of these things, brutes have risen the power. But they lie! They do not fulfill that promise. They never will! Dictators free themselves but they enslave the people.
   Now let us fight to fulfill that promise. Let us fight to free the world-to do away with national barriers-to do away with greed, with hate and intolerance. Let us fight for a world of reason, a world where science and progress will lead to all men's happiness.
   Soldiers! In the name of democracy, let us all unite!
   
   Hannnah, can you hear me? Wherever you are, look up, Hannna! The clouds are lifting! The sun is breaking through! We are coming out of the darkness into light. We are coming into a new world-a kinder world where men will rise above their hate, their greed and brutality.
   Look up, Hannnah! The soul of man has been given wings and at last he is beginning to fly. He is flying into the rainbow-into the light of hope-into the future, that glorious future that belongs to you, to me and to all of us. Look up, Hannnah! Look up.

 
 突然数万の群衆を前にした床屋は、やむなくマイクの前に進み、しばらく考えた後、おずおずと、話し始める。第1声は、上の全文をお読み頂ければお分かりのように、
 
 "I am sorry."
 
 ごめんなさい。でも、ごめんなさいから始まる演説って、あるか?
 
 が、彼の演説に聴き入る聴衆に自信を得たのか、時とともに自分の言葉に確信を持ち、声を張り上げ、手を振り、体を震わせる。
 世界が、強欲さと血なまぐささと残酷さに支配されようとしている。心を失って機械となった人間が世界に君臨しようとしている。許すな!
 チャップリンは愛を説く。人間賛歌をうたいあげる。団結せよ、新しい理想世界の創造に向けて戦え!
 すべての人の中にある人間性を賛美し、だからこそ人間性を否定するナチスとの闘いに立ち上がれと駆り立てる演説は、限りなく美しく、そして力強い。
 
 演説は3分30秒におよぶ。ここはひとつ、ゆっくり読んで頂きたい。できれば、この映画でチャップリンの演説を聴きながら、目で追ってみていていただきたい。原文を味わっていただきたいと思い、ついでに手抜きもしたかったので、翻訳しないことにした。
 極めて格調の高い、感動的な名演説である。日本の政治家に、この10分の1でも、才と思いと熱があればと、つくづく思う。
 無い物ねだりであることは十分承知しているが。
 
 この3分30秒を世界中の人に見てもらい、聴いてもらい、考えてもらい、ナチスとの闘いに立ち上がってもらいたくて、チャップリンはこの映画を作ったのだ。監督、制作、脚本、主演、すべてチャップリンである。
 
 おまけに、チャップリンが床屋の演説に託したのは、ナチスに対する自らの思いだけではない。チャップリンはしたたかに、2枚腰、3枚腰である。
 
 演説をするのはしがない床屋である。客の髪を刈り、ひげを剃り、頭髪をセットすることで日々の暮らしを立てる人間である。それ以外の才があるとは、とても思えない。ましてや、政治とは、支配とは、全く無縁の場所で生きてきた男なのである。
 初めて大聴衆を前にし、おずおずと演説を話し始めた床屋は、しかし、やがて数百万、数千万を相手に堂々たる演説をする。ついには、自分の演説に自らが酔う。演説の中身は別として、その姿は、独裁者ヒンケルと瓜二つなのだ。
 あらゆる人間が、時と所と機会さえ与えられれば、支配者、独裁者に限りなく近いところに行きうる。いや、支配者、独裁者になりうる。この床屋に代表される我々と、独裁者ヒンケルとの間には、実は、本質的には何の違いもないのではないか?
 チャップリンは、すべての人間の内にある神の国を賛美しながら、すべての人間の中に潜む悪魔も描き出したのではなかったか。
 
 とすれば、"In the name of democracy,"と兵士を扇動するチャップリンは、ひょっとしたら、ナチスとの闘いが終わった後、正義の旗印を掲げた民主主義の名の下に行われる侵略や圧政までも見通していたのではないか、とすら思えてくる。
 恐ろしい、慧眼の映画人である。
 
 この演説場面がなければ、「独裁者」は上質な風刺映画にすぎなかった。この演説場面で、歴史に残る傑作になった、と私は思う。
 
 なのに、いや、だからこそ引っかかりを感じるのだ。とまどってしまうのだ。
 
 映画のテーマを、自らの主張を、メッセージを、これほどあからさまに語ってしまった映画をほかに見たことがないからである。
 
 映画を見る楽しみの1つは、素敵な台詞に出会えることである。ここはほかの方の著作(「お楽しみはこれからだ」=和田誠著、文藝春秋)から引用させていただくが、
 
 「ゆうべどこにいたの?」
 「そんなに昔のことは憶えてないね」
 「今夜会ってくれる?」
 「そんなに先のことはわからない」

             (「カサブランカ」より)
 
 なんてのは、生きているうちに一度ぐらい使ってみたいと思うほど格好いい。
 
 チャップリンだって、たとえば「殺人狂時代」では、
 
 「一人を殺せば殺人者だが、百万人を殺せば英雄だ」
 
 なんて、戦争が荒れ狂った20世紀を串刺しにする、意味深い台詞を口にしてギロチンでの処刑に臨む。
 
 だが、台詞は、あくまで作品全体の一部である。映像と、他の台詞と、音楽と組み合わされてテーマや主張やメッセージを表現するものである。そういう意味では、1パーツなのである。
 だから、テーマや主張やメッセージが台詞だけによって観客に届けられることはまずない。テーマや主張やメッセージを届ける媒体として台詞だけを使うのなら、手間やコストや時間をかけて映画を作り上げなくても、文字で表現すればいいのである。
 
 なのに、「独裁者」では、最後の大演説だけが屹立しているのだ。テーマも主張もメッセージも、この3分半にすべてが込められているのである。
 ハンフリー・ボガードのしゃれた台詞は、あるにこしたことはないが、なくても「カサブランカ」は成立する。
 「殺人狂時代」のアンリ・ヴェルドゥの台詞は鋭い時代への告発だが、この映画はそれだけがテーマではない。
 「独裁者」は、この演説がすべてなのである。
 
 筋立てから見れば、荒唐無稽ともいえる無理をしてまで、床屋に演説をさせたのは、なぜだ?
 演壇に登るまでの2時間は、人がよく、向こうっ気が強いだけで、余り知性は感じられなかった床屋が、突然、何の準備もなく登った演壇で、世界中を感動させるみごとな演説をやれるのは、なぜだ?
 
 見るたびに、いくつもの「なぜ?」が残ってしまうのである。
 失敗作ではないのか?
 
 ナチスの跳梁を知ったチャップリンは、とにかく何とかしなければと思った。焦った。映画人である自分にできることは? 考えに考えた末、この映画に取りかかった。すぐに、最後の演説の場面は頭の中で完成した。しかし、ほかはどうする? ほかはどうでもいい。映画としての出来不出来も、この際問題ではない。この演説シーンを一刻でもはやく世界に届けるのが最優先課題だ。
 ということで、時間との勝負で作られたのか……?
 
 何度も考えた。この原稿を書くために、集中的に考えた。
 観客は、演説場面を見るたびにいくつもの「なぜ?」を抱え込みながら、一方では深く感動する。
 ひょっとしたら、それがチャップリンの本当の狙いだったのか? 演説シーンを屹立させるために、観客に何度も考えてもらうために、映画としてのまとまりを放棄し、あえていくつもの「なぜ?」が湧き出る映画にしたのか?
 だとすれば、私はまんまと彼の画期的な手法の術中に陥ったことになる。
 だとすれば、やっぱりチャップリンは映画の天才だ。
 
 うーん……。
 
 いくら考えても結論は出ない。
 
 が、いずれにしても、私はこの作品が大好きである。

 

 【メモ】
チャップリンの独裁者 (THE GREAT DICTATOR)
 1960年公開、上映時間126分
監督:チャールズ・チャップリン Charles Chaplin
出演:チャールズ・チャップリン Charles Chaplin
   ジャック・オーキー Jack Oakie
   ポーレット・ゴダード Paulette Goddard
   チェスター・コンクリン Chester Conklin

【初出2004年11月5日】


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