#8 :鞍馬天狗 − 男の中の男なり

 前回の「ジャッカルの日」について、職場の同僚からメールをいただいた。世の中には碩学がいることを再確認し、私の不十分な原稿をみごとに補っていただいたことに感謝しつつ、ここに転載する。

 

 

(注)
執筆時の職場の同僚です。現在は離ればなれになっております。

 

 シネマらかす 7拝見。ジェラードはBarry Morse(バリー・モース)ですよ。
 首記の件、いつも月曜に拝見するのですが、今回は急性気管支炎で肺炎の一歩手前まで行き、土日月ダウン。
 10/19(火)は山積した仕事に追われ拝見できず。やっと今、アクセスしました。―― 神谷
 
 http://club.pep.ne.jp/~toys.oohara/classic-tv3.htm
 
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 嵐寛寿郎という俳優さんをご存じだろうか?
 
 ちょっとばかり古い人である。私は、名前ぐらいは知っていた。顔の長い、鞍馬天狗のおじさんだ。
 銀幕デビューが昭和2年=1927年。最後の映画が昭和54年=1979年。現役生活、実に52年。とすれば、彼の後半の映画は見たことがあってもいいはずだ。なのに、スクリーンで見た記憶は、ない。
 
 ところが、急に嵐寛寿郎主演の「鞍馬天狗」を見たくなった。昨年、2003年のことだ。1冊の本を読んだためである。
 
 「鞍馬天狗のおじさんは」(ちくま文庫、竹中労著)
 
 鞍馬天狗に突然関心を持ったわけではない。竹中労さんの本を読みたかったのである。
 竹中さんは、学生時代の愛読書だった。数十年ぶりに竹中さんを読もうと思ったのは、「ビートルズ・レポート」なる本を知ったためである。1966年6月に来日したビートルズの滞日102時間に、音楽ジャーナリストたちが密着した。竹中さんは「編著」とあるから、自分でも取材をして書き、全体のとりまとめもしたわけだ。竹中さんのファンであり、The Beatles命の私にとっては、必読の書である。それまで読んでいなかったのが不思議だった。
 おまけに、かの三島由紀夫さんが、
 
 「世界でも3本の指に入るルポルタージュ」(といった表現だったと思うが、やや自信がない)
 
 と絶賛し、3冊も購入したという。1冊は読むため、1冊は保存のため、までは記憶にあるが、さて、もう1冊を何に使ったのか、このあたりで記憶がとぎれてはいるが。
 
 いずれにしても、この本が欲しくてたまらなくなった。ところが、一部でそれほどの評価を得ているのに、すでにして絶版なのだという。インターネットをフル活用して何とか手に入れたが、この捜索で、竹中労の名が再び我が頭脳に刻み込まれた。
 しばらくして、新宿の紀伊国屋に出かけて目に付いた竹中さんの本をすべて買った。うち1冊が、この本だった。
 
 竹中さんにはいくつもの芸能ルポがある。女性週刊誌のようような「くっついた、離れた」レポートではない。あんなもの、端から読む気もしない。竹中さんのルポは、芸能人を題材に、時代、歴史、権力、人間と斬り結ぶ。
 
 でもアラカン? 鞍馬天狗で何が書けるのか?
 
 読んだ。私がプロデューサーなら、アラカン一代記をドラマにしたいと思った。この本とアラカンに魅了された。

 

 

(注)
以下の緑色の文字は、全て「鞍馬天狗のおじさんは」(ちくま文庫、竹中労著)からの引用です。
この本をネタもとにして、自分の文章で知ったかぶりをしようかとも思いましたが、私の筆力が竹中さんに及ぶはすはありません。またアラカンから、心に響く話を聞き出すことができたのも、竹中さんならではのことです。心からの敬意を表して、引用という手を取らせていただきました。

なお、引用箇所は私が勝手に選びました。さらに赤字、大きいフォントで強調した部分も私の勝手な行動であることをお断りしておきます。

 

 【アラカン、イロの道の達人である】
 
 初めて女を知ったのが歌舞伎の舞台を踏んでいた18歳。もてにもてた。これを皮切りに、生涯300人斬りである。それなのに、
 
 ワテは衛生家ですよってな、ゼニで女買うのなら、根びきにして、ほかの男に触らせんようにせな気色悪い。
 だから、
数はすけない。せいぜい三百人、もっぱら四畳半ダ。
 
 300人で「すけない」ってか! 俺って……。
 
 が、いいことばかりではない。300人でいいことばかり続いていたのでは不公平に過ぎる。
 初恋の人に失恋する。失意のアラカン、自暴自棄に陥って女に狂う。
 
 そのころワテはタダでさせる女なら来るものは拒まず、オカチメンコも厭わず、とゆう心境やったからまあ誰とでもしたわけやね。それで淋病にかかった。相手の女はわかっている米子の芸者なんダ。これに迫られた結果、ウミが出よった。それも悪質のやつ、キンタマが腫れ上がって七転八倒の苦しみどす。民間療法あきまへんな、ペニシリンないころや。
 (中略)
 自殺しようとまで一時は思いつめた。そらそうでっしゃろ、医者におどかされた、もはや一生男の機能はなくなるやて。下のほうもフトコロもタマなしで、生きている甲斐はない。退院してから半年余りも悶々として、おそる恐るためしたら案ずるよりスルはやすし。悪いオチや。
 
 クックックッ。経験はないけど、分かる、分かる、その気持ち!
 
 それにしても、300人斬りである。ある時点で、量は質に転化する。アラカン、道を究めた。
 
 惚れな、寝てもおもろない。寝るまでのたのしみ・寝るたのしみ・ほてからに寝てから後のたのしみと、三つそろわな男は満足でけんのと違いますやろか? (中略)スケベイと好色はちがうんですわ。アラカンど助平やと、これがいちばんハラ立つ。
 
 淡路千夜子かわいい女やった、悪い女やおまへん、思慮が浅いんダ、アタマ軽い。けっきょく同棲していた家をやって、ワテが着のみ着のままで出ることで解決しました。それでサトったんですわ、ようするに惚れたら裸になることやと。ほしいものみなやる、これ以上とるものなければ女はあきらめる。
その覚悟がなければ、浮気はでけしまへんで。はいな痴話ゲンカの原因は、ワテが新しい女をつくるからや、他に理由はありまへん。ヤキモチやきますやろ、うるさい出ていけではダメ。こっちから出て行くのが平和でよろしい。刃傷ザタになる気づかいおへん。
 
 同棲を繰り返したあと、結婚を4回。そのたびに家を建て、百貨店から家具、調度、衣類を運ぶ。間もなく、全てを残して裸一貫で家を出る。
 いやはや、男の、女の、恋愛の、不倫の、と言う前に、爽快。男の美学である。あこがれである。
 が、最後の妻は、アラカンが死ぬ3ヶ月前に籍を抜いて去った。放蕩の報いか、美学の行き着く先か。
 
 こんな快男児の映画、見てみたい。
 
 【アラカン、反骨の固まりである】
 
 歌舞伎界にいたアラカンは、若くしてマキノ映画の誘いで映画界に移った。
 
 当時、映画俳優は河原乞食のもう一つ下やった。
 (中略)
 持ってきた条件が月給八百円、……当時の八百円ゆうたら家が一軒買える、目ン玉が飛び出た。
 ワテはきれいごと大嫌いやさかいに、マキノに入ったんはゼニのためやといつもゆうてきた、これはほんまのことだす。そしていま一つの理由があの大先代のカツーン、歌舞伎や古典やと偉そうにいうけれど、
阿呆でも名門のセガレは出世がでけ、才能があっても家系がなければ一生冷飯食わされる、こんな世界に何の未練もないと思うた。
 
 歴史の、古典の、伝統の、なんて我知らず。不条理は蹴っ飛ばす。男はこうでなくてはいけない。
 
 こんな男の映画、見ずばなるまい。
 
 【アラカン、チャンバラ役者である】
 
 ズーッと長い道がおます、そこへ移動のレールが敷いてある。なんと道の端までや、搦み(敵役たち)がずらっと構えてます。走れというんダ、どんづきまで。
 「寛寿郎クンご苦労ですが、全力疾走してください。右に左に、バッタバッタと斬り倒しながら一気に……」。
 冗談やおへん三百メートル以上もある、全力疾走やて! オーエンスかて息が切れて、ぶっ倒れてしまいますがな。アラカン、刀ふりまわして走れる道理がない。「センセイ、これちょっと無理やと思いますけどな」
 「ああ、そうですか。
あなたには無理ですか」
 ジロリと睨みよる、言葉はやさしいが皮肉が骨を刺してきよる。あなたにはと言われて、コチーンときた。それがこの監督の手や、わかっていて乗せられる。「へえよろしおす、走りまひょ」
 馬鹿が無我夢中、ダーッと走って斬りまくって、一度でOK。はいな、もし撮り直しなどと吐(ぬ)かしたら、このシャシン降りてやろうとこっちゃはハラ決めとった。さて出来上がった映画を見たらすごい迫力や、走るものやなあと
我ながら感激してしもうた。イドウダイスキ(伊藤大輔)とはようゆうた、なるほど納得しました。
 
 「鞍馬天狗・横浜に現はる」である。アラカンは、
 
 ぜひ見てほしい、ワテの代表作の一つだと思ってますのや。
 
 挑発して、300mをチャンバラしながら全力疾走させた伊藤大輔監督の言葉。
 
 これは、自分でいうときまりが悪いが、ちょっと前にも後にもない名場面が撮れたと思いました。ところが、ラッシュを見てウーン! あれほどの大移動で、すそが乱れておりません。きちっとさばいているのです。これには参りましたな。
 
 走るだけではない。斬る。
 
 稲垣浩監督の証言。
 ボクは、チャンバラをあまり撮らない時代劇監督だからねえ(笑)。ただ鮮烈に記憶をしているのは、アラカンが竹光で搦みの六尺棒を両断したことです。
 そう、スパッと。これは戦後です。宝塚で撮った『オテナの塔』、ボクが脚本を書いたので立ちまわりを見ておりましたら、搦みをひっぱずしておいて拝み撃ちに斬り下げたんです、裂帛の気合いもろともに、そうしたらスパッと。

 
 そんじょそこいらのチャンバラ役者ではないのである。魂の入ったチャンバラ役者なのである。
 
 こんなチャンバラ、見てみたい。
 
 【アラカン、偉いさんを嫌う
 
 ワテはエライさん嫌いや。政治家とか実業家、交際もとめてきます。下心がおますわな、アラカンはタイコやない、ダンナは要りまへんのや。ファン大切にしていたら、それでよろしい。なんとゆうたかてゼニ持って映画館に来てくれる人や、役者にとっての宝は、ワテはそう思います。
 
 円タクにしか乗らん。ゼニ払うてからに、「ワテ、嵐寛寿郎ダ」と運転手にいいますのや。これで、ファン一人増えますねん。タダやったら、そうはいきまへんやろ。運転手、世間を知っとる。(中略)ゆうたら悪いが、
批評家より運ちゃんの話のほうがずっと参考になる。
 
 私は、ファンでいたい。円タクの運転手でありたい。
 
 【アラカン、鞍馬天狗である】
 
 鞍馬天狗のふくめん、あの形はワテの工夫だす。撮影の第一日目やった、衣装つけてカメラの前に立った、ピントあわん。キャメラやない、何やおかしいんダ頭が。宗十郎頭巾でんな、すっぽりとかぶるやつ。これが具合悪い、後姿がノッペラボーや。チョンマゲを頭巾から出して見たら、かっこよろしい。
 
 アラカンの鞍馬天狗、その数40本(一説には42本)。それが昭和31年、突然続編が撮れなくなった。原作者の大仏次郎氏の意向である。
 
 ワテは、泣きました。ほんまに泣きました、これが大仏先生の真意かと疑いました。そら原作者の目から見たら、ずいぶんと不満もあるやろ、せやけど天狗ワテがつくった。これをゆうたらあかん、しかし小説が売れた理由の一つはワテや。ワテの立ちまわりや、あのふくめんかて工夫をしたのはワテや。昭和二年のデビューから、天狗三十年。それをものともいわせずとりあげよるんダ、役者虫けらや。これ胸にたまっていたことでおます、いわせてほしい。
 
 作家大仏次郎にブーイングするためにも、見たい。
 
 【アラカン、とことん人情家である】
 
 昭和12年、独立プロの時代が終わる。アラカンが持っていた寛プロをどうするか。フィルムを買い取っていた新興キネマの永田雅一所長がアラカンを誘った。条件は1人で来ること。
 
 はーさよか、それはいいお話でんな、ワテはコチーンときた。「従業員もいっしょにひきとってもらえまへんのか?」「あかんあかん、二者択一や」。永田はん口すべらした、むつかしい言葉を使うものやおへんな。あの人これが悪いヘキや、二者択一やて。へえ、ほたらどっちかゆうことでおますな。ワテはよろしい、従業員ひきとってほしい。アホぬかせ、お門ちがいや。アホやおまへん、いまそうゆわはった。男子の一言金鉄や。こんどは永田はんがコチーンときよった。売りコトバに買い言葉。「ひきとってやるわ、そのかわりキミ、どこの会社にもいけなくなるぞ」
 
 おかげで従業員は全員、新興キネマへ。アラカン、浪人である。
 
 そして、インタビューする竹中さんには、
 
 一つだけ注文つけてよろしいか。値段を安くしてほしい、映画の料金より高くならんように。アラカンの本でおます、二千円、三千円もの定価をつけられたらかないまへん。
 
 こんな男、どんな演技をするのか? 何があっても、見たい。
 
 【アラカン、正義の味方である】
 
 「大東亜戦争と国際裁判」で東条英機をやって軍国主義復活、戦争肯定と批判された。
 
 「勝者に敗者を裁く権利があるか?」、それがこの映画の眼目です。東条大将を正義の英雄にしたらあきまへん、ワテもそのつもりで演ってま。(中略)はいな、出来上がったシャシンみてからゆうてほしい。日本人なんでもレッテルはらな気がすみませんのや。明治天皇はんで誤解され東条大将でまた誤解、アラカンは右翼やて。どちらかゆうたら、ワテは左翼でおます。鞍馬天狗は正義の味方や、正義の味方が時の権力にへつろうたらサマになりまへん
 
 戦後民主主義の虚構を撃つアラカン。絶対、見たい。
 
 【アラカン、様々なものを見た
 
 「神々の深き欲望」に出た。
 
 今村昇平、自分ばかり女抱いとる。あの沖山秀子、頭おかしゅうなってビルから跳びましたやろ。七階も上から、ほてからに生命たすかった、バケモノや。これですわな相手が大けな女なんダ、おまけに素っ裸で歩いとる、フリチンで。いやフリマン、おっぱいも下のほうの毛もまる出し。なんとズロースはいとらん、この世のこととも思えん。ワテも奇人やと自認してま、だがこれはタダゴトやない。
 (中略)沖山秀子、監督と毎日オメコしとる。かくし立てしまへん、そら堂々たるものです。まあゆうたら天真らんまん、先天性の露出狂。ほんまに目を疑ごうた、フリマンであらわれた時は。
 
 その映画も、見なきゃいかんねえ。
 
 
 本を読み終えた私は、近所のレンタルビデオショップに走った。アラカンを、鞍馬天狗を借りるのである。見るのである。
 1本もなかった。
 やむなく、渋谷のTSUTAYAまで脚を伸ばした。あった。が、たった3本だった。「鞍馬天狗・横浜に現はる」はなかった。
 我が憧れのヒーロー、アラカンの鞍馬天狗は、過去という闇の中に飲み込まれつつある。
 
 NHKの知り合いに頼んだ。もし可能なら、BS2でアラカンの鞍馬天狗をやってくれないだろうか? できる限り、数多く。
 
 まさか、私のお願いが通じたわけでもあるまいが、我が家にはアラカンの鞍馬天狗を収録したDVD-Rが7枚ある。すべてBS2で録画したものだ。恐るべしNHK
 
 「鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻」(1938年、上映時間53分、監督:マキノ正博、松田定次)
 「鞍馬天狗 竜攘虎搏の巻」(1938年、上映時間80分、監督:松田定次)
 「鞍馬天狗 江戸日記」(1939年、上映時間64分、監督:松田定次)
 「鞍馬天狗 薩摩の密使」(1941年、上映時間77分、監督:菅沼完二)
 「鞍馬天狗 鞍馬の火祭」(1951年、上映時間93分、監督:大曾根辰夫)
 「鞍馬天狗 角兵衛獅子」(1951年、上映時間91分、監督:大曾根辰夫)
 「鞍馬天狗 天狗回状」(1952年、上映時間99分、監督:大曾根辰夫)

 
 である。ひょっとしたら、「横浜に現はる」も、どこかに隠し持っているかもしれない。だったら、出し惜しみせずに、早くon air してよね!
 
 どれをとっても、あらすじは荒唐無稽のご都合主義。勧善懲悪の単純な世界である。
 天狗のおじさん、売り上げを落として困っている角兵衛獅子たちに1両小判をプレゼントしたら、角兵衛獅子が親方に疑われるのは当然だわなあ。折檻されるわなあ。そんなこともわからんか?
 かと思えば、さらわれた角兵衛獅子立ちを救出に、警戒厳しい城代の屋敷に単身乗り込む。それはいいのだが、何故か城代にお目見えし、正体がばれると、数十人の敵を向こうに回して大立ち回りだ。それに、何故か、いなければいけない場所に必ずいるよなあ。
 リアリズムとは対極の世界である。
 かと思えば、1950年代の3本では、天才少女美空ひばりが杉作役だ。何故か知らないが、彼女、必ず最初のシーンで歌う。
 ファンサービスに徹しているのだ。
 
 でもアラカン、美しい。姿勢がよろしい。バッサバッサと敵をなで斬りにするチャンバラがうまい。たぶんワンカットで撮っていると思うのだが、息の乱れも見せない。流石アラカン、チャンバラスターである。
 荒唐無稽なあらすじも、勧善懲悪主義の単純な善悪二元論も、すべては悪人ばらをバッタバッタとなぎ倒すチャンバラシーンを盛り上げる準備運動なのである。やがて訪れるクライマックスは、日頃の鬱憤をはらすには、もってこいである。
 そう、まるで自分が鞍馬天狗になって、

 







ほかの男に走ったあの女
会社を滅びの道に導く無能な経営者
俺を認めようとしない憎っくき上司
ちっとも言うことを聞かない部下
すげなく門前払いをしてくれた今日の客
今朝の通勤電車で俺の脚を踏みながら謝罪もしない若いバカ男
意味もなく頭もないまま竹下通をぶらつくアホども

 

 を縦横微塵に切り刻むのである。
 
 ああ、すっきりした!
 映画が終わってしばらくすると、平凡な日常に戻るのではあるが。
 
 私は、アラカンの鞍馬天狗をDVD24枚入りのホルダーで保管している。ホルダーの背には「嵐寛寿郎 鞍馬天狗 1」と書いてある。
 
 そう、「1にもまだゆとりがあるし、2も作ろうという魂胆である。いずれはアラカンの鞍馬天狗全40巻、あるいは42巻がすべて放送されるであろうと期待しているのである。
 
 NHKの担当者の皆様、ひとつよしなにお願い申し上げたい!

 


【初出2004年10月22日】
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