#4:裸の島 − 生きるって、生きていくって……?

 男子たるもの、人前で涙を見せるべからず。九州男児が後生大事に持ち続ける価値観である。
 私は九州男児である。人前で泣かないのは、私の得意とするところである。
 いや、であった。ある日、それが崩れた。
 
 「裸の島」である。見て、涙が止まらなくなった。大学生の時だ。九州男児のプライドが音を立てて崩れた。
 無論、映画館の中は暗かった。シートに1人身を沈め、大粒の涙を流す私には、誰も気付かなかったはずである。
 いや、真っ赤な目をして映画館を出てきたはずだから、ちょっと想像力が働く人にはばれちゃったかもしれない。
 
 話は飛ぶ。我が学生時代、ハリウッド映画は米帝国主義の手先であった。商業主義に毒された低俗な映像文化であった。次代の日本を背負う大学生が見るべき価値は皆無であった。唾棄すべき対象でしかなかった。
 では、心ある大学生は何を見るのか? もちろん、「アート・シアター・ギルド(ATG)である。純粋芸術を映像の世界で追求する良質な映画が集まっているのである。時代を開く前衛的な実験作品が上映されるのである。
 
 ひとかどの人間には、血肉となった良質な文化が不可欠である。と自分に言い聞かせて、せっせと博多・中洲のATG上映館に通った。
 理解できたかどうかを問うのは野暮である。要は心がけなのだ。ほぼ全ての映画が、私の理解が及ぶ12.6km先にあった事実は無視されるべきである。
 
 「裸の島」も、ここで見た。いや、この映画を見ようと思って足を運んだのではない。狙いはもう1本の方だった。それが実相寺昭雄監督の「曼荼羅」であったか、それとも、若松孝二監督の「天使の恍惚」であったかはどうでもいい。「裸の島」は、たまたまその映画と並映されていた。
 なけなしの金をはたいて映画館に行く。2本立てなら、1本だけ見て帰るのは犯罪なのだ。

 

 

(余談)
「何が見たくて映画館に通ってたんだ?」
とおっしゃるあなた。
同年配ですなあ。

 

 入るとき、看板ぐらいは見た。
 
 「1961年モスクワ国際映画祭グランプリ受賞作品」
 
 とあった。
 おや、ひょっとしたらいい映画なのではないか? 見て損はないのではないか? 今日はなかなかいい選択をしたのではないか?
 
 何故か。
 当時、ソ連は、モスクワは、輝いていた。いや、「スターリニスト集団」などといわれて少し曇りだしてはいたが、それでも米帝国主義とは違う。米帝国主義がブラックホールなら、ソ連は全世界の労働者の希望の星であった。例え3等星、5等星ほどの光しか出せなくなっていたにしても、米帝国主義に比べれば罪は軽いさ、と切り捨てた。

 

 

(余談)
いまやソ連という国はない。若さ=馬鹿さによる思い込みとは怖いものである。

 

 そのモスクワで開かれる映画祭でグランプリだって! 国際映画祭だって! ということは、尊敬すべき先達たちからbest in the worldというお墨付きを受けたんじゃないか! こいつはいい作品に決まっているよな。何しろ、アカデミー賞じゃないところが凄い!
 
 という次第で、「裸の島」を見た。
 
 人生とは何か。
 いい加減の極みである私も、2度や3度はこんな問いにぶつかった。真面目なあなたは何度もぶつかったに違いない。
 私は考えた。何度も考えた。考えるたびに、頭がゴチャゴチャになった。いつしか別のことを考え、やがては何を考えていたのかも曖昧になって、人生を考えたことは忘却の彼方に去る。その繰り返しであった。
 もちろん、納得できる答えに行き着いたことなど一度もない。
 
 新藤兼人監督は、私のような中途半端な性格ではないらしい。
 「裸の島」は、新藤監督が
 
 「『人生とは何か』なんて裃着て考えてもあきまへんな。まともな答えには行き着かん。行き着いた思うても、言葉で作り上げた抽象的な概念やさかい、ろくな答えやおへん。ほてからに、いつの間にか忘れてしまうんダ」
 
 と、何故か関西弁で説教した上で、
 
 「ワテは、人が生きるて、生きていくて、いったい何なんやろ、考えてこの映画作ったんですわ」
 
 と柔らかく話しかけてくる気がする映画だった。
 
 瀬戸内海の小島に住む4人の家族の、ほぼ1年を追った映画である。切り立った崖に囲まれたこの島に平地はほとんどない。斜面を切り開いた段々畑が彼らの暮らしの糧だ。住むのは、彼らと、山羊と、アヒルだけ。
 川も井戸も電気もない。生きていくにも、作物を育てるにも欠かせない水は、隣島から運ぶ。4つの桶と2本の天秤棒、それに柄杓と櫓で漕ぐ小舟が道具である。島に運ぶと、足を踏ん張りながら1歩、また1歩急坂を運び上げる。
 毎日が、その繰り返しである。
 
 ある日、長男が突然高熱を出し、急死した。クラスメートや担任も島にやってきて野辺の送りをする。妻は身も世もないほど嘆き悲しむ。だが、すぐに水運びの日常が再開する。そうやって彼らは生きていく。
 
 これだけの映画だ。こいつのどこに、九州男児に大粒の涙をこぼさせる魔力が潜んでいたのか?
 
 自然と生きる、といえば聞こえはいい。だが、これほど辛く、これほど単調で、これほど希望がなく、これほど意味がなく、これほど貧しい暮らしもない。それが生きることだったら、あまりにも悲しい。
 ほかの生き方もあるんじゃないの? こんな何もない島、出て行きゃいいだろ? 暮らしぶりを変えようと思わんのかね? いったいあんたらは、何が嬉しくて、何が欲しくて、どこに行きたくて、生きてるんだ?
 説明はいっさいない。

 申し訳ないが、あなた方は私とは無縁の衆生である。
 と、蹴っ飛ばしてもいいはずだ。ところが、スクリーンから目が離せない。やがて、私と彼らの境界が朧になる。
 そうだよなあ、人間って、所詮そんなものかもしれないなあ。どんなに辛くても、どんなに悲しくても、なぜこんな生き方をしなければならないのか分からなくても、意味があるのかないのか分からなくても、生きていくんだよなあ。俺もそうなのかもしれないなあ。
 彼らの生き方が荘厳に思えてきた。
 
 『裸の島』には台詞がほとんどない。
 すべての虚飾をはぎ取って暮らしを見るには、言葉は邪魔だ。
 新藤監督は、どうやらそんな風に考えたらしい。
 
 でもねえ、人って、考えるときは必ず言葉のお世話になるし、理解するにも言葉で理解する。人類が築き上げてきた知の体系って、すべて言葉でできてるでしょ?
 言葉がない世界でできるのは、感じることだけじゃないか。だけど、感じるって、どこか曖昧模糊としていて、つかみ所がなくて、人に伝えるのが難しくて……。
 と今でも考えてしまう。なのに、この映画を見ながら、私は感じてしまった。感動までしてしまった。言葉の世界を超えてしまった。
 
 そういえば、言葉がいつもまっとうな役割を果たしている訳じゃあない。
 馬鹿な上司に怒られて、
 
 (どうしてこいつは、こんなに馬鹿なんだ?)
 
 と思いながら、
 
 「申し訳ありませんでした」
 
 ととりあえず謝るのも言葉だし、懐にたんまり金を持っている商人が、
 
 「どないでっか?」
 
 と聞かれて
 
 「さっぱりあきまへんわ」
 
 と応えるのも言葉だし、
 
 (この女とはそろそろ終わらせないとな)
 
 と決意しかかっているのに、とりあえず
 
 「愛してるよ」
 
 と囁くのも言葉だし、まあ、当てにならないところもある。
 じゃあ、何だったら嘘がない?
 
 暮らしぶりを丹念に追えば、絶対に嘘のない本当の姿が見えてくる。新藤監督は、そう考えたんだろう。
 
 水は、隣島の水田脇の用水路からくみ上げる。重い。1リットルで1kg、10リットルだと10kgだ。桶には20〜25リットル入りそうで、天秤棒は前と後ろに桶を下げないとバランスがとれないから、合わせて40〜50kgもある。夫婦は、肩幅よりも広く足を開いて腰を落とし、全身で持ち上げる。歩き始めると、天秤棒がしなって肩に食い込む。
 ある日、これだけの重労働で運んできた水を、妻が坂道で躓いてこぼしてしまった。夫は満身の力を込めて妻の頬を殴る。怪我はしなかったか、などの気遣いの言葉なんかない。妻も恨みがましい顔は見せない。当たり前のように殴られ、転倒するだけだ。水をこぼすのは、この世界では重罪に値する。水は、ダイヤモンド以上の貴重品なのである。
 こうした日常をこれでもか、これでもかと見せられると、言葉はいっさいないのに、暮らしっていうやつの重さがヒシヒシと伝わってくる。
 
 秋。隣島は秋祭りでにぎわっている。でも彼らは、黙々とサツマイモを収穫する。
 正月。隣島では獅子舞が練り歩き、着飾った娘たちが挨拶を交わし、子供たちは歓声をあげる。でも彼らは、寒風を身に受けながら黙々と麦を踏み、木の根を抜いて開墾に励む。
 春。隣島では桜が咲き乱れ、新学期を迎えた子供たちが学校に向かう。でも彼らは麦を狩り、脱穀をし、カマスに詰める。たった4俵の収穫である。
 水運びが不要な雨の日は、海に出て海草をとる。畑の肥料である。夜になると草鞋を編み、雨が強くなると作物を心配して畑を見回る。
 ただ生きていくことが、彼らの24時間を支配する。
 
 彼らの暮らしにも、ほんの少しだが昭和30年代が流れ込んでくる。
 秋祭りの日、4人は隣島に出かけた。夫婦は子供たちに、おもちゃの刀を買い与える。帰りの舟では2人が刀を抜きあってチャンバラごっこだ。あの喜びようからして、2人は初めておもちゃを買ってもらったのに違いない。
 
 麦を出荷した日、妻は日本酒を買った。島に戻ると子供が大きな鯛を釣り上げていた。岩窪にできた水たまりで泳いでいる。父親の相好が崩れた。でも、晩酌の肴ではない。本土に出かけて料亭に売り、臨時収入を得るのである。その金で4人は小さな食堂でチャーハンを食べ、洋品店で子供のランニングシャツを買い、ケーブルカーで高台に登る。まあ、豊かになりつつある社会の、ほんのちっぽけなおこぼれが、彼らのところにも届いたわけだ。
 
 この映画が作られたのは、おそらく1958年か59年。皇太子だった現天皇が結婚したのをきっかけに白黒テレビが急速に普及し、電気冷蔵庫、電気洗濯機とあわせて三種の神器と呼ばれた。日本は豊かさへの入り口にあった。
 でも、人が生きるってことにとって、豊かさって化粧品のようなものにすぎないのかもしれない。彼らの暮らしを少しだけ彩った豊かさは、彼らの暮らしの根っことは無縁なのである。
 
 こんな暮らしを、音羽信子、殿山泰司がほぼ無言で演じる。
 働いている音羽の表情は虚ろだ。生きることに疲れ切っている。それが、長男を小学校に送る舟上では、暗闇にさす薄日のような優しい顔を見せる。子供に刀を買い与えた秋祭り、鯛で得た臨時収入で豪遊した日は、笑顔も出る。
 暮らしがどんなであろうとも、親が子供に注ぐ愛情に変わりはない。いや、豊かであれば、親はただ愛するだけでは物足りなくなり、愛を金や物に化体する。いつしか、物さえ与えていれば充分に愛していると錯覚する。子供は愛されるとは物を与えられることだと誤解する。
 貧しければ、錯覚や誤解はない。何かを与えたいだろう。でも与える物がない。あるのは愛情だけである。音羽はそんな母親を、言葉を禁じられたまま演じる。
 
 そして子供の死。葬儀の日、遺体に火をかける直前、音羽は狂ったように自宅にとって返すと、あのおもちゃの刀を抱いてきた。棺に乗せ、遺体とともに焼く。彼らの愛情を化体することができたほぼ唯一の玩具である。子供が一番大切にしていた宝物である。西方浄土への旅の守り刀である。
 葬儀の翌日、水を畑まで運び上げた音羽は気が抜けたように突っ立った。と、突然柄杓を放り出し、桶の水をぶちまけ、畑の作物を乱暴に引き抜き、誰にともなく投げつけ始めた。そして畑に突っ伏し、身を捩って慟哭する。この映画で音羽が出す唯一の声である。どこに向けたらいいのか分からない恨み辛みが、悲しみが爆発したのだ。
 何よりも貴重な水をぶちまけて、丹誠込めて育ててきた作物を引き抜いて、荒れ狂う妻。いつもなら殴りつけるはずなのに、夫は呆然と見ているだけなのだ。子供が死んでも涙を見せず、黙々と水を運んで撒いていた夫も、こらえきれないほどの悲しみを抱いているのだ。無表情で妻を見やる殿山は、悲しみを全身で表現できる妻を、むしろ羨んでいるのではなかったか。
 夫はまた、柄杓で水を撒き始めた。泣きやんで顔を上げた妻も、やがて立ち上がり、何事もなかったかのように水を撒き始めた。
 
 もう、滂沱の涙である。
 よくあんたら、こんな暮らしをしながら、こんな時に、明日のために水を運ぶわなあ。畑仕事をするわなあ。
 俺なら……、暮らしに何の望みもなくなり、抱えきれないほどの悲しみに直面したとき、俺ならどうする?
 うん、生きていくんだろうなあ……。
 
 で、だ。
 この雑文を書くために、ノートを横に置いて「裸の島」を見直した。
 涙が出なかった。
 涙が出ない? かつてあれほど感動した映画なのに、涙が出ない? 何故だ?
 
 私が変わったのか?
 映画館で見たとき、私は貧乏学生であった。大学まで進んだのだから、後は何とかなるだろうとたかはくくっていたものの、本当になんとかなるという確信はなかった。いまの暮らしから抜け出せないのではないかという不安は、いつもそばにあった。貧しさの実例は、周囲に事欠かなかった。
 いま、私は取り立てて豊かではないものの、貧しくはない。老後への漠然とした不安はあるものの、まあ、何とかなるだろうというレベルである。
 ぬるま湯の中での暮らし。だから、「裸の島」の世界に入っていけなくなったのか?
 
 世の中が変わったのか?
 毎年1000万人を超える人が海外に出かける。原宿・竹下通りは連日中学生、高校生で芋を洗うがごとき混雑である。極めて高価な薄型テレビの生産が追いつかず、DVDレコーダーが飛ぶように売れる。木造アパートの駐車場にベンツやBMWが鎮座する現代日本は、赤貧洗うがごとき暮らしとは無縁なのである。
 そんな社会に生きて働いているから、感受性が摩滅したのか?
 
 念のためもう一度見た。今度は目頭が熱くなった。してみると、日記に書かねばならないという緊張感が、涙を押しとどめただけであったのか?
 ちょっとホッとした。私はまだ、素敵な人間であった。
 でも、いまの若者たちは、「裸の島」をどう見るのだろう?
 
 我が幼少時代、バナナは家族で1本だけ買ってくるものだった。包丁で家族の人数分に切り分け、
 
 「お前は長男だから」
 
 と一番大きいやつが私に回ってくるものだった。
 
 なのに、うちの子供ですら、バナナを食ってたかと思うと、まだ食べられるところが残っているのにゴミ箱に投げ入れたんだもんなあ。
 
 「もうお腹いっぱい。食べたくない」
 
 だって。
 
 ヤツらにすれば、「裸の島」は全く実感のない世界かもしれないけど、でも、だからこそ見てもらいたいんだよなあ。
 老婆心かもしれないけれど、見ずに済ますのは、なんかもったいない気がするぜ。見ずに済ますと、生きることを掴み損ねる気がするぜ。ふわふわと生きていくだけの人生になりそうな気がするぜ。

 レンタル・ビデオ屋に足を運んでみないか?

 

 【メモ】
裸の島
 1960公開、上映時間96分。
監督:新藤兼人
出演:殿山泰司
   乙羽信子
   田中伸二
   堀本正紀

【初出2004年9月17日】

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